賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第034話 魔獣調査開始

 夏目前の厳しい日差しに照らされ、心地良い風が吹き、木々や草花の湿っぽい匂いが鼻に届く。

 初日から早速目立ってしまったコウヘイたちは、もうコソコソする必要もなくなり、テレサの森の入り口までイルマの魔導馬車で向かった――――

「さて、こっからは歩いて向かうよ。これからは、魔獣も出てくると思うから、二人とも気を付けるように」

 馬車を降りるなり僕は、テレサの森の奥に聳えるヘヴンスマウンテンを眺めながら、エルサとイルマに注意を促した。

「はーい」
「ふむ、まあ、ゴブリン程度ならコウヘイに任せるぞ」

 エルサは、早速ショートボウを魔法のポーチから取り出し、準備万端なようだ。

 一方、イルマは、大小様々な魔法石が嵌め込まれた指輪をいくつか付けているだけで、手ぶらだった。

 魔法は、魔法石を媒体にすることで効果の上昇が見込めるらしく、その形状は杖である必要はない。

 当然、魔獣から取れる魔石でも同じ効果を期待できる。
 それでも、魔法石の数百分の一程度の回数で耐えきれず、魔石は砕けてしまうらしい。

 大きさや質にもよるけど、ふつうは数回、多くても十数回なんだとか。

 魔法石は、高価であるものの、そんな理由から魔法石が推奨されているらしい。 

 そういった装飾品もイルマの得意分野らしく、今度、僕の太い指に合うものを作成してもらうようにお願いしていた。

「本当にイルマは、多才だよね」
「な、なんじゃ、急に……」
「いや、本当にそう思っただけだよ」
「そ、そうか……」

 褒められ慣れていないのか、いつも勝気な印象のイルマが、急にしおらしくなった。

 そんなイルマの見慣れない様子に僕が感心していると、それに気付いたエルサがイルマのことを茶化し始めるのだった。

「えー何? イルマ、照れてるの? かっわいいー」
「べ、別にわしは照れてなんぞおらん!」
「ふーん、へー、そうなんだー」
「むむむ、いいから行くぞ! はようせんとダンジョン内で寝泊まりすることになるぞ」
「あー、待ってよー」

 お互い会った当初は、種族的隔たりがあるように感じたけど、今ではすっかり姉妹のように仲が良い。

 先を行く二人の後姿を眺め、思わず笑みが零れた。

「魔獣の異常行動は、何が原因なんだろう。この先、鬼が出るか蛇が出るか……」
 
 目的地のラルフローランのダンジョンは、テレサから魔導馬車で一〇分ほどで着いたここテレサの森の入口から、一時間ほど歩いた崖の横穴に入口があるらしい。

 昨日聞いた話によると、ラルフさんは、貴族になる前からテレサの領主であるフォックスマン家に従者として仕えているらしい。

 剣術指南役としてその令嬢であるローラ嬢の戦闘訓練に付き合っていた際、そのダンジョンを発見したことから、ラルフローランと名付けられたらしい。

 それなら、ラルフとローラでラルフローラじゃないのかと思ったけど、それを突っ込むことはしなかった。

 とにかく、その功績が認められ、騎士爵であったフォックスマン家の当主ダリル卿は、男爵に陞爵しょうしゃくする栄誉を授けられ、ラルフさんは、騎士爵に叙爵じょしゃくされたらしい。

 それほど、ダンジョン発見は、凄いことなのだ。

 この世界のエネルギー事情は、魔力や魔石に頼るところが大きい。
 便利な道具は、魔道具が殆どで、その原動力は、魔力や魔獣から取れる魔石だ。
 魔力量が少ない人でも、この魔石さえあれば、大抵の魔道具を動かすことが可能になる。

 つまり、その魔石が取れる魔獣が多く生息しているのがダンジョンであり、その発見は、国民の生活を豊かにする。

 しかし、洞窟に魔物が沢山いるだけでは、ダンジョンとはいえない。

 ダンジョンの定義は、魔獣の数が豊富、且つ、それらから得られる魔石の質が良いこと。
 更に、魔法石や魔鉱石マナタイトが採掘できることが条件とされており、国が定めた調査機関が認定を行うことになっている。

 しかも、ダンジョンの中という限られた空間に魔獣が多く生息しているため、平原や森に生息している魔獣と違い、管理もし易い。

 最悪、入り口を埋めてしまえば、その魔獣たちが外に出てくることもない。

 そのラルフローランの洞窟までの道すがら、何度か戦闘になったけど、殆どがゴブリンやフォレストウルフといった下級魔獣しか出てこなかった。

 その強さも別段変わったところは認められず、身体強化を使うまでもなかった。

 ダンジョンから出て来た魔獣なのか、魔石の輝きがいつもより良い気がしたけど、少し違和感を感じた程度の些細な違いだった。

 テレサの森を奥に進むにつれて、枝葉の密度が濃くなり、陽の光が遮られ薄暗くなってきたころ。

 道を塞ぐような切り立った崖が姿を現した。

 そこには、丁寧にも洞窟への案内札が立っており、迷うことなくその入口に到着することができた。

 その入口には、ログハウスのような建物と兵士の詰め所らしき小屋もあった。
 ダンジョンへの冒険者の出入の管理や休憩場を兼ねているのだろう。

「あーきみたち、ちょっと待ってくれ。ダンジョンの魔獣が狂暴化しているらしく、ランクを確認させてくれないかな」

 僕たちが洞窟の入口に近付いて行くと、鋼鉄のプレートアーマに身を包んだ重装備の兵士たちを代表して、壮年の兵士が声を掛けてきた。

 その兵士たちを見て、ダンジョンの魔獣が外に出ることはなさそうだった。

 今までの魔獣の魔石の輝きが気になったけど、その考えを端へ追いやり、声を掛けてきた兵士の対応に専念する。

「こんにちは。僕たちはシルバーランクパーティーのデビルスレイヤーズです。ギルドマスターからの依頼で、その魔獣調査にやってきました」

 ギルドで受けた依頼書を見せながらそう説明した。

 その兵士の話によると、どうやら、カッパーランク以下の冒険者を入れないようにしているらしかった。

 僕とエルサは、アイアンランク冒険者だけど、パーティーとしてシルバーランクであるため問題ないようだった。

「うん、ゴールドランク冒険者がいるなら心配はないだろう。でも、ファビオさんたちのことがあるから気を付けるんだぞ、嬢ちゃん」

 僕たちの身元を確認して、イルマのランクに驚きつつも、そう言ってイルマの頭を撫でながら対応した壮年の兵士が、そう心配してくれた。

 傍から見ると、孫を可愛がるように撫でる穏やかな遣り取りに見えるけど、嬢ちゃん呼ばわりされて、イルマが癇癪をおこさないか、僕は気が気じゃなかった。

「大丈夫、おじちゃん。私がみんなを守るの!」

 その心配とは裏腹に、今まで聞いたこともないような猫撫で声を出し、イルマがその兵士に返事をしていた。

「そっか、そっか、偉いぞ。きみがリーダーらしいが、あまり小さい子に無理をさせるんじゃないぞ」

 その演技にすっかり騙された兵士は、そう言って僕に再度注意を促してきた。
 心なしかその視線に厳しいものを感じた。

「……あ、はい。気を付けます……」

 イルマのその対応に呆気に取られていた僕は、なんとかそれだけ答えた。

 規則のため、パーティー名と僕たちの名前を記帳して、ダンジョンへ進んだ。

 洞窟の中は、鉱山のように木枠で補強され、床も木の板が張り巡らされていた。
 そして、壁には松明が等間隔に設置されており、案外明るかった。

「それにしても、さっきのアレは何だったの?」
「ん、アレって何じゃ?」
「……ほら、子供みたいなアレだよ」

 兵士とのやり取りの様子が気になっていた僕は、それとなく聞いてみた。

「あ、ねー、イルマ可愛かったよ。いつもああしていれば良いのに」

 エルサも気になっていたのか、そうやって追従してきた。

「一々腹を立てても仕方が無いのでな」

 それを言うなら、ファビオさんたちのときに何故それができなかったのだ、とい言おうとしたら。

「お、そろそろのようじゃな」

 イルマが立て札に気付いて、それを読み上げる。

「これより先、魔獣注意、じゃと」

 木製の床が途切れ、洞窟特有のゴツゴツとした岩の地面が姿を現した。
 松明もそこまでのようで、その先は真っ暗で何も見えない。

「じゃあ、作戦通りにイルマがトーチの魔法で辺りを照らして。僕が前衛で進んでいくから、エルサはいつでも魔法を撃てるように準備しておいてね」

 雑談を終わらせ、気を引き締めて先へ進む。

 前情報では、低層といわれる五階層までは、ゴブリンたちがメインらしい。
 正直、ゴブリン相手では、いくら強くなっていると言われてもわからない。

 魔法が使えなかったときでさえ、メイス一振りで事足りていた魔獣である。
 エルサとの訓練でかなりの魔獣を相手したため、地力も上がっていた。

 冒険者ギルドで受け取った地図を確認しながら、二階層へと下りる階段へ向かう。

 この二日間誰もダンジョン探索を行っていなかったため、角を曲がるたびにゴブリンたちに会敵した。
 それでも、エルサが魔法を使う必要もなく、直線の場所では弓の援護を受けながら、あっさりとメイスでゴブリンたちをほふっていった。

「ねえ、どう思う?」
「えー、何?」

 安全をみて少し距離を保って進んでいるのと、洞窟内のせいか声が変に反響して聞き取り辛いらしかった。

 僕は、立ち止まり、エルサたちが僕のところに来るまで待つことにした。

「どう思う? この数十分で既に五〇匹以上倒しているけど、違いがわからない」
「確か、オーガとか言っていたから全ての魔獣が強い訳ではないのかもねー」

 エルサは、ファビオさんが逃げ帰る理由になった魔獣の名をあげた。

 しかし、ラルフさん曰く、特定の魔獣だけではないはずだった。

「でも、他の冒険者からは全体的に強くなっていると報告が挙がっているらしいじゃないか」
「一般的なヒューマンからしたらそうなのかもしれんのう」

 それを茶化すようにイルマは、僕が人間じゃないみたいなことを言った。

「まあ、なんだ。強くなっている実感は確かにあるけど、これだとまともに調査結果の報告ができなさそうで、そっちが心配になるよ」

 そう、目的は、ダンジョン内の魔獣の戦力評価なのである。

 僕たちが異常ありませんでした、と報告したことで一般の冒険者が被害を受けたら、

「僕たちが強いだけでした。ごめんなさい」

 と、洒落では済まされないのだ。

「敢えて言うなら、この魔獣の多さかな。ダンジョンってこれくらいがふつうなの?」

 サーベンの森の奥にあるダンジョンでは、こんな頻度で会敵したことはなかったけど、念のため冒険者経験が長いイルマに尋ねた。

「そればっかりは、ダンジョンにもよるが、大抵の場合、地上とは比べ物にならないくらい多いと言われておるのじゃ。わしが冒険者時代に、アッテルガム地方の迷宮に潜ったときは、数百体のスケルトンに囲まれそうになって、命からがら逃げ帰った記憶があるのう」

 イルマが過去の記憶を思い出してか、全身を搔き抱いてブルっと身を震わせた。

「それは災難だったね……」

 僕は想像できる範囲で、イルマの過去を想像して同じく身を震わせた。

 ただ、スケルトンって魔獣なのか? とも思った。
 死霊系の魔獣もこの世界に存在しているらしいけど、今だ相対したことは無い。

「つまり、これくらいの数じゃ異変と判別はつかないんだね」

 そうとなると何を基準にすればよいのか、僕では判断できなくなる。
 そして、つい考え込んでしまう。

「ねー、先に進むしかないんじゃないかな? まだ一階層目だし」

 僕の籠手に手を置いたエルサは、つまらない話に飽きた子供のような表情を浮かべ、僕を引っ張って先へ進もうとした。

「それもそうじゃ、先ずは進むとしようじゃないか」
「そっか、そうだよね」

 僕は一体何を焦っているのだろうか。
 エルサの言う通り、まだ探索序盤も序盤で、調査は始まったばかり。

 本番はこれからだ!

 それからほどなくして、二階層へと下りる階段に辿り着き、先へ進んだ。

 二階層も一階層と代わり映えせず、ひたすらゴブリンを倒していく。
 三階層、四階層も武器や防具を付けたゴブリンソルジャーと出会った程度で、大して強さは変わらなかった。

 いい加減体力的に疲れた僕に代わって、エルサが魔法を使うとあっさり倒してしまうため、戦力評価ができず仕舞いだった。

 ダンジョンに潜って二時間経っているけど、僕は身体強化の一つも使っていない。

 そうして、早くも五階層へと下りる階段の前まで来てしまった。

「何か今日中に探索が終わりそうだけど……もはやダンジョンというかゴブリンの巣だよね」

 結局、ゴブリン以外の魔獣は現れなかった。

 メインはゴブリンと言われていたけど、話によると、コボルトやケイブスパイダーなど他の魔獣も出ると言われていた。

「楽して金貨が手に入って良いじゃないか。これなら服の一着二着買うことも出来ようぞ」

 イルマはそう言うけど、まともな報告も出来ずに報酬を貰えるのだろうか。

 指名依頼として、報告で金貨一枚という破格の報酬を約束してもらっている。
 更に、ゴブリン一匹、小銀貨一枚のところを二倍の小銀貨二枚と言われていた。

 既にゴブリンを三〇〇匹ほど討伐しており、残らず右耳と魔石を回収済みだ。
 ゴブリン討伐だけで、小金貨六枚にもなる。
 僕たちとしては良い儲けになるけど、実の有る報告ができないことが心苦しい。

「でも、五階層にはゴブリンシャーマンもいるんでしょ? 使ってくる魔法で強さを計れるんじゃないかな?」

 なかなかどうして――今日のエルサは冴えている気がする。

 いつもは、見当違いなことばかり言うエルサなのに、今日はエルサのおかげで前向きになれている。

「そっか、エルサの言う通りだね。あとは、ゴブリン以外いなかったことも異変の一つとして報告できるかかもしれないしね」

 ――四階層まで探索が終了し、現時点で強力な魔獣に出会うことはなかった。

 証拠として撮影した各階層の状況やゴブリンの写真を確認しながら、コウヘイたちは、五階層へと続く道を下りていく。

 正直、こんなところでスマートフォンが役に立つとは思わなかったコウヘイであった。

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