賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第030話 意外な事実

 もう間もなく夏だというのに、五つの薄っすらとした湯気と、消毒薬のような匂いが打ち合わせ室に立ち込めていた。

 本題に入る前に、一旦仕切り直す意味で、アリエッタが全員のお茶を取り替えたのだった――――

 冷蔵庫のような魔道具は、一般的に普及しているけど、製氷機や冷凍庫と言った氷を生成する魔道具は、ごくごく一部にしか出回っていないため仕方がないかもしれない。

 ただ、この臭いだけはいただけない。

 日本でもハーブティーなんて代物を飲んだことが無い僕は、イルマの家で飲んだカーム草をメインにしたハーブティーがとても良い香りがして好印象だった。

 しかし、目の前のカップから漂ってくる臭いは、お世辞にも好きになれない。

 実際は、フルーティーで甘みの中に酸味があり、後味がさっぱりとして飲みやすいのにもったいないと思った。

 アリエッタさんが配膳する様を眺めながらそんなことを考えていたら、ラルフさんが説明をするべく口を開いた。

「現状、町まで魔獣が現れるほど切羽詰まった感じではないですね」

 ラルフさんの声音からは、悲壮感は感じられなかった。

「ファビオたちだけではなく、他の冒険者からも同じ報告があがってきていることから、警戒をしているのです。その報告というのは、魔獣の種類が今までと何ら変わりないのですが、妙といいますか、やけに強い……と」

 なんとも勿体ぶった言い方をする。

「うーん、それだけだとわからないですね。そのファビオさんたちのランクと撤退する理由になった魔獣の種類は何なんです?」

 ファビオさんたちがこっ酷くやられたと聞いていたけど、それだけでは何の参考にもならなかった。

 僕たちに絡んできたほどヤケ酒をしていたことから非常に気になる。

「彼らのランクは、ファビオがゴールドランクで他の三人はシルバーランクですね」

 それを聞いた僕は驚きを隠せず、それが表情に出てしまった。

「一応、ファビオの冒険者歴は、一年程度ですが、自警団としての実績がありますから――」
 
 補足として、ラルフさんが理由を教えてくれた。

 僕が驚いたのは経験ではなく、「あんなに弱いのにゴールドランクだということ」にだ。

 僕の胸の内に気付かないまま、ラルフさんは、説明を続けた。

「魔獣はオーガ一匹だそうです。本来であれば、シルバーランクの冒険者が前衛と後衛の四人いれば、後れを取ることもない魔獣なのですが、全く歯が立たなかったらしいです」

 自分で言いながらラルフさん自身、信じられないといった表情だ。

「あのー、念のため確認ですけど……」
「何ですかな?」

 正直、身体強化をして少し力を込めただけで、あの痛がりようを見た僕としては全く信用ならない。
 適正なランクは、カッパーランクかむしろアイアンランクだと思う、ファビオさんがゴールドランクなどとは、全く信じられるはずも無かった。

 だから、僕の疑問は妥当だと思い、そのまま確認することにした。

「ファビオさんたちが弱すぎただけということは無いんですか?」
「ぷっ」

 それを聞いたイルマは、思わず噴き出したあと、盛大に腹を抱えて笑い始めた。

「申し訳ありません。で、本当のところどうなんですか?」

 イルマの眉間にデコピンをお見舞いして静かにさせ、イルマの馬鹿笑いに唖然となっていたラルフさんに催促した。

「いや、まさかそうくるとは……」

 ラルフさんは、それだけ言って黙り込んでしまった。

 何がまさか、なのか僕には全くわからない。

 それを察したアリエッタさんが、説明を引き継いでくれた。

「あのですね、コウヘイさん。ガーディアンズのみなさんは、このテレサの町きっての冒険者パーティーなんですよ」
「ガーディアンズ?」
「ああ、ファビオさんたちのパーティー名です。元々、自警団をなさっていた方たちでしたので、それをそのままパーティー名にしたみたいです」

 黙り込んで何やら考え込んでしまったラルフさんに代わり、アリエッタさんは、ファビオさんたちが、テレサにいる冒険者の中で一番強いと説明してくれた。

 ゴールドランク冒険者は、帝都であればそれなりに人数がいた気がする。

 一人前の冒険者は、シルバーランクからとされており、ゴールドランクは上級冒険者といったところだ。
 ランクアップへの壁は高いけど、聞いた話によると努力次第で成れるらしい。

 一目置かれる存在というのは、やっぱりミスリルランクになってからだろう。

 僕は見掛けたことがないけど、帝都の冒険者ギルドには、二組のミスリルランクパーティーの登録があるらしい。
 それが、サダラーン冒険者ギルドの双頭といわれているのだとか。

 だから、ファビオさんがゴールドランクであろうと、他の三人がシルバーランクのパーティーが、一番のパーティーと言われると、テレサ冒険者ギルドのレベルも程度がしれてしまう。

 それに、弱いし……とファビオさんたちの説明を聞いても、僕はその評価を上げることはなかった。

 実際、冗談ではないかと思えるほどに――弱かった。

「えっ、本当ですか? 冗談では無く……」
「はい、本当です。冗談を言っても意味は無いですし」

 あまりにも僕がクドイものだから、アリエッタさんは、少しムッとしたように眉根を寄せ、頬を膨らませていた。

 穏和な印象の目尻が下がったグレーの双眸そうぼうが、まぶたを細めたことで射抜くような攻撃的な視線となった。

 どうやら、本当のことらしい。

「つまりは、そういうことですよ」

 やっと口を開いたかと思うと、またラルフさんが意味深なことを言い出した。

「ごめんなさい。全然わからないです」

 すると、

「やつらを弱いと感じるほどに、ただ単にコウヘイが強いだけじゃよ」
「うん、うん」
「うむ。そういうことですな」
「そういうことです」

 わかっていなかったのがまるで僕だけと言うように、イルマの発言に、エルサ、ラルフさん、そしてアリエッタさんが同意の意を示した。

「は、はあ」

 僕が強い?

 成長した実感はあるけど、比べる対象が先輩たちしかいないため、正確な物差しが無く、僕自身の強さの度合いを測り切れていないのが正直なところだ。

「まあ、そもそも私がコウヘイ殿たちに声を掛けたのは、あのファビオを涼し気に対処していたからなんですよ」
「そういうことだったんですか……」

 納得したように言いつつも僕は、何とも釈然としない。

「最低でもゴールドランク、もしくは、ミスリルランクの冒険者なのでは? と考えていました」
「実際は、アイアンランクなんですけどね」

 ラルフさんからの高評価に、僕は自虐的に笑いながら答えた。

「しかし、コウヘイ殿の事情を鑑みるに、もはやランクなど関係ないでしょうな。そもそも、冒険者になってどれくらいの期間でアイアンに昇格したんですか?」
「えっと、何日だったかな? エルサは覚えてる」
「四日かな?」
「だそうです」

 実際は、エルサより先に冒険者になっていたけど、エルサと同じタイミングで昇格したため、それを基準とした。

「やはり、それは早すぎる。一般的には、一か月がロックからアイアンに昇格する適正期間と言われていますから……」
「でも、勇者パーティーで魔獣討伐の心得はありましたから、その期間を当てはめても意味なさそうですけどね」

 ファビオさんたちの強さが本当だとしたら、今の僕たちのランクは実力に見合っていないと思った。
 それは、おごりでも何でもなく、正直、ゴールドランクが適正といわれているトロール相手にだって、余裕で勝てる自信がある。

「それもそうですな。よし、覚悟を決めましたぞ。コウヘイ殿たちに、ダンジョンの調査依頼をしたい。それも、現在探索が進んでいる最深部である一五階層まで!」
「ちょ、マスター!」

 何の覚悟かわからないけど、ラルフさんが決死の思いで決断したことに、アリエッタさんが待ったをかけた。

「なんだね、アリエッタくん」

 何ともわざとらしく上司面をするラルフさんを見て少し可笑しく思った。
 一方、アリエッタさんは、冗談ではなく真剣だった。

「規則はどうするんですか! 最深部にはリトルドラゴンが出るって言うじゃないですか。それはもうミスリルランクのクエストですよ!」

 リトルドラゴンだって!

 本物を見たことがないけど、この世界にはドラゴンがおり、最強種族といわれている。
 だから、リトルドラゴンという名前に騙されてはいけない。

 同じ竜種の眷属であるワイバーンであれば幾度となく戦ったことがあるけど、流石のリトルドラゴン相手では、力不足かもしれない。

 だから、アリエッタさんが心配するのもわかった。
 それでも、規則って何だろうか?

「規則って何ですか? ミスリルランクの依頼であっても、ギルドマスターであるラルフさんが許可すれば良い訳じゃないんですか?」

 確かクエストの受注条件は――

 カーパーまでなら制限はなく、シルバー以上で受付嬢が過去の経歴を確認し、ゴールドはサブギルドマスターの許可、ミスリル以上でギルドマスターの許可があれば、冒険者自体のランクは関係ないはずだった。

「コウヘイさん、実はその過去の経歴というのが、既定のランクを既定の回数達成していなければならないのですよ」
「えっ、そうなんですか!」
「基準は一般公開されていないので、お伝えできませんが、そのルールはみなさんご存知ですよ」

 ラルフさんが覚悟を決めた理由がわかった気がする。

 アイアンランクの僕たちが、当然ミスリルランクの依頼を受注できるだけの依頼を達成している訳が無い。

 むしろ、僕たちが達成した依頼のほとんどは、回復草の採取と常用討伐依頼でまともなクエストではないので、クエスト履歴を調べられたら一発アウトな気がする。

 いくら僕を強いと認めたラルフさんでも、諦めるより他ないと、僕は思った。

 ラルフさんとアリエッタさんがそれぞれの言い分を戦わせ、僕が残念な事実に肩を落としていると、

「どうやらわしの出番のようじゃな」

 と、イルマは、立ち上がって行儀が悪いというか失礼なことに、目の前の長机に右足を乗せてそんなことを言ってきた。

 そして、なぜか胸元に手を入れ、あるモノを取り出した。

「「「「あ!」」」」

 その光輝くを目にして、イルマ以外、四人の驚きの声が重なった。

「まさか……ゴールドランクの冒険者カード」

 少しデザインが違うように見えたけど、このタイミングで出したのだからそうだと思った僕が呟いた。

「そうじゃよ。わしが若いころに頑張った努力の証じゃよ」

 どうじゃ、これで万時解決じゃろ? とでも言いたそうな勝ち誇った顔に少しイラっとしたけど、今はその感情より別の感情に支配された。

 これで依頼を受けられるかもしれないという――

 歓喜。

 よく考えてみれば、イルマは、六四八歳。
 その長い人生の中で、冒険者をやっていても不思議ではなかった。

「少し見せていただいてもよろしいでしょうか」
「良いぞ。ほれ」
「拝見します」

 アリエッタさんは、何か気になるのか、イルマから冒険者カードを受け取り、顔を近付け裏返したりと熱心に観察し始めた。

「やはりこれは……ウェイスェンフェルト王朝時代の冒険者カードですね」

 信じられないものを手にしているかのように、手を震わせているアリエッタさんの説明に、

「ほう、よく知っておるの」

 と、イルマは感心していた。

「えっと、どういうことですか? それってそんなに凄いんですか?」
「凄いなんてものではないですよ、コウヘイさん! そもそもウェイスェンフェルト王朝は、四百年以上も昔に栄えていた古代王朝ですよ。しかも、その時代は、金が一番高価なものとされていて、その時代でゴールドランクは、今でいうアダマンタイトランクと同じで最高ランクなんです!」

 興奮気味に説明してくるアリエッタさんの表情をみて、しょげたり、怒ったり、興奮したりと色々な表情を見せるな、と僕は感情豊かなアリエッタさんに感心した。

 しかし、それも然る事ながら、イルマの経歴に驚いた。

 イルマってそんなに強いんだ。
 全然知らなかった。

 帝都からここまでの道中、何度か魔獣に襲われたけど、僕とエルサで対処していたので、イルマの戦闘能力は未知数だった。

「だてに長生きしとらんよ」

 イルマは、僕の表情から読み取ってそんなことを言った。

 イルマは、僕やエルサが何も言っていないのに、今みたいに考えていることを言い当てることがままある。

 これも経験に因るものなのだろうか。

「もし、差し支え無ければ、履歴を確認してランクアップできるか確認しましょうか?」
「うむ、そうじゃな。が、今は話を進めようじゃないか」

 アリエッタさんは、ことも無げにイルマの対応をしているけど、そもそも何百年もの昔の冒険者カードに履歴なんてものが残っているのか? と僕は不思議でしかたがない。

 地球の技術力をもってしても、そんな歴史の教科書に出てくるような時代から、データを保持し続けられるデータ保存ディバイスは存在しないだろう。

 これも魔導学の成果なのだろうか。

 そもそも、前提条件が違うファンタジー世界と地球を比べても、意味の無いことかもしれない。

 そんな風に思考の世界にこもっていたら、話を聞き逃してしまった。

「おい、コウヘイ。聞いておるか?」
「ん、ごめん。考え事していて聞いていなかった」
「リーダーがそれじゃ、困るんじゃがな」

 イルマは、遠慮せずにため息をして、しっかりしろと僕に肩パンをしてきた。
 さっきのデコピンのお返しなのか、結構痛かった。

「え、リーダー? 僕が? 一体何のリーダーだというのさ」

 どうやら、ゴールドランクのイルマとパーティーを組むことで、僕たちはシルバーランクパーティーを名乗れるようになるらしい。

 冒険者は、個人的なランクの他に、パーティーランクがあることを教わった。

 アイアンランク冒険者の持ち点が二点、ゴールドランク冒険者の持ち点が三〇点で、僕たちは合計三四点で、シルバーランクパーティーの規定である平均一〇点以上となるらしい。

 ふつうは、最高ランクの冒険者がリーダーになるらしいけど、僕が考え事をしている間に、僕をリーダーとして登録をすることになってしまった。

 正直、リーダーなんて僕の柄じゃないけど、イルマだけではなく、エルサからも頼まれてしまい、引くに引けなくなってしまった。

「わかりました。それじゃあ、どうすればいいんですか? パーティー名とかやっぱり必要ですよね?」
「そうですね。登録はいつでもできますので、今夜一晩考えてみては如何でしょうか」

 ――――イルマがゴールドランク冒険者であることが判明し、ラルフからの依頼を受けることが可能となった。

 ラルフは、最深部の一五階層と言っていたが、話し合った結果、シルバーランクでも受注可能な低層の調査依頼として、クエストを発行してもらうことになった。

 パーティー名が決まっていないため、ダンジョンの場所の説明と簡単な注意事項を受けたコウヘイたちは、正式な依頼は明日受けることにし、テレサ冒険者ギルドをあとにするのだった。

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