異世界に行ったら国が衰退していたので、不動産屋をしていた経歴を生かしてエルフの王女と国を立て直す。

とっぱな

第146話お母さん! ゴーレム幼女の過去⑤

机に並べられた料理を無言で頬張る二人。
先ほどの一件があり、気まずい空気が漂う中、口を開いたのはレインの方からであった。


「私は物心ついた時から魔法が使え、同じ種族であるゴーレムから異端児として見られてきた。父や母も我が子を恐れていたんだと思う。他人から大声で叱責されたり、注意された事がなくて驚いてしまった」


レインは身の上話を交えながらスープをすする。
クックも「そうか」と言って、それ以上、彼女の過去について言及という無粋な事はしなかった。


「昔、レインくらいの歳の孫が俺にも居た。あの魔石は孫の形見のようなもんなんだ」


「形見。死んだのか?」


「あぁ、このご時世だ。子供が大人になれることの方が少ないさ」


「... ...そうだな」


クックは悲しそうな表情も浮かべることなく、淡々と語る。
この時代では毎日どこかで戦争や争いが起き、罪のない人が死んで行く。
死体を見ないことの方が少ない環境に身を置き過ぎたレインはクックに同情することが出来なかった。


「レイン。ここから逃げて、一緒に暮らさないか?」


「... ...それは出来ない」


「どうして? もう、戦いたくないだろう?」


「私が戦う事で失う命もあるが、救える命もある。そうやって、足し引きをしていないと心が壊れてしまいそうになるんだ。もう、私の手や心は汚れてしまっている。戻る事は出来ない」


レインは曇りのない綺麗な目でクックを見やる。
背丈も伸びきらない年齢にも関わらず、彼女の心臓にはビッシリと毛が生えてしまった。
環境によって、子供の成長するスピードは変わるというがレインは正にそれである。
愛を知らぬ機械のような少女の言葉を聞き、クックの頬を憐みの感情が伝う。


「どうした? 何故、泣く? ケガでもしたか?」


嬉しくて泣く、悲しくて泣くなどの感情が欠如しているレインはクックがまさか自分の事を思い、涙を流している事が分からずに不思議そうな顔を浮かべた。


クックは汚れた服の袖で頬に伝うものを拭い。


「ガハハハッ! スマン! 爺になると涙腺が緩くなってな!」


「そうなのか。人はケガをして痛いから泣くのだと思っていた。痛くなくても泣くんだな」


「ああ! 泣くぞ! 人は他人の為に泣けるから美しい生き物だ」


「じゃあ、人ではない種族は美しくないのか?」


「いや、そうではない。他人の為に泣ける種族がいればそれは人だ。ゴーレムだろうが、エルフだろうが、リザードマンであろうが関係ない。俺たちと同じ心を持つ良い奴等だ」


クックはボディーランゲージを用いて、レインに力説。
バラエティー番組に出て来る演者のように大きな声を上げるクックに対して、レインは冷ややかだった。


「じゃあ、私は人にはなれないな。他人の為に泣けないから」


そう言いながら、パンを口に運ぶレインにクックは年長者としての言葉を送る。


「これからだ。レインもこれから他人を思えるようになるさ」


「どうかな?」


「お前、他人を好きになった事はあるか?」


「ない」


「じゃあ、まずは他人を好きになってからだな。他人を思う感情が募れば、そいつを思って泣けるようになる」


「そうなのか? クックは他人を好きになった事があるのか?」


「当然だろ? 好きになり過ぎて子供沢山いるしな。まぁ、顔も見たことがない子供が殆どだが。ガハハハッ!」


クックは大きな口を開け、豪快に笑う。
唾を飛ばし、大きな声で笑う姿が最初の頃はレインにとって不快だった。
しかし、今ではその様子を見るとレインも心なしか暖かい気持ちになっていた。



◆ ◆ ◆



______ユピス城______


精悍な顔つきの男たち数名が丸いテーブルを挟み、顔を突き合わせている。
縦格子が付けられた窓の外では滝のような雨が降り、雨粒が格子や窓ガラスに当たり、金属音とガラスが叩かれる音が城内に響く。


男たちの中で一際屈強な体躯をしたユピス国国王エルデステリオは腕を組みながら神妙な面持ちで聖リトラレル王国の脅威を語る。


「数年前まで名も知らぬ小国だったにも関わらず、今ではルピシア公国もリトラレルに屈した。奴らはいづれ海を越えてくるかもしれん」


アイデル国ヤハスーハ三世は腕を組み、コクリと頷き、エルデステリオの言葉に同意。


「攻められる前にこちらから手を打った方が良いかもしれんな」


ナイデス王国ナイデス王は久しぶりの戦争に血が滾っているのか、口髭を触りながら口元を下品に緩めた。


聖リトラレル王国を東に向かって二日程歩くと海に出る。
その海を渡った先にはユピス国、アイデル国、ナイデス国という大国が集まり、三国が同盟を組み、平穏な暮らしをしている。
お互いに争いをしないという不可侵協定は破られた事はなく、戦争の時代を知っている戦時者の中には命と命の取り合いが再び起こる事を今か今かと切望している者もいる。


「だが、リトラレルには”最悪の魔女”と呼ばれる魔力が高い奴がいるという噂だ。こちらの魔術師部隊で太刀打ち出来るか?」


ヤハスーハ三世が戦争においての不安点を挙げる。


「ああ。なので、今回はブラックに協力を仰ごうと思う」


「______!? ブラックだと!?」


エルデステリオの提案にヤハスーハ三世は立ち上がり、額に汗を掻く。
他の参加者もざわつき、不安を口にしている。


「エルデステリオよ。確かにブラックは魔女殺しに適任かもしれんが、あやつはこちら側にも危険な人物だ。”最悪の魔女”を打ち取れたとしても反逆してくるかもしれん」


「なに。いざとなったらこいつを使えばいい」


エルデステリオは懐から水晶のような歪な形をしたものを机上に置く。


「... ...それは?」


「これは我が国に伝わる秘宝”大剣ブラス”の欠片だ」


「なに? ”大剣ブラス”? そいつがか?」


机上に置かれたものは束もなければ、刀身もなく、そもそも、剣の体を成していなかった。
大剣ブラスは数百年の間この大地に君臨してきたエルレタイル・エンシェントドラゴンという白龍の牙を剣に加工した伝説の魔具であり、実在するかも分からない代物。
おとぎ話の世界にしか登場しない大剣ブラスの存在すら懐疑的だった者達はエルデステリオが冗談を言っているのだと思い、失笑が零れる。


「ナイデスよ。確か、お前の後ろにいる護衛の者の中に魔法を使えた者がいたな?」


「ん? ああ」


ナイデス王の後ろには三名の護衛が付いている。
その中の一人はブラックやレインほどの魔力を持たないが魔法を使え、万が一の時の為にナイデスの護衛をしていた。
生まれた頃からナイデスに仕え、ナイデスが「自害しろ」と命令すれば実行するほどに自国の王に忠誠を誓っている。


「どいつだ?」


「お前から見て一番右端の______」


ナイデスがまだ話している中、エルデステリオは大剣ブラスの欠片を持ち、ナイデスの後ろにいるフードを被った者へ投げつける。
フードを被った者は瞬時に右手をかざし、防衛魔法で大剣ブラスの欠片が自身に当たる事を避けようとしたが、投げつけられた歪な形をした白い石はフードを被った者の胸を直撃。


「エルデステリオ! なんだ急に! 私に当たったらどうする!」


ナイデスは護衛の心配よりも自身の身の安全を優先するような言葉を放つ。
そして、後ろを振り返り、護衛の異変に気がついた。


「ん? どうした? 石が当たったくらいで泣くんじゃない」


大剣ブラスの欠片をぶつけられた護衛はフードから零れ落ちるほどの涙を流しており、しまいには上擦った声を上げ、泣いた。


「ま、魔力が... ...。魔力が無くなってしまった... ...」


魔力がある事でナイデスの護衛は自身が生かされていると知っており、魔力を失った自分に存在価値がないの悟り、声をあげて泣いてしまった。


ナイデスやその場にいた者達は何を言っているのか、理解出来ずに嗚咽交じりの声を上げるフードを被った護衛を呆然と見る。


「大剣ブラスは魔力を切り離し、魔女を人に変える。こいつがあればブラックが反逆してきたとしても逆に返討ちだ」


雄弁に自国の秘宝の力を語るエルデステリオを脅威だと思う者もいれば、魔力を無効化する特異な魔具を手に入れれば同盟を破り、他の国を手中に収める事が出来るのでは? と企む者もいた。


彼等は自国を守るために同盟を組んでいるが、虎視眈々と相手を出し抜こうとも考えている。
大剣ブラスというアイテムの出現で彼らの関係に徐々に亀裂が生じていくのを強調するように雨音や風音は更に強まり、稲光が濡れたガラスを伝わり、室内を包み込んだ。

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