賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第098話 その疑惑、確信に至りて


 コウヘイたち五人がダンジョンの一四階層に差し掛かったころ。

 カズマサとアオイは、帝都サダラーンに到着した。
 その二人は、先に帰還を果たしていたマサヒロたちと合流することなく、帰投するなりすぐ謁見の間に向かった。

 サダラーン城の謁見の間。
 一番奥の一段高くなった玉座に皇帝アイトルが座し、そこから真っ直ぐに伸びた深紅の絨毯が、白い大理石の床を分けるように道を作っていた。
 たまたま城内に居た上級貴族と騎士団長たちが招集され、その道を隔てて整列していた。

 その多くの瞳が見つめる中、カズマサとアオイの二人は一切身動ぐことせず、サーデン帝国皇帝――アイトルの眼前に跪いていた。

 アイトルがゆったりと玉座に座る様は、皇帝らしい威厳を放っており、アオイはこれから要求することが受け入れられるだろうかと、内心……緊張していた。

 ただ、そのときのアイトルは、気分が優れず、顔色が心なしか黒ずんでいた。
 それを気取られていないのは、さすがは皇帝といったところだろうか。

 そんなアイトルは、一連の報告を受け、疲れた表情で深いため息をついた。

 消息不明と思われた聖女オフィーリアが、ブラックドラゴンの可能性を示唆されれば、「そんなバカな!」と、アイトルは一蹴したかった。

 実際、アオイがそのくだりを説明したときに思わず立ち上がったほどである。
 ただ、それは仮説が外れてほしいと思っていたから故の反応だった。

 マサヒロもそのようなことをほのめかしており、そのときのアイトルはそれをバカバカしいと一蹴した。
 それでも、彼と一緒に帰投した騎士たちからも同じ報告を受けれは、その可能性を完全には否定しきれなくなった。
 一人二人の目撃証言であれば、見間違えの線もあるが、何十人から同じ証言をされては、無視できなくなるのが道理だ。

 しかも、その者たちは、アイトルが深く信頼を置く近衛騎士団の騎士たちなのだ。

 一度聖女が魔族である疑惑が浮上すると、アイトルはそのことばかりを考えるようになり、聖女がふつうでないと、思い当たる節が色々とあることに気が付いた。

 オフィーリアがマジックウィンドウを通じて知らせてくる神託は、いつも事態が悪化してからであったし、今回の死の砂漠谷での魔獣襲撃は一切連絡がなかった。

 更に、今回はもう一つ不審な点があった。

 本来、聖女ともあろうオフィーリアが戦場に行く必要は無い。
 中級魔族が大陸内部に現れるとなれば焦るのも理解できるが、ふつうはマジックウィンドウで連絡を入れ、こちらから増援部隊を送るだけで良かったのだ。

 今回に限りオフィーリアは、己が赴くことに、とにかく拘っていた。
 
 当初、デミウルゴス神皇国の意向ともアイトルは考えた。
 それが、聖女の帰還を催促され、彼女の独断だということが既に判明していた。

「デミウルゴス神皇国の意志に反してまでその行動を取った意味は何だ?」

 そして、

「なぜ今行動に出たのだ?」

 と、アイトルは執務室でワイングラスを片手にここ数日よく悩んだものだった。

 そして、アイトルは、魔獣の異常行動という共通点を導き出した。

 魔獣が今までより強力となり、違う種類の魔獣が一緒に行動しているという、未だかつて聞いたこともない奇怪な行動をしはじめた時期と重なる。

「もしや、魔族軍で何やら動きがあって、戻る必要があったのか?」

 そして、

「ついでにコウヘイが勇者パーティーと一緒にいると思っていたから、彼を殺すつもりだった――」

 と、アイトルは考えを巡らせた。

 結局は、コウヘイが既に追放されており、その場にいなかったため失敗したのだが、その事実を結びつけると、点と点が繋がり線となるのだった。

 そもそも、二人の報告を聞くまでのアイトルは、コウヘイではなく勇者パーティー自体を狙っていたと考えていた。

 マサヒロは、遠く離れた第二軍にいたため、ブラックドラゴンの言葉しか聞いておらず、彼の報告の内容は一部精彩を欠いていた。

 そのため、アイトルとしては、聖女が魔族であるなどと言うことは、外れてほしかった仮説だったのだ。

 その最中に、間近でそれを目撃し、会話までしたカズマサとアオイから同じことを言われれば、その仮説が確信へと変わるのはすぐだった。

 皇帝の傍に控えている宰相であるヴェールター・フォン・クニーゼル侯爵も驚きの表情を見せつつも、最後は納得したように大きく頷いていた。

 ヴェールタ―は、アイトルからこの仮説を聞いており、アイトルと同じく確信しての反応だろう。

 その衝撃的な話に加え、勇者であるユウゾウが金銭を持って逃亡したとなれば、呆れてものが言えなくなるのも仕方がない。

 そんなこんなでアイトルは、何かを言おうと口を開きかけ、その口を閉ざすを繰り返していた。

 それを見かねてか、アオイが先手をとる。

「恐れながらも皇帝陛下、私から一つ、宜しいでしょうか」
「……うむ、申してみよ」

 まだ何かあるのか、とアイトルは顔をしかめたが、考えがまとまっていないため、それを許可した。

「ありがとうございます。先程報告した通り、聖女が魔族であることは濃厚です」

 アオイは、そこでわざとらしく間を置いた。

 何かしらの反応を期待してのことであったが、アイトルは、「それで?」という風に、頷くだけだった。

 アオイは、「あれ?」と、少し戸惑いながらも続けた。

「つまり、私たちは、魔族の手先となり働いていたこととなります」

 それって、かなりマズイですよね? という意味を込めてアイトルを見つめた。
 それでも、彼の表情は少しも変わらなかった。

 アイトルは、他国からも賢帝と呼ばれるほど、かなりの切れ者だ。
 アオイが辿り着いたのなら、アイトルにだって容易にその答えは導き出せる。

 ただ、報告の内容はブラックドラゴンが人型になった姿と、名前が聖女オフィーリアに似ているというだけ。

 それ故に、アオイがそう確信した理由をより詳しく聞きたくなった。

「ふうむ、彼女が本当に魔族であれば、の話だが、なぜそうと言い切れるのだ?」

 その問いを聞いたアオイは、信じてもらえていないと勘違いし、唾を飲み込む。

 アイトルとしては、「習慣」が出ただけだが、それは仕方がない。

 正直に全てを話すのは、交渉の場面では下策である。

 ただ、アオイは他国の外交官や使者ではなく、帝国に所属している勇者。
 言うなれば、アイトルの所有物である訳だが、アオイが何かしら要求してくることを、この一言二言の遣り取りで気付いていた。

 習慣とは良くも悪くも厄介なものだ。

「そ、それは……康平くんのことを知っていたことです。あの黒いドラゴンの様子から明らかに康平くんを探して死の砂漠谷へ来たのに、康平くんが追放されていて怒っていたんですよ! 明らかにおかしいですよ、そんなの……」

 半ば興奮するように言うアオイに対し、アイトルはあくまでもゆったりとした口調を崩さない。

「確かに、不思議な話だな」

 アイトルは、わざとらしく頷き、目を細めアオイを見据える。
 その反応に、余計にアオイは焦る。

「しかも、名乗った名がオフェリアですよ! これは、読み方が違うだけで文字の綴りが同じなんです……私たちが居た元の世界の話ですが」

 そこで言葉を切り、アオイはアイトルの反応を待つ。

 もう、何なのよ! ふつうならそこで納得するでしょ! と、アオイはアイトルの無言を心の声で叫びながら耐えるしかなかった。

 不安からか何度も瞬きを繰り返しているアオイを見てアイトルは、

『勇者なれど、精神はまだ子供……少し意地悪がすぎたか?』

 と、フンと軽く笑った。

「で、あるか……おそらくだが、コウヘイが追放された事実を護衛の翼竜騎士団の騎士から聞いたのだろう。それからのあの大規模破壊。騎士たちを殺害し、死の砂漠谷へと向かった……と言ったところか」

 何か笑われたけど、どうやら信じてもらえたようね、とアオイはホッと一安心。

 さあ、ここからが本番よ、とアオイは深呼吸をする。

「私もそう考えてました。そこで……」
「そこで?」

 アイトルは、いよいよか、と続く言葉を待った。
 
 アオイは、両手の拳を硬く握り、アイトルの碧眼を真っ直ぐに見据え、用意していたセリフを吐き出す。

「私たちを自由にしてはくれないでしょうか!」

 意図せず、今度は自然と間ができた。

 アイトルは、てっきりコウヘイを探し出して勇者パーティーに戻したいとでも言い出すのかと考えていた。

 勇者ではなかったが、そんな同胞が狙われていると知り、心優しいアオイならそうするだろうと。

 予想外のアオイの言葉に固まったアイトルは我に返り、その言葉の真意を問う。

「……何が言いたいのだ」
「そのままの意味で御座います」
「そのまま、とは?」

 思わずアイトルは身を乗り出すように前屈みになった。

 アイトルの予測は、当たらずといえども遠からずであった。

 ただ、アオイの場合は、自分がコウヘイを守る気でいた。
 勇者パーティーという帝国に縛られた組織に身を置いたままでは、それをできないと考えていた。

「私たちは冒険者になって、自由に行動したいと考えています」

 アオイがそう宣言し、カズマサも頷いた。

 アイトルはその様子を眺め、何と言うことだというように額に手をやり、黙り込む。

 整列していた文官や武官がにわかに騒ぎ立てる中、一歩前へ踏み出したヴェールターは、アオイへ詰め寄るかのような勢いで声をあげた。

「何を言っておるのだ!」
「まあ待て、ヴェルよ」

 それをアイトルが腕を横に出して遮る。

「しかし、陛下!」

 制止されたヴェールタ―は納得できず、アイトルに反論しようとしたが、

「よい!」

 と、アイトルが大声を出し、少し咳き込んだ。

 普段冷静なヴェールタ―にしては珍しく、その表情は未だ物言いたそうであったが、最近アイトルの調子が優れないのを承知していた。

 それ故に、その叱責にヴェールタ―は、困惑の表情を消し去り、心配そうに自分の主の顔色を窺う。

「よい、大丈夫だ」

 アイトルがヴェールターにそう伝えると、彼は元の立ち位置に戻った。
 それからアイトルはアオイへと向き直る。

 これも止む無しだろうな、とアイトルはある種の覚悟を決めた。

 そして、静まり返った広い謁見の間に、不思議なほど皇帝の声が響き渡る。

「……アオイ殿、カズマサ殿。冒険者になりたいとのことだが――」

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