賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第080話 三体の鬼


 臨戦態勢のまま広間へと続く五階層の通路を進むコウヘイたちは、幸か不幸かゴブリン等の魔獣と会敵することはなかった。

 広間に近付くに連れて感じる魔力の強さにコウヘイは警戒心を高める。

 その状況は、奇しくも精霊の樹海に転移したあの日と全く同じであった――――

 広間の様子を身を潜めながら確認すると、その場所に居るはずのない魔獣が居た。

 僕がそれを確認してから、他のみんなにもその様子を確認してもらった。

「あれって、オーガ……かな?」

 何度も見たことがある魔獣にも拘わらず、その状況があまりにも不自然であるため、僕はイルマに確認せずにはいられなかった。

「そうじゃな、でも……」

 イルマも僕と同意見なのか、口ごもる。

 すると、エルサとイルマがあまりにも身を乗り出していたため僕は焦る。

「エルサ、イルマ、あまり身を乗り出すと見つかるから」

 広間の様子を窺っていた二人に小声で囁いてから手を引いて来た道を戻り、広間の入口から距離を取った。

「あれがファビオさんが言っていたオーガかな?」
「うむ、三体じゃな。しかし、オーガが群れるとは不思議なもんじゃな」

 僕の確認にイルマが眉間に皺を寄せながら答えた。

 どんな魔獣が出るのかと心構えをしていたけど、その結果はオーガだった。

 オーガは、ゴリラのような大きな体躯に黒いゴワゴワとした体毛、そして、タケノコみたいな角を二本生やした魔獣で、単独行動を好むらしい。

 非常に気性が激しく、オーガ同士でも目が合うだけで戦闘になると言われているのに、群れで行動しているのは不自然であり、異様としか言いようがなかった。

 ただ、その気性の激しさを証明するように、オーガの周りにはゴブリンたちの死骸が散乱しており、カビ臭い洞窟独特の嫌な臭いに輪を掛けて血生臭い、鼻を覆いたくなるような臭いが辺りに充満していた。

 これも封印が解けたことに起因しているのだろうか……
 人間の味方をしていたらしい魔王は、やっぱり負けちゃったのかな。

 ニンナから話を聞いたことで、会ったこともない魔王のことを悪い魔族だと思えなくなっていた。
 だから、心配をしてみたりもしたけど、それを今考えても仕方がない。

「でも、あれよね? ガーディアンズのおっさんたちは五体って言っていたから、少なくともあと二体はいるはずよ」
「おっさんたち、って……」

 エヴァは、冒険者ギルドでは叔父様たちと呼んでいたけど、今となってはおっさんたち呼ばわりとは可哀そうに、と僕は苦笑いだった。

 それはさておき、知っている情報と食い違いがあるため、僕は確かめるように呟く。

「でも、それを言ったらファビオさんたちがオーガに鉢合わせしたのは八階層だったような」
「それは単純に追いかけて来たまま五階層に残ったオーガと戻ったオーガに分かれたんじゃないの? 今のところ他の魔獣の気配は感じられないし……」

 エヴァの予測に特におかしいところはないし、気配察知にも反応は無いという。
 それなら、このまま力押しで大丈夫かも。

「じゃあ、取り合えず僕とエヴァで一体ずつ相手するから、残りの一体はエルサで良いかな?」
「それは魔法とか弓とか指定ある?」
「うーん、どっちでもいいよ。魔力上限が近いなら一度魔法を撃ちこんだ方が良いと思うし、そこは臨機応変に戦ってみて」
「オッケー」

 エルサは、ショートボウを取り出したけど、弓矢は出さないことからマジックアロー系の魔法を使うつもりなのだろう。

 ここまでは洞窟の中ということもあり、弓を使う機会があまり無かったけど、ここ五階層の広間は十分広いため戦術の幅も広がる。

「イルマは、適宜てきぎ補助魔法で行動阻害をしてもらえると助かる。ミラは……様子見かな」
「任されたのじゃ」
「……わかりました」

 いつも通りの役割に、僕も淀みなく指示を出していくけど、ミラはやっぱり悲しそうな顔をする。

 別に戦力外のつもりではないけど、この前のこともあるから、ちゃんと伝えた方が良いかもしれない。
 だから、僕はできる限り、「ミラが頼りなんだよ」という表情で、

「ミラ、いざっていうときはミラの攻撃魔法に期待しているからね。それまでは周りを注意深く観察して、そのときを待ってほしい」

 と、力強く言い切った。

「はい!」

 それは効果覿面こうかてきめんで、沈みかけていた顔が浮上し、ミラは笑顔と共に両手で拳を作ったりしたけど、少し声が大きくてヒヤッとした。

「それじゃあ、行こうか、みんな!」
「ちょっと待ちなって」
「へ?」

 オーガ討伐の役割の指示をかっこよく出して、ちょっとしたハプニングを挟みながらいざ出撃という、僕にとってこの上なく心地よい流れが、エヴァの一言で断ち切られた。

「へ? っじゃないわよ。ミラちゃんに何てことをいうのよ。そういう無責任なこと言って無理させるなんてリーダ失格よ!」
「ぐっ……」

 言われてみれば、確かにそうだよね。

 僕は単純に、悲しそうな表情のミラに、無力だったときの僕をそのまま重ねてしまい、僕が言われたら嬉しい言葉をただ連ねて言っただけであった。

「あ、エヴァさん大丈夫ですよ。私は自分の実力を知っていますので、無茶するつもりは――」
「ほーら、コウヘイのせいよっ」

 何が、「ほーら」なのだろう。

「いいのよ、ミラちゃん。いざとなったらあたしが守ってあげるから、エルちゃんの傍から離れないようにね」
「あ、で、でも……」
「いいのいいの。ここまででも沢山頑張っていたじゃないの」

 ミラが何か言いたそうにしているのにも拘わらず、それを遮ってまでミラを説得するような感じで続けた。

 きっと、エヴァの過去の経験からそうさせているのだろう。
 エヴァの忠告を聞かずに無茶をした冒険者たちは、死という対価を払わされた。

 そうさせまいと躍起になっている感じがした。

「それに、オーガはね、人間の肉が大好物なのよ。特にミラちゃんみたいな柔らかそうな身体を見逃すはずないんだか、いたっ」

 話の内容が段々エグイことになってきたたため、ミラは顔を引きつらせていた。
 それを見た僕がエヴァの後頭部を軽くチョップして止めた。

「怖がらせてどうするんだよ」
「そう? それは良かった」
「全く……」

 満面の笑みで答えるエヴァに僕は、呆れるしかなかった。
 ただ、僕の予想は正しく、ミラを怖がらせて無茶させないようにしたかったようだ。

 それじゃあ、気を取り直して出撃と言いたかったけど、そう簡単ではなかった。

「あっ、あと、あたし一人じゃオーガ一体相手できる訳ないでしょ!」
「え? 嘘でしょ!」

 自信満々に宣言するエヴァに僕は、言葉を失った。

「……コウヘイ、あたしがこんなところで嘘つく意味がある訳? それにスキルが働いている時点であたしより格上確定なのよ!」

 そうでした……

 エヴァの危機察知スキルは、エヴァより格上に反応することを何故かすっぱり忘れていた僕だった。

 てか、何故エヴァはこんなに偉そうなんだ?

 ミラのことは……うん、確かに僕が悪いと思う。
 でも、そんな偉そうに勝てないと言わないでほしい。

「じゃ、じゃあ、どうする?」
「先ずは、しっかりと作戦会議をしましょう。オーガはあの巨体によらずすばしっこい上に魔法耐性も高いから、イーちゃんの行動阻害が重要ね。そうとなると――」

 そうして、僕たちは綿密な打ち合わせをし、作戦を立てるのだった。

 ――――スキル面でエヴァの索敵能力は、スバ抜けてコウヘイたちより高いことは事実であった。

 しかし、戦闘能力もそうかと言うと、それをエヴァに期待するのは酷というものだろう。

 コウヘイは、まだ、自身の異常な強さに気付いていなかったのだ。

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