異世界に行ったら国が衰退していたので、不動産屋をしていた経歴を生かしてエルフの王女と国を立て直す。

とっぱな

206話お母さん! 母と魔女⑨

この空間にも時間という概念はあるらしく、外は暗闇に包まれ、電気が通っていない洋館はお化け屋敷のような不気味な空気感を漂わせる。
俺は今、曾爺さんに「廊下の壁に掛かっている燭台に火をつけて来い」と言われ、火のついた燭台を持ち、薄暗い廊下を歩いている。
廊下の右手側は格子のついた窓になっており、月明かりが廊下に差し込み、幻想的な空間を演出していた。


「しっかし、俺がいない時は曾爺さんはどうやって生活していたんだ?」


曾爺さんの家は大きい。
廊下にある燭台に火をつけるだけでも一苦労。
この作業を90歳近い老人が行うのは酷だ。
見たところ、曾爺さんの家は金持ちそうだし、お手伝いさんを雇う金銭的に余裕はあるだろうに......。


「さむっ! 急に冷えてきたな!」


廊下に暖房器具があるはずもなく、夜が深まった事で吐く息は白くなる。
灯りが少ない廊下は静かで何だか怖い。
まるで、幽霊が出てきそう。
俺は宇宙人や幽霊といったオカルトを信じる派だ。
だからこのようなシュチュエーションは怖くてしょうがない。
きっと、そのうち、小さい子の笑い声が聞こえて______。


「うっうう......。痛い、痛いよ......」


ピタッ______。


「え!? 何!?」


突然、廊下の奥から女の子のすすり泣く声が聞こえ、背筋が凍る。


「うっうう......。お母さん、お父さん......」


「うわ、うわ~」


持っている燭台を落としてしまうのではないかと心配になるほど、手と足が震え、恐怖からその場から動けなくなってしまった。


「ぶら、ぶら、ぶら......」


ブラックを呼ぼうにも上手く口が開かない。
昔から俺はお化け屋敷が一番苦手であり、お化け屋敷に入ると身体が言う事を効かなくなる。
高校生の時に友人と遊園地に行った時も入口から一歩も動けなかったのを思い出す。


「うっうう......」


「あ、あぁ......」


おいおいおいおい!
段々、近づいて来てるじゃあねぇかよ!


先程まで微かに聞こえていた女の子の声は段々とこちらに近づいてくるのが分かる。
ペタペタペタペタ。
と廊下に響く足音が近付く度、心臓がキュッと締まり、息苦しい。
ああ。
もう、いっそ殺してくれ。
そうすればこの恐怖から解放される。


「うっ、うぅ......」


深淵の中から影が伸び、直後、金色の美しい髪を持つ小さな少女が大粒の涙を流しながらこちらに向かって歩いてきた。


幽霊にしてはあまりに美しく、別の意味でこの世の者とは思えない少女に見惚れてしまう。


「き、君、どうして泣いているの?」


確か、幽霊に会った時は目を見てはいけなかったはず。
目を合わせないように注意し、恐怖を堪えながら話しかけると。


「誰も、誰も助けてくれない。ここは、暗くて怖い」


少女は下を向き、俺の顔を見ようともしない。
金色の髪が月明かりに照らされ満月に負けない輝きを放つ。


「うっ、うぅ......」


少女は本当に幽霊なのか?
五体満足で足がないとか、血まみれとか幽霊的なビジュアルはゼロ。
腐敗臭もなければ、透けてもない。
触れてみるか?
少女に手を伸ばそうとすると、少女は俺の腕に触れる事なく、横を過ぎ去り、再び廊下の先に消えて行った。



◇ ◇ ◇



「10歳くらいの金髪の少女? ウチには俺しかいないぞ」


「え!? 本当に!?」


少女の事を曾爺さんに尋ねるが、期待していた回答を得る事は出来なかった。


「その子の服装は~?」


俺がダイニングで座っている曾爺さんと会話をしていると、バスローブに身を包んだブラックがタオルで頭をワシワシとさせながら会話に参加してくる。
バスローブの脇からチラリと見える二つの山を横目に俺はブラックの質問に回答した。


「ん? 水色のピタッとしたドレスみたいなやつだ」


「水色のドレスね~。その子の事を見て、どう思ったの~?」


「どう? 幽霊っぽくないとか、綺麗とかそういう印象だった」


「他にはないの~?」


なんだこいつ。
しつこいな。
ブラックは打ち付ける波のように質問攻めをし、俺は少し面倒だなと思った。


「ねぇよ。ブラックは何か知ってるみたいだな」


「ええ。もしかしたら、その子がこの世界から脱出する為の鍵になるかもね~」


「何?」


本当に帰れるのか?
疑心に満ちた顔で見ると、ブラックは近くにあった暖炉から一本の炭を取り、キャンパスのように真っ白なテーブルクロスにおもむろに何かを描き始める。


「おいおい。急に何を!?」


ここは曾爺さんの家。
どんな事で曾爺さんの逆鱗に触れるのか分からない。
ブラックの突拍子もない行動を止めようとすると、「いい。やらせておけ」と曾爺さんが細い右手で俺を制した。


「恐らくだけど、この世界はとても不安定な状態なのよ~。分かる~?」


「全然分からん」


なんだこいつ、芸術家か?
そんな大雑把なニュアンスで表現しないで下さい。
ブラックは俺が分からないと言っているにも関わらず、右手をススで黒くさせながらテーブルクロスに何かを描き続ける。


「私たちの世界ユスフィアと花島の世界地球ついの関係なのよ~。片方で起きた事象はもう一方に何かしらの影響を及ぼすと言われているわ~」


「ああ、それは確か、研究所の地下で霧妻とかいうオッサンに聞いた」


「あらそう~。こちらの世界にも魔女がいたなんて驚きね~」


「ん? 違うぞ。霧妻は魔女じゃなくて科学者だ」


「科学者~? まあ、何でもいいわ~」


俺の話を聞いているんだかいないんだかの生返事をし、ブラックは再び作業に没頭。
新雪のように平らで滑らかだったテーブルクロスはしわくちゃで真っ黒になっている。


「出来たわ~」


そう言うと、描いたものを見ろと言わんばかりにブラックは俺に目配せをしてくる。
いつになく自信ありげに胸を張る魔女はどんな力作を描いたのだろうか。
ブラックの元に近づき、ブラックの手元を見ると、二つの円の中に人のようなものが描かれ、その二つの円を繋ぐように間にパイプのようなものがジョイントされている。
記号で表すと〇=〇
こんな感じだ。


「......何これ?」


「ユスフィアと花島の世界の関係性よ~。見て分からないの~?」


いや、分からん。
っうか、根本的に絵だけで分かる話でもないだろ。


「なるほどな。そういう事か」


俺が暗号のようなブラックの絵に困惑している中、ブラックの描いたものが気になったのか曾爺さんが俺の横から顔を覗かせる。


「え? 分かるの?」


どうせ、曾爺さんは知ったかぶりをしているに違いない。
口を開いて出てくる言葉は検討違いの事なのだろう?


「ここはちょうどユスフィアと地球の狭間の世界という事だろ?」


「流石、怜人~。正解よ~」


え?
何?
どういう?


曾爺さん、まさかの正解。
これが年の功ってやつなのか?


「お前、全然分かってなさそうだな」


「うん。良く分からん」


「この世界はユスフィアと花島の世界との中間に存在しているって事よ~」


「中間? パラレルワールド的な空間?」


「ユスフィアも花島の世界も実体がある世界。この世界は実体がない。そう言った方が理解しやすいかしら~?」


「う、うん......」


あれ?
パラレルワールド的な空間で合っているんだよな?
この頭がこんがらがりそうな状況で良く分からん回答されて困る。


俺のアタフタした姿を見て、何かを察したのか、曾爺さんがいつになく優しい目でこちらを見やる。


「この世界がどういう世界なのかは分かった。それがあの少女と何の関係がある?」


本題はそれ。
ブラックは、少女がここから脱出するカギになると言った。
早くこの世界から出たい一心の俺はブラックに早急な答えを求める。


「説明するよりもその子と会った方が早いわ~。会ったのは二階の廊下だったわよね~?」


「あ、ああ」


「じゃあ、そこに向かいましょ~」


そう言うと、ブラックは身体を反転させ、ダイニングを後にした。



          

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