異世界に行ったら国が衰退していたので、不動産屋をしていた経歴を生かしてエルフの王女と国を立て直す。

とっぱな

第139話お母さん! 翅を持つ魔族と銀髪の魔女

■ ■ ■


______ヴァニアル城______


細長い御御足がバルコニーの縁を掴み、琥珀色のはねが太陽に反射し、塔の内部でうずくまっているヴァニアル・ハンヌ達の顔をいたずらに照らす。
ハンヌはその光の正体を目を細めながら見て。


「パス......なのか?」


ハンヌや半袖丸達は姿形が変わったヴァニアルパスを仰々しく見る。
パスは最早、人としてのていをなしていない。
兄であるハンヌが実の弟に質問したのは必然であった。


「うん。そうだよ」


パスは瞬きもせずにハンヌの眼をじっと見て答え、どんな言葉を掛けられても動じない為に覚悟を決めたようだった。
だが、ハンヌから発せられた言葉を聞いて、今までの不安は杞憂に終わる。


「... ...綺麗だ」


「え?」


パスはその言葉を耳にし、嬉しさと驚きが混じった天気雨のような複雑な表情を浮かべた。
ハンヌはゴーレム幼女の威圧によって緊縛された身体をゆっくりと動かし、芋虫のように床を這いずりながらパスの足元まで歩み寄る。


「パス... ...。すまなかった」


「いや、いい... ...。もう、いいんだ」


ハンヌとパスのやり取りは短いものだった。
しかし、互いに生まれた溝を埋めるために必要な時間はそれで十分だったに違いない。


「__ッツ!」


部屋の中央から聞こえていたレミーの詠唱が突然止まり、パスは床に突っ伏しているレミーに歩み寄る。


「大丈夫かい!?」


「あ... ...。ああ... ...」


レミーは全身にビッショリと汗を掻き、肩で息をしている。
数百人を一気に安全地帯までワープしようとしているのだ。
転移系魔法を得意とするレミーであってもかなりの魔力を消費し、既に身体の中には殆ど魔力が残っていなかった。


「あんた... ...。完全に魔族じゃないか... ...」


「... ...」


レミーは目を細めながらパスを見上げる。
ハンヌは自身を”美しい”と言ってくれたが、他人から見ればこの姿は異形な姿をしている。
レミーの言葉で一気に現実に引き戻され、パスは黙り込んでしまった。
落ち込むパスの姿を見て、レミーは鼻で笑い。


「綺麗なはねだ... ...。もっと良く見せてくれ... ...」


「... ...」


ヴァ二アルはローブの中に折りたたんでいたはねを拡げる。
薄暗く、土煙が舞っている室内でも、僅かな光を反射して輝くはねにレミーはショーウィンドウに並べられている宝石を見るように目を輝かせる。


「... ...こりゃ、見事な麗光繡れいこうしゅうだね」


麗光繡れいこうしゅう?」


「ああ。魔族ってのは羽を持つ者もいるが、持たない者もいる... ...。羽の中にも種類があり、意味があるんだよ... ...」


「僕のこのはねには意味があるの?」


パスはレミーの言葉にオウム返し。


「確か... ...。麗光繡の意味は... ...」


レミーが口を開いた時、地鳴りのような音を立てながら塔が揺れた。


「うわあ! 何!?」


パスは慌ててバルコニーに向かい、状況を確認するために城の外壁部分に目を向けると全長15mほどの岩石で覆われた蛇が塔を締め付けるように纏わりついている。
数珠のように繋がれた岩の一つ一つは大きく、火山岩のようにゴツゴツと歪な形をしている。
建物は悲鳴を上げるかのようにバキバキと音を立てながら室内に大小様々な石の雨を降らせ、威圧の影響で動けないもの達の恐怖を搔き立てる。


「僕が何とかしないと」


現在、動ける者はパスしかいない。
彼は勝てる見込がない相手に立ち向かおうとしていた。


「あんたにゃ勝てんよ... ...」


「でも! 僕がやらないと!」


「... ...あんたが立ち向かう必要何て無いだろ? こいつらは命を懸けてまで守る価値があるのかえ?」


塔の中にはハンヌや半袖丸達が恐怖で身体を震わせており、塔の下には悲鳴を上げる住民達。
パスを蔑み、否定した連中である。
レミーはそんな奴らの為に命を懸けるというパスの行動が分からなかった。


「このままじゃ、みんな死んじゃうだろ!」


「... ...」


”助けなければ死んでしまう”という子供でも分かる簡単な答えが返り、レミーは言葉が出なかった。
そして、直後にレミーの顔に笑みが零れる。


「アハハ! そうだね。そうだ。そうだ」


腹を抑えながら不器用に笑うレミーにパスは首を傾げる。
長年、人里を離れた場所で暮らしてきたレミーにとって本だけが物事を教えてくれる存在でかつ、自身に干渉しないモノだった。
レミーは人が嫌いな訳ではない。
嫌な事や自分が認めたくない考えを押し付けられるのが嫌いなのだ。
その点、本は自分が好むものでなければ閉じればいい。
彼女は”英雄”や”勇者”が出てくる話が嫌いだ。
自分に利益の無い事に身を投げだしたり、菩薩のような心を見せられるのが苦痛で仕方がない。


この世界を一通り見渡した限り、見返りがないことを進んで行う生物など存在しないことを知っていた。
人の行動と発言には必ず裏がある。
道端に倒れている人がいれば身包みを剥がし、女ならば死ぬまで犯す。
貴族に石を投げろと言われれば子供にさえも石を投げる。
「やめろ!」と声を上げるものも僅かにいたが、次第にその声は小さくなる。
そして、次第に消えていく。
世界が先細って行く光景を目の当たりにして、人は強者に立ち向かうのは得策ではないと学んだ。
”英雄”や”勇者”という存在は生まれる事がないとレミーは認識していた。
絵空事を学んだ所で意味がない。
意味がない事を嫌ったレミーは英雄が出て来る本を読む事はなかった。


しかし、どうだろうか?
目の前の魔族は勝てる見込がない相手に立ち向かおうとしている。
しかも、自身を拒絶した相手を守る為に。


「リズ... ...。こんなバカな奴は久しぶりだよ。花島といい、こいつといい... ...」


よろめきながらもレミーは立上り、パスの元まで歩みを進める。


「魔女! 大丈夫!?」


レミーは全体重を投げ出すようにパスに抱きつき、唇と唇を重ねた。


「レミーだ... ...。魔女と言うのは止めてくれ」


「レミー______き、き、き、キス!?」


パスは頬を赤らめ、ワタワタと取り乱す。


「んあ? 減るもんじゃな______おお!」


それを横目にレミーは沸々と体の中から湧き上がる魔力に目を見開く。


「レミー! 何か光っているけど!?」


身体全体にスライムが纏わりついたかのようにレミーの周囲には緑色の薄い膜で覆われ、パスは指を指した。


「こいつは凄い! 魔力が回復______いや! まるで別物だよこりゃ!」


「もしかして、僕の魔力が反応して... ...。でも、魔力が高い魔女には何の効果もないはずじゃあ... ...」


パスの魔力供給の能力は魔力が無い生き物に使用すると身体機能が飛躍的に向上する効果を持つ。
だが、魔力が強い生き物に魔力を与えたとしても魔力保持者の元々持っている魔力にかき消されてしまう。


「恐らくだが、完全に魔族化した事によって能力が飛躍的に向上したんだよ。それにしても、魔力が目に見える程強化されるなんて聞いた事がないよ」


レミーはマジマジと自身の魔力を見て。


「これなら一気に片を付けられる」


「え?」


そう言うとレミーは両の掌を地面に付け、詠唱することなく、塔全体を覆う六芒星を出現させ、目の前のパス、城の中に取り残されていたハンヌ達や下に居る住民達を街外れまで一気に転移させた。
辺りを見渡し、レミーは周囲に誰もいない事を確認。


「さて、こっからが本番だよ」


レミーはギンとした目を塔に巻き付く岩石の蛇に向け、地面を蹴った。

コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品