賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)
第01話 巫女の役目
精霊の樹海――空を覆うほど枝葉が伸び、高く聳え立つ巨木が辺りに立ち並び、全身で感じられるほどの魔素で満たされた精霊の住まう場所。
その最奥に精霊王が住まう、圧倒的な存在感を漂わせる世界樹がある。
そこは、精霊王へ安寧の祈願のために、ダークエルフの中でフォルティーウッドのとある一族だけが、年に一度だけ訪れることを許されている場所。
今日が丁度その日であり、フォルティーウッドのシュタウフェルン家がその場所を訪れていた。
そこには、直径一〇〇メートルほどの幹をした並はずれて太く巨大な世界樹が聳え立っており、遠く離れているにも拘らず、訪れた者の視界を圧倒する。
その手前には、世界樹の幹と同じほどの幅の広大な湖が広がり、映しだされた月の形が風によって歪められ、儚い光を反射していた。
更には、その湖畔を幾千、幾万本もの魔素を吸収したユキノカンザシが青白く発光し、幻想的な風景を演出してた。
その幻想的な風景の中、ダークエルフの褐色の肌をより艶やかに引き立たせる、紫色の祭服に身を包んだアメリアが、精霊王に祈りを捧げている最中であった。
その祈りは数時間にも及び、その間は跪いた姿勢のまま微動だにせず、両手を前で組み祈りの言葉を捧げ続ける。
褐色の額には汗が滲み、湿った白銀の髪が月の光を受けて輝いていた。
この祈りは、単なる言葉を並べただけのものではなく、魔力を込めた呪文であり、魔法の一種である。
自身の魔力を少しずつ体外へ放出し、精霊王へ貢物のとして捧げる儀式魔法で、シュタウフェルン家の巫女に代々引き継がれてきた魔法だった。
「――そして、あまねくエルフの民に安寧のときを与えたまえ」
アメリアがそう唱え終えると同時に、今まで光を放っていたユキノカンザシの光がふっと失われ、辺りが暗闇に包まれた。
その闇に吸い込まれるようにアメリアの身体が傾ぎ、その場に倒れ込む様子が儚い月の光にのおかげで辛うじてわかった。
アメリアが祈りを捧げている最中、シュタウフェルン家のダークエルフたちは、直立姿勢のままで見守っていたのだが、
「ママあああー!」
と、母親が倒れる姿を見た少女が駆けだそうとした。
「待つんだ、エルサっ!」
「パパ、離してっ! ママが、ママが!」
父親に抱きかかえられ、身体の自由を奪われても、エルサと呼ばれた少女は必死にそう訴え、もがいた。
「エルサ、大丈夫だから。ほら、見てみな」
父親に優しく宥められ、エルサはアメリアの方を見た。
光を落としていたユキノカンザシが再び青白く発光し、その光の波がアメリアへと迫った。
その光の波がアメリアに到達すると、今度はアメリアの全身を覆い、より強い輝きを放ち、魔素を伴う風が吹き荒れた。
「うわあああ……きれい」
泣き叫んでいた少女の姿は既になく、その幻想的な様子に見とれていた。
それはエルサを幸せな気分にさせた。
「あれ?」
そこでエルサは、違和感を感じた。
エルサは、その感覚に身に覚えがあった――
が、思い出せない。
エルサが不思議な感覚に疑問を覚えたころ、アメリアがしっかりとした足取りで近付いて来た。
「大丈夫か? アメリア」
アメリアが倒れ込むことは毎度のことであったが、ベルンハルトは身を案じるように声を掛けた。
「いつものことです。問題ないですよ、ベルンハルト」
と、微笑みながら返していた。
無用な心配だったようだ。
「それよりも、どうしたんですか?」
ベルンハルトに抱えられているエルサを見てアメリアは、不思議そうに小首を傾げた。
「ああ、アメリアが倒れるのを見たエルサが駆けだそうとしたから捕獲した」
「あら、そうでしたの」
ベルンハルトから理由を聞いたアメリアは、もう一歩近付き、娘であるエルサの顔を覗き込む。
「エルサ、ママのこと、心配してくれたの?」
「うん、だっていきなり倒れちゃうんだもん」
くしゃっと眉間に皺を寄せたエルサは、その時の感情を思い出した。
それを見たアメリアは、すかさずエルサの頬に両手を添え、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫よ。一時的に精霊王様に魔力を預けて、我々の覚悟を示すものなの。だから、最後はああやって、捧げた以上の魔力を返してくれて、エルフ族の安寧を約束してくれるものなのよ」
「変なのー。返してくれるならあんな意地悪しなくてもいいのに」
アメリアの話を聞いたエルサは、五歳の子供らしい率直な意見を言った。
そのエルサの発言を聞いた大人のダークエルフたちは、愉快そうに大笑いした。
エルフ族は、一般的に長寿で中にはハイエルフと言う種族が、千年ほど生きるとさえ言われているが、ふつうのエルフ族の平均寿命は二〇〇歳と言われている。
それ故に、成人は四〇歳とされており、エルサはまだまだ幼かったのだ。
「エルサには少しばかし難しい話だったな」
ベルンハルトはエルサの頭を撫で、そのまま上に持ち上げて肩車をしてあげた。
「わー高い。ありがとう、パパ」
エルサは無邪気に笑いながら、ベルンハルトの肩先まで伸ばした白銀の髪にしがみ付いた。
「それでは帰ろうか、俺たちの里へ」
この儀式は、一方的なやり取りで精霊王と言葉を交わすことは無い。
どういう取り決めの元行われているかは、現在では不明で、ただ単にシュタウフェルン家に古より言い伝えられている儀式なのである。
一般的に魔法とは、呪文を唱え体内の魔力を消費することで、色々な現象を引き起こすことができる手段であり、今回の呪文は、体内の魔力をそのまま放出するだけで、具体的な何かを引き起こす魔法ではなかった。
放出された魔法が、湖畔に生えているユキノカンザシを媒体として世界樹へと送られる。
精霊王はその代わりに濃密な魔素を放出し返す。
それで終わりなのである。
魔素は、魔力の源でもある精霊たちが生み出すものといわれている。
ここファンタズムに存在する生物は、その魔素を取り込み魔力を生成する器官を必ず持っている。
本来、魔力を失って倒れたアメリアがこんなにも早く回復することはできないのだが、それは精霊王の力によるものかもしれない。
魔力は、未だ解明されていない身体の神秘であり、この先解明されるときが来るのかは何とも言えない。
ただ、扱う者によって無限の可能性があることだけは確かである。
――――――
やがて時が経ち、五年の歳月が流れた。
エルサが一〇歳になるこの年に、エルサの人生を狂わす事件が発生した。
「おーい、そろそろ戻るぞー。みんな集まるんだ」
エルフは一〇歳を過ぎると弓の扱いの訓練をはじめる。
今日は、一〇歳から二〇歳までの子供を集めての訓練を行っていた。
大分年齢の幅があるかもしれないが、出生率の低いエルフ族ではそうでもしないと人数が集まらないのである。
「よし、集まったわね」
掛け声によって集まってきた二〇人ほどの子供たちを確認しながら、担当教官であるカロリーナがそう言ったが、一人足りなかった。
「カロリーナ教官、エルサがいません」
「なっ、はあ……またか……」
エルサがいないことに気付いた誰かの指摘を聞き、カロリーナはため息をついた。
アップにしていた白銀の髪が乱れるのを気にせず、わしゃわしゃっとかき乱し、カロリーナは悪態をついた。
「ああ、もうっ! 毎度毎度エルサは何を考えているのよー。アメリア様の娘とは思えないわ!」
各里の族長衆とは別の括りでダークエルフの頂点に立つ巫女であるアメリアは、所作が優雅な上、お淑やかな性格であることから格別の人気を誇っている。
いわゆる憧れの人、ナンバーワンであった。
だが、その娘であるエルサは、お転婆で有名だったのである。
その年齢とは思えないほどの高い身体能力を備えており、魔法の扱いにも長けているため、「さすがは族長と巫女様の娘だ」とみなから期待をされているのだが、悪戯好きで大人のダークエルフたちの手をよく焼かせていた。
「えへへ、カロリーナ教官ったら可笑しー。あーんなに目を吊り上げたらオーガになっちゃうよー」
エルサは、少し離れた木に登って身を潜めており、その幹の陰からその様子を楽しそうに観察していた。
「今日はどーしよーかなー」
エルサは、単純に隠れるだけでは面白くないと思い、カロリーナを困らせる算段をはじめる。
エルサがいくら恵まれた能力を持っているからとは言え、所詮子供基準だ。
ひとたび姿を見られてしまえば、圧倒的にカロリーナの方が有利である。
エルサが身体を幹に隠しながら顔だけ出して覗き込もうとしたとき。
エルサが身を隠していた幹目がけて弓矢が放たれ、見事命中したのだった。
「ひっ! な、なんで……」
「見つけた!」
その突き刺さった矢をまじまじと見つめるようにエルサが身を乗り出したものだから、あっさりとカロリーナに発見されてしまった。
「今日という今日は許しませんよ」
エルサが慌てて逃げ出すも、身体強化だけではなく風魔法による推進力強化を施したカロリーナよって、彼女は呆気なく捕まってしまった。
「はうー、なんでわかったの?」
カロリーナに引きずられるようにされながら連れ戻されたエルサは、見つかったことに納得がいかないようだった。
「精霊が教えてくれた」
「えー、そんなのずるいよー」
エルサは、反則だとでも言いたそうに頬を膨らませて不平を漏らす。
「ずるくない。エルサももう少し真面目に訓練をすればできるようになる」
「えっ、本当!」
「え? あ、ああ、本当だとも」
あっさり捕まったことで不満たらたらだったエルサの様変わりに、カロリーナは苦笑いしてそう言うしかなかった。
「そっかー。じゃあ、わたしも訓練するー」
「む……」
そんなカロリーナの表情に気が付くことも無く、あっさりと大人しくなったエルサの反応に、カロリーナは言葉を詰まらせた。
ダークエルフに限らず、エルフ族はヒューマンや亜人たちとは違い、精霊の声を聴くことができる。
それは、「声」と言っても、それは会話ではなく魔素に因る導きに近い。
ただ、それには訓練を積み、大気中の魔素を感じ取る必要がある。
エルサのことだからあっさりと精霊の声を聴けるようになると思ったカロリーナであったが、そのせいで悪戯の精度が上がったらどうしよう、とも不安になる。
「その話はあとよ。もうすぐ日が暮れるから里に戻るわよ」
「はーい」
カロリーナが先頭に立ち、ダークエルフの子供たちは、自分たちが住む里であるフォルティーウッドへ戻っていった。
そのときはまだ、これから起きる惨劇を予測できる訳もなく、エルサの足取りは軽かった。
その最奥に精霊王が住まう、圧倒的な存在感を漂わせる世界樹がある。
そこは、精霊王へ安寧の祈願のために、ダークエルフの中でフォルティーウッドのとある一族だけが、年に一度だけ訪れることを許されている場所。
今日が丁度その日であり、フォルティーウッドのシュタウフェルン家がその場所を訪れていた。
そこには、直径一〇〇メートルほどの幹をした並はずれて太く巨大な世界樹が聳え立っており、遠く離れているにも拘らず、訪れた者の視界を圧倒する。
その手前には、世界樹の幹と同じほどの幅の広大な湖が広がり、映しだされた月の形が風によって歪められ、儚い光を反射していた。
更には、その湖畔を幾千、幾万本もの魔素を吸収したユキノカンザシが青白く発光し、幻想的な風景を演出してた。
その幻想的な風景の中、ダークエルフの褐色の肌をより艶やかに引き立たせる、紫色の祭服に身を包んだアメリアが、精霊王に祈りを捧げている最中であった。
その祈りは数時間にも及び、その間は跪いた姿勢のまま微動だにせず、両手を前で組み祈りの言葉を捧げ続ける。
褐色の額には汗が滲み、湿った白銀の髪が月の光を受けて輝いていた。
この祈りは、単なる言葉を並べただけのものではなく、魔力を込めた呪文であり、魔法の一種である。
自身の魔力を少しずつ体外へ放出し、精霊王へ貢物のとして捧げる儀式魔法で、シュタウフェルン家の巫女に代々引き継がれてきた魔法だった。
「――そして、あまねくエルフの民に安寧のときを与えたまえ」
アメリアがそう唱え終えると同時に、今まで光を放っていたユキノカンザシの光がふっと失われ、辺りが暗闇に包まれた。
その闇に吸い込まれるようにアメリアの身体が傾ぎ、その場に倒れ込む様子が儚い月の光にのおかげで辛うじてわかった。
アメリアが祈りを捧げている最中、シュタウフェルン家のダークエルフたちは、直立姿勢のままで見守っていたのだが、
「ママあああー!」
と、母親が倒れる姿を見た少女が駆けだそうとした。
「待つんだ、エルサっ!」
「パパ、離してっ! ママが、ママが!」
父親に抱きかかえられ、身体の自由を奪われても、エルサと呼ばれた少女は必死にそう訴え、もがいた。
「エルサ、大丈夫だから。ほら、見てみな」
父親に優しく宥められ、エルサはアメリアの方を見た。
光を落としていたユキノカンザシが再び青白く発光し、その光の波がアメリアへと迫った。
その光の波がアメリアに到達すると、今度はアメリアの全身を覆い、より強い輝きを放ち、魔素を伴う風が吹き荒れた。
「うわあああ……きれい」
泣き叫んでいた少女の姿は既になく、その幻想的な様子に見とれていた。
それはエルサを幸せな気分にさせた。
「あれ?」
そこでエルサは、違和感を感じた。
エルサは、その感覚に身に覚えがあった――
が、思い出せない。
エルサが不思議な感覚に疑問を覚えたころ、アメリアがしっかりとした足取りで近付いて来た。
「大丈夫か? アメリア」
アメリアが倒れ込むことは毎度のことであったが、ベルンハルトは身を案じるように声を掛けた。
「いつものことです。問題ないですよ、ベルンハルト」
と、微笑みながら返していた。
無用な心配だったようだ。
「それよりも、どうしたんですか?」
ベルンハルトに抱えられているエルサを見てアメリアは、不思議そうに小首を傾げた。
「ああ、アメリアが倒れるのを見たエルサが駆けだそうとしたから捕獲した」
「あら、そうでしたの」
ベルンハルトから理由を聞いたアメリアは、もう一歩近付き、娘であるエルサの顔を覗き込む。
「エルサ、ママのこと、心配してくれたの?」
「うん、だっていきなり倒れちゃうんだもん」
くしゃっと眉間に皺を寄せたエルサは、その時の感情を思い出した。
それを見たアメリアは、すかさずエルサの頬に両手を添え、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫よ。一時的に精霊王様に魔力を預けて、我々の覚悟を示すものなの。だから、最後はああやって、捧げた以上の魔力を返してくれて、エルフ族の安寧を約束してくれるものなのよ」
「変なのー。返してくれるならあんな意地悪しなくてもいいのに」
アメリアの話を聞いたエルサは、五歳の子供らしい率直な意見を言った。
そのエルサの発言を聞いた大人のダークエルフたちは、愉快そうに大笑いした。
エルフ族は、一般的に長寿で中にはハイエルフと言う種族が、千年ほど生きるとさえ言われているが、ふつうのエルフ族の平均寿命は二〇〇歳と言われている。
それ故に、成人は四〇歳とされており、エルサはまだまだ幼かったのだ。
「エルサには少しばかし難しい話だったな」
ベルンハルトはエルサの頭を撫で、そのまま上に持ち上げて肩車をしてあげた。
「わー高い。ありがとう、パパ」
エルサは無邪気に笑いながら、ベルンハルトの肩先まで伸ばした白銀の髪にしがみ付いた。
「それでは帰ろうか、俺たちの里へ」
この儀式は、一方的なやり取りで精霊王と言葉を交わすことは無い。
どういう取り決めの元行われているかは、現在では不明で、ただ単にシュタウフェルン家に古より言い伝えられている儀式なのである。
一般的に魔法とは、呪文を唱え体内の魔力を消費することで、色々な現象を引き起こすことができる手段であり、今回の呪文は、体内の魔力をそのまま放出するだけで、具体的な何かを引き起こす魔法ではなかった。
放出された魔法が、湖畔に生えているユキノカンザシを媒体として世界樹へと送られる。
精霊王はその代わりに濃密な魔素を放出し返す。
それで終わりなのである。
魔素は、魔力の源でもある精霊たちが生み出すものといわれている。
ここファンタズムに存在する生物は、その魔素を取り込み魔力を生成する器官を必ず持っている。
本来、魔力を失って倒れたアメリアがこんなにも早く回復することはできないのだが、それは精霊王の力によるものかもしれない。
魔力は、未だ解明されていない身体の神秘であり、この先解明されるときが来るのかは何とも言えない。
ただ、扱う者によって無限の可能性があることだけは確かである。
――――――
やがて時が経ち、五年の歳月が流れた。
エルサが一〇歳になるこの年に、エルサの人生を狂わす事件が発生した。
「おーい、そろそろ戻るぞー。みんな集まるんだ」
エルフは一〇歳を過ぎると弓の扱いの訓練をはじめる。
今日は、一〇歳から二〇歳までの子供を集めての訓練を行っていた。
大分年齢の幅があるかもしれないが、出生率の低いエルフ族ではそうでもしないと人数が集まらないのである。
「よし、集まったわね」
掛け声によって集まってきた二〇人ほどの子供たちを確認しながら、担当教官であるカロリーナがそう言ったが、一人足りなかった。
「カロリーナ教官、エルサがいません」
「なっ、はあ……またか……」
エルサがいないことに気付いた誰かの指摘を聞き、カロリーナはため息をついた。
アップにしていた白銀の髪が乱れるのを気にせず、わしゃわしゃっとかき乱し、カロリーナは悪態をついた。
「ああ、もうっ! 毎度毎度エルサは何を考えているのよー。アメリア様の娘とは思えないわ!」
各里の族長衆とは別の括りでダークエルフの頂点に立つ巫女であるアメリアは、所作が優雅な上、お淑やかな性格であることから格別の人気を誇っている。
いわゆる憧れの人、ナンバーワンであった。
だが、その娘であるエルサは、お転婆で有名だったのである。
その年齢とは思えないほどの高い身体能力を備えており、魔法の扱いにも長けているため、「さすがは族長と巫女様の娘だ」とみなから期待をされているのだが、悪戯好きで大人のダークエルフたちの手をよく焼かせていた。
「えへへ、カロリーナ教官ったら可笑しー。あーんなに目を吊り上げたらオーガになっちゃうよー」
エルサは、少し離れた木に登って身を潜めており、その幹の陰からその様子を楽しそうに観察していた。
「今日はどーしよーかなー」
エルサは、単純に隠れるだけでは面白くないと思い、カロリーナを困らせる算段をはじめる。
エルサがいくら恵まれた能力を持っているからとは言え、所詮子供基準だ。
ひとたび姿を見られてしまえば、圧倒的にカロリーナの方が有利である。
エルサが身体を幹に隠しながら顔だけ出して覗き込もうとしたとき。
エルサが身を隠していた幹目がけて弓矢が放たれ、見事命中したのだった。
「ひっ! な、なんで……」
「見つけた!」
その突き刺さった矢をまじまじと見つめるようにエルサが身を乗り出したものだから、あっさりとカロリーナに発見されてしまった。
「今日という今日は許しませんよ」
エルサが慌てて逃げ出すも、身体強化だけではなく風魔法による推進力強化を施したカロリーナよって、彼女は呆気なく捕まってしまった。
「はうー、なんでわかったの?」
カロリーナに引きずられるようにされながら連れ戻されたエルサは、見つかったことに納得がいかないようだった。
「精霊が教えてくれた」
「えー、そんなのずるいよー」
エルサは、反則だとでも言いたそうに頬を膨らませて不平を漏らす。
「ずるくない。エルサももう少し真面目に訓練をすればできるようになる」
「えっ、本当!」
「え? あ、ああ、本当だとも」
あっさり捕まったことで不満たらたらだったエルサの様変わりに、カロリーナは苦笑いしてそう言うしかなかった。
「そっかー。じゃあ、わたしも訓練するー」
「む……」
そんなカロリーナの表情に気が付くことも無く、あっさりと大人しくなったエルサの反応に、カロリーナは言葉を詰まらせた。
ダークエルフに限らず、エルフ族はヒューマンや亜人たちとは違い、精霊の声を聴くことができる。
それは、「声」と言っても、それは会話ではなく魔素に因る導きに近い。
ただ、それには訓練を積み、大気中の魔素を感じ取る必要がある。
エルサのことだからあっさりと精霊の声を聴けるようになると思ったカロリーナであったが、そのせいで悪戯の精度が上がったらどうしよう、とも不安になる。
「その話はあとよ。もうすぐ日が暮れるから里に戻るわよ」
「はーい」
カロリーナが先頭に立ち、ダークエルフの子供たちは、自分たちが住む里であるフォルティーウッドへ戻っていった。
そのときはまだ、これから起きる惨劇を予測できる訳もなく、エルサの足取りは軽かった。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
104
-
-
23252
-
-
1359
-
-
70810
-
-
52
-
-
125
-
-
314
-
-
127
-
-
89
コメント