賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第018話 壊すべき常識


 エルサの何とも形容し難い叫び声が、サーベンの森付近で鳴り響いていた。

 その声を乗せた初夏の風が、木々を揺らし、その枝葉が擦れる音に意識を向けることで、コウヘイは心を正常に保っていた――――

 森の入り口から移動して正解だったな、と僕はエルサから流れ込んでくる魔力を感じながら、今後もこれが続くのかと思うと、良い方法がないかと思い悩む。

「んっ、あぁ……も、もう大丈夫だよ」

 エルサが僕の腕を離したのを合図と受け取り、僕はすぐさま手を離した。

「ふうぅー、ありがとう! 何か凄く気持ち良かったよ」

 気持ち良かった? やっぱり、僕の勘違いではないようだった。

「ねえ、エルサ」
「んー、なぁーに?」

 気の抜けた返事と共にエルサは、満足そうなトロンとした目で僕のことを見た。
 その様子にドキッとしつつも僕は、気になることを尋ねた。

「いやっ、魔力を奪われて辛くないの? 山木先輩が魔力切れ寸前のときとか凄い辛そうだったからさ。魔力が減るのって負担になると思っていたんだけど……」

 山木先輩は、勇者パーティーの一人ね、と補足説明をするのも忘れない。

「本来はそのはずなんだけど……んー、何だろう? ずっと吸収してほしいと思うくらい、なんともいえない感覚が湧いてきたのー」
「そのなんともいえない感覚って、麻痺している感じ? ぼーっとするような」
「ううん。そーじゃない。ふわふわーってする……幸福感、みたいな?」

 ぼーっとするのもふわふわーってするのも同じような気がしたけど、違うというのだから問題ないのか?
 それよりも、幸福感というワードは、予想外だった。

「幸福感、か……まあ、辛くないなら良いんだけど、僕はその感覚の方が怖いと思うんだけど」
「怖くないよー。わたしは大丈夫、うん」
「大丈夫と言ってもさ――」

 この世界の生物が活動するためには、ゲームを例にあげるとHPに当たる体力とMPに当たる魔力が存在しており、その両方がゼロになると死亡するらしい。

 厳密にいうと、体力がゼロになると魔力の放出が始まり、魔力もゼロになると死亡してしまう。
 つまり、損傷が軽微で魔力が大量に残っていれば、その魔力が放出される前に治癒魔法やポーションで復活が可能らしい。

 むしろ、魔力がゼロになってしまう方が危険で、身体が動かなくなるのは当然の上、魔力を生み出す器官が損傷し、下手をすると植物状態になってしまうらしい。

 そうなってしまうと、体力が残っているにも拘わらず、次第に衰弱し、いずれ死に至るという。

 実際は、完全に魔力がゼロになる前に、魔力切れの症状で気絶する。
 一般的にいう魔力切れとは、魔力がゼロになることではなく、防衛本能で強制的に休息を取らせるために気絶することだとされている。

 そのため、そう簡単に魔力がゼロになることはないけど、魔力弁障害と僕の魔力吸収のスキルは、魔力を完全にゼロにさせる可能性があり、かなり危険だ。

 僕が怖いといったのは、そういう理由からだった。

 それをエルサに説明すると、その心配は無いという。

「何で大丈夫って言えるのさ」
「コウヘイは忘れたの? わたしが魔法眼の持ち主だっていうことを」

 わたしって凄いのよ、と自信満々の表情である。
 その表情を少し小憎らしいと思ったけど、その説明で僕は腑に落ちた。

「あ、そういうことか。自分の魔力を見て無くなる前に止められるってこと?」

 エルサはその通りというように、コクコクと頷いた。

「そっか、それなら大丈夫かも……あ、でも、そんな寸前までは吸収してしまう前に教えてよ。エルサには、魔法職として共に戦ってほしいんだからさ」
「うん、それは大丈夫。今でも半分くらい残ってるよ」

 それを聞き、僕は安心した。

 エルサの魔力量が実際どれくらいなのかわからないけど、今のところ僕の魔力供給源は、エルサに頼らざるを得ない。

 さっき、大気中の魔力を取り込めていたような気がしたけど、エルサから吸収するのと比較するのもバカらしいほど少なく、実用性に欠けた。

「よーし、このまま魔法の訓練をしようか。できれば、さっきのアクセラレータに挑戦したいんだけど……良いかな?」

 今更移動するのも面倒なため、ここでエルサに魔法を教えてもらうことにした。

 やっぱり、最初に練習するのは、前衛職の僕に必須な身体強化魔法だ。

 身体強化の魔法は、先程エルサが使っていた、速度上昇のアクセラレータの他に、腕力等の力上昇のパワーブーストと耐性上昇のプロテクションの三つが代表的だという。

 それらは、攻撃魔法のような長い詠唱を必要としない生活魔法と一緒で、ワンワード魔法なため、コツがいるらしいけど、そのまま呪文を唱えれば良い。

「へえー、そんなに簡単なんだ」
「呪文自体は簡単だけど。発動するには何度も試さないとだめだよ。攻撃魔法は正確に呪文を唱えられれば効果を発揮するけど、ワンワード魔法もそれなりに大変なんだからっ」

 何だろう? エルサは、少しムッとした表情をしていた。

「あ、ごめん……」

 咄嗟に謝りつつも、僕はその理由に思い当たる節があり、少し気まずくなった。

 先程、冒険者ギルドでミーシャさんがエルサのことを称賛していた。
 しかも、帝国に仕えていたのでは? と勘違いした。

 何故、ミーシャさんがそう勘違いしたのかというと。

 エルサは、登録用紙の特技欄に、「魔法全般」と雑に記載し、適正魔法欄に、「電撃魔法」と記載した。
 更に、枠からはみ出すように、弓術と剣術とも書き足していたのだ。

 上位魔法の電撃魔法は、宮廷魔法士でも行使できる者は、限りなく少ない。

 それにも拘わらずエルサは、近接戦闘も行えるのだから、正に天才であった。
 或いは、相当修練を積んだのかもしれないけど、生半可な修練では、その域に達することはできない。

 しかし、魔法を軽んじた僕の発言に対する反応から、エルサが後者である可能性が高い。

 軽はずみな発言だったかな、と反省しながら僕は、どんな修練を積んできたのか、エルサのことをもっと知りたいとも思った。

「ううん。ただ、甘く考えてると、その次の段階までいけないよ」

 エルサは、かぶりを振りながらも、語気を少し強めて言った。

 ワンワード魔法は、コツさえ掴めば、誰でも習得可能と言われている。

 魔法の呪文をあまり知らない僕は、そのワンワード魔法から訓練するしかない。

 ただし、次の段階とエルサが言った、視覚強化、嗅覚強化や聴覚強化といった五官の機能強化魔法は例外らしい。
 それは、魔法書の通りに唱えても、できる人とできない人がいるらしく、その原因は、発音だといわれているけど、今のところ解明されていない。

 僕としては、その機能強化魔法も覚えたいところだ。

「いや、単純に楽しみなだけで……」

 素直な気持ちを言ってみたけど、目を細めたエルサから変な圧力を感じた。

「ふーん。でも、集中するように」
「はい……」

 よっぽど、僕の発言が気に食わなかったのかな?
 僕は、まるで上級生に指導を受けているような気分になってきた。

 昨日の夜、あんなに可愛く甘えてきたエルサは、一体何処へ行ってしまったのだろうか、と思わずにいられなかった僕は、この流れを断ち切るべく、さっさと訓練を始めることにした。

「じゃあ、先ずは、アクセラレータに挑戦して、向こうの岩まで走ってみるよ」

 エルサにわかるように高さ三メートル位の岩を指さし、僕は身構えた。

「オッケー。わたしが魔法眼で魔力の流れを見ておくから、最初は思い切ってやってみたら良いと思うよ」

 魔法の効果は、体内の魔力を具現化させた結果であるため、その魔力の流れを見て、良し悪しを判断してくれるらしい。
 
 僕が両脚を意識し、ロケットダッシュするようなイメージと共に呪文を唱えた。

「アクセラレータっ、うっ」

 唱えた途端、僕の視界が反転し、地面がどんどん離れていくのが見えた。

 何故か僕の身体は空中にあり、エルサが驚き顔というよりアホ面で僕のことを眺めているのが目に入った。

「えっ、えええー!」

 異常事態に僕は、叫んだ。

 ブランコの振り返しの頂点にきたような無重力を一瞬感じ、上昇が止まった。
 そして、無情にも僕の身体が、すぐさま落下を始めた。

「うわあああー」

 えっ? 落ちてるのか、と思って落下する先を見ると、さっき僕が目標にしていた岩があった。

「エルサあああー」

 このままでは死ぬと思った僕は、必死にエルサの名を呼んだ。

「……ション!」

 何か叫んで駆け出して来るのが見えたけど、よく聞こえない。
 いよいよダメかと諦め掛けたとき……

「プロテクションを掛けてえええー」
「あっ、プロテクションっ!」

 落下する恐怖と混乱で気付かなかったけど、エルサの叫び声を岩に衝突する寸前で聞き取れた。

 僕は迫りくる岩を目の前にしてラウンドシールドをしっかりと握った。
 最終的には、頼むっ、と心の中で願い目を瞑り、きたる衝撃に備えた。

 爆発のような轟音が鳴り響き、砂塵が辺りに立ち込めた。

「こ、これは……」

 何かに衝突し、落下が止まったことを感じ取り目を開けると先程の岩は、粉々に砕け散り、もはや原型をとどめていなかった。

 そして僕は、何故か受身を取ったあとの姿勢をしていた。

「コウヘーイっ、コーヘー!」

 辺りは砂煙で良く見えず、エルサが僕の名を呼んでいるのが聞こえてきた。

「エルサっ、ここだよおー」
「ああー、コウヘイ大丈夫っ!」

 僕が声をあげるとすぐにエルサが近寄ってきて、僕の身体をペタペタとあちこち触りながら、怪我をしていないか確認してきた。

「うん、不思議となんともないよ」

 すぐに立ち上がることができたし、ラウンドシールドを持っていた手もなんともない。

「これがプロテクションの効果なの? てか、何で僕はすっ飛んだの?」

 色々と想定外のことが起き、僕はその原因が気になった。

「わたしも聞きたいくらい……どうやって脚だけにアクセラレータを掛けたの?」
「え?」

 頼みのエルサは、その原因がわからないと言うどころか、逆に質問してきた。
 どうやら、僕のアクセラレータは、ふつうではなかったらしい。

 エルサ曰く、魔力を身体全体に纏い、それが効果を発揮するのが常識だった。

 つまり、僕がやったみたいに、脚だけに身体強化の効果を掛けることなど、聞いたこともない非常識どころか、エルサは不可能だと言った。

「だって速く走るなら脚に掛けるよね?」
「コウヘイそうじゃないよ! それだと他の部分が脚の動作についてこれないでしょ? ってか、今はそうじゃなくて……何で……いやっ、うぅ……」

 エルサは、信じてきた常識を覆した僕の魔法に、頭を悩ますように唸っていた。

 僕は、もしかして! とあることを思いついた。

「ねえ、エルサ。ちょっと見てて」
「何よ! また吹っ飛ばないでよっ」

 何で怒ってるんだよっ!

 非常識な魔法の使い方をした僕は、勝手にすっ飛んで岩に衝突してエルサを心配させておいて、無傷どころか岩を粉砕してみせたのだ。

 エルサが混乱するのもわかるし、僕が新しいおもちゃを手にしてワクワクしている子供のような表情を見せれば、怒るのもわかる……

 わかるけれども、そうじゃない!

「まあ、ちょっと落ち着いてよ。もしかしたら大発見かもしれないよ」
「大発見?」
「うん、まあ見てて」

 僕はそう言ってこれから試すことに注目してもらう。

 正直、確証は無い。
 でも、本当に思った通りなら、この世界の常識を覆すほどの大発見となることは、間違いなかった。

「何度も見たことあるから、これかな……」

 僕は知っている魔法の中から見慣れたものを選んだ。

「ファイアボルトっ」

 右手を前方に向け、そう唱えた瞬間だった。
 火球が出現し、勢い良く前方へ飛んでいくと、岩のひとつに衝突して、その岩に焦げ目をつけた。

「よしよし、やっぱりだ」

 想像通りの結果にほくそ笑み、エルサの方を見た。

「えっ……えええー!」

 当のエルサは、信じられないといった様子で、大声をあげた。

 当然、エルサから凄い勢いで説明を求められた。

 僕は、大気中の酸素を燃やしながら火の玉が飛んでいくイメージを伝えたけど、全然理解してもらえなかった。

 そのあとも僕は、サンダーボルトやウォーターボール等を魔法名だけで発現させることに成功した。

 その度に、エルサにイメージを伝えたけど、エルサに同じことはできなかった。

 半ば錯乱状態のエルサを放置して、僕は今までの出来事を考察していく。

 山木先輩は、帝国から貸し出された魔法書を元に呪文を唱えていたはず。
 それでも、たまに内容が違うように聞こえたときでも発現していた。
 そのとき、魔法の効果に違いがあったようには感じられなかった。

 そして、この前のお河童頭の少女が使ったウィンドストームの詠唱が、魔法の書に記載されている内容と違うのにも拘わらず、とてつもない威力でゴブリンたちを吹っ飛ばしていった。
 それは、中級魔法の威力とは思えないほどに強力だった。

 昨日、イルマの店でイグニションを唱えたとき。
 僕の指に灯った炎は、イルマやエルサのそれとは全然違い、ガスバーナーのような青い光と力強い火柱だった。

 最後に、僕が呪文を知らない魔法を、僕の脳内イメージと発動ワードのみで行使することに成功した。

 それらの事象を総合すると、正確に詠唱しないと魔法効果が弱まるという法則だけではなく、魔法の三大法則が間違いなのではないか、という結論に至った。

 更に、イメージ次第でどんな効果をも具現化できるのでは? とその先を期待した。

 それを証明するのは簡単だった。

「飛んでけっえーーー!」

 たったのそれだけなのに、先程と同様に火球が出現して飛んでいった。
 当然、ファイアボルトのイメージをすることは忘れていない。

 それを見たエルサは、遂に頭を抱え込んで地に伏してしまった。

 ――――魔法の三大法則。
 このファンタズムで、不変の法則と信じられてきたことが、コウヘイによってあっさり打ち砕かれた瞬間だった。

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