賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第100話 宰相の誘導


 アイトルが謁見の間から退出し、色々なことが気になるアオイであったが、彼の体調を気遣い、それを呑み込もうとした。
 それでも、行き場を失った言葉をぼそりと呟く。

「一体何だったのかしら……」

 冒険者になる許可を貰えて目的を達成できたのだが、消化不良を感じたアオイは、釈然としなかった。

 すると、

「陛下はお主らに申し訳ないと思っているのだよ」

 と、壇上に残っていたヴェールタ―が唐突にそんなことを言い、アオイに提案する。

「コウヘイのことが心配ならテレサに向かうと良い」
「テレサ?」

 テレサは、サーデン帝国の南の辺境に位置する小さな町で、あのオフィーリアが神託の内容として中級魔族が現れると宣言した地名のことだった。

 しかし、オフィーリアが聖女ではなく魔族であると思うようになってから、アオイは、それこそが陽動だと考えており、すっかりテレサのことを頭の中から消し去っていた。

「なぜ、テレサなのですか? ヴェールター様は、私たちの話を信じていないのですか?」

 ヴェールターがアオイの話に納得するように頷いていたのを彼女は、視界の端で捉えていたが、それくらいしか可能性が思い当たらず、そう聞く外なかった。

「いや、そうではない。どうやらあの女がやたら気にしていたというそのコウヘイは、その町にいるのだそうだ」
「え、本当ですか!」

 アオイは、少し裏返り気味の甲高い声を出し、少しずつ嬉しそうな笑顔になる。

「おお、まじかよ」

 カズマサは、コウヘイの無事を知った安堵からか、ほっとしたように呟いた。

 ただ、驚きながらもアオイは冷静だった。

「てか、なぜそれを?」

 コウヘイを追放したことをカズマサが報告したとき、アイトルどころかヴェールターもコウヘイのことをどうでも良い存在かのように、それほど気に留めていない様子だった。

 その様子を覚えていたアオイは、そんな彼らがコウヘイの居場所を知っていることが不思議でしかなかった。

「それを知ったのは偶然なのだが、領主のテレサ男爵から報告を直接うけたから間違いないだろう」
「領主からの報告で知った?」

 ヴェールターの説明にカズマサは、首を傾げた。

「そうだ。冒険者として相当優秀らしいぞ」
「優秀、ですか? でも、それはオークを相手するのが精々では?」

 昨夜、アオイからコウヘイが何かしらの力を持っている可能性を示唆されていたが、そのことをすっかり忘れてしまったのか、カズマサは自分の中の記憶だけを引っ張り出し、そうヴェールターに聞き返した。

「主将は何言ってるんですか、全く。たったそれだけで領主が帝都に報告を入れる訳ないじゃないですか」
「あ、そうだよな。悪かった。っで、何がそんなに凄いんです?」

 アオイの呆れ顔を伴った指摘にカズマサは反射的に謝り、ヴェールターに詳細の説明を求めた。

「うむ、それがだな。中級魔族が現れるという神託で混乱寸前だったテレサの町で、彼は先頭に立って住民を鼓舞し、冒険者の模範となっているらしいのだ」

 その内容は、二人を驚かせるには十分すぎるものだった。

「おいおい、まじかよ……あの内気な片桐が……まじかっ。えー、まじかっ!」

 コウヘイの性格を知っているカズマサは、驚きのあまり語彙力が低下していた。
 アオイもその内容には驚いたが、さすが康平くんね、と微笑んでいた。

 コウヘイについての話は、まだまだ続きがあった。

「しかも、それだけではないぞ。オーガやミノタウロスを一撃で倒すほどの強者に成長しているらしい。規模はまだまだ小さい町だが、それでも数百人の冒険者が活動している。その冒険者ギルドの中で、第一位のパーティーらしい……その実力の高さが信用となり、混乱が治まったようだ」

 ただ、この説明にカズマサは、信じられないというより納得できず、反論した。

「そんなバカな! 俺だってそんなことできないんだぞ! たかが一カ月半でそんなに強くなる訳――」
「仲間の存在ですね」

 その反論に被せるようにアオイが自分の意見を言った。

「あっ、それな! 絶対そうだ」

 カズマサは、ただそれに同調した。
 柔道の実力を認めつつも、この世界に来てからは、あまりコウヘイの実力を評価していなかった。
 それ故に、勇者パーティーから追放し、危険な目に合わないようにしたくらいなのだ。

 表面上は――

 その様子を見やり、ひとしきり頷いてからヴェールターは、尚も言葉を続けた。

「うむうむ、中々鋭いじゃないか。五人パーティーらしいのだが、その実力は全員がゴールドランク冒険者といえるほどらしい。さらに、先程陛下が言っていたミスリルランク相当の魔法士も一人いるらしいのだ」
「わかります。あのダークエルフですね」

 ミスリルランク相当の魔法士。

 アオイは、あの安宿、『黒猫亭』で最後にコウヘイと話をしたときに、かたわらに佇んでいたエルサのことを思い浮かべながらそんなことを言った。
 実際は、イルマのことを差しているのだが、アオイはエルサと勘違いした。

「ダークエルフ? 種族構成までは聞いてはいないが、コウヘイ以外の四人は全員女性らしいぞ」

 マジックウィンドウからの短い通信報告しか聞いていないヴェールターは、そこまで詳しい内容を知らなかった。
 ただ、覚えていた内容がいけなかった。

「なっ……」

 それを聞いたアオイは、歯噛みして悔しそうに両手を強く握った。

「はー、何だよそれ……」

 そう呟いてからカズマサは、単純に羨ましかったのか、

「あー、いいなー」

 と、付け足したのだった。

 普段は寡黙なはずのカズマサは、アイトルとの謁見を終え、完全に気が緩んでいた。

 アオイの反応を見るに、冒険者になるというのは口実で、コウヘイを探すのが目的だったのだな、とヴェールターはアイトルの予想通りであることに気付き、はほくそ笑んだ。

 これなら、敵対宣言を受ける前に帝国から離れられてしまうことは防げそうだな、と――

 それに満足したヴェールタ―は、退出しようとして唐突に思い出したように立ち止まる。

「冒険者になるにしろ、そうはならないにしろ、マサヒロたちも連れて一度登城するように」

 それは、ヴェールターなりの時間稼ぎでもあった。

 アイトルの考えを全て聞いている訳ではないため何とも言えないが、ヴェールターとしては、バステウス連邦王国方面だけでも、防衛戦に勇者たちを参加させたいと考えている。

 それに、デミウルゴス神皇国から貸与されている魔法袋をマサヒロたちが持っていることもあり、冒険者になるならそれを回収する必要があった。

 それには、アオイではなくカズマサが答える。

「はい、それはこれから話し合いします」
「うむ、そうするとよい。戦争に協力してくれるなら爵位も準備はある。だから、しっかりと考えてほしい」

 ヴェールタ―はカズマサに念押しするような視線を送ってから、今度こそ、その場をあとにした。

 爵位のくだりで、ヴェールターが心なしかカズマサに強い視線を向けていたことをアオイは気付いていた。

「ねえ、まさかとは思いますけど、今ので釣られてないですよね?」
「え? いやー、そんなことないぞ……」
「うわぁ……」

 冗談のつもりで確認したアオイであったが、カズマサの反応は微妙だった。

「戦争なんですよ? 今までみたいに魔獣と違って同じ人間を殺すんですよ!」
「わ、わかってるって!」

 本当にわかっているのだろうか、とアオイはジト目でカズマサを見たのだが、カズマサの様子は、それを何とも思っていない気がした。

 ただ、アオイとしては、急ぐ理由ができた。

 早くしないと訳のわからない女にコウヘイを取られる、とアオイは焦り始めた。
 実際は、既に遅いとわかっていたアオイであったが、それに気付かないふりをしたかった。

「だって、私の方が先なんだから!」

 強すぎる思いが口をついて出てしまう。

「ん、何か言ったか」
「いえ、何でもないです。それより、二人だけで話しても仕方がないので、早く山木くんたちのところに行きましょう」
「そうだな」

 アオイは、儀仗兵が扉を開けるのを待たず、自分で開けた扉を足早に通り抜けて謁見の間を出て行った。

 そんなアオイとは対照的にカズマサは、謁見の間に敷かれた深紅の絨毯の毛並みを踏みしめるかのようにゆったりとした歩みで、

「まさか片桐がな……くそっ……話が違うじゃねーか」

 と、何やら不穏なセリフをぽつりと吐くのだった。

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