賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)

ぶらっくまる。

第007話 立場の違い

 身振り手振りを交えてイルマは、一人、説明を続けていた。

 勇者召喚の報酬として、帝都に錬金術の実験ができる建物を下賜された話。
 その実験で創作した物を売れるように建物を一部改装して道具屋にした話。

 それが、今居る建物だった。

 一方、コウヘイは、静かにその説明に耳を傾けていた。
 ただ、憎悪に染まった瞳は、イルマを睨みつけていた。

 イルマは、そのコウヘイの変化に気付いていない。
 全く悪びれる様子もなく、嬉々として説明していた――――

 へー、無理やり僕たちを召喚したくせに……
 人通りが多い一等地と店までもらったのか……

 しかも、僕を目の前にその話をするとは……

「となると、おまえが僕たちを召喚したんだ……」

 半ば思考停止状態の僕は、ぼそり――感情が抜けた低い声で呟いた。

「ど、どうしたのじゃ、コウヘイ」

 おまえ呼ばわりされ、ようやく異変に気付いたイルマは、困惑顔だった。

 その幼い見た目にすっかり騙されそうだった。
 それでも、その話を聞いたからにはもう騙されない。

「どうもしない。勝手な都合で僕たちを召喚したんだろ?」

 斜に構えた僕は、イルマの次なる言葉を待った。

「そ、そうじゃが、そんなに睨まんでくれんじゃろうか……流石に怖いぞ」

 睨む? 何を言っているんだ?
 僕は、イルマの言っている意図がわからず、首を傾げた。
 
 イルマは、この沈黙に居心地を悪くしたのか、違う話を持ち出した。

「それにしても、コウヘイは一人でどうしたのじゃ? 魔法袋を探していると言っておったが、帝国から支給された物があるじゃろうに」

 魔法袋? ああ、それなら……と、説明してやることにした。

「ああ、それなら二日前に勇者パーティーを追放されたよ。そのときに魔法袋含め、全てを取り上げられた……」
「なんじゃと!」

 イルマは、さも信じられないというような大袈裟な表情で、驚いていた。

「別に驚くことじゃないだろ。勇者でもない僕が、重装騎士の役目を果たせる訳がないんだから……そんなわかりきったこと――」

 次第に語気が強くなり、叫ぶようにしてイルマを睨んだとき。

 僕の話を静かに聞いていたイルマの表情は、驚きから一転、おぼろげで、悲愴ひそうとも、困惑ともとれる複雑な感情を表現していた。

「そうじゃったのか……あとからなら何とでも言えようが……」

 言下、イルマは床に額を擦り付けるようにして、土下座をした。

「この度は、誠に申し訳ないことをした。わしらの世界の事情があったにしろ、コウヘイの申す通り、見ず知らずの世界に召喚したのは、身勝手な行為じゃった」

 頭を下げたまま、尚も続けた。

「頭を下げたくらいでは、決して許されることではないことも重々承知しておる。許してくれとは言わん。じゃが、コウヘイの気が晴れるまで、わしにできることなら何でもするつもりじゃ」

 まさかの出来事に、はっと我に返った僕は、慌ててしまった。

「ちょ、ちょっと何してるんだよっ。そんなことしても僕が日本に帰れる訳じゃ無いんだぞっ」

 顔を上げさせるために、僕はしゃがみ込みイルマの肩を掴んだ。
 すると、その華奢な肩が微かに震えていた。

「し、しかし……」

 声を震わせ、面を上げたイルマと目が合い、僕は息を呑んだ。

 煌く金髪が揺れ、透き通った緑色の双眸そうぼうから流れ落ちる涙が、悲しそうでやるせないようなイルマの表情を、より儚げにしていた。

「あ、謝るなら、はじめから召喚なんてしなければよかったんだ……」

 非難するように叫んでも、心の中は、痛みで張り裂けそうだった。

 理不尽に異世界に召喚され、理不尽な扱いを受け続け、理不尽に追放された僕は、いつの間にか全てを他責にしてしまっていた。

 確かに、イルマは僕をこの世界に召喚した元凶だ。
 でも、勇者の紋章が僕に無いのは、誰のせいでもない。
 そもそも、その理不尽に対して、僕はずっと目を逸らし続けていた。

 更なる理不尽に襲われるのが怖くて、ことを荒立てないようにしていただけだ。
 それは、ただの逃げだった。

 勇者パーティーから追放されたのだって、僕が不甲斐なかったせいだ。

 今まで我慢していた僕の黒い部分が、堰を切って流れ出し、それをそのままイルマにぶつけてしまったのだ。

 しかし、僕の怒りに対しイルマは、正面から向き合ってくれた。
 本気で僕に謝っているんだ、と思った僕は、不思議とスーッと怒りが静まるのを感じ、冷静になれた。

「ごめん、イルマ。言いすぎたよ」

 感情に任せ吐き出した言葉は、取り消すことはできない。
 でも、謝りたかった。

「いいや、コウヘイの言う通りじゃ。それに……どうやら、わしは勘違いをしておったようじゃ。勇者は、召喚されるべくして召喚され、嬉々としてその任を受け入れる、と……」
「ん? それは……」

 イルマの独白に近い説明を聞いて、僕は腕組みし、考える。

「どうしたのじゃ?」
「あ、いや、違うんだ……何か引っ掛ると言うか……」

 イルマが言ったことを思い出し、考察を開始する。

 召喚されるべくして召喚され?

 勇者には、左手の甲に勇者の紋章が刻まれるという……
 先輩たち四人にはそれがあり、僕にはなかった。

 嬉々としてその任を受け入れる?

 先輩たち四人は、勇者と言われたとき、喜んでいたっけ……
 本来、高宮副主将は、予期せぬ事態を嫌う性格。
 それなのに、喜んで勇者をやっている。

 当然、僕はとんでもない! と、素直に理不尽な出来事に反発しようとした。
 だだ、内気な性格が邪魔をして、逃げる方を選んだ僕は、その反発を心の内に留めてしまった。

「勇者の紋章だ……」

 ぽつりと呟いた。

「それは、どういうことじゃ?」
「いや、イルマの話を聞いて思ったんだけど、勇者は紋章の影響で力が強く、使命感に燃えているんじゃないのかなと思ったんだよ」
「ふうむ、それは興味深い話じゃのう」
「そうとしか考えられない。だって僕は――」

 僕は、召喚された当初の感情や最近までの出来事を余さず説明した。
 追放されたことを教えた以上、これ以上隠す必要は無かった。

「魔力がゼロなのは、わしもあのとき驚いたもんじゃよ。本来、この世に生を受けたもの全てに魔力があるとされておるからの」
「まあ、そこはみんな不思議がっていたから、僕の体質かもしれない。問題は、今後どうするかなんだよ」
「それは、どういうことじゃ?」

 僕は心の中で決意したけど、イルマには脈絡のない話に聞こえたのだろう。
 イルマは、説明してほしそうに、眉根をひそめていた。

「いや、恥ずかしい話なんだけど、僕は嫌なことから目を逸らし続けてきたんだ。理不尽なことをそういうもんだと受け入れていた。それは何の解決にもならないただの逃げだというのに……これも全て僕が弱いのが悪いのに……」
「うーん、オークの攻撃を余裕で受け流せる強者が、弱いとはおかしな話じゃの。比較的にハイランクの冒険者が集まるこの帝都の冒険者でさえ、中々おらんぞ……」

 追放された理由を戦力外だと説明していたから、冒険者と比較された。
 そもそも、オーガやトロールは何十人という大人数で討伐する魔獣らしい。

「いや、そういう強い弱いじゃなくて。心の問題だよ。魔法が使えない僕は、当然勇者である先輩達には敵わない。その分、僕は頑張らないといけないんだよ」
「そういうものじゃろうか……」

 イルマは、僕の考えが理解できないのか、首を傾げながらしきりに唸っていた。

 僕が召喚に巻き込まれた理由はわからない。
 それを、隠された使命が僕にはあるんだ!
 などと、勘違いするほど、僕の頭はめでたくない。

 内気な僕だけど、結構、現実主義だったりする。
 だから、無駄に反発することを今までしてこなかった。

 ただ、今回ばかりはそれが仇となり、追放された。
 しかも、溜まりに溜まったその鬱憤うっぷんをイルマに吐き出してしまった。

 結果、過ぎたことを考えすぎて立ち止まるより、先に進むことを僕は選んだ。

「まあ、コウヘイの話を聞く限り、冒険者というのは良い選択かもしれんのう」
「そう思うよね? だから、魔法袋と短剣を探しに来たんだ」
「そうじゃった! 罪滅ぼしという訳じゃないが、魔法の鞄をコウヘイに譲ろう」
「え、良いの!」

 その申し出はありがたかった。

「当然じゃ。先ほど何でもすると言ったではないか。ただ、魔法袋と違ってかさばるし、見た目の一〇倍程度しか入らんからオーク一匹も入らんぞ」
「いや、それでもありがたいよ」
「そうか、そう言ってもらえるとわしも助かる」

 イルマは、それを取りに行くのか、席を立った。

 罪滅ぼしやら何だとか言っているけど、冷静になって考えたらイルマにそこまでする責任はないと思った。

 勇者召喚の魔法は、数十人の一流の魔法士を集める必要がある。
 つまり、勇者召喚に関わった数多くの人々の内の一人にすぎないのだ。

 しかも、必ず成功する訳ではなく、命を落とす危険があることを思い出した。

 イルマは、イルマなりに自分の世界のために命を懸けて、皇帝や聖女の呼びかけに応じただけなのだ。
 この世界の人からすると、魔族や魔獣に困ったら勇者を召喚するのが当たり前であり、勇者なのだから戦えというばかりである。

 それがこの世界の常識だった。

 終いには、帰る手段も無いと言われれば、一切を諦めてこの世界の慣習を受け入れた方が楽だ。
 いくら反発しても何の伝手つてもない僕たち異世界人は、無力なのだ。
 そんなのに反発するぐらいなら、己を鍛えた方がよっぽど意味がある。

 それを思うと、召喚された側からすると、非常に迷惑な話だった。

 それでも、先ほどのイルマの土下座した姿を見て――
 身体を震わせながら涙を流した姿を見て――

 イルマが僕の立場になって考えてくれたことが十二分に理解できた。

 だから、僕はイルマの立場になって考えたら、怒るに怒れなくなってしまった。
 既に僕の中には、イルマに対するわだかまりは消え去っていた。

 何の気なしに立ち寄った店であったけど、正解だったと思う。
 勇者パーティーを追放され僕は、なんて不運なんだと思っていたけど、昨日のマシューさん然り、そのあとの出会いに恵まれたと思う。

 そんな最近の出会いに感謝をしていると、何やら鞄のような物を手に持って戻って来た。

「ほれ、これじゃよ。あと、短剣もついでにやろう。これは、遊びで風魔法を付与してあるから思いっきり振ればウィンドカッターが飛ばせるぞ」

 イルマは何てことないというように説明したけど、それもマジックアイテムってやつじゃないか!

「後学のために聞いておくけど、ふつうに買うとしたらいくらくらいするのかな?」
「そうじゃな……鋼鉄の短剣と定着に使用する魔法石の金額だけだったら小金貨一枚くらいかの。じゃが、店売りの相場だと技術料を含めると金貨五枚位するじゃろうな」
「金貨五枚!」

 それを売れは、数年間自由気ままに生活できる額だった。
 そんなに高価な物を貰ってもいいのかな……

「気にしなくて良いぞ。わしらの世界のためとは言え、無理やり召喚したのじゃからな。それに対する報酬は、金では計れないもんじゃよ」
「え、でも……」
「いいのじゃ、わしにコウヘイの協力をさせてほしいだけじゃ」
「そ、それならありがたくいただくよ」

 イルマが僕を召喚した魔法士の一人と聞いたときは、怒りが込み上げた。
 さっきまでそんな感情を抱いていたことに、僕はバカらしく思えた。

 謝罪の言葉に魔法の鞄と短剣をもらったから許せたという訳ではない。
 ただ、イルマと会話を重ねた中で、仕方がないことだったと理解した。
 それに、恨んでも何も生まないとも察した。

 そのような考え方ができるようになっただけでも、僕は成長したのだと思い、先ずは、そのことを喜ぶことにした。

 イルマの道具屋を出で空を見上げると、煌くほどに眩しく真上で照った陽の光が、僕の心を照らした。

 ――――己を見つめ直し、成長を感じたコウヘイの心は、なんだかとても晴れやかだった。

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