賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第024話 暗躍する影

 夕食を済ませ、食後のティータイムと洒落込んでいた三人に、悲壮感はなかった。

 ただし、問題が山積みなのは変わらない――――

「明日の朝に出発するのは良いとして、どこに向かうかだよな……」

 僕は、行く当てがないことを思い出し、そう呟いた。

「そうじゃな。いくら魔法が使えるようになったとはいえ、さっきも言ったように地力が全然じゃ」
「そうだよねー。やっぱりダンジョンが手っ取り早いと思うんだけど、もう帝都にはいられないし……」

 帝都での滞在を伸ばそうと考え直したのは、サーベンの森で魔獣狩りに慣れてきたことから、サーベンの森の奥にあるダンジョンに挑戦しようとしていたからだ。

 そこへは、勇者パーティー時代に、訓練の一環として何度か足を運んでいた。

 そこは、ダンジョンというだけあって、狭いながらも魔獣がわんさかとおり、戦闘訓練にはもってこいなのだ。
 当然、その分魔獣の素材も期待でき、お金を稼ぐチャンスとも考えていた。

 しかし、指名手配されている僕たちは、明日の朝には帝都から旅立つ。

「それなら、南の辺境に新しくダンジョンができたらしいぞ」
「え、本当!」

 流石は、イルマだった。

 エルフの賢者と言われるだけあって、色々と情報通なようだ。

「うむ、それに若いダンジョンじゃから、それ程強い魔獣もおらんようじゃし、新しく仲間を募るにもうってつけじゃろ」
「ああ、それね……」

 先程もその話になったけど、丁度食事が終わり、片付け始めたので有耶無耶になっていた。

「僕もできることなら仲間を増やしたいけど、魔力を吸わせてくださいって言って、はいわかりましたって言う冒険者はいないと思うんだけど」

 正直、そのうたい文句で仲間になる人は変態でしかないと思う。

「あとは、冒険者が無理となると……」

 残るは、奴隷と言いかけ僕は、エルサの視線に気付き、止めた。

「何を言っておるのじゃ。アレはかなりいいもんじゃぞ。一度、騙してでも何でもいいから吸収さえすれば、みんなコウヘイの言いなりになると思うぞ」
「あー悪いことはダメだよー」
「何を言ってるんだよ、イルマ! エルサ、僕がそんなことする訳ないでしょ!」

 訓練を開始してから毎日イルマに訓練の状況を話して、アドバイスを貰ったりしていた。

 エルサが魔力を吸収される感覚を説明したところ、イルマが興味本位に頼んできたので、イルマから魔力を一回だけ吸収したことがある。

 アレは、僕の人生の中でもトラウマになるレベルの記憶だ。
 幼児体型だけど実際は、六四八歳の婆さんであるイルマのあの表情と漏れ聞こえた声が、今も鮮明に蘇り背筋に寒気が走った。

「まあ、それは冗談じゃよ。だからわしが付いて行くとしよう」
「そうか、冗談だよね。うん良かった……ん、何か言ったかな?」

 色々なことがありすぎて、今度は幻聴が聞こえた。

「じゃから、わしもコウヘイたちに付いて行くと言ったのじゃよ」
「はい?」

 何故そうなるんだ? 意味がわからない。

「なんじゃ、不服か?」
「い、いや不服とかそういう問題じゃなくて、この店とかどうするんだよ。エルフの里に飽きてサーデン帝国までやって来て帝都に店を構えたんじゃないの?」

 イルマからそう話を聞いていたので、そう僕は言い返した。

 イルマは、その年齢だけあってかなり博識で、魔法だけではなく魔道具も作れる。
 エルサの魔法眼によって、エルサの数倍の魔力量があることもわかっている。

 だから、正直イルマが仲間になってくれれば、かなり心強い。

「それよりもコウヘイたちに付いて行った方が、面白そうじゃからな。無詠唱魔法なんて思ってもいなかったしのう。歴史上の勇者だってそんなことをした者はおらん。コウヘイに紋章は無いが、本物の勇者よりよっぽど勇者らしいと思うのじゃが」

 ここ数百年よりもここ数日の方が刺激があって楽しかったと補足し、なんと、夜伽の相手もすると、イルマがふざけたことを言ったため断ろうとした。
 それでも、エルサもイルマの能力は認めており、僕の事情もよく知っていた。

 悪いと思いつつも、イルマの決意が揺るがなそうだったため、明日から三人で行動を共にすることが決定した。

 ――――そうと決まれば、店仕舞いの準備をすることとなり、遅くまでコウヘイとエルサはその準備を手伝ったのであった。

 片付けの最中に魔道具で遊びだしたりと、片付けるつもりが余計に散らかす結果となり、それが余計に時間が掛かった最大の原因であることは触れないでほしい。

 それで疲れてしまった三人は、目的地も決まったことだしと、眠ることにした。
 何故か拒否権の無いコウヘイは、イルマのベッドで三人川の字で寝るという至福の時を――

 否!

 コウヘイにとっては、拷問ともいえる仕打ちを受けたのだった。


――――――


 コウヘイたちが魔族の襲撃を受けた数日後。

 辺りは、夜の帳につつまれていた。

 とある礼拝堂に、その内装と同じような真っ白な襟を立てた上衣に、裾が広がった祭服に身を包み、神々に祈りを捧げている幼さが残る少女の姿があった。

「首尾は?」

 月の光に照らされ神々しくも見えるその少女は、祈りの姿勢のまま一切身動みじろぐこともせず、そう誰かに問うた。

「お、恐れながら申し上げますと――」

 その少女とは正反対に全身真っ黒な服の上に、真っ黒なローブに身を包んだ青年が、神前に跪くように身をこわばらせ、言葉を詰まらせていた。

「失敗したのね」

 その様子と枕詞を聞いて結果を察した少女が先回りする。
 その声音は静かであったが、青年の身を正させるのに十分な力がこもっていた。

「はい、どうやらスキルに気付かれてしまったようで……」

 言い訳をするように青年が発言すると、その少女から膨大な力の波動が放たれた。

「ああ、ど、どうかお怒りをお沈めください。どうかお許しを……」

 その力の一端に触れた青年は、全身冷や汗をかきながら必死に懇願して許しを請う。
 その必死な言葉が、その礼拝堂にこだまするように響いた。

「べつに怒ってなんかいないわ。ああ、可哀そうな、ファーガル。そんなに震えなくていいのよ」

 ファーガルと呼ばれた全身黒尽くめの青年は、更にその震えを大きくさせた。
 一方、その少女は、祈りを捧げる姿勢のまま微動だにしていない。

 ああ、このお方は全てお見通しなのだ、とファーガルはこの先自分の身に何が起ころうとも抗えないことを覚悟し、真っ黒に染まった瞳を覆うように瞼を固く閉じた。

「言い訳は無用よ……失敗には死あるのみ」
「力なきものは力あるものの仰せのままに」

 冷たく言い放った少女に対し、ファーガルは魔人の掟を述べて覚悟を決めた。
 あとはもう、そのときがくるのを待つのみだった。

 しかし、そのときは中々訪れなかった。

 このじれったさがファーガルに生への執着を思い起こさせるが、彼にはどうすることもできない。

「でも……」

 そして、その少女が静寂を破り言葉を続ける。

「今までのあなたの忠義に免じて今回は許してあげるわ」

 その言葉に、ファーガルは命が繋がったことの安堵よりも、彼女への忠誠を強めたのであった。

「言葉は無用よ。行きなさい」
「はっ」

 ファーガルが何か言う前に少女は、そう言って下がらせた。

「全く……インターミディエイトのくせに使えないわね。始末するのは簡単。でも、内乱でこの先どうなるかわからないし、手駒は多い方が良いから仕方がないかしら」

 その少女は、無言のまま立ち上がり、礼拝堂の窓越しに見える月を眺めながら今後の計画を考える。
 瞑った瞬間そのコバルトブルーの瞳が真っ黒に染まった瞳へと変化した。

「アドヴァンスドたるこの私が、ヒューマンと仲良しこよしするのにもいい加減辟易するわ」

 その少女は、魔王ドランマルヌスの命により、ヒューマンを演じていた。

 魔王は、その強大な力の割に穏健派魔王と言われており、積極的にヒューマンとことを構えようとしない。

 魔族界から不満の声が挙がっているが、それを表立って魔王に進言できるほどの力を持った魔族はいない。

 力が物を言う魔族の世界でトップフォーに入るその少女は、ヒューマンから上級魔族と恐れられる力を秘めたアドヴァンスドであるが、魔王ドランマルヌスとの力の差は歴然だった。

 それは、別に彼女に限ったことではない。
 他のアドヴァンスド魔人たちも、言われるがまま命令に従っている。

 そう、今までは……

 それに反旗を翻す存在が突如現れ、数日前から魔族領は内乱状態に突入していた。

 魔族領から遠く離れた地にいる少女に詳しい情報が伝わって来ていないが、この状態で勇者たちが魔族領に進軍してきたら、少なからず魔族はダメージを負うことだけはわかっていた。

 しかも、全種族の中で魔法の扱に長けた魔人を脅かすスキルを持った、あのコウヘイという存在が邪魔でしかない。

 いつも固まって行動していたのに、突然そのコウヘイが単独行動をし始めたという情報を得たその少女は、コウヘイの元へ刺客を送ったが、どうやら失敗したらしい。

 彼女の最大の失敗は、いつでも始末できると考えた、力ある者特有の慢心からだったが、今更それを言っても完全に後の祭りである。

「さて、どうしたものかしら……」

 魔王ドランマルヌスの命に従い、このままヒューマンとして潜伏を続けるか、新興勢力に肩入れをすべきか……と、その少女は頭を悩ました。 

 一方、コウヘイは、自分の知らない間に魔族の最大の標的にされているとも知らず、新天地での生活を楽しみにしながら、その目的地を目指しているのであった。

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