賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第089話 能力の成長


 ミノタウロスとの戦闘が終わり、真っ赤に血濡れたエヴァは、不機嫌な表情を浮かべながらコウヘイの元へ近付く。

 その足取りは、のんびりというよりも気だるげだった。

 その様子を心配したコウヘイも歩み寄り、その壮絶な見た目に苦笑いを交えて声を掛けるのだった――――

「お疲れ様……じゃあ、目を瞑って」

 僕は、戻って来たエヴァを労い、水魔法で水の塊をエヴァの頭上に発現させた。
 エヴァも僕の意図を理解して、素直に目を瞑り顔を上に向けた。

 それを破裂させると、水の塊がシャワーの如く、エヴァにべっとり付いた返り血を洗い流した。

「残りは、後でゆっくりと、ね」

 魔法の鞄から布を取り出し、エヴァに手渡す。

 文句の一つでも言われることを覚悟していたけど、そうはならなかった。
 エヴァは頷くのみで、それを受け取って顔を拭ったりしているけど……

 ――元気が無い。

 一目見た感じでは、傷を負った様子もないことから、僕はさほど心配はしない。
 おそらく、さっきの魔法で大分魔力を消費して気だるいのだろう。

 あるいは、ミノタウロスを仕留めたことで、レベルアップした可能性もある。

 その可能性を考えた僕は、改めてエヴァのグレーの瞳を見つめた。
 虚ろな様子のエヴァから、単純に魔力消費だけによる影響とは思えなかった。

 僕たちは、この世界のある仕組みに気付き、検証中であったことから、よしよし、と僕は心の中で頷いた。

『大物を倒す度にどっと押し寄せる疲労感』

 そういうものがあるらしいことを最近知った。
 それが、ゲームのようなレベルアップと同じなのかは未だわかっていない。

 ただ、それをエヴァが感じる度に魔力量が上がっているのは確かだった。

 何故、それが今更判明したかと言うと、地力の違いだと思う。

 ゲームでレベルが低いキャラが、高レベルの敵を倒すと一気にレベルが上がるアレだ。
 僕たちがそれに気が付かなかったのは、高レベルがいくらゴブリンを倒してもそれを感じられないのと同じだと予想している。

 ゴブリンジェネラルを倒したときはどうかというと、よくわからない。
 疲労感は確かにあった。

 しかし、ミラを救ったときには、その感覚が無かったことから、単純に強敵との戦闘に疲れが出ただけとも言える。

 そうでなければ、五階層のゴブリンジェネラルを倒してレベルが上がったばかりだから、そのすぐ後に倒したときに経験値が達していないという考え方もできる。

 はたまた、筋肉トレーニングのように軽い負荷では少しずつしか鍛えられないけど、重い負荷でトレーニングすれば一気に筋力が増すといったような可能性も考えられる。

 僕のことを例にすると、召喚された当時より明らかに筋肉の量が増えている。
 それは、ミスリル製といえども重量があるプレートアーマーを着込み、メイスを毎日振り続けていれば筋力が上がるのは道理である。

 僕が以前より強くなったのは、魔法が使えるようになったことの他に、このような基礎が強化されていることも理由の一つだと思う。

 僕の場合は、レベルが上がったというよりも鍛錬により強くなったと言った方が話の筋が通る。

 色々な可能性を考えてみたものの、結局間違いないのは、エヴァの魔力量が微量ながら日々上昇し続けていることだけだった。

 詰まる所、その真実のほどはわからない。

 自分のステータスを確認する手段は、エルサの魔法眼で魔力量を調べることくらいしかない。
 聖女様の鑑定眼であれば、各種ステータスのランクやスキルの内容が調べられるらしいけど、それは簡単ではない。

 というか、無理である。

 確かめる方法がないため僕たちの予測は、全て仮定の話である。
 だから、検証中としか今のところは言えないのだ。

 そんな思考の世界に浸っていた僕は、「あれ?」とおもむろに顔を上げた。

 こんな風に僕が自分の世界に行ってしまうと、誰かしらが連れ戻してくれるのに、今回はそうならず、自力で戻って来られた。

 辺りを見回してみると、エルサとミラがエヴァの身体を拭いてあげており、僕のことを気にしている場合ではなかったようだ。

 すると、少し離れた場所からイルマが近付いてきて、怪我人を発見したことを報告してくれた。

 取り合えず僕は、交換条件を承諾し、冒険者に治癒魔法を掛けてあげるようにイルマにお願いした。

 戦闘が終了して緊張の糸が切れたのか、ガーディアンズと他の冒険者たちは、茫然とした様子でその場に座り込んでいた。

「さて、先ずは話し合いでもしましょうか?」

 僕は二回ほど手の平を打ち鳴らし、そんな彼らの注意を引き、そう提案した。


――――――


 カンテラの光が一〇個も集まれば局部的だけど、ダンジョン内とは思えないほどの明るさとなっていた。

 僕たちが持つ魔導カンテラの静かな光とは対照的に、ファビオさんたちが腰に括り付けた、カンテラの炎の挙動に合わせて揺らめく影が印象的だった。

 その温かい光に包まれながら僕たちは、ミノタウロスとの戦闘に至った経緯をファビオさんから聞いた。

 その戦闘は、約三〇分にも及んでいたことが判明し、認識に間違いがないか僕がその話を要約して確認する。

「つまり、目標の一〇階層を目前にして、ここでミノタウロスに遭遇した……そして倒せると思ったけど負傷者が出たことで、雲行きが怪しくなり、その負傷者の存在で逃げるに逃げられなくなった、ということですね?」

 申し訳ないけど、オーガに勝てなかったガーディアンズの人たちに、ミノタウロスの相手は厳しいだろう。
 だから、ファビオさんが逃げずに戦闘を行っていたことを、この広間で見たときは疑問に思っていた。

 ここに到着したとき、負傷者の存在に気が付かなかったのは、ミノタウロスの目をごまかすために布を被せ、カンテラの光が漏れないように治療を行っていたからだった。

 九階層への階段を下っている最中に、エヴァが言っていた、「薄れゆく気配」とは、間違いなく彼らのことだろう。

 少し離れた場所に力なく横たえている見知らぬ冒険者が二人。
 その傍らに座り込んだガーディアンズのゴランさんは、その治療を行っている。

 ゴランさんは、治癒魔法は使えないけど、医療の心得がある衛生士だ。
 それに、先程気が付いたイルマも一緒になって治療を行っている。

「そういうことだな。だから、コウヘイさんが来てくれなかったらマジでやばかったんだ。助かったよ」

 ファビオさんの表情には疲労の色が窺えた。

 そうか、身動きが取れなくて、この場に留まっていたのか。

 僕がファビオさんの話に納得し、何度か頷いていると、

「それにしても、エヴァに助けられるとは」

 と、エヴァの方を見ながら、ファビオさんは苦虫を潰したような表情をしていた。

「な、何よ、その言い方は!」

 せっかく助けたのにそんなことを言われれば、気力を無くしていたエヴァだって文句の一つだって言いたくなる。

 ただそれも、勘違いだった。

「ああ、悪い、別に文句を言った訳じゃない。感心したんだよ」
「か、感心?」

 悪い意味と捉えて喧嘩調子で反応したエヴァは、そうではないと理解したものの意味がわからないのか、片方の眉毛をクイっと上げ、聞き返した。

「そうだとも。相当な腕をしていることは聞いていたが、ここまでとは思わなかったんだよ。さっきもコウヘイさんには言ったが、本当に助かったんだ。ありがとう」

 ファビオさんが律義に頭を下げ、その反応にエヴァが困っていると、残りのメンバーも佇まいを正し、僕たちに向かって頭を下げてきた。

「何よ、あんたたち。気持ち悪い。でも、殊勝じゃないの」

 何でそんな風にしか言えないんだよと思いながら僕がエヴァを見ると、そんな言葉とは裏腹に、エヴァの口元が綻んでいた

 なんだ、嬉しそうじゃん、と僕も釣られるようにして微笑んだ。

 それに、今回のことでエヴァに対する評価が上がれば良いな、と僕は思った。
 当然、僕たちは、エヴァが巷で噂さされているようなではないことを知っている。

 だから今回のことをダシに使おうかとも思ったけど、僕たちが間に合った理由もちゃんと伝えることにした。

 十中八九、ガーディアンズ以外の冒険者たちの仲間だろうけど、あの泣き叫びながら走り去った冒険者が気になって仕方がない。

 色々な意味で……

「エヴァはこう言ってますけど、本当にたまたまだったんですよ。冒険者が喚きながら上がって来なければもう少し後になっていたと思いますよ――」
「「「あっ!」」」

 僕たちに向かって下げていた頭を上げてもらう意味も含めて偶然だと伝えたら、見知らぬ冒険者三人の声が重なった。

 その声に僕が驚いていると、真ん中の少し背の低い魔法士の少女が、ふくれっ面で、

「あーもう、なんなのよーあいつー」

 と文句を付け足してダンダンと地面を踏み鳴らした。

「えっとー、きみは?」

 穏やかな見た目を裏切る発言と行動をした魔法士の少女に名前を確認する。
 ファビオさんの説明からはじまったたため、自己紹介を未だしていなかった。

「あ、これは私としたことが、失礼しました勇者様!」

 いきなりファビオさんと話しはじめた僕が悪いのに、逆に謝られてしまった。

 しかし……

 ――近いって!

 僕のことを勇者様と呼んだ少女は、目尻が下がり気味の淡い碧眼を真ん丸とさせ、僕が思わず後ずさるほど、ずいっと近付いてきた。
 その勢いで被っていたローブのフードがずり落ち、亜麻色をしたポニーテールの毛先が跳ねるように揺れた。

「私は、『野に咲く花』リーダーのテレーゼです。お久し振りですね」

 その自己紹介は、少女らしく小首を傾げてにこやかな笑顔だった。

 ――――レベルアップなる仕組みがあるかどうかは、未だ判明していない。

 ただそれよりも今のコウヘイは、この窮地を脱しなければならない

 それは、テレーゼの様子からコウヘイは、以前に彼女とどこかで出会っているようだった。
 それでも、過去の記憶をいくら掘り起こしたところで、全く身に覚えがない。

 それならばとコウヘイは、テレーゼのことを誰か知らないか、という視線を振り返って送った。

 が、

 その場にいないイルマ以外の三人は、揃いも揃ってコウヘイへ非難の目を向けるのだった。

コメント

  • コーブ

    拝啓 ぶらっくまる様
    コメントへのお返し有り難うございます♪
    解りにくいコメントでごめんね(^_^;)自分でも解りにくいと思ったわ(>_<)タハハ
    単純に私の読解力不足によるものでしたのでノーカンにしておいて下さいな♪(≧▽≦)ハズッ
    作品も毎回楽しく読ませて頂いております♪ 有り難う!

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