賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~(旧題:追放された重装騎士、実は魔力量ゼロの賢者だった~そのゼロは無限大~)
第005話 冒険者登録とお約束
行き交う人々でごった返した目抜き通りを暫く南に歩いていくと、直ぐに目的の建物に気付き、コウヘイは足を止めた。
木造建屋が一般的な城下町で、レンガ調の一際巨大な建物が、その存在を主張していた。
その建物には、「サーデン帝国冒険者ギルド本部~サダラーン冒険者ギルド~」と大きな看板が掲げられていた――――
冒険者ギルドの看板を見上げたまま僕は、一瞬、疑問符が浮かんだけど、本部と支部が併設しているのだろうと勝手に想像した。
そんな風にして立ち止まっていたら、行き交う人々が怪訝な目で僕のことを盗み見て避けていることに気付き、さっさと冒険者ギルドに入ることにした。
早速、冒険者ギルドの中へ入って行くと、ギルドに併設されている酒場で騒いでいた冒険者たちが、僕の存在に気付き静かになった。
「おい、あれって?」
「ああ、ゼロの騎士様だぜ」
冒険者たちは、僕に遠慮ない視線を向けながら、そんな話をしていた。
冒険者ギルドに来たのは初めてだけど、この帝都サダラーンにいる冒険者なら勇者パーティーのことを知らない人はいないと思う。
当然、「ゼロの騎士」の存在も同様に、知られていた。
身長二メートルの体躯にミスリルのプレートアーマーにメイスを持っている人物といったら、僕しかいない。
もし、僕がふつうの冒険者であれば、こんなに注目されることもなかった。
まだ、ここにいる冒険者たちは、僕が勇者パーティーから追放されたことを知らないはず。
勇者パーティーは、帝国に直接属していることになっているため、冒険者ギルドにくる必要性が全くない。
そのため、僕がこの場に現れたことだけで、凄い注目度なんだど思う。
「あのー」
居心地を悪く感じた僕は、さっさと登録だけ済ませるために、手隙の受付嬢に声を掛けた。
「は、はいっ、これは勇者様パーティーの……」
声を掛けられた受付嬢は、驚いたのか慌てた様子で返事をしたけど、僕の名前を言おうとして、知らないことに気が付いたのだろう。
オーシャンブルーの瞳の片方をヒクつかせ、バツが悪いというように冷や汗を垂らしており、水色のショートボブにちょこんと乗った猫獣人特有のもふもふの耳が、忙しなく動いていた。
「康平です」
「失礼しました、コウヘイ様。本日は如何いたしましたか?」
緊張した面持ちで要件を確認してくる。
「良いですよべつに。それより、冒険者登録をしたいのですが」
僕は周りに聞こえないように、身を屈めて小声で受付嬢に要件を伝える。
「あー、えっと、コウヘイ様。誠に申し訳御座いませんが、勇者様たちは、皇帝陛下の直属であるため、冒険者ギルドには登録できません」
「それは、知っています。でも、大丈夫です」
この反応は予想していたので、慌てず事情を説明する。
「大丈夫……とは?」
「昨日、勇者パーティーから追放されたので、僕は今フリーなんです」
「えええー、追放っ!」
その大声に僕を思わず受付嬢の口を塞いだけど、遅かった。
僕の行動をギルド内にいたほとんどの冒険者が注視していたのだから――
「おい、追放だってよ」
「そんなことあるのかよ」
「それだけ無能なんだろうさ」
当たり前のように受け入れ、それに対する冒険者たちの心無い言葉が、僕の胸ににグサグサと突き刺さった。
忍ばせるような声で言ったのに、この受付嬢のせいで無駄になってしまった。
「むがむがふがっ」
「あっ、ごめんなさい」
動揺のあまり僕は、口を塞いだままだった。
受付嬢がバタバタしているのに気が付いてその手を放す。
「ぜぇーはぁー、ふー。って苦しいじゃないですかっ」
「だ、だってあんな大声出すから……」
受付嬢の抗議に反論するも、自分のとった行動に恥ずかしくなり、僕は尻すぼみに声が小さくなる。
「あ、あーそれは申し訳なかったです。それで冒険者登録でしたね。追放されたなら問題ないと思いますよ。それじゃあ、ここに必要事項を書いてください」
何だろうこの感じ……既視感がある……
その感じは、ステータスを確認したあとの聖女オフィーリアの反応と同じだ。
勇者だと思ったら違った……てきな?
憐みというより、忌避するようなあの冷たい目線を思い出し、僕はブルーになる。
この受付嬢も言葉は丁寧だけど、扱いが雑というかなんとも言えない変わり身の早いこと。
「これで良いですか?」
必要事項と言っても、名前、年齢と特技くらいしか書く場所は無かった。
「コウヘイ様、一六歳。へー意外に若いんですね。特技は、前衛でタンク、魔法は……当然使えないですよね」
書いた項目を一つずつ読み上げ確認してくれたけど、一言余計だと思う。
魔力量ゼロなんだから魔法が使えないことをわかり切っているくせに、態々言う必要はないと思う。
「大丈夫そうですね。それでは、ギルドカード発行手数料で小銀貨五枚になります」
ポケットから小銀貨を五枚取り出し、カウンターに置く。
「はい、丁度ですね。それでは発行の準備の間に簡単な説明を行いますが、お聞きになりますか?」
「はい、お願いします」
先ずは、冒険者のランクから説明を聞く。
ランクは、ロック、アイアン、カッパー、シルバー、ゴールド、ミスリル、アダマンタイトの七種類。
先ずは、ロックから始まり、シルバー以上になるためにはランクアップ試験があるみたい。
シルバーからやっと一人前の冒険者と名乗れるらしく、護衛依頼のほとんどがシルバーランク以上からになるらしい。
そして依頼のランクも冒険者のランクと同様に七種類あって、カーパーまでなら制限なく受けることができるけど、依頼に失敗すると違約金の支払いが必要になるらしく、注意するようにと説明してくれた。
また、自身のランクが足りない場合は、シルバー以上で、受付嬢が過去の経歴を確認し、その依頼を受けるに値する能力があるか判断されるらしい。
それ以降も同じ要領で、ゴールドの依頼になればサブギルドマスターの許可が、ミスリル以上になるとギルドマスターの許可が必要になるらしい。
結局、自分のランクと同じランクの依頼を受けることを勧められた。
「次に、拠点を変更するときは、着いたときにそこの冒険者ギルドで拠点変更の登録を行ってください。最後になりますが、カードを紛失した場合は、罰金の意味も含めて小金貨が必要になりますので注意してくださいね」
「き、気を付けます」
「はい、これで以上になります。他に質問はありますか?」
「だ、大丈夫だと思います」
「それでは生体認証登録をしますので、カードのここに血液を垂らしてください」
そう言って、斑点模様のくすんだ灰色のカードと針を渡してくれた。
「では、確認しますので、いただけますか?」
僕が指定の場所に血を垂らすと、脱脂綿のような布切れを差し出してきてくれ、それと交換するようにカードと針を渡す。
「問題なく登録できましたね。それでは以上になります。申し遅れましたが、私はミーシャと言います。あとで確認したいことを思い出したら、声を掛けてください」
「あ、ありがとうございます」
登録が終わるころになると最初の刺々しさが取れており、ミーシャさんもふつうに対応してくれた。
理由はわからないけど、きっと、最初は失望しただけなのかもしれない。
前回召喚された勇者は、七年ほど健在だったらしい。
それでも、死の砂漠谷での戦闘で、呆気なく魔族に殺されたとの話を聞いた。
それにより世界中がその悲報を悲しみ、また失望したことも。
みんな、「今回の勇者たちは違う」そう信じている節が強いかもしれない。
冒険者カードを受け取り、僕は冒険者ギルドをあとにした。
「それにしても、あのミーシャって子可愛かったなー。葵先輩とはまた違う感じかな」
僕は、さっき対応してくれたミーシャさんのことを思い出していた。
歳は僕よりちょっと上位で、種類でいったらロシアンブルーなのかな?
あのもふもふの耳がときおりピクピク動く様は、僕のモフモフ衝動を掻き立ててきたけど、頑張って耐えた。
そんな記憶に思いを馳せていた僕に、声を掛けてくる人がいた。
「おい、ちょっといいかい?」
ん、誰だろう?
鼻声のような聞き取り辛い声に反応した僕は、立ち止まり、振り返った。
「あんた、ゼロの騎士だろ? 勇者様のパーティーから追放されたんだってな」
ああ、さっきギルドにいた誰かだろうか。
てか、何か用かな? 僕にはないんだけど。
などと思いながら、今まで何人も人を殺してきました、っていう悪人面がはまった男の下品な笑みに嫌な予感がした。
その直感を信じ、僕はすぐさま身を翻し、無視して先を急ぐ。
「おい無視してんじゃねーぞ」
言下、後ろから強引に止めるように僕の左肩を掴んできた。
僕はつい条件反射で、体勢を左反転させ左腕の袖を掴む。
そのまま右手で胸倉を掴み引き寄せ、一本背負いをしてしまった。
「て、てめー何しやがる」
たった今僕が投げた男とは別の男が凄んできた。
「う、うわーごめんなさいごめなさい」
テンパった僕は、その凄んできた相手にいつもの癖で、つい平謝りをした。
「お、おう。なら慰謝料だな」
「え、何でですか?」
訳も分からず、聞き返した。
そのおかげで、少しは正気に戻った。
「てめーが不可思議な術を使ってガークが気絶したからじゃねーかっ」
「ひっ」
不可思議な術? 一本背負いのことだろうか。
ただ投げただけなんだけど……
そして、指差された先に視線を向けると、僕の足元で完全に伸びた悪党面の男がいた。
受け身も取れず気絶してしまったらしく、どうやらこの人がガークというらしい。
「だって、そっちから手を出してきたんじゃないですか」
今までの僕だったら、さっき謝ったように理不尽だけど、慰謝料を払って穏便に済ませていたかもしれない。
今にも走って逃げだしたいくらいに怖い――
しかし、先輩たちから受けた仕打ちの原因を考えたら、このままではダメだということを証明していた。
言われるがまま、為されるがまま従ってきたけど、結果はどうだった?
追放された。
しかも、装備品以外のものを全て根こそぎ持っていかれた。
それだって、装備品をたまたま魔法袋に収納し忘れただけで免れた奇跡みたいなもんだ。
このとき、あのときに感じた醜くドス黒い沸き上がる感情をはっきりと思い出した。
このままではダメだ!
あいつらを見返したい!
この世界で一人となった今、このままでいいはずがなかった。
「かかってくるなら来なよ。僕が相手になってやる!」
普段の僕だったら口が裂けても吐かないセリフが、自然と口を衝いて出た。
逆上した残りの二人が剣を抜いたけど、柔道で培った体さばきで上手く距離を測りながら躱した。
そのあとは、無我夢中であまり覚えていない。
気が付くとその二人も地面に伏して気絶していたのである。
「どうしようこれ……」
我に返った僕は、この惨状をどうしようかと考えていたら、周りから歓声が聞こえてきた。
何が起きた? と周りを見回してみると、野次馬なのか道行く人が輪になって僕に向かって拍手をしていた。
「いやー流石は勇者パーティーだけある。素手で三人を倒すとは凄いな」
その声に振り向いてみると、野次馬の中から一人抜け出していた武具店の店主が、拍手をしながら近付いてきたのだった。
「あ、あなたは。さっきはどうも」
「名乗っていなかったな。俺はマシューだ」
マシューさんは、昼食がてら外に出たら、僕を見かけたので声を掛けようとしたら、絡まれるところだったらしい。
どうやら、最初から最後まで見ていたのだとか。
しかも、帝都内で武器を抜いての私闘は重罪らしく、マシューさんが証言してくれると約束してくれた。
城の刑吏に引き渡すのかと思っていたら、ギルドに連れて行けば良いこと教えてくれ、一緒について来てくれることになった。
――――――
お昼時のため、ギルド併設の酒場は大賑わいだった。
そのため、ギルドの扉を開けるなり声を張り上げた。
「すいませーん」
取り合えず、さっきの悪漢を一人担ぎ、二人を引きずりながら進んでいく。
「コウヘイさん、どうしたんですかそれ?」
受付カウンターから出て来てミーシャさんは、その悪漢たちを見て、耳をピンと張り、目をまん丸とさせていた。
「あ、ミーシャさん、こんにちは」
「あ、こんにちは。って、それどころではないです。もう一度言いますが、どうしたんですかそれ?」
質問に直ぐ答えない僕に、少し苛立った様子で再度質問されてしまった。
宿に戻る道すがら後ろから急に声を掛けられたこと。
その内容が、有り金全て置いて行けと脅されてれたこと。
剣を抜かれたので撃退したと。
一部盛ったけど、大体あっているので僕はそう説明した。
それに合われて、マシューさんもそうだと証言してくれた。
「そうでしたか……しかも素手ですか……」
「どうしたんですか?」
「いえ、こう見えてもファイティングファングは、パーティーランクがシルバーの冒険者なんですよ。黒い噂が絶えませんでしたが、中々尻尾を出さなくて丁度冒険者ギルドでも調査中だったんです」
ファイティングファング?
パーティーランクと言っているから、パーティー名だということはわかった。
それにしても、これでシルバーランクなのか。
意外に僕って強いのかもしれない。
しかし、中々尻尾を出さないとか言いながら、人の往来がそれなりにある場所で、白昼堂々と恫喝してきたけど……
などと思ったけど、それはどうでもいいかと開き直り、どうすべきかを尋ねた。
「それで、このあとはどうしたらいいですか?」
「見たところ、確かにメイスの攻撃による傷などが見当たらないので、コウヘイさんが罪に問われることはないと思います。彼らは犯罪奴隷落ちでしょうね」
念のため調書を取るとのことで、マシューさんと一緒にギルドの個室に案内されて再度説明をした。
結果、僕に問題ないことが確認され、ファイティングファングの三人は、このあと城の刑吏に引き渡されることとなった。
僕は犯罪者の捕縛報酬として、一人当たり小金貨一枚で、計小金貨三枚の臨時収入を得ることとなった。
昼食を逃した僕たちは、御礼もかねてマシューさんと少し早い夕食を一緒にとることにした。
状況的に止むを得ず、マシューさんにも追放された事情を説明して、この世界についての詳しい話しを教えてもらうことになった。
このとき、マシューさんに進められるがままエールに挑戦してみた。
言うほど美味しくないというか、何とも言えない味だったけど、悪くなかった。
お酒を飲みながら、話をした訳だけど、平民の一般常識から政治的な話までその話の範囲は多岐に渡り、大分遅い時間まで話し込んでしまい、最後の方は、へべれけだった。
「しゃて……明日は、討伐クエストでもー受けて、みるかー」
マシューさんと別れて黒猫亭に戻って来た僕は、そんなことを考えながら壊れたベッドに身を任せた。
――――当然、そんなベッドで眠れるはずがないのだが、飲酒の酔いに因る睡魔に襲われたコウヘイは、それに抗うこともせず、そのままずり落ちた床の上で眠りに落ちたのだった。
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