賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)
第093話 ダンジョンのオアシス
ダンジョンの安全階層と呼ばれる一〇階層にコウヘイたちは到着した。
歪んだ円形状に直径一〇〇メートルほどの広さ、五階建てのビルほどの高さがあるこの階層は、他の階層とは全く違う趣だった。
大気中の魔素に反応した光苔から発せられる黄色い光は、一つ一つがとても淡く儚い光なのだが、満遍なく壁面や天井を覆い、昼間のように明るかった。
どこからか流れ込んだ地下水が溜まって泉を創り、その周辺に自生した草花と水面を煌かす光苔の暖かい光が心地よい雰囲気を演出していた。
それは、ダンジョンの中だというのに、戦闘によるここまでの疲れを癒し、心に安らぎを与えてくれるオアシスの如し――――
エルサの一言により出遅れた僕は、走って九階層の階段を下り、出口に到着したところでみんなに追いついた。
「よし、予定通り今日はここで一泊しよう。みんな、もうカンテラは消していいよ」
「うむ。それじゃあ、早速食事の用意でもするかのう」
イルマは慣れたもので、僕が言う前に率先して野営の準備に取り掛かる。
「よろしくね。ミラはイルマの手伝いをお願いできないかな?」
「はい、わかりました」
泉に水を汲みに行ったイルマとミラを見送り、僕は魔法の鞄から布や毛布を取り出す。
「エルサは僕と寝床の準備をしよっか」
僕は平然を装い、地面に敷く布を渡しながらエルサを誘う。
「場所は、いつも通り?」
そう聞かれた僕は、肯定の意味で顎を引く。
ただ、前回と前々回共に、中央付近にある泉の手前にテントを張って休憩をしたけど、いつも通りと言うには回数が足りない気がする。
先を歩き始めたエルサから視線を移し、エヴァの様子を窺う。
「エヴァは、そのまま少し休んでなよ」
「元々そのつもりよ……」
僕が振り返ると、エヴァは、壁にもたれ掛かるようにして座っていた。
すっかり持ち直したと思っていたけど、この階層に到着するなり座り込んでいたため、さっきのファビオさんとの遣り取りは、やせ我慢だったのかもしれない。
「そっか、じゃあこれを。準備できたら迎えに来るから」
「うん、悪いわね」
「いいって」
手に持っていた毛布をエヴァに一枚渡し、先に行ったエルサの後を追う。
「そこにするんですか?」
その場に着くなり、僕はファビオさんに問う。
「んあ? なんだ、まずいか?」
「いえ、そういう訳じゃないですけど、こんなに広いんですからこんなに密着しなくてもいいじゃないですか」
一〇階層は、他の階層みたいに大きな岩が転がっているということもなく、ほぼ平坦であり、障害物といったら目の前の泉くらいで、どこでも使い放題だった。
それでも、エルサが布を敷いた場所から三メートルほど間隔を空けた場所に、ファビオさんたちも同じく寝床のための布を敷きはじめたのだった。
せっかく、エルサが言った言葉の意味を確認しようと考えていたのに、と邪魔が入ったことに少しイラっとした。
「まあ、そう固いこと言うなよ。な、俺たちは、死線を一緒に潜り抜けた仲間じゃないか」
「そうですよー。私はもっとコウヘイ様とお話がしたいです」
「は、はあ……」
人の都合を完全に無視したファビオさんとテレーゼさんの言い分に、僕は釈然としない反応を見せる。
「ねえ、エルサも何か言ってよ」
エルサに助け舟を出してもらおうとしたけど、それは無駄だった。
「べつに良いんじゃない? 大人数の方が楽しそうだし」
さいですか……
「ほら、エルサ様もそう仰っていることだし、ね」
エルサの同意を得て嬉しいのか、テレーゼさんはウラさんとロレスさんと一緒になって、彼女たちの寝床を僕たちの方へ近付けはじめた。
こうなっては、今更拒否をする訳にもいかず、渋々僕は承諾した。
しかし、さっきのエルサはどうしたのだろうか。
今も凄くドキドキしているのに、その原因のエルサはいつも通りの様子だった。
『コウヘイ、好きだよ』
確かに、エルサは僕の目を見てそう言った。
それがあまりにも唐突で何の準備も出来ていなかったため、その言葉とあのときのエルサの表情が僕の脳裏にこびり付いて離れない。
エルサは、すぐに身を翻してイルマたちの後を追って去ってしまい、その真意を確認できていない。
「むむ……」
思わず僕は唸る。
そして、盗み見るようにエルサの顔を窺う。
「ん、なーに?」
ふと目が合い、僕はドキッとして下を向く。
なんだろう――
心臓の鼓動が聞こえるほどに胸の高鳴りが止まらない。
「な、何でもないよっ。テントを張ろう、早く。イルマたちが戻ってきたら準備しなくちゃ……夕食の……」
心なしか焦った僕は、上手く口が回らなかった。
「そうだね」
エルサはそう言うのみで、本当に普段と変わった様子はなかった。
それが、余計に気になった。
エルサが僕に好意を寄せてくれていることは、承知していた。
それでも、それはいつも僕を慰めてくれるような言い回しが殆どで、今回のようにはっきり言葉で伝えられたのははじめてだった。
『コウヘイ、好きだよ』
再び、さっきの場面が脳内再生され、僕は悶え奇声を発した。
「なあ、コウヘイさんよ。どうしちまったんだ?」
声を掛けられて振り向くと、引きつった顔のファビオさんが僕のことを見ていた。
「あ、魔法の発声練習です」
「そ、そうか。魔法を使うのも大変なんだな」
「え、ええ、まあ……」
うわー、恥ずかしい!
何が魔法の発声練習だよ! と心の中で自分のとっさについた嘘を後悔する。
ファビオさんだけではなく、周りからの視線が痛かった。
絶対可哀そうな奴って思われただろうな。
羞恥心で我に返った僕は、野営の準備に専念することで、先程のことを必死に忘れようとした。
――――――
夕食を終えた僕たちは、情報交換をすることとなった。
と言いつつも、殆ど僕たちに対する質問コーナーと化していた。
ここは、安全階層ということで、僕たちは簡素な平服に着替えていた。
単純に防具を外しただけで、服装は殆ど変わらない。
しかし、テレーゼさんは違った。
亜麻色の髪を結ってポニーテールにしていたのに、今では胸元に垂らしていた。
それが癖毛なのか少しウェーブ気味で、しかも丸ふちメガネを掛けていた。
その顔に違和感と言うか、既視感を感じた。
どこかで見たことがあるような――
その顔を見てテレーゼさんからパーティーを組んでほしいと言われたときのことを思い出したけど、そうじゃない……そうじゃないんだ。
もっと、こう身近な存在を感じた。
そのときだった。
『こーちゃん!』
え!
突然頭に痛みが走り、右のこめかみの辺りを押さえた。
「コウヘイ様、あのー、コーへーさまー」
気付くと、テレーゼさんが僕の名前を連呼していた。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃありませんよ。コウヘイ様こそどうなさったんですか? そんなに見つめられると恥ずかしいです」
どうやら僕は、テレーゼさんを見つめたまま考え事をしていたようだった。
しかし、必死に探っても何を考えていたのか思い出せなかった。
「ああ、ごめん。少し考え事してた」
「いつものことじゃな。コウヘイは考え事をすると周りの声が聞こえなくなるのじゃ」
イルマがフォローを入れてくれたけど、そう言われたのははじめてだ。
気を付けないといけないな。
「しかし、勇者パーティーとなると持っている物からして凄いな」
「ですねー。本物の魔法袋は、正直羨ましいです」
ファビオさんとテレーゼさんは、さっそく話を切り替え、羨望の眼差しを僕たちへと向けていた。
本物の魔法袋――無限に収納できるとされているマジックアイテム。
その中は異次元となっており、時間停止の効果がある幻想級マジックアイテムで、出土品限定のプレミアムマジックアイテムなのだ。
本来は、デミウルゴス神皇国によって厳重に管理、保管されており、勇者が召喚される度に、その国にデミウルゴス神皇国から貸し出しされる。
そんな魔法袋を所有している僕たちは、白猫亭で大量の食事を注文してイルマのそれに入れるだけで、いつでもどこでも白猫亭の出来立ての料理をいただけるのであった。
当然、ふつうの冒険者であるファビオさんたちは、保存がきく干し肉や乾燥させてカチカチに固まった黒パンを水と一緒に流し込みながら食べるという、質素な食事だった。
帝都とは違い、テレサの冒険者で異次元収納を付与された入れ物を持っている人は、どうやら一人もいないらしく、その料理をみんなに振舞うと大喜びされた。
やっぱり、戦闘後の疲れた身体にはアツアツの料理が一番だ。
「そうですね。だからイルマには頭が上がらないんですよ。それが無かったら今までの討伐成果を持ち帰れないですからね」
元々僕が貸し出されていた魔法袋は、内村主将に取り上げられてしまった。
イルマがその魔法袋を持っていたおかげで、大助かりである。
「そう言えば、何でイルマちゃんが持っているんだ?」
ファビオさんの疑問は尤もだろう、だって僕のことを勇者と勘違いしているのだから。
しかし、今の言い方は不味かったようだ。
「ちゃん……だと?」
「ん?」
イルマが低い声でファビオさんのことを睨んだ。
当のファビオさんは、睨まれている理由がわからず困惑顔だ。
「待ってよ、イルマ。僕が説明するから」
「うむ、いいじゃろう」
説明を任せてもらい一旦イルマには落ち着いてもらう。
エヴァからイーちゃんと呼ばれても怒らないのに、何故ファビオさんにちゃん付けされたら怒るのかわからない。
見た目が幼女なのだから仕方がないのに、イルマなりの区別があるのかもしれない。
取り合えず僕は、イルマの本当の年齢をファビオさんたち冒険者に教えた。
当然、それを聞いたみんなは、開いた口が塞がらないほど大げさに驚いた。
まあ、当然だよね。
エルフ族の平均寿命は二〇〇歳程度といわれているのだから。
「こ、これは失礼したイルマさん」
「うむ、わかれば良いのじゃ」
さん付けで言い直されたことで、満足そうに大きく頷くイルマ。
「まあ、よく考えてみればコウヘイさんに同行しているくらいなんだから、ふつうのエルフな訳ないよな……もしかして、エルサさんも……」
「んー、わたしは一八だよ」
エルサの年齢を聞いたファビオさんは、うっかり禁忌を犯した。
それは、イルマとエルサの胸部の辺りで視線を彷徨わせたのだった。
結果、僕が仲裁に入る暇もなく、ファビオさんの身体が宙高く舞い、吸い込まれるように泉にダイブした。
「あーあ……」
――――当然の結果に嘆息したコウヘイ。
ガーディアンズのメンバーが慌てて泉へ駆け寄り、ファビオを泉から担ぎ上げて救出して事なきを得た。
一応息があるのは、ゴールドランク冒険者なだけはあるようだった。
イルマの目にも止まらぬ蹴りを目の当たりにした、「野に咲く花」と、「荒ぶる剣」の面々は、震えて何も言えなくなった。
正に、「目は口ほどに物を言う」とは、このことだろう。
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