賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第017話 仲間と共に


 殆どの冒険者が既にサーベンの森のダンジョンへ向かい、朝のクエスト受注ラッシュが過ぎ、帝都のサダラーン冒険者ギルドは、落ち着きを取り戻していた。

 受付カウンターで、新規登録用紙を眺めながらミーシャは、感嘆した――――

「へー、こんな凄い方がまだ登録していなかったとは……もしかして、帝国に仕えていたりしたのですか?」

 エルサが書いた登録用紙を確認しながらミーシャさんは、そんな感想を述べた。

「そうですよね。僕にはもったいないくらいですよ」

 敢えて帝国に仕えていたかどうかのくだりには触れず、ミーシャさんの反応を窺う。

「いえいえ、むしろロール的には望ましいです! しかも、か、可愛いし……」

 視線を登録用紙から僕、そしてエルサへと順繰りに変えたミーシャさんの笑顔は、心なしぎこちなかった。

「私としては、これで安心できました……まあ、新たな不安もできましたが……」
「へ?」

 ミーシャさんの言っていることが要領を得ず、疑問符が浮かんだ。

「あっ、いえ。だって、ソロで魔獣と対峙するのは、危険なんですよ。いくらコウヘイさんでも心配だったんですから」

 一瞬、慌てた様子のミーシャさんだったけど、次第に伏し目がちに僕を窺い見て、モフモフの猫耳を不規則に動かしていた。

「ミーシャさん……」

 まさか、ミーシャさんが僕のことを心配してくれているとは思っておらず、その言葉に感動してしまい、あとの言葉が続かなかった。

 そのせいで発生した沈黙が、何とも言えない妙な雰囲気を作り出した。

「あー、済みません。登録を済ませちゃいますね」

 その沈黙に耐えられなかったのか、ミーシャさんは手続きを再開した。

 その後、エルサの登録は、滞りなく終わり、僕たちはクエストを受けずにそのまま冒険者ギルドをあとにした。

 サーベンの森へ続く北門へ向かう道すがら、エルサが変なことを言い出した。

「ねえ、コウヘイ」
「何?」
「あの、ミーシャっていう受付とはどういう関係なの?」
「え? どういう関係って……僕が冒険者登録をしに来たときに対応してくれた受付の人だよ」

 あのとき、ミーシャさんのせいで僕が追放されたことがバレちゃったんだよな、とたった数日前の出来事なのに、やけに懐かしい記憶のように感じた。

 でも、何故そんなことを聞くんだろう? とエルサの顔を窺ったけど、ローブのフードで隠れており、どんな表情をしているのかわからなかった。

「ふーん、そうなんだ……」
「う、うん」
「そっか、それなら何でもないっ」
「は、はあ……」

 結局、何が知りたかったのかわからず僕は、釈然としなかったけど、女性が考えていることなど僕にわかる訳がないので、深くは突っ込まなかった。

 寄り道をせずそのまま歩くこと一〇分ほどで、目的の北門が見えてきた。

「さあ、そろそろだよ、エルサ。フードは被ったまま通り抜けるからね」
「何で? わたしも冒険者カード手に入ったから大丈夫だよ」

 エルサは、その理由がわからないといった表情をして、先程発行されたカードを見せてきた。

「門番が僕の知り合いでね。そこにエルサを連れているとややこしくなるからさ」
「そういうことね。わかった、コウヘイの言う通りにする」

 僕たち二人は、フードを目深に被り、そのまま北門を通り抜けた。

「やっぱり全然気づかれないね。マシューさんの言う通り、このローブはかなり重宝しそうだよ」
「でも、悪いことはしちゃだめだよ」

 僕の言葉の意味を誤解したのか、エルサはそう釘を刺してきた。

「はは、大丈夫だよ。僕に悪いことをする勇気なんてないさ。ただ、他人とのやり取りが煩わしく思うことが多いから、これを使えば変に関わる必要もないと思ったんだよ」
「あーなるほどね」
「うん、心配しなくて大丈夫だよ。じゃあ、サーベンの森へ急ごう!」

 ――――二人は、時間を惜しむようにサーベンの森へ走って向かうのだった。


――――――


 力尽きたように大地に身を投げたはコウヘイは、大きく胸を上下させ空気を体内に必死に取り込んでいた。

 帝都よりサーベンの森へ走って向かっていたところ、エルサがどちらが先に着くか勝負しようと、コウヘイに持ち掛けたのだ。
 体力に自信があったコウヘイは、二つ返事で了承したものの結果は惨敗――――

「大丈夫?」

 地面に寝っ転がった僕が、声の方に視線を向けると、エルサが覗き込んでいた。

 ローブの隙間から見え隠れしている肌が、少し汗ばんで陽の光によって所々光っているけど、エルサの息があがっているようには見えなかった。
 
 一方、僕はいきなり止まったせいか、汗が一気に噴きだし、玉の汗が流れ落ちるのを感じた。

「な、なんとか、ね……このまま休んでいれば、大丈夫」

 息も絶え絶えに答えると、僕の隣に座ったエルサが、ハンカチで僕の額の汗を拭ってくれた。

「あ、ありがとう」
「えへへ」

 何がそんなに楽しいのか、エルサは笑顔のまま首元等も拭いてくれた。

 寝そべっていたから、エルサはどうしても覆い被さるような体勢になった。
 そのエルサの胸当から見える谷間に、つい視線が釘付けになり、ドギマギした。

 気を紛らわすべく僕は、話題を振り、身を起こそうとした。

「それにしてもエルサは凄いね」
「そう?」
「うん、それなりに自信があったんだけど、なんだか自信なくなっちゃったよ」

 なんとか身だけを起こし、両手を後ろに着きながらエルサを賞賛した。
 褒められたのが嬉しいのか、エルサは勝ち誇ったような得意顔だった。

「森の中を走るより簡単だし、平地だったら一時間以上は走れちゃうよ」
「一時間! それは……凄いよ。軽装だったとしても、僕には無理だなあー」

 今回、僕はプレートアーマーという重装備のハンデを負いながら、一〇分以上止まらずに走り続けた。
 でも、ミスリル製であるため、殆ど革鎧の軽装備と変わらない重量なのだ。

 だから、軽装備だったとしても、三〇分が精々だと思う。

「簡単だよー。それに、コウヘイだって、今日中にはきっとできると思うよ」

 エルサは大したことないと言って、僕にも同じことができるという。

 ……どういうことだろうか?

 呼吸が落ち着くまで休んでいる間に、エルサからその説明を聞くことにした。

 エルサ曰く、実は僕との勝負でズルをしたという。
 それは、アクセラレータという身体強化の魔法を使ったのだとか。

 アクセラレータは、身体の動作さをスムースにする身体強化の魔法で、単純にスピードが上がるだけではなく、体力の代わりに魔力を使うため、魔力が続く限り動ける。

 戦士系の人たちが、この身体強化の魔法を中心に訓練して魔獣と戦う理由は、魔獣との体力差を埋めるためだったりする。

 僕も魔力さえあれば、この身体強化の魔法で立派にタンクとして勇気パーティーの戦力になれるのに、と何度も悔しく思っていた日々を思い出した。

 魔法の中で、初級魔法に当たるワンワード魔法の身体強化魔法でさえ、僕にはチートだと感じていたのだ。

 でも、今の僕は、今までの僕じゃない!

「そうか! 吸収した魔力で僕も使えるようになるのかっ」
「そういうことー」

 嬉しくなり立ち上がった僕に、エルサが微笑んだ。

「よし、あまり人が来ないところで、早速練習しよう!」

 サーベンの森の入り口付近で休憩していた僕たちは、あまり目立ちたくないため、森の中へは入らず、その外周に沿うように西の方へ移動を開始した。

 そのまま、サーベンの森を右手にしながら一五分ほど歩いていると、地面の草が薄くなり土混じりへと変化し、ポツポツとだけど岩が辺りに見えてきた。

「ごめん、コウヘイ。ちょっと……待って」
「ん、どうしたの?」

 エルサに声を掛けられ、僕は後ろを振り返った。
 すると、座るのに丁度良い大きさの岩の上に手を着くようにして屈んでいた。

「大丈夫? 少し休む?」

 エルサの様子がおかしかったことから、僕は近寄り、その岩に座らせた。

「うん、魔力が上限超えたみたいなの……」

 先ほどの走ったあとの平然とした態度とは、打って変わり、肩で息をするように呼吸が荒く、苦しそうだった。

「えっ……ちょっと待ってて、吸収してみる」

 集中するために僕は、深呼吸をしてから、漂う魔力に意識を向けた。

 僕の中に魔力が入ってくる感じがして、身体がポカポカしてきたけど、なんか違う気がした。

 奴隷商や宿の部屋といった密室ではすぐにエルサの濃密な魔力を感知できたけど、外にいるせいかエルサの反応が弱く、上手く吸収できないでいた。

 うーん、難しいな、と僕が唸っていたら、

「ああ、焦れったいっ」

 と、苦しそうにしながらもエルサは、僕の手を取り、強引に彼女の露出した腹部にそれを持っていった。

「あっ……」
「これなら直接いけるでしょ」

 エルサの体温をその右手に感じ、恥ずかしくなり赤面してしまった。
 ただ、そんな恥ずかしがっている場合ではなかった。

 まるで過呼吸を起こしたようにエルサは、先程より呼吸を荒くさせ、足に力が入らないのか、座っていた岩からずり落ちそうになった。

 急ぎ、エルサの腹部へ意識を向けた。
 そして、表面を覆う魔力を感じ取り、それを一気に吸い込むように集中した。

「んんんっ、あっ、ああっ……んんーっ」
「だ、大丈夫?」

 エルサからなんだか艶めかしい声が漏れてきた。

「んっ……あっ、だ、大丈夫だから……そ、そのまま続けて……」

 その異変に僕が手を引こうとしたけど、両手で僕の右腕をガッチリ掴んだままエルサは、離してくれなかった。

 その腕には力がこもっており、先程と違いきちんと岩の上に座れていた。

 辛そうな表情ではないことから、僕は安心した。
 むしろ、温泉に浸かって思わず目を細めるときの気持ちよさそうな目だった。

 僕の認識では、他人にエネルギーを奪われることは辛いものだと思っていたけど、違うのだろうか。

 取り合えず、エルサが僕の腕を離さないので、魔力の吸収を続けた。

「大丈夫になったら教えてね」

 一応、全て吸いきってしまわないように、エルサには合図を出すように伝えた。

「うん、わかっ、ひあっ……やあぁ……」

 などと、艶めかしい声をあげながらエルサは身悶えていた。

 ――――傍から見たら、日が高いうちから何をやっているのだと、後ろ指を指されること間違いない状況が、サーベンの森の入り口の外れで繰り広げられていた。

 この付近を探索していた冒険者たちが、エルサの声をハーピーの鳴き声と勘違いし、帝都の冒険者ギルドにハーピー調査の依頼が張り出されたのは、別のお話。

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