賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第063話 戦乱の気運ここに極まれり

 コウヘイたちがエヴァの歓迎会と称して昼間からお酒を飲み浮かれているころ。

 死の砂漠谷へ向かっている翼竜騎士団の一個分隊がトラウィス王国の上空を飛行していた。

「そろそろ休憩をしないと、到着する前にワイバーンが潰れてしまいます」
「わかりました。休憩にしましょう」

 ワイバーンに相乗りしていた騎士から声を掛けられたその少女は、風にたなびく長く伸びた白銀の髪を抑えながら相槌した。

 その少女は、聖女オフィーリアを演じているアドヴァンスド魔人のオフェリアである。

 死の砂漠谷へ少しでも早く向かうべく、昨晩、帝都を出立したまま既に一二時間近く飛び続けていた。
 ワイバーンがヒューマンより体力や魔力があるとは言え、それにも限界があり、休憩させる必要があった。

「これなら明日の予定が、今夜中に到着できそうです。これも聖女様のおかげですね」

 本来であれば、いくらワイバーンだとしても二日掛かる距離なのだが、オフェリアが密かに魔力を流しワイバーンを強化しているおかげで、半分の一日で到着できそうで予定より遥かに順調だった

 あまりにも早すぎるためふつうは不思議に思うはずだが、事前にオフェリアが聖女オフィーリアとして、騎士たちが使用する魔法障壁の上により上位の魔法障壁を重ね掛けするから通常より早く進めると説明していたのだった。

 そのため、聖女オフィーリアを一緒に乗せた騎士隊長は、「聖女様のおかげ」だと言って、疑問に思うどころか賞賛したのだった。

「休憩はどれくらいの時間が必要でしょうか?」

 適当な場所を見つけて地上に降り立ったあと、オフェリアは騎士隊長に尋ねた。

「そうですね、先程の様子からしたら三時間ほどでしょうか」

 その騎士隊長は、ワイバーンの方を一瞥し、飛んでいたときの様子を思い出し、そう説明した。

「わかりました。わたくしは神への祈りを行いますので、その間は近付かないように」
「承知しました。しかし、ここは他国ですし、魔獣がどこに潜んでいるかわかりませんので、離れて護衛に就くことをお許しください」
「ええ、当然ですね。わたくしからもお願いしますわ」
「はっ」

 敬礼してからその騎士隊長は、部下の騎士たちに指示を出しに駆けて行く。
 オフェリアは、ドランマルヌスと連絡を取るべく、騎士たちから離れる。

「それにしても、あのガブリエルが魔王様に反旗を翻したとは本当に意外よね。昨日のサーデン皇帝の様子から魔獣襲撃が治まっているような感じは受けなかったし、魔王様は一体何をお考えなのかしら」

 騎士たちから離れたのを確認し、オフェリアは独り言のように悪態をついた。

 コンタクト……

「あれ? おかしいわね」

 コンタクト……

 固有魔法である通信魔法を念じるも、ドランマルヌスからの応答が無いことにオフェリアは訝しむ。

「どうしたのかしら?」

 ファーガルから勇者パーティーが死の砂漠谷へ向けて進軍を開始した報告を受けたあのとき、オフェリアはすぐにドランマルヌスへ連絡を試みていた。

 そのときのドランマルヌス曰く、ガブリエルが先頭に立って魔獣を操り魔王城へ攻めてきたらしい。

 本来、魔獣はドランマルヌスの統制下に置かれており、他の魔人が命令を行うことも可能だが、ドランマルヌスを害する命令はできないはずだった。

 それでも、ドランマルヌスもその理由はわからないと言った上で、所詮敵にもなり得ないと鼻で笑っていた。

 それには、オフェリアも同感だった。

 むしろ、オフェリアにだって魔獣がいくら押し寄せようと対処可能なのだから、魔王であるドランマルヌスがそれくらいで動じる訳が無かった。

 しかも、ドランマルヌスが相手ではトップフォーが結託しても無理なのだから、アドヴァンスド魔人が二人いたとしてもその勝率は絶望的。

 一応、それをガブリエルが十分理解しているからなのか、

「魔族領内で仲間集めに必死らしいぞ」

 と、ドランマルヌスが愉快そうな声音でオフェリアに話していた。

 それを聞いたオフェリアは、ガブリエルたちが秘密裏に事を進めていたようだったが、それがドランマルヌスに筒抜けで笑えた。

 しかし、それを放置した結果、大半の魔人がガブリエルたち反乱勢力側に流れたらしい。

 それでも、ドランマルヌスは、厄介払いができて好都合だと皮肉を言った。
 下位の魔人をいくら集めようとも、魔獣の手綱を握ろうともそれは意味がない。

 魔族領で内乱が起きたと知ったオフェリアは、一瞬ではあるものの心が揺らいで反乱勢力に連絡をしようと思っていた。
 それでも、そのやり方が彼女には気に食わず、連絡をするのを止めた。

 そもそも、トップフォーの一人でもあるドランマルヌスの娘、ロウェーナもまた然り、そのやり方を知ったオフェリアがドランマルヌスに敵対することなどあり得ない。

 魔獣の統制をドランマルヌスから奪い取ったことは称賛に値するが、オフェリアの考えでは、魔人なら己の力のみで勝負すべきなのだ。
 故に、ドランマルヌス側に付くことを通信魔法で直接伝えていた。

 オフェリアとロウェーナでガブリエルとイシドロの相手をすれば、残りはその他大勢の雑魚ばかり。
 そうなるとドランマルヌスの勝ちは、絶対に揺るがないはず、だが……

「しかし、あの冷静沈着なガブリエルが事を起こし、奴と疎遠なイシドロも一緒だとなると何か裏があるのかもしれないわね……もしや! いやっ、まさかそれだけはあり得ないわ。でも……」

 よくよく考えてみると、不敬なことが一瞬頭をよぎり否定して、またもそれが頭をよぎった。

 そう、この異常事態にそう考えざるを得なかった。

 魔王ドランマルヌス敗北の可能性を――

「ロウェーナが裏切ったか? いや、それは絶対ないわね。いつも一緒にいてあの強大な魔力に触れていればそんな気を起こすはずがないし、そんな欲もあのババアにあるはずがないわ」

 この際、血縁関係がどうのとは言わない。
 魔人の世界は力が全てであるからして、そんなことを考慮に入れる余地はない。

 その点、ドランマルヌスは変わり者で、血縁者や忠誠を誓った者を手厚く保護する傾向があり、口約束だろうが相手が裏切らない限りその約束を遵守する。

 そんな考え事をしながら三時間連絡を試みるも、結局ドランマルヌスと繋がることは無かった。

 そして、色々と考えている最中だったが、騎士たちが近付いて来てことに気が付いたオフェリアは、その思考を中断させる。

 コウヘイを始末したのちに考えることにしましょうかね。

「あら、もう時間かしら?」

 聖女オフィーリアモードに切り替え、そう迎えに来た騎士たちへ問いかける。

「ええ、三時間経ちましたのでそろそろと思いまして。しかし、聖女様はお休みされなくて宜しかったのですか?」
「わたくしは大丈夫ですわ。神への祈りは、それだけでわたくしの身を癒してくれるのです」

 この三時間、祈りの姿勢のまま休む様子がみられなかったからか、そう心配した騎士たちの言葉へ聖女然とした笑顔で答えた。

 その騎士二人は、「おお、さすがは聖女様」と言って、ワイバーンの元まで先導すべく歩き出した。

 そこでオフェリアは、ふとあることが気になった。

「そう言えば、魔獣は大軍と聞いていますが、戦況がどうなっているかご存じ? ほら、いくら耐久の能力が高いとは言え、前衛のコウヘイ様が大変なのではと思いまして」

 標的であるコウヘイが気になったオフェリアは、思ってもいない言葉を並べた。
 質問された騎士たちは、きょとんとした表情をしてお互い顔を見合わせた。

「どうなさいました?」

 その様子に何事かと眉根を顰めるオフェリア。

「あ、えーっと、聖女様はご存じないのですか?」
「何のことかしら?」

 質問に質問で返され、訳がわからないオフェリアは、そのまま返した。

「コウヘイ様、いや、コウヘイは冒険者襲撃の容疑で追放されましたよ」
「何ですって!」
「え、ええ。そう聞いていますが……」

 大声を上げたものだから、騎士が驚きながら歯切れが悪い回答をする。

 追放? つまりは、この先にはコウヘイはいないということ?
 いや、それよりも一体どこにいるのかわからないってことじゃないかしら。

「そ、それじゃあ、コウヘイ様が今どこにいるかはご存知?」

 オフェリアは、少ない可能性に賭けて聞いてみたが、騎士はそう聞いているだけなので所在はわからないとかぶりを振った。

 それを聞いたオフェリアは、キレた。

 ここまで来るためにどんだけ労力を費やしたと思っているのよ!

 今回勇者たちが死の砂漠谷の魔獣騒動で駆け付けて来たように、魔族領から離れたサーデン帝国内部に目を向かせるため、ファーガルにテレサ地方で魔獣騒動を起こすように指示した。

 私は、私は……魔王様に咎められるリスクを冒してまで、隠れてコウヘイを殺すためにこんな場所まで出向いてきたというのに!

 などと、オフェリアは内心で叫び狂っていた。

 勇者たち全員を殺した方が手っ取り早いのだが、それでは弱い勇者しか召喚できない聖女として今の地位を失いかねない。
 そうなったら、次の聖女が本物の神託を受けてしまい今までの計画が台無しになってしまう。

 本来オフェリアは、ヒューマンに変装して聖女オフィーリアとして潜入している身で、裏からヒューマンを操る任務に就いている。

 でも、そのことよりも、ドランマルヌスと連絡が取れないことの苛立ちに加え、たかがヒューマン一人に翻弄されてる事実をオフェリアは許容できなかった。

 だから、今までのことが全て水の泡になるが、今回は完全にキレた。

「く、くそがあああアアアァ゛ァ゛ァ゛ー!」
「「せ、聖女様あ!」」

 オフェリアは絶叫し、全身の魔力を解放させた。

 その双眸がコバルトブルーの瞳から白目の部分まで真っ黒な闇へと染まり、腰まで伸ばした白銀の髪が魔力の嵐により舞い上がる。

 極め付きに、魔力で隠していた両耳の上に、後ろへ流れる流線型の先が鋭く尖った角があらわになった。

「なっ、魔族!」

 その疑いようもない魔人の特徴を見て騎士が叫び、聖女の本性に狼狽える。
 騎士たちは咄嗟に身構えたが、それは意味を無さなかった。

「消エテ無クナレエエエー!」

 辺りを闇が包んだ瞬間、ピュンっと、甲高い機械音のような音が鳴った直後――
 大地も含めて半径一キロメートルの円内にある全ての存在が一瞬で消滅した。

 そして、オフェリアを中心に発生した灼熱の暴風が、見渡す限りその先をも燃やし、吹き飛ばし破壊の限りを尽くした。

 オフェリアが行使した必殺魔法、「グラウンド・ゼロ」の魔法名の通り、少なくとも半径五キロメートル以内の生命体は消滅したことだろう。

 その威力は絶大で、暴風の破壊音が治まったあとも魔力の残滓がバチバチ、バチバチと音を立てていた。

 今回の破壊行動は、完全に八つ当たりである。

 八つ当たりでそんなことをされてはたまったものではないが、それが一人で一国を消滅させる力を持つと言われるアドヴァンスド本来の力であった。

「はあはあ……こ、こうなったらどいつもこいつも皆殺しにしてくれるわ!」

 先ずは、勇者パーティーを皆殺しにして、魔族領へ戻ることを決めた。

 先程の魔法により殆ど全ての魔力を使い切ったが、不完全な勇者など取るに足らない存在だと言わんばかりに、オフェリアは魔力残量のことを露ほども気にしてはいなかった。

 コウヘイの所在が気になるが、それよりも先ずはドランマルヌスと直接話したかったのだ。

 勇者殺害は魔王ドランマルヌスの意志に反するが、それは直接謝罪することにしたのだ。
 コウヘイ殺害もそうする予定だった訳だし、一人が五人になるだけだ、とオフェリアは開き直っていた。

 オフェリアがドランマルヌスに内緒でサーデン帝国へ向かったせいで、ロウェーナと入れ違いになってしまい、魔族領内へ勇者パーティーを手引きする命令を受け取れないでいた。

 一方、ロウェーナは、オフェリアが聖女オフィーリアとして潜入している以上、マジックウィンドウで自ら連絡することができなかった。
 更に、通信魔法のコンタクトは、オフェリアの固有魔法であるため直接会う他無かったのだ。

 その命令は、魔王城が消滅した今となっては効力を失っているが、そもそもこのとき、オフェリアとロウェーナは、魔王城が消滅したことさえ知らない。

 ロウェーナは、オフェリアに会えなかったことの報告を試みたが、魔王ドランマルヌスにマジックウィンドウが繋がらなかった。

 奇しくも二人揃って魔王ドランマルヌスに連絡をとれないことに焦りを感じ、魔族領へと進路の舵を切ったのだった。

 オフェリアは、魔族領へ行く前に先ずは死の砂漠谷へ向かうべく真の姿に形をとり、その翼を羽ばたかせ大空へ舞い上がった。

 オフェリアがしでかした、そして、これからやろうとしている惨事が、魔族領だけではなくこのファンタズム大陸全土に、戦乱の風を巻き起こす事態を急激に加速させるのだった。

 そもそもこの事態は、サーデン帝国が勇者パーティーからコウヘイが抜けたことをデミウルゴス神皇国に報告していれば発生しなかったことだろう。

 しかし、それはサーデン帝国がコウヘイの存在を重要と認識していなかったため仕方がないことである。

 それは、勇者召喚の儀式の際にコウヘイのスキルの恐ろしさを知ったオフェリアが、コウヘイの存在を貶めたことが原因であった。

 何の因果か、勇者の紋章が無いことを強調し、ステータスも戦力にならないと、サーデン帝国の重鎮が集まっていたあの場で告げたのだから。

 そのことを覚えていた皇帝アイトルは、勇者パーティーのリーダーであるカズマサから、コウヘイの代わりに帝都で名を上げはじめていた冒険者が三人も加入すると言われれば、むしろ喜んだほどで、態々デミウルゴス神皇国に報告する必要性すら感じていなかったのだ。

 そのことは、勇者パーティーとして過酷な環境に身を置かせれば、コウヘイが勝手に命を落とすと考えていたオフェリアの完全な誤算であり、強者故の傲慢さが仇となった。

 はからずも、コウヘイは追放されたことで冒険者となり、新たな仲間たちと行動を共にすることで不自然に隠されたこの世界の秘密に気付き始めていた。

 オフェリアが己の傲慢さを身に染みて感じるのはそう遠くない先のことだろう。

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