賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第044話 古き盟約に従いし冒険者

 コウヘイたちは、ニンノの導きにより、樹海を駆け足で進んでいた。
 その速度はとても速く、身体強化をしてやっとついていけるスピードだった。
 やはり、精霊王の元へ案内したときは、気を使っていたようだった――――

 盟約に従って駆け付けた冒険者が一人でゴブリンジェネラルの元へ向かってから、既に数時間が経過していると聞いた。

 だから、転移魔法をニンノに提案したけど、魔力が足りないらしい。
 僕が魔力を譲渡したのはニンナであり、彼女は精霊王。
 そう簡単に世界樹を離れられないらしい。

 よって、こうして走って現場へと急行している訳だった。

 因みに、僕が世界樹のようだと思ったあの巨樹は、やっぱり世界樹だった。

「ねえ、そろそろ機嫌を直してくれないかな」
「ん、何のこと? わたしは怒ってないよ」

 いいや、怒ってるね。
 口角を上げて笑っているつもりだろうけど、肝心の目が笑っていないんだって。

 ニンナの爆弾発言により、取り乱したエルサに対し、僕はニンナに魔力を反す意味で口移しを行ったと説明した。

 その場では納得してくれたようだったけど、僕と目を合わせてくれない。

『そろそろ』

 ニンノの声が頭の中に響いた。
 そう言われると同時に、周囲の惨状を目にした僕は、気を引き締める。

「どうやら相当激しい戦闘を繰り広げているようじゃな。これは魔法職か?」
「うん、そのようだね。そうなるとゴブリンジェネラルは厳しいんじゃないかな? 僕が戦ったゴブリンジェネラルは、スピードもかなりのものだったよ。詠唱の時間が足りないと思う」

 辺りの巨木が削り取られたように幹の一部を失っており、魔法によって破壊されて薙ぎ倒されたのだと推測できた。

 そして、ゴブリンたちの死骸が破壊痕の近くに散乱していた。
 目測だけでその数五〇匹以上になるだろう。

「これは急いだほうがいいんじゃない」

 エルサがそう言って詠唱を開始した。
 いつでも魔法を撃てるように待機させるのだろう。

 魔石から吸収した魔力をエルサに分け与えており、万全な状態である。
 ただ、その魔力量は、想像より多くは無く、エルサの魔力を半分程度まで回復させるのに、ゴブリンの魔石で五〇個ほど使用した。
 僕は、自分用に念のためエルサに使用した倍の一〇〇個を使用した。

「倒したとかじゃないよね……」

 大分近付いているはずなのに、戦闘音が全く聞こえなかった。

 と、言うより、不自然なほどに無音で、僕たちが茂みを通り抜ける際に鳴る草木の擦れる音が異様に大きく聞こえる。

『ゴブリンジェネラルは健在のようだ。ミラの反応もあるから生きてはいるだろう』

 僕の不安に、ニンノが答えてくれた。

 ミラ――それが精霊王との古き盟約によって駆け付けた女冒険者の名らしい。

「頼む、間に合ってくれ!」

 焦りからか、心の声が外へ漏れ出す。

 進むにつれて薙ぎ倒された巨木の数が増え、ゴブリンの死骸の数も増える。
 その数は既に二〇〇匹を超えている。

 一人でこれだけのゴブリンを魔法だけで倒したとなると、間違いなく僕たちと同等か格上だろう。

 ゴブリンジェネラルを倒せなかったとなると、魔力が尽きたか前衛がいない故に接近を許して攻撃を受けたかだろう。

「見えた!」

 弓が得意というだけはあるのか、はたまた種族的なものなのかはわからかったけど、エルサには見えるらしい。

 辺りは真っ暗で、トーチの魔法で照らしていても僕には、一〇メートルより先は全く見えない。

「どんな状況?」
「うーん、かなりやばいよ。人らしきものが引きずられてる」

 そう言ってエルサはスピードを上げて、先に駆けていってしまった。

 樹海で育っただけはある。
 木々の根が張り起伏の激しい悪路をものともせず、グングンとスピードを上げていき、それに追従したイルマも揃って、二人の姿が見えなくなった。

 こういうときのプレートアーマーは、重量が枷となって思うようにスピードを上げられないでいた。

「ウィンドカッター!」
「マッジクアロー!」

 エルサとイルマが魔法を放つ叫び声が聞こえた。
 射程圏内まで近付けたのだろう。

 僕も必死に足を動かす。

「フロストスパイク!」
「フィジカルリストレイン! よしっ、成功じゃ」

 僕がそこに辿り着いたときには、二度目の詠唱を二人が終えており、追撃の魔法を放っていた。

「コウヘイ、拘束している間にそこの少女を連れてこい!」
「わ、わかった!」

 ダンジョンで遭遇したゴブリンジェネラルと同様に身の丈三メートルほどある大柄なゴブリンがイルマの拘束魔法により拘束されていた。

 必死に抗おうとして、食いしばった口元からだらしなく唾液が滴っていた。

 違いを上げるとしたら、革の腰鎧と革ベルトのようなモノをたすき掛けにしているだけで、大分肌を露出しているためやり易そうだった。

 脇目で観察しながらゴブリンジェネラルの横を通り過ぎて、横たわっている少女の元へ駆け付ける。

「ああ、よかった。あなたがミラさんだね? もう大丈夫だよ」

 抱え上げると、その少女の目が微かに開いた。

 やはり魔法士なのだろう、身に纏っているのは黒を基調にした金糸の刺繍に赤く縁取った魔法士のローブ姿だった。

 戦闘の激しさからか薄汚れてはいたけど、破れたり破損しているようには見えなかった。

 かなり耐性の高い高価なローブなのかもしれないと、つい見とれてしまうほど高貴な装いにも見えた。
 身に纏った物もさることながら、その少女からも高貴な印象を受ける。

 ツーサイドアップにした赤みを帯びた金髪が、夕日に照らされて輝く収穫間近の稲穂のように揺れていた。
 土で薄汚れてはいたけど、汚れていない部分が雪化粧の山のように真っ白い肌をしていた。
 微かに開いた双眸からは、煌く深紅の瞳がチラリと見えた。

 ミラさんを抱きかかえて、後方まで戻って来た僕は、彼女を地面に寝かせる。

「ニンノ、あとは頼む」

 ニンノにミラさんを任せ、僕はゴブリンジェネラルへと向かう。

「イルマっ、破られそうだったら僕の身体強化に切り替えて」
「あいわかった」

 僕は、はじめのゴブリンジェネラルを倒したときのように電撃魔法をメイスにエンチャントして、メイス片手に疾走した。

 イルマの拘束魔法により無防備を晒しているゴブリンジェネラル目掛け、思い切りメイスを叩き込んだ。

 ミラから受けたダメージがあったのかは確かじゃない。
 それでも、そのゴブリンジェネラルは、その一撃で絶命したのだった。

 ――――コウヘイたちは、ゴブリンジェネラルを討伐し、精霊王ニンナの要請に見事応えた。

 しかし、その盟約に従いし参上した冒険者を無傷で救うことはできなかった。

 応急処置を施したのち、世界樹で本格的な治療を行うためにニンノは、ミラを連れて飛び去って行った。


――――――


 残されたコウヘイたち三人は、ゴブリンジェネラルを倒したあと、その周辺に残っていたゴブリンの残党を殲滅して、世界樹に戻って来ていた。

 今コウヘイたちが居る場所は、精霊王の寝所ではなく、帝国城にあるサロンのように机やソファーが置かれ、ミニバーがある部屋だった。

 その部屋は、精霊王の寝所のような格式ばった作りではなく、板張りの床に壁はくりぬいただけのような温もりを感じる部屋だった。

 無垢の木組みで作られている本棚には、沢山の本があり、ソファーに座りながら読書をするなどしてまったりくつろげる場所になっていた――――

 まるで人間の暮らしと大差ないことを思った僕は、感想を漏らした。

「なんか意外だね」
「何がじゃ?」
「いや、だってさ……」

 庶民には無理だけど、貴族の家に来ている感じがした。
 イルマなんて気にせずミニバーのお酒を勝手に楽しんでいる。
 エルサは、気になる本でも見つけたのか、本棚の前で立ち読みしている。

「くつろいでいるようで良かったですわ」

 そう言いながら精霊王のニンナが、ニンノを従えて部屋に入ってきた。

「ええ、おかげさまで……それでミラさんの様子は如何ですか?」

 僕は、複雑な思いでそうニンナに確認した。

 助け起こしたときには微かにだけど反応があったのに、戦闘後に様子を確認したら気を失っていたのだった。
 魔力切れの症状だろうと僕は思ったけど、エルサがかなり慌てていた。

 エルサは、魔力が見えないと言った。
 魔法眼のスキルを持ったエルサは、他人の魔力を見ることができる。

 魔力が見えないということは、魔力がゼロを意味している。

 つまり、以前の僕と一緒だと。

 実際にその場面を見ていないため確証はないけど、魔法による破壊痕などの状況証拠から、僕と同じ体質で元々魔力量がゼロだったということは無いだろう。

 つまり、魔力切れを通り過ぎて使い切ってしまった――この世界でそれは、「死」を意味していた。

 魔力がゼロになると、徐々に衰弱し、最悪、体力もいずれゼロになってしまう。

 世界樹に戻って来次第、ミラさんの容態を確認した。

 ニンナ曰く、

「問題ございませんわ。今はその治療をしておりますので、おくつろぎになって」

 とのことで、このサロンでくつろいで待つこととなったのだ。

 精霊王が言うのだから本当に心配する必要はないのだろう。
 それでも、素直に休むことが僕にはできなかった。

「コウヘイが応急処置をしてくれたおかげで命は取り留めたのは先程申し上げた通りですわね。でも、魔力生成の能力が失われていますので、その治療には、今しばらく時間が掛かりそうなのですわ。ただ、最悪の事態は免れましたわ」

 エルサから魔力がゼロの状態だと言われた僕は、大急ぎで魔力を放射してミラに魔力を分け与えていたのだった。

「それは不幸中の幸いといった感じですかね……」

 峠を越えたことを聞き一安心するも、

「魔力が完全にゼロになると、最悪その器官が損傷し、死に至る」

 という、先述した最悪な結果だった。

 治療がうまくいったとしても、今後ミラさんが冒険者として活動することはできないだろうことを察して、複雑な気分になった。

 その日は、夜も更けた時間帯だったため、ニンノに連れられて、ベッドが並べられた部屋に移動してそこで眠ることとなった。

 世界樹の幹には、いたるところに横穴が掘られており、それぞれが部屋になっているようだった。
 空を飛べない僕たちは、言われるがまま、連れられるがまま行動するしかなかった。

 次の日、イルマはニンナの依頼でエルフの国に書状をしたためることとなった。

 その書状は、精霊の樹海に面している国々の冒険者ギルドに、ウェイスェンフェルト王朝の名を使って精霊の樹海の魔獣討伐依頼を至急行うべし、という内容だ。

  その国々というのが、精霊の樹海の東に面しているヴァーティス王国、東南に面しているユスティ王国と南に面しているアシュタ帝国の三か国である。

 その間、僕とエルサにはやることが無いことから、世界樹周辺の魔獣討伐を行うことにした。

 遭遇した魔獣は、やっぱりゴブリンが一番多かった。
 その他にも、フォレストウルフ、フォレストスパイダーやホーンラビットに遭遇した。

 ゴブリンは違いがわからなかったけど、フォレストウルフのスピードが五割ほど増しており、エルサの弓矢が当たらないほどすばしっこくなっていた。

 どれほどの期間、魔獣の能力が封印されていたのか知らないけど、その事実を知らないで遭遇したら、冒険者が戸惑うのは必至だ。

 今までの常識で挑んだら間違いなく足元をすくわれるほど強化されていると感じるだろう。

 ラルフさんは、冒険者たちから魔獣が強力になっているという報告が増えたと言っていたけど、実際は逆で、力を取り戻したいうのが正解だった。

 この情報を早くラルフさんに伝えたかったけど、何かと理由を付けて帰してもらえず、イルマも何やら手伝わされているようだった。

 僕が気になって、

「ずっとこもって何をやっているのさ」

 と聞いてみたけど、

「まあ、色々じゃよ」

 と、はぐらかされてしまった。

 ――――そして、精霊の樹海に来て四日が過ぎた朝。

 コウヘイは、突然の来訪者が現れたとの報告を受けて、謁見の間へ移動することとなった。

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