賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第020話 忍び寄る影


 帝都の大通りは、冒険者や買い物客でごった返していた。
 サーベンの森から帰ってきたコウヘイとエルサの二人は、衝突しないようにその人混みを縫うように通り抜け、冒険者ギルドへと急いでいた。

 身隠しのローブで姿を消しているため、彼らの姿は通行人から見えていない――――

「それにしても今日は人が多いね」
「うー、何度もぶつかりそうになって避けるのも大変だよー」

 そんな文句を言ってくるエルサとはぐれないように僕は、彼女の手を取った。

「あ、ありがとう」
「いえいえ」

 僕から手を繋いでくるとは思っていなかったのか、エルサは頬を紅潮させた。

 僕だって女性のエスコートをやろうと思えばできる。
 普段は恥ずかしくてできないだけで、僕はそれを隠すため気取った返事をした。

「それにしても、兵士の数がやけに多いね。さっきの件もあるし、もしかしたら近くで目撃されたのかもしれないな」

 サーベンの森から北門を通り抜けたとき、兵士の数に少なからず驚いた。

 北門に配置されている兵士は、門のところに一〇人位で、城壁通路に二人ずつ何班かが巡回するように歩いている程度で、二、三〇人が通常だろう。

 しかし、先程、門の付近に立っていた兵士だけで三〇人はいた上に、門を通行する人だけではなく、周辺の人々の様子を監視するように窺っていた。

 そして、城門の上には、ローブを羽織った魔法士がおり、サーベンの森の方を凝視しているように微動だにしていなかった。

 恐らく、視覚の機能強化魔法で監視していたのだろう。

 この混雑は、侵入者がいないか調査しているのかもしれないと思った。

 その証拠に、少し離れた広場に、即席で設営したような木製の壇があった。
 その壇上には、手配書のような羊皮紙を持った騎士がおり、しきりにそれを指さしながら叫んでいた。

 そして、それを取り囲むように人が集まり、通行の妨げになっていたのだ。

「やっぱりあれは、斥侯だったのかもしれないね」
「ああ……そ、それはどうかなぁ?」

 エルサは、何故かぎこちない笑みを浮かべていた。

 僕は、それを不思議に思いながらも、先程のことを思い返す。

◆◆◆◆

 もう少しでサーベンの森を出るといったところで、魔法の鞄からスマートフォンを取り出し、時間を確認した。

「えーと……丁度一七時か」

 ロックし再び魔法の鞄の中へとスマートフォンをしまった。

「このままなら、昨日みたいに滑り込まなくて済みそうだね」
「やったね!」

 エルサは、十分時間があることがわかり、嬉しそうだった。

 昨日、森の奥まで行きすぎてしまった僕たちが北門に到着したのは、一八時を少し回ったくらいだった。
 確かに夕焼けが綺麗な日が傾いた時間だったけど、空は十分明るかった。

 それ故、まだ大丈夫だろうと思っていた。

 が、

 あともう少しというところの距離まで来たら、数人の兵士が出てきて、門を閉じ始めたのであった。

 身隠しのローブを使って出入していた僕たちは、大声を出してその作業を止めてもらう訳にはいかず、僕とエルサはアクセラレータを使用し、文字通り滑り込みでなんとか間に合ったのであった。

 露出の多いエルサは、擦り傷を負ってしまい、その治癒のために僕がヒールを掛けたのは、言うまでもない。
 まあ、詠唱の練習になったからいいんだけど、問題はそこじゃない。

 万一締め出されでもしたら、野営道具がない僕たちは、一晩でも野宿するのが大変だったりする。

「そろそろ、野営道具も揃えないとだよな……」
「移動するの?」
「ん? ああ、違うよ。それもあるけど、それはまだいいかなとも思ってる」

 僕のセリフからエルサは、帝都を離れると勘違いしたようだった。
 エルサが仲間になったことで、冒険者として十分やっていける目途が立ち、帝都にいつまでも居座る必要がなくなっていた。

 実際、つい先日ロックランクからアイアンランクに昇級しており、異例のスピード昇級だと言って、ミーシャさんがはしゃいでいたほどだ。

 それが故、やっかみなのか知らないけど、尾行されることが多くなった。
 それでも、身隠しのローブのおかげで、全ての尾行を撒いてきた。

 厄介ごとが多いけど、サーベンの森での狩にも慣れてきたことも事実だった。

 だから、当初の計画を変更し、もう少し帝都で冒険者ランクを上げるのものもありかなと、僕は考えていた。

 だって、その方が先輩たちを見返すのに丁度良い。

 僕が帝都の冒険者ギルドでどんどん昇級していったら、そんな僕を追放した先輩たちは、絶対恥をかくはずだ。

 そうしたら、もし再開したときに先輩たちは何て言ってくるかな……

『片桐……あのときは、済まなかった! 追放を取り消させてくれ』

 と、内村主将。

『魔法袋を置いていけと言って悪かった。俺の魔法袋をやるから許してくれ』

 と、高宮副主将。

『いやーマジで、ヤベーっす! 弟子にしてください、師匠!』

 と、山木先輩。

『康平くん……私をおいていかないで……あなたのことが好きなのっ!』

 と、葵先輩。

 そんな妄想をしていたら、頬が緩みニヤニヤが止まらなくなった。

「こ、コウヘイ……?」
「ん?」
「その顔、気持ち悪い……」

 至極まともな突っ込みをエルサにされ僕は、妄想の世界から帰還した。

 あ、あぶな……

 一体、僕は何を妄想しているんだ、と一人反省する。

 そんなことを考えながら帝都に戻る道中。

 突然――背筋がぞくりとした。

「エルサっ、何かいる!」

 寒気がするほどのプレッシャーを受けた僕は、エルサに警告した。

 その瞬間、木々の合間から濃密な魔力の塊が迫るのを感じとり、身構えた。

 肌を焼くような熱量を帯び、視界を覆うほどの巨大な炎が、僕の視界に飛び込んできた。

「マッジクシールド!」

 魔法障壁を展開させ、咄嗟にエルサの腕を掴み、僕の後ろに隠すようにその身を引き寄せ、更に、半円状にカバーするように魔法障壁を数枚追加して展開させた。

「た、頼む、も、もってくれ!」

 魔法障壁を支えるように両腕を前に突き出し僕は全力で両足を踏ん張る。
 そして、その炎が魔法障壁に衝突し、腹を抉るような轟音が響いた。

 何枚か突破されたけど、追加したおかげでその魔法攻撃が僕たちにまで到達することはなかった。

 もやの合間からぼんやりと人影が見えた。

「だ、誰だ!」

 すかさず魔法を放ってきた相手を誰何する。

「コウヘイっ、また来るよ!」

 エルサの叫びと同時に、その人影の前に真っ赤な火球が形成されていく。

 どうする? さっきの魔法障壁で魔力を使い果たしてしまった。
 具現化した障壁の枚数が、連想した枚数と違ったことから、魔力不足で発動しなかったと思われる。

 エルサに魔法を撃ってもらうか?
 いやっ、詠唱が間に合わない。

 僕が自問自答し必死に対策を考えるも、間に合わない。
 再び、巨大な炎が僕たちに向かって飛んできた。

 魔法も吸収出来たらいいのに……
 そんな願望といっても良いバカバカしい思いが僕の頭をよぎった。

「そ、それだ!」
「え、何! ひゃんっ!」 

 僕はそう叫び、エルサには悪いと思いつつ魔力を吸収した。
 その魔力で念のため身体強化し、ラウンドシールドで防ぐように身構えた。

 エルサは、更に魔力を吸収してもらうつもりなのか、握った右手に力を込めてきた。

 目前に巨大な炎が迫り、そこへラウンドシールドを突き出した。

 そして、衝突する轟音が響く……ことはなかった。

 多少の衝撃音が鳴ったけど、吸収しきれなかった魔力がラウンドシールドにぶち当たった程度の大したことないものだった。

「やった! 成功だよ、エルサ!」

 僕は嬉しくなりエルサを見たけど、僕の作戦を知らないエルサは、何が起こったのかわからないという風に目をしばたたかせ、驚いていた。

「吸収しただと! お、遅かったか……」

 遅かった?

 その声が聞こえた方を向くと魔法士のローブを纏った四人が姿を現した。

「いきなり魔法を撃ってくるってどういうことだよ!」

 僕がそう叫ぶと、その四人は無言で剣を抜き身にした。

「コウヘイ、相手に話し合う気はないみたいだよ」
「そのようだね。と、盗賊かな?」

 襲われる理由に心当たりが無いので、そうエルサに聞いてみる。

「あんな威力の魔法を使えるのに盗賊をやる訳ないと思うよ。それに……あの魔力の色は魔族だよ」
「な! なんで魔族がこんな場所に!」

 エルサの言葉に驚いていると、魔族と思われる四人が一斉に駆け出してきた。

「エルサは後ろに下がって詠唱を開始して! 僕がなんとか抑えるからっ」

 エルサに指示を出している間に、敵の剣が僕に振り下ろされた。

 重い! ラウンドシールドで相手の剣を防いだけど、とんでもない衝撃が左腕を襲った。

 プロテクションの効果でなんとか耐えたけど、今までの僕だったら体勢を崩されていただろう。

 ただ、その衝撃は、身体強化のおかげで軽減されているとはいえども、死の砂漠谷で激闘したドーファン――中級魔族――のソレより遥かに軽かった。

 それと比較し、相手が下級魔族と僕は判断した。

 今の僕ならやれる!

 痛みに耐えながらパワーブーストを掛けた右手のメイスで相手の脇腹を横薙ぎにすると、簡単に身体を横にくの字にさせ倒れた。

 無詠唱魔法を織り交ぜながら牽制し、相手の攻撃を耐える。
 そのすきにエルサも魔法で援護射撃を放ち、少なくないダメージを相手に与える。

「く、小癪な!」

 あっという間に三人を倒し、リーダー格らしき男が小物然としたセリフ吐きながら、尚も僕に襲い掛かってきた。

「あ、あなたたちの目的はなんだ!」

 二合、三合と剣とメイスを撃ち合いながら、襲われる理由がわからない僕は、なんとか理由を探ろうとするも相手は答えなかった。

「魔法は無駄だよ。あなたもわかっているでしょ」

 苦し紛れに相手はいったん距離を取って魔法を撃ってきたけど、魔法も吸収できることに気付いた僕にそれは悪手だった。

「わ、私としたことが……」

 相手もそのことを思い出したように歯噛みし、焦った表情をしたけど、いきなり狂ったように大声で笑い出した。

 それを見た僕は、気でも触れたのか? と苦笑い。
 それとも何か秘策があるのかもしれない、と警戒したそのときだった。

 その男は、懐から取り出した短剣をおのが胸元に突き入れ、膝からそのまま崩れ落ちた。
 生死を確認するために注意しながら近寄った僕は、彼がまだ生きていることに驚愕した。

「ヒューマンよ……己の過ちに気付かず苦しみながら滅ぶがよい。魔族が世を統べる日は近い……」

 それだけ言って、やっと息絶えたのであった。

 エルサが近寄ってきて、その男たちのフードを外して顔を確認していった。

「やっぱり魔族だね。白目の部分まで真っ黒に染まってる……でも角を隠せていないということは下級魔族の兵隊クラスかな」

 エルサは、しゃがみ込んで、なおも魔族たちの死体を調べている。

「それにしても、何で魔族がこんなところにいたのかな? しかも、僕だとわかっていた気がするんだけど……」

 それに遅かった、と言っていたけど、あれはどういう意味だろう。

「うーん、勇者だから狙われたとか?」
「その可能性が高いね。急ぎ冒険者ギルドに戻ってこのことを報告しよう」

 エルサの考えに同意し、魔族に襲われたことを報告すべく、帝都に向け急ぎ駆け出した。

 ――――そんな二人を追う視線が一つ。

「遅かったか……」

 遠巻きに今の戦闘を観察していた全身黒ずくめの男は、先ほどの魔人と同じセリフだけを残し、その場から姿を消すのだった。

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