賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第067話 エヴァの想い

 時は少し遡り、コウヘイより一足先にエヴァは、テレサ冒険者ギルドに着いていた。

 エヴァは、到着するなり、備え付けの酒場へ一直線に進んだ。

「よお、エヴァ。昨日はどこ行ってたんだよ」
「ん? まあ、ちょっとね」
「何だい? 教えてくれねえのかよ。待ってたんだぜ」

 エヴァの姿を見かけるなり、飲み仲間の冒険者が声を掛けてきた。

 どうせ本当のことを話しても信じないでしょうね、とエヴァは鼻で笑いながら、

「別にあたしは、待っててなんて言ってないわよ」
「う、まあそうかもしれないが……教えてくれたっていいじゃねえか」

 エヴァに声を掛けてくるのは、なにも一人だけではない。

 軽装鎧姿でも溢れる魅力を醸し出しているのに、部屋着用の水色ドレス姿のエヴァの胸元は、大胆に開いており、魅惑的な紫の髪が危険な女性を連想させる。

 それが、余計に男たちを興奮させるのだった。

 いつの間にか、花の蜜に群がる蜜蜂のように複数の男たちがエヴァの周りに群がっていた。

 下心が丸見えのそんな男たちは、エヴァにとって格好の餌食だった。

「ほらほらみんな落ち着いて」

 そうエヴァが言うと、男たちがエヴァの言葉に注目して静かになる。

「はあ、あたし、喉が渇いちゃったなー」

 甘い声を出せば、男たちが我こそがと手を挙げ、エヴァにご馳走する権利を得ようとする。

 たかがお酒の一杯や二杯でエヴァの心がその男に傾くことは、決して無いのだが、男という生き物は、無駄に夢を見るのであった。

 あわよくばという考えの元に――

「みんなありがとう。じゃあ、かんぱーい!」
「「「「「乾杯!」」」」」

 あっと言う間にエヴァの前に、エールのジョッキが並び、一先ず乾杯した。

「で、何かあったのか?」
「そうだぜ、一晩中姿を見せないなんて今まで無かっただろ」

 そのときのエヴァは、コウヘイたちが白猫亭で開くミラ加入の宴会に参加し、自分のことを売り込んでいた。

 しかし、そんなことをしていたなどとは露ほども予想していない男たちは、誰かに抜け駆けをされたのではないかと、気が気ではなかった。

「うーん、そうね。折角ご馳走になった訳だし、教えちゃおうかしら」

 その言葉に、再びその場だけ静かになる。

「実は、あたし……コウヘイと一緒に居たのよ」

 その何とも取れる言葉に、男たちが思い思いの言葉で絶叫した。

 そのせいで、周りで騒いでいた冒険者たちに注目されたほどであった。

「一緒に居たと言っても、他のメンバーも一緒で、二人っきりじゃないわよ」

 男たちの慌てたり、悔しがっている姿をひとしきり楽しんでからエヴァは、補足説明をした。
 そのことで男たちが平静を取り戻すも、新たな疑問が湧く。

「ん、それはどういうことでい?」
「そんなの決まっているじゃないの。あたし、デビルスレイヤーズのメンバーになったのよ」

 その言葉に男たちは、黙り込んでしまった。
 そんなバカな、と男たちは内心でそう思っていた。

 飲みの席だからエヴァに構う男たちであったが、同じ冒険者としては、決してエヴァと行動を共にしたいとは、一切考えていない。

 だから、そのエヴァの言葉を信じられず、言葉が出ないのであった。

「何よあんたたちっ。あたしの言葉が信じられないの?」

 不満そうなエヴァに、男たちはみな、信じられる訳ねーだろ、と心中ハモっていたりする。

 実際、不満そうに言ったエヴァ自身、信じてもらえるとは思っていない。

 そんなとき、ギルドの扉が開き、ある青年が登場した。

 エルサの介抱をミラにお願いしていたコウヘイがようやく到着したのだった。

「あら、噂をすれば影じゃないの」

 漏れる笑みを隠そうともせずにエヴァは、呟いた。

 コウヘイが登場するなり、あっという間に冒険者たちが人垣を作って群がっていた。

「あら、大人気じゃないの」

 エヴァは、余裕の態度でその様子を眺めていた。

 コウヘイに群がっている冒険者たちは、ダンジョン探索解禁の知らせに、つい浮かれてしまい、絶好の機会を逃していたのである。

 そうとも知らずに、ファビオがその人だかりを割いてまでコウヘイの元へ向かう姿を見やり、笑いが止まらないエヴァであった。

「なあ、エヴァ。お前はいかなくていいのか?」
「だから言ったじゃないの。あたしは、デビルスレイヤーズのメンバーだって」

 エヴァに群がっている冒険者たちは、その余裕の笑みを見て、本当かもしれないと信じ始めたが、信じ切れずにいた。

「なあ、どうやったんだ? お前まさか――」
「そんなの簡単よ。ギルマスが打ち合わせ室から出てきた時からずっと彼を観察していたのよ」

 男が言ったまさかの先を聞きたくもないエヴァは、素直に説明した。

「つまり、他の冒険者が声を掛ける前にあたしが出し抜いたって訳よ」
「ほう、やっぱり狡猾のエヴァ様の名は伊達じゃないな」

 得意顔のエヴァに対し、エヴァが忌避している二つ名を言われ傷ついた。
 しかし、そんな感情をおくびにも出さず、エヴァは人だかりができたコウヘイの元へ向かった。

「おいっ、どこ行くんだよ!」
「まあ、見てなさいよ」

 あんな旨い獲物を他の誰かに渡してなるものですか、という思いを胸にエヴァは、ファビオに向って声を張った。

「オーガ相手に逃げ出したくせに、よくそんなことが言えるわね」

 コウヘイと目が合ったエヴァは、その眉根を顰めている様子から、またお酒を飲んでいることに呆れられているのだと察した。

 ただ、他から集まる視線にエヴァは、胸を痛めた。

 その視線には大分慣れてきたものの、状況が状況だけにいつもより厳しい視線だった。

 それは、お前はお呼びじゃない、と拒否されている感覚に近かった。

 しかし、エヴァはめげずにコウヘイの元へ歩み出た。

「な、何だと! 逃げ出した訳じゃないぞ。前回を教訓にしっかり準備をして一頭は倒した。ただ、そのあとに五体も出てくれば引くしかないだろっ!」
「エヴァ、どういうこと?」

 ダンジョンから撤退した理由を述べたファビオの話が理解できないのか、コウヘイがエヴァを見たため、エヴァが詳細を説明した。

「ああ、どうやらコウヘイたちが帰って来ないから、ガーディアンズの叔父様たちが心配して八階層まで探しに行ったみたいなのよ。そこで、またオーガから逃げて、今日戻って来たらしいわよ」
「だから逃げてないと言っているだろうが!」

 エヴァに反論するファビオは、途中で訝しむ表情となり、

「しかし、コウヘイさん。エヴァと知り合いなのか?」

 と、エヴァからコウヘイへと視線を移した。

「はい、知っていますよ。というか、これから僕たちのパーティーに登録するところですよ」

 コウヘイの説明に騒ぎ出した冒険者を他所に、エヴァは、してやったりと、勝ち誇った笑みを浮かべた。

「そうよ。あたしは、今日からデビルスレイヤーズの一員なのよ」

 エヴァはコウヘイの腕を取り、しな垂れ掛かるように身をぴったりと寄せた。

「おい、それだけはやめておけ、年長者からのアドバイスだ。こいつとだけはやめておいた方が良い。あの、『狡猾のエヴァ様』とだけはな」
「狡猾のエヴァ様?」

 また、その二つ名を! とエヴァは内心歯噛みした。
 それと共に、コウヘイの反応が不安になったエヴァは、彼の表情を一瞥してからファビオに文句を言った。

「ちょっと、本人が居る前でその言い方は失礼しちゃうわ」
「ふん、本当のことを言って何が悪い」

 ファビオは顔を歪めたまま悪びれた様子は無かった。

「コウヘイさん、同じことを言うようだが、本当にこいつとだけはやめておいた方がいい」
「ありがとうございます、ファビオさん」

 待って! それには理由が――と、コウヘイに言い訳しようとしたとき。

「じゃ、じゃあ――」
「でも、僕たちはエヴァとパーティーを組むことを決めました。それに僕たちに近付いてきた理由もちゃんと聞いています」

 コウヘイが自信満々に言い切り、エヴァを驚かせた。

 コウヘイ、さん、あなたって人は……

「そうか……それなら後悔しても知らないからな。俺は言ったからな! 悪いがダンジョン探索で組むっつー話は無かったことにしてくれ。それじゃあな」

 エヴァが気付いたら他の冒険者たちの姿が無く、ギルドホールにコウヘイと二人で突っ立っていた。

「一体何をしたのさ……」

 呆れ顔でそう言われ、エヴァは本当に理解しているのかしら? と鎌をかけることにした。

「あら、あたしの悪評に怖くなったのかしら?」
「いや、そうじゃないよ。僕のパーティーはどうしてこうも特徴的な面子ばかりなんだろうと思っただけだよ」

 まさかの回答にエヴァは、拍子抜けした。

 確かに、ウッドエルフの王族と自称したり、ダークエルフの巫女と自称したり、アシュタ帝国人だとかいう変なメンバーばかりね、とエヴァは納得した。

 ただ、それとエヴァの二つ名は毛色が違う。

「あら、そう。それなら良かったわ。さっさと登録を済ませちゃいましょう」
「あ、うん、そうだね」

 嬉しくなったエヴァは、コウヘイの腕を引っ張り、カウンターへ向かった。

 そこでもエヴァの予想通り、すんなりことは進まなかった。

「エヴァを僕たちのパーティーに登録したいので、お願いできますか?」
「え、宜しいんですか?」

 受付嬢がエヴァを一瞥してから失礼にもコウヘイに考え直すべきだと言いたそうな表情をした。

 それを理解できなかったのか、コウヘイがエヴァを見たため、エヴァが説明した。

「コウヘイたちのことを心配しているのよ」
「あ、いえいえそういう訳では無いです……はい……」

 言い訳しないでくださいます? と無言の笑みをエヴァが受付嬢のアンネに向けた途端、彼女は大人しくなった。

 すると、

「エヴァは既に仲間ですから。エヴァのパーティー登録をお願いします」

 と、エヴァは心臓が飛び出そうなほど驚き、コウヘイの顔を見たが、コウヘイはそのことに全く気付いていない様子で、エヴァの登録が終わるのを楽しそうに待っていた。

 そのことにエヴァは、心臓の高鳴りが治まらなかった。

 この擦れた社会でコウヘイほど稀有な存在はいないと再認識した。

 魔獣を相手にする冒険者家業は、些細な気の緩みで簡単に命を散らす。
 油断していなくても、覆せない場面に遭遇するのが冒険者家業でもある。

 そして、コウヘイは、ラルフローランで未だかつて確認されたことのないゴブリンジェネラルを相手に見事生還している。

 本来、シルバーランクの冒険者が勝てるはずのない状況を覆したのだ。

 その強さがあるにも拘らず、ハイランカー特有の傲慢さがある訳ではなく誠実で、冒険者なら知っていて当然の知識もない危なっかしさを持っていた。

 それは、エヴァにとって、「鴨が葱を背負ってきた」も同然であった。

 ――コウヘイの言葉にエヴァの心は揺れていた。

 それから間もなくしてエヴァのパーティー登録が完了し、そのままギルドで分かれることにした。

 その後の予定をコウヘイから聞かれたが、コウヘイの対応に絶賛混乱中のエヴァは、化けの皮が剥がれるのを恐れ、足早に冒険者ギルドをあとにした。

 別に寄る場所があると言ったが、白猫亭に戻ることにした。

 それは、エヴァの完全な嘘だった。

 エヴァの悪評にかなり驚いていた様子だったことから、酒場で情報収集をするつもりだろうとあたりを付けた。

 それにしても困りましたわ……とエヴァは、先程のことに考えを巡らせた。

 ああー、本当にこまりましたわ。
 わたくしの噂を知られることではなく、コウヘイさんが仰ったことにですわ。

 コウヘイさんは、「エヴァは既に仲間ですから」と確かに仰いました。

 出逢って一日しか経っていないというのに、何故あんなにも自信を持てるのかしら。

 あのウッドエルフのイルマさんは、わたくしのことを相当警戒している様子ですし、あれがふつうだと思いますのに、コウヘイさんを相手すると調子が狂ってしまいいけません。

 わたくしには、やり遂げなければならないことがあるというの――
 冒険者に身を堕としてまで解明したい両親が命を落すことになった真相。

 そのためにコウヘイさんと行動するのが一番の近道と思いましたが、やり辛くていけません。

 でも、ここまで来たらわたくしは一歩も引きませんわ!

「さて、いっちょやってやりますかね!」

 彼女はそう気合を入れ直し、冒険者のエヴァに戻った。

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