賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)
第013話 隠されたスキルとはじめての魔法
無知――は、罪。
それは極端な言い方だが、コウヘイは、激しく自分のことを責めていた。
それを見かねたイルマが一拍――――
「はい、その話は、終わりじゃ。今は、魔法弁障害のことじゃろうに」
僕としては、魔法弁障害より気になったけど、仕方ない。
これは、僕とエルサの問題だ。
後で二人のときに話し合おうと思い、イルマにバトンを返した。
「ごめん、イルマ。話を続けて」
「ありがとう、コウヘイ」
そう言って僕を見たエルサは、笑いかけてくれた。
僕は、それに微笑み返したけど、上手く笑えた自信が無い。
「まあ、なんじゃ。そう落胆せずとも、コウヘイとおればその症状は、治まるのじゃろ?」
僕が落ち込んだのは、そのことではない。
でも、確かにそれも確認したい内容だった。
「うん、そうみたいなんだ。エルサがいた檻に辿り着いた話はしたよね?」
思い出したように僕は、その不可思議な現象について言及した。
「うむ、魔力に導かれるようにその感覚に身を任せたと言っておったな」
「そう、魔力ゼロの僕に、何故それがわかったのか知りたくて――」
「あっ、それならわたしが説明するよ。わたしは魔法眼のスキルがあるから全て見えていたの」
さっき、イルマ自身は違うと言っていたやつだ。
そうか、スキルのことだったんだ。
「誠か! それは羨ましいのう」
あのイルマが驚き、羨ましそうにしていた。
「そ、そうかなぁー」
照れながら答えるエルサに、イルマはしきりに首を縦に振っていた。
よっぽど珍しいスキルなのかもしれない。
「それでね。わたしから漏れ出た魔力がその空間に漂っていたんだけど、突然その魔力が移動するように流れて行ったの」
「ほーう、そんなのも見えるのじゃな。うむ、それで?」
興奮した様子で、イルマはエルサの言葉に一々感心していた。
「うん、それで、纏わりつく魔力が薄くなって少し楽になったの。それで流れの先を見ていたら、コウヘイが檻の前に立っていて、最後まで漂っていた魔力がコウヘイに全て吸収されたの」
「吸収?」
そこで、エルサだけではなく、イルマも僕に視線を向けた。
「え、えーっと、あれかな? この力が湧く感じかそうなのかな?」
あのとき、身体の芯から温まるような漲る力を感じた。
しかも、エルサと触れ合っている間、ずっとそれを感じている。
「よくわからないけど、たぶんそう。動けるようになったのはそのあとだもん」
それを聞いて思い出すように僕は呟く。
「そのゼロは無限大……」
「なんじゃその矛盾した表現は?」
「いやっ、違うんだ。昨日サーベンの森で会った少女に、言われた言葉なんだよ」
ジト目で見てくるイルマに対し、言い訳をするように僕は、昨日の出来事――ゴブリン三〇匹に囲まれてからのこと――を包み隠さず説明した。
「はぁ、コウヘイもだいぶ無茶なことをしたもんじゃ」
なんか凄い呆れ顔をされてしまった。
無茶というより僕の不注意だったんだけどね、と一人反省する。
「しかし、そのおなごの言い方は気になるの。もしや、ドルイドに化かされたんじゃあるまいな?」
「ドルイドって、森の精霊っていうアレ?」
「スキルが見える存在と言ったら、神と聖女を抜かしたら精霊しか選択肢が残っとらんじゃろうが」
「え? そうなの!」
詳しく話を聞くと、ヒューマンでステータスが見えるのは、聖女と呼ばれる存在だけらしい。
つまり、召喚されたときに僕を無能扱いしたあの聖女オフィーリアのことだ。
勇者を召喚する国は毎回、聖女が受ける神託により変わる。
聖女は、召喚された勇者のステータスを確認するために、その国に赴く役割があるという。
それを聞いた僕は、違和感を感じた。
「でも、それだとおかしいよ。あの聖女は、僕のステータスを確認した途端、勇者じゃないとか言い出して無能扱いしてきてたんだ。挙句の果てには、重装騎士として引き付け役をやれとか言い出したんだよ」
僕は、当時を思い出しながら声を荒げた。
「ふうむ。それは妙じゃな……」
またもや考え込む様子を見せたイルマが、
「いくら考えても埒が明かんから、魔法を使えるか試してみたらどうじゃ?」
と、突拍子もないことを言い出した。
「は? 何を言ってるんだよ!」
「いいから、いいから、わしの言う通りにするのじゃ」
この手のことは、騎士団との訓練のときに、散々試していた。
この世界のあらゆる生物は、魔力を内包しており、それがゼロになることは死に直結する。
僕が健康体であることから、水晶の判定に何か不具合があったのではないかと、みなが考えたのだ。
当然、僕もそうであることを願った。
重装騎士をやることになった僕は、身体強化魔法のプロテクションの練習から開始した。
一度だけ、淡く身体が発光したけど、それが定着することはなく、失敗だった。
しかし、その後は、いくら言われた通りに詠唱をしても、何も発現しなかった。
最後まで魔法の練習に付き合ってくれた葵先輩でさえ、匙を投げたほどだ。
結果は、見えているのに、イルマはそんなのはお構いなしだった。
「わしが手本を見せるから、同じようにやってみるのじゃ……イグニション」
イルマが生活魔法である着火の呪文を唱えた。
蝋燭の火よりも少し大きいくらいの赤い炎が、イルマの人差し指に発現した。
「わ、わかったよ!」
イルマとエルサから見つめられ、居心地が悪くなった僕は、やけくそだった。
「……い、イグニション」
期待と緊張から、少し噛んだけど、着火の呪文を唱えた。
「ほ、ほら……」
僕の人差し指には、何の変化も起こらなかった。
「何がほら、っじゃ! 噛んでおったであろう。ちゃんと集中するのじゃ」
イルマにそのことを指摘されたけど、僕にはそれが原因だとは思えなかった。
「はいはい、集中ね……」
適当にそう答え、一応は呼吸を整えて集中する。
指先から炎が立ち上がる様を――
「イグニ……しょん……」
それは、唱え終わる前に発現した。
ただ、そのことにイルマたちは、気付いていない様子だった。
「な、なんじゃそれは!」
イルマは、目を見開き驚き声を上げた。
「うわあ、綺麗」
エルサは、そんな感想と共に、まじまじと僕の指先のソレを見つめていた。
「で、できた……」
僕の右手の人差し指からは、イルマのその炎とは違い、ガスバーナーのような一〇センチほどの青白い炎が発現していた。
何故、そのような結果になったかは、僕にはわからない。
ただ、僕が言えるのは、ガスコンロに火が付くイメージをしたらそうなった。
しかも、詠唱を終える前に、だ。
それを説明したけどイルマとエルサには、理解してもらえなかった。
試しにエルサにも着火の魔法を使ってもらったけど、結果はイルマのと同じで蝋燭の火よりも少し大きいくらいの赤い炎だった。
「ようわからんが、コウヘイが魔法を使えるようになったのは確か、じゃな」
困ったようにイルマは言ったけど、僕としては嬉しい限りだった。
ただ、その実感が湧かないだけだった。
「しかし、じゃ。今までの話を総合すると、聖女オフィーリアは、何かしらの嘘をついておったのか?」
「それは、僕が知りたいくらいだよ」
「まあ、そうじゃろうが、何ともきな臭いのう」
確かに、変な話だと思う。
「あとは、昨日会ったというおなごが言った通り、コウヘイには魔力を吸収できるスキルがあるんじゃろうな。じゃから、無限大と言ったのじゃろう」
イルマが言う通り、昨日の金髪碧眼の少女が言ったことが、証明された訳だ。
益々、聖女が嘘をつく理由がわからない。
むしろ、そのスキルがあったら、勇者パーティーの戦力となりえたのに……
何故、重装騎士なんかに……
ただ、今更それを言ったところで意味がない。
「聖女の件は気になるけど、それってめちゃくちゃ凄いことだよね!」
さっきまでは上の空だったけど、今ではすっかり興奮していた。
「うむ、その通りじゃな。それに、さっきの奴隷商での話を聞く限り、エルサは魔力弁障害の魔力切れで、動けなかった訳じゃなさそうじゃしのう」
「へー、よく気付いたね」
エルサが感心したように、驚いていた。
「そんなの簡単じゃよ。シュタウフェルン家の娘と言うなら、どうせ継承の儀式でもしたんじゃろ」
「えっ、なんで、なんでー! それは秘匿のはずなんだけど!」
よっぽど驚いたのか、エルサは立ち上がった。
一方、イルマは、クツクツと喉を鳴らして笑うのみであった。
「口を挟んでいいかわからないけど、イルマが賢者なんだよ」
「ん?」
そのことが気になっていた僕は、種明かしをした。
「うむ、コウヘイの言う通りじゃよ。わしはエルフの賢者と呼ばれておってのう。アメリアとも懇意にさせてもらっておるのじゃ」
「……えええーーー!」
イルマに言われて理解したのか、一瞬遅れて、エルサの絶叫がこだました。
「まあ、そういうこったな。今までの話から推察するに、漏れ出した自分の魔力に酔った状態だったのじゃろう」
驚いたエルサをそっちのけで、イルマはそう僕に説明してくれた。
「しかも、じゃ。魔力弁障害にも拘わらずそうなるということは、魔力自動回復スキルの効果がかなり高いのじゃろうな。むしろ、エルサは、魔力弁障害のおかげで回復というより、上限を超えて魔力を生成できるようじゃ」
それを聞いた僕は、思わず息を呑んだ。
それって、ゲームでいうMP自動回復で魔法が使い放題のチートスキルじゃん。
それに、僕の魔力吸収のスキルが本当だとしたら……
「それって、つまり……」
「うむ、エルサと一緒におれば、魔力を吸収し放題な上に、エルサも魔力酔いになるのを防げるはずじゃ」
つまり、僕とエルサの相性がぴったりということだ。
それからイルマは、腰かけていた椅子から立ち上がり、本棚の方へ何やら探しに行って、一冊の本を手にして戻ってきた。
「コウヘイには、これを貸してやろう」
「この本は?」
見た目は大分古びた深紫のカバーに、金糸で何やら書かれた百科事典のような分厚い本を、僕に手渡してくれた。
「これは?」
「見ての通り魔法書じゃよ。これを読んで色々試してみるのが良いじゃろう。じゃが……白金貨の価値がある物じゃから、無くしたり破損させんでおくれよ」
何の気なしにぱらぱらめくって眺めていたけど、その価値を聞き、直ちに魔法の鞄にしまった。
「は、白金貨だって!」
当然、僕は素っ頓狂な声をあげた。
「そうじゃよ。単純に金貨一〇枚集めりゃよいってもんじゃないのじゃ。それは魔法袋のレプリカとまではいかんが、それ相当の価値があるんじゃ」
正直、そういうことは、先に言ってほしい。
白金貨といったら、古代遺跡から発掘された白金の硬貨であり、今の魔導学の術を全て集めても、再現不可能だと言われるほどの希少貨幣である。
ただ、相場的に金貨一〇枚相当で取引されることが多いらしく、日本円に換算すると約一千万円の価値が付けられている。
それでも、好事家によってはそれ以上の価格で取引されることもあるらしい。
「な、何でそこまで?」
「そりゃあ、この前も言ったではないか。わしには、コウヘイを召喚してしまった責任があるのじゃ」
「いや、それにしても……」
「いいのじゃ、いいのじゃ」
「へー、いいとこあるじゃん、イルマ」
その様子を見ていたエルサがそんなことを言ったけど、白金貨の価値を知らないのだろうか。
ニコニコと笑っているのみで、大人の会話に子供が茶々を入れているみたいだ。
「やっぱり、これは受け取れないよ」
魔法の鞄を開け、先程しまった魔法書を取り出した。
「その代わりではないけど、これと同じようなものはないかな? エルサにも持たせたくてさ」
魔法の鞄を持ち上げて見せて、イルマにそうお願いした。
単に申し出を断るより、別のお願いをすれば、イルマの気も晴れるだろう。
僕は、今更、召喚の責任をイルマに取らせるつもりは無い。
「む、本当に良いのか?」
「と、当然だよ」
「ふうむ。それなら、ちと待っておれ」
イルマは、そのまま店の方へ歩いて行き、姿を消した。
いやー、ほんの数時間で凄い展開だった。
聖女オフィーリアは、何やら怪しく、あの金髪碧眼の少女の存在も気になる。
魔力量ゼロの僕が、エルサに出逢ったことで魔法が使えることがわかった。
エルサと一緒なら凄い冒険ができると思う。
が、その前に解決しなければならないことがある。
「ねえ、難しい顔をしてどうしたの?」
「ん? いやっ、これからどうしようかな、って考えてただけだよ」
エルサに声を掛けられ、僕はそう誤魔化した。
「流石に魔王軍領には行けないけど、ほら、ヒトモノの国なら――」
「気にしなくてもいいのに……こうしているだけで、わたし、凄く幸せだよ」
言い切る前に、エルサがさっきのように、全身を僕に預けてきていた。
そして、エルサの吐息を感じるほどに、顔が接近していた。
こんなに好かれるようなことした覚えはないのに……
奴隷紋――その効果が働いているとしか、僕には思えなかった。
そんなことを考えている合間も、エルサの顔が近付いてくる。
すると、エルサが目を瞑り、頬をほんのり赤く染め、小さな唇を突き出した。
えっ! こ、こここここれって……
突然のことで、僕はパニックになる。
胸の鼓動が聞こえてきそうなほど、バクバクしているのを感じた。
「なんじゃ、またおぬしらは、そんなにひっついてからに……」
「ひっ」
思わず変な声が出て、声のした方を見たら、店の方から戻ってきたイルマが、呆れ顔をして突っ立っていた。
別に僕がしたくてそうした訳じゃないけど、口には出せなかった。
「ちぇー」
小学生か! と、思わず突っ込みを入れたくなるほどエルサは不貞腐れていた。
僕的には、イルマに助けられた訳だけど、少し残念な気もした。
僕だって男だ。
でも、僕には、想い人がいる……
相手は、僕のことなど気にしてはいないけど、そのケジメは付けたい。
そんなことを考えていたら、いつの間にかイルマが隣まで来ていた。
「ほれ、これでどうじゃ? 魔法のポーチじゃ」
「ん、これは?」
魔法のポーチとは別に、真っ黒な魔法士のローブを二つ一緒に渡してきた。
「どうやらきな臭いからの。視認阻害の効果が付いた幻影のローブじゃよ」
「え! それって、マジックアイテムなんじゃ!」
「幻影のローブは、マンイートカミーリョンの皮を素材にしておって、元々の性質からそんなに技術を要しないから、大したことないんじゃよ」
高価な物は悪いと思ったから、別の提案をしたのに、それに負けじと凄いものを用意してくるとは……
やはり、イルマは、僕のことを本気で考えてくれているんだ、と嬉しくなった。
「そこまで言うなら、お言葉に甘えさせてもらうよ」
断るとまた別の何かを渡そうとしてくると思った僕は、その好意に甘えることにした。
「それにしても、防具屋の真似事みたいなこともやっているんだね」
「何を言っておる。そういった特殊効果付きのものは、錬金術の分野なんじゃよ。それに、そのローブは視認阻害の効果だけで、精々、火魔法に少し耐性がある程度じゃから気を付けるんじゃぞ」
何から何までお世話になり、感謝をしてイルマの店を出ようとしたら、
「困ったらまたわしの店まで来るんじゃぞ」
と、言われたので苦笑い気味に手を振りながらイルマの店をあとにした。
――――魔法が使えることに気付き、「重装騎士」ではなく、これからは、「聖騎士」とでも名乗れるのでは? などと、小さなことを考えていた。
それほどまでに、今までの不遇が当たり前であり、期待値が低い。
しかし、言い換えれば謙虚であると言えなくはないだろうか。
それが、片桐康平の本質であり、これからも変わらないことを期待したい。
それは極端な言い方だが、コウヘイは、激しく自分のことを責めていた。
それを見かねたイルマが一拍――――
「はい、その話は、終わりじゃ。今は、魔法弁障害のことじゃろうに」
僕としては、魔法弁障害より気になったけど、仕方ない。
これは、僕とエルサの問題だ。
後で二人のときに話し合おうと思い、イルマにバトンを返した。
「ごめん、イルマ。話を続けて」
「ありがとう、コウヘイ」
そう言って僕を見たエルサは、笑いかけてくれた。
僕は、それに微笑み返したけど、上手く笑えた自信が無い。
「まあ、なんじゃ。そう落胆せずとも、コウヘイとおればその症状は、治まるのじゃろ?」
僕が落ち込んだのは、そのことではない。
でも、確かにそれも確認したい内容だった。
「うん、そうみたいなんだ。エルサがいた檻に辿り着いた話はしたよね?」
思い出したように僕は、その不可思議な現象について言及した。
「うむ、魔力に導かれるようにその感覚に身を任せたと言っておったな」
「そう、魔力ゼロの僕に、何故それがわかったのか知りたくて――」
「あっ、それならわたしが説明するよ。わたしは魔法眼のスキルがあるから全て見えていたの」
さっき、イルマ自身は違うと言っていたやつだ。
そうか、スキルのことだったんだ。
「誠か! それは羨ましいのう」
あのイルマが驚き、羨ましそうにしていた。
「そ、そうかなぁー」
照れながら答えるエルサに、イルマはしきりに首を縦に振っていた。
よっぽど珍しいスキルなのかもしれない。
「それでね。わたしから漏れ出た魔力がその空間に漂っていたんだけど、突然その魔力が移動するように流れて行ったの」
「ほーう、そんなのも見えるのじゃな。うむ、それで?」
興奮した様子で、イルマはエルサの言葉に一々感心していた。
「うん、それで、纏わりつく魔力が薄くなって少し楽になったの。それで流れの先を見ていたら、コウヘイが檻の前に立っていて、最後まで漂っていた魔力がコウヘイに全て吸収されたの」
「吸収?」
そこで、エルサだけではなく、イルマも僕に視線を向けた。
「え、えーっと、あれかな? この力が湧く感じかそうなのかな?」
あのとき、身体の芯から温まるような漲る力を感じた。
しかも、エルサと触れ合っている間、ずっとそれを感じている。
「よくわからないけど、たぶんそう。動けるようになったのはそのあとだもん」
それを聞いて思い出すように僕は呟く。
「そのゼロは無限大……」
「なんじゃその矛盾した表現は?」
「いやっ、違うんだ。昨日サーベンの森で会った少女に、言われた言葉なんだよ」
ジト目で見てくるイルマに対し、言い訳をするように僕は、昨日の出来事――ゴブリン三〇匹に囲まれてからのこと――を包み隠さず説明した。
「はぁ、コウヘイもだいぶ無茶なことをしたもんじゃ」
なんか凄い呆れ顔をされてしまった。
無茶というより僕の不注意だったんだけどね、と一人反省する。
「しかし、そのおなごの言い方は気になるの。もしや、ドルイドに化かされたんじゃあるまいな?」
「ドルイドって、森の精霊っていうアレ?」
「スキルが見える存在と言ったら、神と聖女を抜かしたら精霊しか選択肢が残っとらんじゃろうが」
「え? そうなの!」
詳しく話を聞くと、ヒューマンでステータスが見えるのは、聖女と呼ばれる存在だけらしい。
つまり、召喚されたときに僕を無能扱いしたあの聖女オフィーリアのことだ。
勇者を召喚する国は毎回、聖女が受ける神託により変わる。
聖女は、召喚された勇者のステータスを確認するために、その国に赴く役割があるという。
それを聞いた僕は、違和感を感じた。
「でも、それだとおかしいよ。あの聖女は、僕のステータスを確認した途端、勇者じゃないとか言い出して無能扱いしてきてたんだ。挙句の果てには、重装騎士として引き付け役をやれとか言い出したんだよ」
僕は、当時を思い出しながら声を荒げた。
「ふうむ。それは妙じゃな……」
またもや考え込む様子を見せたイルマが、
「いくら考えても埒が明かんから、魔法を使えるか試してみたらどうじゃ?」
と、突拍子もないことを言い出した。
「は? 何を言ってるんだよ!」
「いいから、いいから、わしの言う通りにするのじゃ」
この手のことは、騎士団との訓練のときに、散々試していた。
この世界のあらゆる生物は、魔力を内包しており、それがゼロになることは死に直結する。
僕が健康体であることから、水晶の判定に何か不具合があったのではないかと、みなが考えたのだ。
当然、僕もそうであることを願った。
重装騎士をやることになった僕は、身体強化魔法のプロテクションの練習から開始した。
一度だけ、淡く身体が発光したけど、それが定着することはなく、失敗だった。
しかし、その後は、いくら言われた通りに詠唱をしても、何も発現しなかった。
最後まで魔法の練習に付き合ってくれた葵先輩でさえ、匙を投げたほどだ。
結果は、見えているのに、イルマはそんなのはお構いなしだった。
「わしが手本を見せるから、同じようにやってみるのじゃ……イグニション」
イルマが生活魔法である着火の呪文を唱えた。
蝋燭の火よりも少し大きいくらいの赤い炎が、イルマの人差し指に発現した。
「わ、わかったよ!」
イルマとエルサから見つめられ、居心地が悪くなった僕は、やけくそだった。
「……い、イグニション」
期待と緊張から、少し噛んだけど、着火の呪文を唱えた。
「ほ、ほら……」
僕の人差し指には、何の変化も起こらなかった。
「何がほら、っじゃ! 噛んでおったであろう。ちゃんと集中するのじゃ」
イルマにそのことを指摘されたけど、僕にはそれが原因だとは思えなかった。
「はいはい、集中ね……」
適当にそう答え、一応は呼吸を整えて集中する。
指先から炎が立ち上がる様を――
「イグニ……しょん……」
それは、唱え終わる前に発現した。
ただ、そのことにイルマたちは、気付いていない様子だった。
「な、なんじゃそれは!」
イルマは、目を見開き驚き声を上げた。
「うわあ、綺麗」
エルサは、そんな感想と共に、まじまじと僕の指先のソレを見つめていた。
「で、できた……」
僕の右手の人差し指からは、イルマのその炎とは違い、ガスバーナーのような一〇センチほどの青白い炎が発現していた。
何故、そのような結果になったかは、僕にはわからない。
ただ、僕が言えるのは、ガスコンロに火が付くイメージをしたらそうなった。
しかも、詠唱を終える前に、だ。
それを説明したけどイルマとエルサには、理解してもらえなかった。
試しにエルサにも着火の魔法を使ってもらったけど、結果はイルマのと同じで蝋燭の火よりも少し大きいくらいの赤い炎だった。
「ようわからんが、コウヘイが魔法を使えるようになったのは確か、じゃな」
困ったようにイルマは言ったけど、僕としては嬉しい限りだった。
ただ、その実感が湧かないだけだった。
「しかし、じゃ。今までの話を総合すると、聖女オフィーリアは、何かしらの嘘をついておったのか?」
「それは、僕が知りたいくらいだよ」
「まあ、そうじゃろうが、何ともきな臭いのう」
確かに、変な話だと思う。
「あとは、昨日会ったというおなごが言った通り、コウヘイには魔力を吸収できるスキルがあるんじゃろうな。じゃから、無限大と言ったのじゃろう」
イルマが言う通り、昨日の金髪碧眼の少女が言ったことが、証明された訳だ。
益々、聖女が嘘をつく理由がわからない。
むしろ、そのスキルがあったら、勇者パーティーの戦力となりえたのに……
何故、重装騎士なんかに……
ただ、今更それを言ったところで意味がない。
「聖女の件は気になるけど、それってめちゃくちゃ凄いことだよね!」
さっきまでは上の空だったけど、今ではすっかり興奮していた。
「うむ、その通りじゃな。それに、さっきの奴隷商での話を聞く限り、エルサは魔力弁障害の魔力切れで、動けなかった訳じゃなさそうじゃしのう」
「へー、よく気付いたね」
エルサが感心したように、驚いていた。
「そんなの簡単じゃよ。シュタウフェルン家の娘と言うなら、どうせ継承の儀式でもしたんじゃろ」
「えっ、なんで、なんでー! それは秘匿のはずなんだけど!」
よっぽど驚いたのか、エルサは立ち上がった。
一方、イルマは、クツクツと喉を鳴らして笑うのみであった。
「口を挟んでいいかわからないけど、イルマが賢者なんだよ」
「ん?」
そのことが気になっていた僕は、種明かしをした。
「うむ、コウヘイの言う通りじゃよ。わしはエルフの賢者と呼ばれておってのう。アメリアとも懇意にさせてもらっておるのじゃ」
「……えええーーー!」
イルマに言われて理解したのか、一瞬遅れて、エルサの絶叫がこだました。
「まあ、そういうこったな。今までの話から推察するに、漏れ出した自分の魔力に酔った状態だったのじゃろう」
驚いたエルサをそっちのけで、イルマはそう僕に説明してくれた。
「しかも、じゃ。魔力弁障害にも拘わらずそうなるということは、魔力自動回復スキルの効果がかなり高いのじゃろうな。むしろ、エルサは、魔力弁障害のおかげで回復というより、上限を超えて魔力を生成できるようじゃ」
それを聞いた僕は、思わず息を呑んだ。
それって、ゲームでいうMP自動回復で魔法が使い放題のチートスキルじゃん。
それに、僕の魔力吸収のスキルが本当だとしたら……
「それって、つまり……」
「うむ、エルサと一緒におれば、魔力を吸収し放題な上に、エルサも魔力酔いになるのを防げるはずじゃ」
つまり、僕とエルサの相性がぴったりということだ。
それからイルマは、腰かけていた椅子から立ち上がり、本棚の方へ何やら探しに行って、一冊の本を手にして戻ってきた。
「コウヘイには、これを貸してやろう」
「この本は?」
見た目は大分古びた深紫のカバーに、金糸で何やら書かれた百科事典のような分厚い本を、僕に手渡してくれた。
「これは?」
「見ての通り魔法書じゃよ。これを読んで色々試してみるのが良いじゃろう。じゃが……白金貨の価値がある物じゃから、無くしたり破損させんでおくれよ」
何の気なしにぱらぱらめくって眺めていたけど、その価値を聞き、直ちに魔法の鞄にしまった。
「は、白金貨だって!」
当然、僕は素っ頓狂な声をあげた。
「そうじゃよ。単純に金貨一〇枚集めりゃよいってもんじゃないのじゃ。それは魔法袋のレプリカとまではいかんが、それ相当の価値があるんじゃ」
正直、そういうことは、先に言ってほしい。
白金貨といったら、古代遺跡から発掘された白金の硬貨であり、今の魔導学の術を全て集めても、再現不可能だと言われるほどの希少貨幣である。
ただ、相場的に金貨一〇枚相当で取引されることが多いらしく、日本円に換算すると約一千万円の価値が付けられている。
それでも、好事家によってはそれ以上の価格で取引されることもあるらしい。
「な、何でそこまで?」
「そりゃあ、この前も言ったではないか。わしには、コウヘイを召喚してしまった責任があるのじゃ」
「いや、それにしても……」
「いいのじゃ、いいのじゃ」
「へー、いいとこあるじゃん、イルマ」
その様子を見ていたエルサがそんなことを言ったけど、白金貨の価値を知らないのだろうか。
ニコニコと笑っているのみで、大人の会話に子供が茶々を入れているみたいだ。
「やっぱり、これは受け取れないよ」
魔法の鞄を開け、先程しまった魔法書を取り出した。
「その代わりではないけど、これと同じようなものはないかな? エルサにも持たせたくてさ」
魔法の鞄を持ち上げて見せて、イルマにそうお願いした。
単に申し出を断るより、別のお願いをすれば、イルマの気も晴れるだろう。
僕は、今更、召喚の責任をイルマに取らせるつもりは無い。
「む、本当に良いのか?」
「と、当然だよ」
「ふうむ。それなら、ちと待っておれ」
イルマは、そのまま店の方へ歩いて行き、姿を消した。
いやー、ほんの数時間で凄い展開だった。
聖女オフィーリアは、何やら怪しく、あの金髪碧眼の少女の存在も気になる。
魔力量ゼロの僕が、エルサに出逢ったことで魔法が使えることがわかった。
エルサと一緒なら凄い冒険ができると思う。
が、その前に解決しなければならないことがある。
「ねえ、難しい顔をしてどうしたの?」
「ん? いやっ、これからどうしようかな、って考えてただけだよ」
エルサに声を掛けられ、僕はそう誤魔化した。
「流石に魔王軍領には行けないけど、ほら、ヒトモノの国なら――」
「気にしなくてもいいのに……こうしているだけで、わたし、凄く幸せだよ」
言い切る前に、エルサがさっきのように、全身を僕に預けてきていた。
そして、エルサの吐息を感じるほどに、顔が接近していた。
こんなに好かれるようなことした覚えはないのに……
奴隷紋――その効果が働いているとしか、僕には思えなかった。
そんなことを考えている合間も、エルサの顔が近付いてくる。
すると、エルサが目を瞑り、頬をほんのり赤く染め、小さな唇を突き出した。
えっ! こ、こここここれって……
突然のことで、僕はパニックになる。
胸の鼓動が聞こえてきそうなほど、バクバクしているのを感じた。
「なんじゃ、またおぬしらは、そんなにひっついてからに……」
「ひっ」
思わず変な声が出て、声のした方を見たら、店の方から戻ってきたイルマが、呆れ顔をして突っ立っていた。
別に僕がしたくてそうした訳じゃないけど、口には出せなかった。
「ちぇー」
小学生か! と、思わず突っ込みを入れたくなるほどエルサは不貞腐れていた。
僕的には、イルマに助けられた訳だけど、少し残念な気もした。
僕だって男だ。
でも、僕には、想い人がいる……
相手は、僕のことなど気にしてはいないけど、そのケジメは付けたい。
そんなことを考えていたら、いつの間にかイルマが隣まで来ていた。
「ほれ、これでどうじゃ? 魔法のポーチじゃ」
「ん、これは?」
魔法のポーチとは別に、真っ黒な魔法士のローブを二つ一緒に渡してきた。
「どうやらきな臭いからの。視認阻害の効果が付いた幻影のローブじゃよ」
「え! それって、マジックアイテムなんじゃ!」
「幻影のローブは、マンイートカミーリョンの皮を素材にしておって、元々の性質からそんなに技術を要しないから、大したことないんじゃよ」
高価な物は悪いと思ったから、別の提案をしたのに、それに負けじと凄いものを用意してくるとは……
やはり、イルマは、僕のことを本気で考えてくれているんだ、と嬉しくなった。
「そこまで言うなら、お言葉に甘えさせてもらうよ」
断るとまた別の何かを渡そうとしてくると思った僕は、その好意に甘えることにした。
「それにしても、防具屋の真似事みたいなこともやっているんだね」
「何を言っておる。そういった特殊効果付きのものは、錬金術の分野なんじゃよ。それに、そのローブは視認阻害の効果だけで、精々、火魔法に少し耐性がある程度じゃから気を付けるんじゃぞ」
何から何までお世話になり、感謝をしてイルマの店を出ようとしたら、
「困ったらまたわしの店まで来るんじゃぞ」
と、言われたので苦笑い気味に手を振りながらイルマの店をあとにした。
――――魔法が使えることに気付き、「重装騎士」ではなく、これからは、「聖騎士」とでも名乗れるのでは? などと、小さなことを考えていた。
それほどまでに、今までの不遇が当たり前であり、期待値が低い。
しかし、言い換えれば謙虚であると言えなくはないだろうか。
それが、片桐康平の本質であり、これからも変わらないことを期待したい。
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