賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第053話 魔王城強襲

 女勇者四人が死の砂漠谷で全滅してから五年と半年以上が経過した現在。

 デミウルゴス神歴八四六年――七月一五日。

 デミウルゴス神皇国――このファンタズムの世界と人間を創造したとされる、創造神デミウルゴスの名を国名とし、周辺諸国のみならず、世界中に影響を及ぼす宗教国家。

 その象徴とされるヤルダオン大神殿の地下深く、人が立ち入らないにも拘わらず、常に厳重な警備がされ固く閉ざされている扉がある。

 しかし、今はその扉が開かれており、何やら人が話す声が聞こえてくる。

「では行って参ります、教皇様」
「うむ、わざわざ聖女自ら赴かずとも良いとおもうが、魔族たちの動きがどうもきな臭い……くれぐれも気を付けるように」

 長めのゆったりとした荘厳な白い祭服に身を包み、歳のせいか髪と同様のプラチナの長い顎髭を撫でながら、翡翠色の瞳を心配そうに曇らせ、聖女オフィーリアの身を案じて声を掛ける男がいた。

 聖女オフィーリアの正体が魔人オフェリアであるなどとは、一切気付かずに――

 ウィルバー・ショーウン・ハニガン三世、皇帝にしてデミウルゴス神の代弁者といわれているその男は、齢六〇をとうに過ぎている。

 彼は、聖女が受けた神託をそのまま自分の言葉のように指示しているだけの、どこぞにいる為政者と何ら変わりは無い。

 唯一違う点を挙げるならば、魔人オフェリアが聖女オフィーリアとして神託だと言って伝える魔王ドランマルヌスの言葉を神の言葉だと露程も疑わず、気付かぬうちに魔族の傀儡と成り下がっていることだろうか。

「この世界の危機ですからね。やはり直接伝える必要があるのでございます。それに……神もそれをお望みのようです」

 オフェリアは、それだけ言って階段を一段一段上っていく。

 使命感に燃え力がこもった声色に、憂いを湛えた悲しそうなその表情に、見送りの聖騎士たちが次々にため息を漏らす。

 オフェリアからしたら、教皇自ら見送りに来なくても良いと思うが、この部屋に入るために仕方がなかった。

 五段ほど上がる程度の小上がりの先に、直径一〇メートルほどの巨大な石の輪がある。
 その石には古代文字で何やら言葉が刻まれているようだが、誰も読めない。

 それどころか、どういう仕組みなのかえさえ解明されていない。

 それは、魔力を込めることで輪の内側に波面のように輝く青白い魔力の膜が形成され、魔力を込める際に意識した場所へ移動することができる。

 言うなれば、転移門だろうか。

 今は失われた転移魔法の魔道具とされるそれは、世界中でいくつも発見されているが、いつ、どこの、誰が作ったのかは不明である。

 ただし、どこにでも転移できるわけではなく、行く先にも同じ物がなければならない。

 それと同じ物がサーデン帝国の帝都サダラーンの帝国城にもある。
 先程、デミウルゴス神皇国から向かう旨をマジックウィンドウで伝えてある。

 今頃、あちらでも同じような波面が形成され、今か今かと聖女オフィーリアが到着するのを待っていることだろう。

「それでは、中級魔族出現の知らせを伝えて参ります」

 それだけ言って、オフェリアはその転移門の中へと進んだ。

 オフェリアの姿が消えてしばらくして、青白く部屋を照らしていたその波面が消え、魔導ランプのオレンジ色の光がその部屋を照らす。

 転移が完了した後も、暫く教皇と聖騎士たちは転移門を見つめている。

「この魔獣たちの不自然な行動の数々、そしてまた中級魔族の出現……何事もなければ良いのだが……」

 ウィルバーは、周りの聖騎士たちに聞こえないように、小声で不安を漏らす。

 中級魔族がサーデン帝国の南の辺境に現れるという神託を勇者パーティーへと託す。
 それが、聖女オフィーリアがサーデン帝国を訪れる理由だとみな思っている。

 当然、それは全くの嘘である。

 勇者パーティーを魔族領から遠ざけるためオフェリアがでっちあげた理由だ。

 ドランマルヌスの指示はなく、完全なるオフェリアの独断であるが、誰もそれを知る由もなかった。


――――――


 魔族領のためと考えて行動を起こしたオフェリアであったが、その四日前。
 そして、コウヘイたちが精霊の樹海でミラを救い出したあの夜。

 デミウルゴス神歴八四六年――七月一一日。

 魔王城周辺は、既に混乱を極めていた。

 魔族領といえども、ヒューマンや亜人たちが勝手に想像しているような灼熱地獄のマグマが流れていたり、毒の沼地で瘴気が漂っているような死地ではない。

 恐らく、ここが魔族領だと言われても、彼らは自分の想像との違いに信じられないだろう。
 それほど、彼らの領土を遥かに凌ぐ豊かな自然に恵まれた肥沃な大地が、そこには広がっていた。 

 例年であれば、既に田植えを終え、もうそろそろ稲の出穂時期となり、魔王城周辺は鮮やかな黄緑色の草原ともいえる田園風景が広がっているはずだった。

 しかし、今は、見渡す限り黒一色に埋め尽くされていた。

 それは、魔族が好んで使用する黒を基調とした鎧を身に纏った魔獣たちが、魔王城を数日前から攻撃していたからである。

 本来、その魔王城を守る立場にあるアドヴァンスド――上級魔人――が、魔王に突如反旗を翻したのであった。

 その話を聞いた魔族たちはみな、

「魔王様に宣戦布告だと! そんなバカな!」

 と、直ぐには信じられないでいた。

 魔獣たちが魔王城を取り囲み、城壁に攻撃を加えている現在であっても、そこに住む者たちは何かの間違いだと思っていた。

 それくらい魔王に敵対することは、バカげていることなのである。

 現魔王であるドランマルヌスは、ファンタズム大陸に流れ着いた初期の魔人で、その北部を占領してから千年近くもの間、魔族の頂点に君臨し続けているほどの絶対的強者なのである。

 魔族は、力が物を言う弱肉強食の世界で、身内でさえ殺し合うほど弱者には厳しい戦闘民族であり、最初の一〇〇年くらいは、ドランマルヌスに挑戦する魔族もいたが、誰一人として彼女には勝てなかった。

 魔族の構成は、アドヴァンスド魔人が四家で二〇人にも満たない。
 インターミディエイト魔人が一二家で一〇〇人程度。
 ノーヴィス魔人は、人間でいうところの平民と同じで、その数は一〇万にも及ぶ。

 更に、その配下となる魔獣の数は底が知れない。

 魔族内の格付けを人間側の呼び方で言うと、アドヴァンスドから上級、中級そして下級魔族に該当する。

 人間の歴史書に出てくるような一人で国を滅亡させたという上級魔族相当の力を持ったアドヴァンスドは、四人程度で、残りのアドヴァンスドが中級魔族程度の力だろう。

 そのアドヴァンスド全員で襲い掛かれば、ドランマルヌスも苦戦するだろうが、所詮大変かそうじゃないかの話で、負けることはないほどに魔王の力は絶対的。

 そう、ファンタズム大陸全土を死の世界に変えることが可能な強大な力を持った二〇人の魔人が集まったとしても、魔王の勝ちは揺るがない。

 それが故、その反乱の知らせは、魔族領全土を騒然とさせた。

 しかし、魔王城の主であるドランマルヌスは、魔獣たちから攻められているにも拘らず、全く焦りを感じていなかった。

 王座の間や軍議の間でアレコレと指揮を採っていることもなく、ただ自室のベッドに寝っ転がってまったりとしており、その深紅の双眸からは、全くやる気が感じられない。

 しかも、そのベッドは、天蓋付きで、魔王のモノらしからぬピンク色のフリルなどで装飾が可愛くあしらえられていた。
 それは、まるでお姫様のベッドのようにもみえる。

「なあ、ロウェーナ」

 ドランマルヌスは、樹脂で白くコーティングされた木組みの椅子に座っているロウェーナに、気だるそうに話しかけた。

「何でしょうか、魔王様」
「あいつらは本気なのか?」
「さあ、私にはわかりません」
「だよな」

 ロウェーナは、主からの問いを適当に答え、その腰まで伸ばした黄緑色の髪を結いはじめ、何やら身支度を整えている様子。

「何をしているんだい?」
「何って、見ておわかりになりませんか? 戦闘準備ですよ。せ、ん、と、う、じゅ、ん、びっ」

 ロウェーナは、猛禽類のような金色に輝く瞳をギラつかせ、鼻息荒くそう言った。

「いやっ、ボクだってそれくらいわかるさ。何のためにって意味だよ。あんなの放っておけばいいじゃないか」
「そうもいきません。魔王城が攻撃されて既に三日が経つんですよ!」

 ガミガミとうるさいな、と思いながらもドランマルヌスは、瞑目してそのロウェーナの指摘に応えるべく集中する。

 それから間もなく、外から壮絶な爆発音が鳴り、それと同時にドランマルヌスは目を開けた。

「はい、終わりっ。これで態々外に出向くまでもないよ」
「はいはい、そうですか。では、私は戦果の確認をして参ります」
「ふんっ、好きにすればいい」

 ドランマルヌスは、赤みを帯びた金髪を手櫛でとかしながら、ロウェーナへそう言い放ち、意識を別のことに集中させる。

 まったく迷惑な奴らだよ。
 魔獣がボクの命令を受け付けないことには驚きだけど、所詮魔獣が束になって掛かってこようが暇つぶしにもならないじゃないか。

 先程の爆発音は、ドランマルヌスが城壁に魔力を流し、そこに面しているものを全て吹き飛ばしたことに因るものだった。

 魔王城は、全てドランマルヌスが己の魔力で作り上げたもので、彼女の魔力が切れない限り破壊されることはない。

 ただ、そちらにばかり集中してしまうと、魔獣とのリンクが弱まり封印が解けてしまうという欠点があった。

 絶対的な力があるにも拘らず、ドランマルヌスは意外と不器用だったのである。

 実は、数日前から発生している、魔獣の異常行動はこれが原因だった。

「それにしても魔王として約束したからには、盟約を破る訳にもいかないしな……どうしよう?」

 誰もいない寝室で、ドランマルヌスは、そう呟くのであった。

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