賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)
第012話 魔法弁障害と奴隷の実状
ソファーに座ったコウヘイの隣には、まるで借りてきた猫のように大人しいエルサが寄り添っていた。
その向かいには、その様子を窺うイルマが、紅茶を啜っていた。
奴隷契約を無事終えたコウヘイは、エルサを連れ、イルマを訪ねていた――――
「――という訳なんだけど、どうかな?」
奴隷を購入したこと。
魔力に導かれるように、エルサを見つけたこと。
そのエルサが魔法弁障害という病気に掛かっているということ。
それら全てを、イルマに説明し、何か知っていることを期待した。
ティーカップをソーサーの上に戻し、イルマが再確認する。
「ふうむ。それでわしのところに来たという訳じゃな?」
「わからないことがあれば年長者に頼るようにって、僕のばっちゃんが言っていたんだよ」
両親が共働きだった僕は、おばあちゃんっ子だった。
それを引き合いに出し、そう言ったけど、やはり怒られた。
「なんじゃと! わしを年寄り扱いするでない。見ろこのぴちぴちのボディーを――」
立ち上がって胸を張り、左足を椅子の上に乗せると、ローブの合間からその真っ白な素足が露になった。
「で、子供みたいに若いのはわかったから、この現象に心当たりはないの?」
胸を張っても特に際立つものもなければ、子供の足を見ても何にも感じない。
むしろ、内気な僕がここまで強気な発言ができるのは、昨日の遣り取りがあっただけではなく、見た目が子供なのも要因だと思う。
ギャースカ何かを言っているけど、正直構っていられない。
こっちとしては、早く原因を突き止めたい。
「それでエルサは、いつまでそうやっているつもり、かな……?」
奴隷商を出てからイルマの店に来るまでの間も、手を握って離さないのである。
しかも、イルマと違ってかなり自己主張の強い胸を僕の腕に押し付けてくる。
「コウヘイ様……は、嫌なの?」
上目遣いをして、より一層全身の体重を全力で僕に預けてくる。
そして、胸元へ視線が誘導され、頬が熱くなるのを感じた。
僕も年頃の男子だから敏感なのだ……でも!
内気な性格のせいであまり女子と話したこともない訳で、当然こんなに密着したこともなく、全く免疫がない。
プレートアーマーを装備しているおかげで感触が伝わってこないのが、せめてもの救いだ。
「い、嫌じゃないけど、もう少し離れても、い、いいんじゃないかな……」
「ホントー! こうしていると凄く楽になるの。いいでしょ、コウヘイ様?」
エルサは嬉しそうに微笑んできて離れようとしない。
だあああー! 後半部分をちゃんと聞いてよ……
「嫌じゃないって言っただけだから! てか、呼び捨てでいいよ」
これは僕のわがままだけど、エルサには、僕のことを仲間としてみてほしい。
奴隷を購入しておいて、何を言っているのだ! と言われるかもしれないけど、そもそも僕が奴隷を購入したのは、仲間がほしかったからなのだ。
「え、でも……」
当然、エルサは悩んでいる様子だった。
「確かに僕は、エルサをお金で買ったよ。でも、何も僕の召使にしようっていう訳じゃないんだ。ただ、一緒に冒険をしてほしいんだよ」
「冒険をしてほしい?」
エルサは、小首を傾げて、目を瞬かせていた。
「まあ、でも、その病気が治らなければ無理かもしれないけど……」
それを聞いたエルサは、シュンとしてしまった。
エルサの質問には答えず、僕はイルマを見た。
奴隷商の店主は、その病気が原因でエルサのことを処分すると言っていた。
もしかしたら、不治の病なのかもしれない。
でも、単純に治療薬が高かったりするだけかもしれない。
だから、イルマが何かを知っているかもしれないと、期待した。
「ほい、これで……どうじゃ?」
「はい?」
何故か、立ち上がったイルマは、僕とエルサの間に強引に割って入り座った。
「あー邪魔だよおばさーん」
「なんじゃと、この小娘が!」
エルサとイルマが隣で言い争いを始めた。
「やーめ、てっ!」
僕は、左手が塞がっているので、右手で順番にチョップをくらわす。
「痛いよぉ」
「何でわしまで……」
「喧嘩両成敗ってやつだよ」
それぞれ反論してくるけど、これでは一向に話が進まないので強引に議論に入る。
当然、イルマには、向かいの椅子に戻ってもらった。
「エルサは、魔力弁障害って病気で間違いないんだよね?」
「あ、えー、うん。里のみんなもそう言っていたから間違いないと思う」
思い出すように目線を上の方へ向け、そう教えてくれた。
「そっか、詳しく知らないけど、それに掛かると魔力切れになるんだよね?」
そこで話をイルマに振る。
「ふつうはそうなるはずじゃよ」
「それなら――」
それなら、なぜ動けるのさ? と言い切る前に、イルマが説明してくれた。
「わしは魔法眼を持っている訳じゃないが、エルサから漏れ出る濃密な魔力を感じる。魔素切れ状態でこれだけ濃い魔力が漏れるのはおかしい。エルサの器に対して収まり切れない魔力が漏れ出ていると言った方しっくりくるかもしれんの」
それは、お風呂の給湯を止め忘れたときに湯船からお湯が溢れるアレだろうか。
「そうなんだ……てか、魔素切れって?」
大体、意味はわかるけど、この世界ではじめて聞いた気がする。
「ああ、なんじゃ。本来は別物じゃが、魔力と同じと考えればよいじゃろう」
「ふーん、そうなんだ」
その違いが気になったけど、他に優先すべきことがあるため、次の機会に詳しく聞くことにしよう。
「それじゃあ、魔力弁障害じゃないってこと?」
「そもそも魔力弁障害というのはじゃな――」
認識合わせとして、イルマが簡単に説明してくれた。
体内の魔力が勝手に漏れ出してしまう状態で、その量は個人差がある。
魔力は、眠っているときや安静にすることで回復する。
結果、その患者は、朝方調子が良くても、夜には魔力が枯渇して動けなくなる。
そのため、安静にして魔力切れになるのを防ぐのが、一般的らしい。
「エルサよ。この症状は、いつぐらいからなんじゃ?」
「倒れたのが数年前かな。それで、魔法弁障害ってわかったの。それで、完全に動けなくなったのは……数か月前くらいかな」
「ほう、それはおかしいのう」
イルマは、エルサの説明を聞いて眉根をひそめた。
当然、僕にはどこがおかしいのかわからなかった。
「何が?」
「いや、なんじゃ。本来は、そんな急に悪化する病気じゃないんじゃ」
その説明なら理解できた。
はじめからそう言ってくれればいいのに……
「確認じゃが、倒れる前に前兆みたいなのは無かったのか? 気だるかったり、動くのも辛いといった倦怠感……初期症状があるはずなんじゃが……」
エルサに向き直り、イルマがより詳しく問診した。
「うーん、それは無かったかな。倒れたっていうのも、電撃魔法をママから教わっているときに、無理して限界まで魔力消費したからなの」
「ふうむ、そういう訳じゃったか、それならわからなくもないかのう」
イルマは、エルサの説明で納得したように、しきりに頷いていた。
イルマは、さっきから重要な部分をぼかしており、僕は話についていけない。
「だから、何が?」
僕は、そう促す。
「本来、全く動けない状態が続いたら、体力まで消費し、死に至るんじゃ」
「でも、こうして生きている訳だし、それは別にいいんじゃないの?」
「まあ、確かにコウヘイの言う通りじゃが……」
未だ考えている様子のイルマは、答えを出せないようだった。
「それで魔力弁障害って治る病気なの?」
それならと、話を進めるために、治療法を聞いてみた。
「そうじゃな、一種の呪いみたいなもんじゃ。解術ポーションで治ると思うぞ」
「なんだ、簡単じゃないか。何故、それを使わなかったのかな?」
解術ポーション類は、それなりの値段がするけど、買えないこともない。
しかし、魔法弁障害の場合は、そうも簡単ではなかった。
「それはのう。必要な材料が希少で危険場所にあるのじゃ。そう簡単に市場に出回る物でもない上、金貨数十枚の値がするから諦めたんじゃろ」
それなりどころか、べらぼうに高かった。
「ちなみに、その材料はどこで手に入るの?」
「ベースの聖水は、デミウルゴス教の教会に行けば手に入るのじゃが、正式名称が長ったらしくて忘れたから仮に解術草とするそれは、魔王軍領にある魔王の森にあると言われておる」
「えっ、それって無理じゃ……」
イルマは、ちょっとそこまで買い物に行くような気安さで教えてくれた。
それでも、その内容はとんでもなくハードだった。
魔王軍領とか最終ステージじゃん!
序盤で躓いている僕にはムリムリ!
などと、内心、突っ込みを入れた。
正に死地に行くようなものだと言っても、それは過言ではないだろう。
「まあ、待て。この話には続きがあってな。ここの大陸から西に船で向かったところにあるヒノモトという国にもあるのじゃ」
「そ、それじゃあ」
別の可能性を示唆され、期待が高まる。
が、そんなことはなかった。
「じゃが、その国によって管理されているらしく入手が難しいのじゃ」
なんだよ、結局難しいことに変わりは無いじゃないか。
僕は、それを聞き、がっくしと肩を落とした。
「それよりも、応急処置にしかならんが、アレをしようとはせんかったのか? 大抵の場合は、ポーションで魔力の補給をするもんじゃぞ」
僕のことを置いてけぼりにしたままイルマは、話を続けた。
話の腰を折るのも気が引けたため、僕は静かに耳を傾けた。
「はじめのころはそうしたよ。イルマなら聞いたことあるかもしれないけど、わたし、フォルティーウッドの出身なの」
「なんと! それじゃあ、シュタウフェルン家のところじゃな?」
フォルティーウッド?
シュタウフェルン家?
エルフ族にとっては有名なのだろうか。
「うん、ママが巫女をやっていたの」
「なるほど、そうか、そうか……」
ん? どうやら、イルマは、エルサの母親を知っているようだった。
「それでね。動けなくなったわたしをどうにかしようと、賢者様? だったかな、誰かわからないんだけど……」
賢者様? それを聞いた僕は、イルマの顔を見た。
今の話からして、エルサの母親は、イルマを頼る予定だったようだ。
それでも、イルマは眉一つ動かさず、話を静かに聞いているだけだった。
「その人に診断してもらうために、里のみんなが運んでくれていたの。そうしたら途中で襲われて、奴隷になっちゃったの……」
当時のことを思い出してしまったのか、涙をぐっと堪え、声を詰まらせるように話してくれた。
「え! ちょっと待ってよ。それじゃあ……」
静かに話を聞くつもりだった。
だから、賢者の件も口を挟まなかった。
それでも、流石に聞き逃すことができず、待ったを掛けた。
「ど、どうしたの?」
「そうじゃ、いきなり大きな声を出すでない」
「いやいや、なんでそんなに落ち着いていられるの? 襲われて奴隷になったってことは、誘拐じゃないか!」
その落ち着いた二人の様子に、僕の方がどうしたのだと、言いたい。
「ああ、勇者のコウヘイは、知らんかもしれんが、それは常識じゃよ」
「常識?」
「うん……」
イルマが常識と言って、僕が聞き返したら、エルサは頷いて俯いた。
その様子は、決して納得しているようには、見えなかった。
「うん、じゃないよ、エルサ!」
「まあ、待つのじゃ、コウヘイよ」
「だって!」
「いいから、話を聞いてくれまいか」
イルマは、興奮気味の僕をたしなめるように、落ち着いた声音で言い僕を見た。
「本来、奴隷狩りは、帝国の法律で禁止されておる――」
「それなら!」
そう叫び気味に言って、僕は立ち上がった。
「じゃから、待ってくれ」
僕が立ち上がったのを見たイルマは、制止するように右手を出した。
「じゃが、現行犯でなければ、その法も適用されん……」
再度、目で制止され、僕は黙って、ドカッとソファーに腰を落とした。
「適用されんというより、それを立証できないんじゃよ。みんな好き好んで奴隷になる奴なんておらん。当然、ここ帝都だけではなく、各都市に運び入れるときに検閲が行われるのじゃが、みな奴隷狩りにあったと言いよる訳じゃよ」
「そ、それじゃあ……」
「うむ、そういうことじゃ。一々、全て真に受けておっては、奴隷商の商売が成り立たん。それに、奴隷の労働力は、少なからず帝国の経済を回しておるのじゃ。実際、鉱物採掘等の第一次産業を支えているのは、奴隷たちじゃしのう」
イルマの説明を聞き、理解はできたけど、納得はできなかった。
「で、でも……」
「いいの!」
エルサは、僕の左手を両手でギュッと握って、微笑んだ。
「え、エルサ……」
それが強がりなのではないかと思った僕は、その真偽を確かめるようにエルサの青みがかった銀色の双眸を見つめた。
「いいの。だって、そのおかげでコウヘイに出会えたんだから」
一度目を瞑ったエルサは、それに答えるように満面の笑みで瞳を輝かせていた。
「そ、それならいいんだけど……」
本人がいいと言っているからとはいえ、僕は何だか釈然としなかった。
もし、奴隷紋の影響でそう言っているのだとしたら、怖いと思った。
奴隷紋は、基本的に主人を故意的に傷つけられないように、抑制するものだと説明を受けた。
その内容は――
壱――主人に危害を加えない。
弐――主人の命令への服従。
参――主人への自己犠牲精神。
――――コウヘイは、一時の感情で奴隷を購入したが、奴隷の実状を知り、己の無知と衝動的な行動を、今更ながら後悔し始めたのだった。
その向かいには、その様子を窺うイルマが、紅茶を啜っていた。
奴隷契約を無事終えたコウヘイは、エルサを連れ、イルマを訪ねていた――――
「――という訳なんだけど、どうかな?」
奴隷を購入したこと。
魔力に導かれるように、エルサを見つけたこと。
そのエルサが魔法弁障害という病気に掛かっているということ。
それら全てを、イルマに説明し、何か知っていることを期待した。
ティーカップをソーサーの上に戻し、イルマが再確認する。
「ふうむ。それでわしのところに来たという訳じゃな?」
「わからないことがあれば年長者に頼るようにって、僕のばっちゃんが言っていたんだよ」
両親が共働きだった僕は、おばあちゃんっ子だった。
それを引き合いに出し、そう言ったけど、やはり怒られた。
「なんじゃと! わしを年寄り扱いするでない。見ろこのぴちぴちのボディーを――」
立ち上がって胸を張り、左足を椅子の上に乗せると、ローブの合間からその真っ白な素足が露になった。
「で、子供みたいに若いのはわかったから、この現象に心当たりはないの?」
胸を張っても特に際立つものもなければ、子供の足を見ても何にも感じない。
むしろ、内気な僕がここまで強気な発言ができるのは、昨日の遣り取りがあっただけではなく、見た目が子供なのも要因だと思う。
ギャースカ何かを言っているけど、正直構っていられない。
こっちとしては、早く原因を突き止めたい。
「それでエルサは、いつまでそうやっているつもり、かな……?」
奴隷商を出てからイルマの店に来るまでの間も、手を握って離さないのである。
しかも、イルマと違ってかなり自己主張の強い胸を僕の腕に押し付けてくる。
「コウヘイ様……は、嫌なの?」
上目遣いをして、より一層全身の体重を全力で僕に預けてくる。
そして、胸元へ視線が誘導され、頬が熱くなるのを感じた。
僕も年頃の男子だから敏感なのだ……でも!
内気な性格のせいであまり女子と話したこともない訳で、当然こんなに密着したこともなく、全く免疫がない。
プレートアーマーを装備しているおかげで感触が伝わってこないのが、せめてもの救いだ。
「い、嫌じゃないけど、もう少し離れても、い、いいんじゃないかな……」
「ホントー! こうしていると凄く楽になるの。いいでしょ、コウヘイ様?」
エルサは嬉しそうに微笑んできて離れようとしない。
だあああー! 後半部分をちゃんと聞いてよ……
「嫌じゃないって言っただけだから! てか、呼び捨てでいいよ」
これは僕のわがままだけど、エルサには、僕のことを仲間としてみてほしい。
奴隷を購入しておいて、何を言っているのだ! と言われるかもしれないけど、そもそも僕が奴隷を購入したのは、仲間がほしかったからなのだ。
「え、でも……」
当然、エルサは悩んでいる様子だった。
「確かに僕は、エルサをお金で買ったよ。でも、何も僕の召使にしようっていう訳じゃないんだ。ただ、一緒に冒険をしてほしいんだよ」
「冒険をしてほしい?」
エルサは、小首を傾げて、目を瞬かせていた。
「まあ、でも、その病気が治らなければ無理かもしれないけど……」
それを聞いたエルサは、シュンとしてしまった。
エルサの質問には答えず、僕はイルマを見た。
奴隷商の店主は、その病気が原因でエルサのことを処分すると言っていた。
もしかしたら、不治の病なのかもしれない。
でも、単純に治療薬が高かったりするだけかもしれない。
だから、イルマが何かを知っているかもしれないと、期待した。
「ほい、これで……どうじゃ?」
「はい?」
何故か、立ち上がったイルマは、僕とエルサの間に強引に割って入り座った。
「あー邪魔だよおばさーん」
「なんじゃと、この小娘が!」
エルサとイルマが隣で言い争いを始めた。
「やーめ、てっ!」
僕は、左手が塞がっているので、右手で順番にチョップをくらわす。
「痛いよぉ」
「何でわしまで……」
「喧嘩両成敗ってやつだよ」
それぞれ反論してくるけど、これでは一向に話が進まないので強引に議論に入る。
当然、イルマには、向かいの椅子に戻ってもらった。
「エルサは、魔力弁障害って病気で間違いないんだよね?」
「あ、えー、うん。里のみんなもそう言っていたから間違いないと思う」
思い出すように目線を上の方へ向け、そう教えてくれた。
「そっか、詳しく知らないけど、それに掛かると魔力切れになるんだよね?」
そこで話をイルマに振る。
「ふつうはそうなるはずじゃよ」
「それなら――」
それなら、なぜ動けるのさ? と言い切る前に、イルマが説明してくれた。
「わしは魔法眼を持っている訳じゃないが、エルサから漏れ出る濃密な魔力を感じる。魔素切れ状態でこれだけ濃い魔力が漏れるのはおかしい。エルサの器に対して収まり切れない魔力が漏れ出ていると言った方しっくりくるかもしれんの」
それは、お風呂の給湯を止め忘れたときに湯船からお湯が溢れるアレだろうか。
「そうなんだ……てか、魔素切れって?」
大体、意味はわかるけど、この世界ではじめて聞いた気がする。
「ああ、なんじゃ。本来は別物じゃが、魔力と同じと考えればよいじゃろう」
「ふーん、そうなんだ」
その違いが気になったけど、他に優先すべきことがあるため、次の機会に詳しく聞くことにしよう。
「それじゃあ、魔力弁障害じゃないってこと?」
「そもそも魔力弁障害というのはじゃな――」
認識合わせとして、イルマが簡単に説明してくれた。
体内の魔力が勝手に漏れ出してしまう状態で、その量は個人差がある。
魔力は、眠っているときや安静にすることで回復する。
結果、その患者は、朝方調子が良くても、夜には魔力が枯渇して動けなくなる。
そのため、安静にして魔力切れになるのを防ぐのが、一般的らしい。
「エルサよ。この症状は、いつぐらいからなんじゃ?」
「倒れたのが数年前かな。それで、魔法弁障害ってわかったの。それで、完全に動けなくなったのは……数か月前くらいかな」
「ほう、それはおかしいのう」
イルマは、エルサの説明を聞いて眉根をひそめた。
当然、僕にはどこがおかしいのかわからなかった。
「何が?」
「いや、なんじゃ。本来は、そんな急に悪化する病気じゃないんじゃ」
その説明なら理解できた。
はじめからそう言ってくれればいいのに……
「確認じゃが、倒れる前に前兆みたいなのは無かったのか? 気だるかったり、動くのも辛いといった倦怠感……初期症状があるはずなんじゃが……」
エルサに向き直り、イルマがより詳しく問診した。
「うーん、それは無かったかな。倒れたっていうのも、電撃魔法をママから教わっているときに、無理して限界まで魔力消費したからなの」
「ふうむ、そういう訳じゃったか、それならわからなくもないかのう」
イルマは、エルサの説明で納得したように、しきりに頷いていた。
イルマは、さっきから重要な部分をぼかしており、僕は話についていけない。
「だから、何が?」
僕は、そう促す。
「本来、全く動けない状態が続いたら、体力まで消費し、死に至るんじゃ」
「でも、こうして生きている訳だし、それは別にいいんじゃないの?」
「まあ、確かにコウヘイの言う通りじゃが……」
未だ考えている様子のイルマは、答えを出せないようだった。
「それで魔力弁障害って治る病気なの?」
それならと、話を進めるために、治療法を聞いてみた。
「そうじゃな、一種の呪いみたいなもんじゃ。解術ポーションで治ると思うぞ」
「なんだ、簡単じゃないか。何故、それを使わなかったのかな?」
解術ポーション類は、それなりの値段がするけど、買えないこともない。
しかし、魔法弁障害の場合は、そうも簡単ではなかった。
「それはのう。必要な材料が希少で危険場所にあるのじゃ。そう簡単に市場に出回る物でもない上、金貨数十枚の値がするから諦めたんじゃろ」
それなりどころか、べらぼうに高かった。
「ちなみに、その材料はどこで手に入るの?」
「ベースの聖水は、デミウルゴス教の教会に行けば手に入るのじゃが、正式名称が長ったらしくて忘れたから仮に解術草とするそれは、魔王軍領にある魔王の森にあると言われておる」
「えっ、それって無理じゃ……」
イルマは、ちょっとそこまで買い物に行くような気安さで教えてくれた。
それでも、その内容はとんでもなくハードだった。
魔王軍領とか最終ステージじゃん!
序盤で躓いている僕にはムリムリ!
などと、内心、突っ込みを入れた。
正に死地に行くようなものだと言っても、それは過言ではないだろう。
「まあ、待て。この話には続きがあってな。ここの大陸から西に船で向かったところにあるヒノモトという国にもあるのじゃ」
「そ、それじゃあ」
別の可能性を示唆され、期待が高まる。
が、そんなことはなかった。
「じゃが、その国によって管理されているらしく入手が難しいのじゃ」
なんだよ、結局難しいことに変わりは無いじゃないか。
僕は、それを聞き、がっくしと肩を落とした。
「それよりも、応急処置にしかならんが、アレをしようとはせんかったのか? 大抵の場合は、ポーションで魔力の補給をするもんじゃぞ」
僕のことを置いてけぼりにしたままイルマは、話を続けた。
話の腰を折るのも気が引けたため、僕は静かに耳を傾けた。
「はじめのころはそうしたよ。イルマなら聞いたことあるかもしれないけど、わたし、フォルティーウッドの出身なの」
「なんと! それじゃあ、シュタウフェルン家のところじゃな?」
フォルティーウッド?
シュタウフェルン家?
エルフ族にとっては有名なのだろうか。
「うん、ママが巫女をやっていたの」
「なるほど、そうか、そうか……」
ん? どうやら、イルマは、エルサの母親を知っているようだった。
「それでね。動けなくなったわたしをどうにかしようと、賢者様? だったかな、誰かわからないんだけど……」
賢者様? それを聞いた僕は、イルマの顔を見た。
今の話からして、エルサの母親は、イルマを頼る予定だったようだ。
それでも、イルマは眉一つ動かさず、話を静かに聞いているだけだった。
「その人に診断してもらうために、里のみんなが運んでくれていたの。そうしたら途中で襲われて、奴隷になっちゃったの……」
当時のことを思い出してしまったのか、涙をぐっと堪え、声を詰まらせるように話してくれた。
「え! ちょっと待ってよ。それじゃあ……」
静かに話を聞くつもりだった。
だから、賢者の件も口を挟まなかった。
それでも、流石に聞き逃すことができず、待ったを掛けた。
「ど、どうしたの?」
「そうじゃ、いきなり大きな声を出すでない」
「いやいや、なんでそんなに落ち着いていられるの? 襲われて奴隷になったってことは、誘拐じゃないか!」
その落ち着いた二人の様子に、僕の方がどうしたのだと、言いたい。
「ああ、勇者のコウヘイは、知らんかもしれんが、それは常識じゃよ」
「常識?」
「うん……」
イルマが常識と言って、僕が聞き返したら、エルサは頷いて俯いた。
その様子は、決して納得しているようには、見えなかった。
「うん、じゃないよ、エルサ!」
「まあ、待つのじゃ、コウヘイよ」
「だって!」
「いいから、話を聞いてくれまいか」
イルマは、興奮気味の僕をたしなめるように、落ち着いた声音で言い僕を見た。
「本来、奴隷狩りは、帝国の法律で禁止されておる――」
「それなら!」
そう叫び気味に言って、僕は立ち上がった。
「じゃから、待ってくれ」
僕が立ち上がったのを見たイルマは、制止するように右手を出した。
「じゃが、現行犯でなければ、その法も適用されん……」
再度、目で制止され、僕は黙って、ドカッとソファーに腰を落とした。
「適用されんというより、それを立証できないんじゃよ。みんな好き好んで奴隷になる奴なんておらん。当然、ここ帝都だけではなく、各都市に運び入れるときに検閲が行われるのじゃが、みな奴隷狩りにあったと言いよる訳じゃよ」
「そ、それじゃあ……」
「うむ、そういうことじゃ。一々、全て真に受けておっては、奴隷商の商売が成り立たん。それに、奴隷の労働力は、少なからず帝国の経済を回しておるのじゃ。実際、鉱物採掘等の第一次産業を支えているのは、奴隷たちじゃしのう」
イルマの説明を聞き、理解はできたけど、納得はできなかった。
「で、でも……」
「いいの!」
エルサは、僕の左手を両手でギュッと握って、微笑んだ。
「え、エルサ……」
それが強がりなのではないかと思った僕は、その真偽を確かめるようにエルサの青みがかった銀色の双眸を見つめた。
「いいの。だって、そのおかげでコウヘイに出会えたんだから」
一度目を瞑ったエルサは、それに答えるように満面の笑みで瞳を輝かせていた。
「そ、それならいいんだけど……」
本人がいいと言っているからとはいえ、僕は何だか釈然としなかった。
もし、奴隷紋の影響でそう言っているのだとしたら、怖いと思った。
奴隷紋は、基本的に主人を故意的に傷つけられないように、抑制するものだと説明を受けた。
その内容は――
壱――主人に危害を加えない。
弐――主人の命令への服従。
参――主人への自己犠牲精神。
――――コウヘイは、一時の感情で奴隷を購入したが、奴隷の実状を知り、己の無知と衝動的な行動を、今更ながら後悔し始めたのだった。
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