異世界に行ったら国が衰退していたので、不動産屋をしていた経歴を生かしてエルフの王女と国を立て直す。
第136話お母さん! 砂の大地で叫ぶ獣
西から吹いた風は土煙を町の外まで飛ばし、中心付近に出来た直径20m程の穴の全容が明らかとなった。
「ミーレ!!!」
蟻地獄の穴の縁から下を覗くと円の中心には服の一部がはだけた姿の魔法少女が大の字で両手両足を広げている。
「... ...んあ? 花島?」
どうやら、意識はあるようだが立てるような状態ではない。
早く、あそこから引っ張り出さないと... ...!
斜面を下ろうと身を乗り出した瞬間。
「______花島! こっち来るな!!!」
「______え?」
風を切るような音が通過するのと同時に円の中心にいるミーレに向かって何かが落ちる。
サンドバッグをバットで殴ったような低い音が聞こえた後、間欠泉のように勢い良く砂が宙に噴き上がった。
「あぶっ!!!」
砂の波は65kgの中年のだらしない身体をホコリのようにいとも簡単に吹き飛ばす。
幸い、転がった先には瓦礫などの硬い物がなかったので大事にはならずに済んだ。
不幸中の幸いとはこのことだろう。
「イキャアアアアア!!!」
穴の中より黒板を引っかいたような音が聞こえ、再び、腰を抜かしてしまう。
ゴーレムの森に居た時にも似たような獣の声は何度も聞いてきた。
しかし、耳を抜ける不協和音は心臓を鷲掴みされているようで生きた心地がせず、森で聞いたどんな獣の声よりもおぞましいものであった。
「はあはあ... ...」
穴の中から何かが這い出て来るのが伝わり、心臓が心拍数を上げる。
背中や腕の甲から玉のような汗を掻き、狩りを楽しむ狩人のようにじゃりじゃりとゆっくり砂の大地を踏み締めながら段々と近づいてくる。
穴の中からは何が出るか?
聖か邪のどちらかで問われれば俺は間違いなく後者を選ぶ。
だから、俺は穴の縁に手を掛けたか細くて白い手を見て、安心してしまったのだ。
「ご、ゴーレム」
人は圧倒的な絶望というものを認めたくはない生き物だ。
だから、ほんの少し見えた希望にすがる。
船が難破した時に偶然浮き輪が目の前に流れて来たら?
不良にカツアゲされている時に警察官が横を通り過ぎたら?
誰でも手を伸ばす。
そして、それが空を切った瞬間に本物の絶望が姿を現す。
「があ... ...。ふうう... ...」
「ひっ!!!」
現れた悪魔はゴーレム幼女ではなかった。
天使の糸で出来たような金色の髪は赤く染まり、この国に来た時にみんなで新調した修道着のような服は泥と血で汚れてしまっている。
足や手には細かな傷が多々あり、満月のように輝きを放っていた瞳は赤黒く濁り、目の前の悪魔はボロ雑巾のようになったミーレの足を持ち、乱雑に引きずっている。
目の前の黒いオーラを放つ獣はゴーレム幼女ではない。
違う。
絶対に違う。
「ふうう... ...。ふうう... ...」
白い息を吐きながら獣はこちらに近づいてくる。
心臓は鼓動を止めていないのにも関わらず、身体は硬直し、不規則な息継ぎしか出来ない。
10m... ...。5m... ...。
小便と涙を同時に流す。
頭と心は恐怖という感情で支配されてしまい、何も考えられなくなった。
獣は俺が食べられる物か確かめているのか、周囲を嗅ぎ始める。
何故か血まみれにも関わらず、獣からは花のような良い香りがし、瞬間的に気持ちが和らいだ。
「チャッキ... ...。えさ... ...」
「... ...ちゃ? ... ...え?」
目の前の獣は言葉を発した。
それは偶然にもゴーレム幼女が飼っていたペットと同じ名前。
完全に忘れていたが、俺も三代目チャッキーを襲名していたのだった。
「くるふううう... ...」
手に持っていたミーレを俺の前に置き、獣は猿のように瓦礫を登り、どこかに消えてしまった。
「... ...助かった」
俺は傷付いているミーレよりも先に自身の身の安全にホッとした。
本物の恐怖というのは他人に対する慈愛の心すら覆うのだろう。
「お、おい! ミーレ!」
ミーレの身体に触れると絵の具を潰したようにグニャリとした感触が伝わる。
ヒエラルキーの頂点に立つ魔女と戦闘し、打ち勝った種族が歴史上何人存在したのだろうか?
いや、これは勝ちや負けなどの勝敗などない。
あの獣にとってミーレとの戦闘は戦いではない。
空腹を満たす為の狩りとしか思っていない。
対峙した瞬間からあの獣の立場は狩る側だったのだろう。
「______かっはっ!」
血反吐を吐き、ミーレは虫の羽音のような声で話す。
「... ...花島か?」
「あぁ! 俺だ! 大丈夫... ...。ではないな!」
「... ...聞け。あのゴーレムはもう... ...。ダメだ。完... ...。支配されてる」
意識が朦朧としているのか、ミーレはゴーレム幼女と先程の獣を混合してしまっているようだ。
早く、治療しないと!
「... ...花島? な、何をしてる?」
「シルフを探して治療してもらわないと!」
「ダメ、だ。そんな事よりも早く... ...。この国を離れないと」
ミーレを背負おうとすると彼女は拒否反応を示す。
目を開ける事もままならない奴をこの場に置いていくことなんて出来るはずもないじゃないか!
「ダメだ! 絶対に助ける!」
「いいから!!!」
ミーレは俺の腕を精一杯の力で掴み、声を張り上げ、力んだ為か直後に血反吐を吐く。
「ミーレ!!!」
「はあはあ... ...。あたしら魔女は... ...。長く... ...。生きた... ...」
赤毛の魔法少女は夢を見る人形のように空の一点を見つめたまま、目を合わそうとしない。
「馬鹿野郎! まだ、生きるんだよ! お前は!」
「... ...花島」
弱気になっているミーレを背中に背負い、立ち上がるが、方向感覚を完全に失ってしまってシルフのいるであろう宿の位置が分からない。
周囲の家屋は崩れ、目印になるようなものもなくなってしまった。
「どこに行けばいい?」
『花島!』
「ん? 何か言ったか?」
「... ...」
どこからか俺を呼ぶ声がし、ミーレに話しかけるが気絶してしまったのか返答がない。
『花島! 聞こえる!?』
『シルフ!?』
シルフは俺のテレパシーの能力を利用して話しかけてきた。
どうやら、この能力は電話のように一度、こちらからチャンネルを合わせ、意識を繋げた状態にしておけば向こうからかけ直す事が可能らしい。
先程、シルフにテレパシーで呼びかけた際に使っていたチャンネルをOFFにすることを忘れていた事で僥倖に恵まれたようだ。
『今、どこにいるのよ!?』
『わ、分からん! それよりもシルフは無事か!?』
『何とか! ホワイトと一緒に今、城の足元で瓦礫に挟まれた住民達の救出や治療をしているわ!』
『そうか... ...。無事で良かった。シルフ! ミーレが化物に襲われて重症なんだ! 治療してやってくれ!』
『... ...化物。あんたそれって』
『シルフ!? どうした!?』
突然、シルフへのテレパシーが強制的にOFFになった。
もう一度、連絡を取ろうとシルフに呼びかけるが返答がない。
あの化物に襲われたんじゃ... ...。
「いやいや! 余計な事考えるな!」
ジッとしてたら良からぬ事ばかり考えてしまう。
シルフは城の足元にいると言っていた。
とりあえず、そこを目指すしかないようだ。
「ミーレ!!!」
蟻地獄の穴の縁から下を覗くと円の中心には服の一部がはだけた姿の魔法少女が大の字で両手両足を広げている。
「... ...んあ? 花島?」
どうやら、意識はあるようだが立てるような状態ではない。
早く、あそこから引っ張り出さないと... ...!
斜面を下ろうと身を乗り出した瞬間。
「______花島! こっち来るな!!!」
「______え?」
風を切るような音が通過するのと同時に円の中心にいるミーレに向かって何かが落ちる。
サンドバッグをバットで殴ったような低い音が聞こえた後、間欠泉のように勢い良く砂が宙に噴き上がった。
「あぶっ!!!」
砂の波は65kgの中年のだらしない身体をホコリのようにいとも簡単に吹き飛ばす。
幸い、転がった先には瓦礫などの硬い物がなかったので大事にはならずに済んだ。
不幸中の幸いとはこのことだろう。
「イキャアアアアア!!!」
穴の中より黒板を引っかいたような音が聞こえ、再び、腰を抜かしてしまう。
ゴーレムの森に居た時にも似たような獣の声は何度も聞いてきた。
しかし、耳を抜ける不協和音は心臓を鷲掴みされているようで生きた心地がせず、森で聞いたどんな獣の声よりもおぞましいものであった。
「はあはあ... ...」
穴の中から何かが這い出て来るのが伝わり、心臓が心拍数を上げる。
背中や腕の甲から玉のような汗を掻き、狩りを楽しむ狩人のようにじゃりじゃりとゆっくり砂の大地を踏み締めながら段々と近づいてくる。
穴の中からは何が出るか?
聖か邪のどちらかで問われれば俺は間違いなく後者を選ぶ。
だから、俺は穴の縁に手を掛けたか細くて白い手を見て、安心してしまったのだ。
「ご、ゴーレム」
人は圧倒的な絶望というものを認めたくはない生き物だ。
だから、ほんの少し見えた希望にすがる。
船が難破した時に偶然浮き輪が目の前に流れて来たら?
不良にカツアゲされている時に警察官が横を通り過ぎたら?
誰でも手を伸ばす。
そして、それが空を切った瞬間に本物の絶望が姿を現す。
「があ... ...。ふうう... ...」
「ひっ!!!」
現れた悪魔はゴーレム幼女ではなかった。
天使の糸で出来たような金色の髪は赤く染まり、この国に来た時にみんなで新調した修道着のような服は泥と血で汚れてしまっている。
足や手には細かな傷が多々あり、満月のように輝きを放っていた瞳は赤黒く濁り、目の前の悪魔はボロ雑巾のようになったミーレの足を持ち、乱雑に引きずっている。
目の前の黒いオーラを放つ獣はゴーレム幼女ではない。
違う。
絶対に違う。
「ふうう... ...。ふうう... ...」
白い息を吐きながら獣はこちらに近づいてくる。
心臓は鼓動を止めていないのにも関わらず、身体は硬直し、不規則な息継ぎしか出来ない。
10m... ...。5m... ...。
小便と涙を同時に流す。
頭と心は恐怖という感情で支配されてしまい、何も考えられなくなった。
獣は俺が食べられる物か確かめているのか、周囲を嗅ぎ始める。
何故か血まみれにも関わらず、獣からは花のような良い香りがし、瞬間的に気持ちが和らいだ。
「チャッキ... ...。えさ... ...」
「... ...ちゃ? ... ...え?」
目の前の獣は言葉を発した。
それは偶然にもゴーレム幼女が飼っていたペットと同じ名前。
完全に忘れていたが、俺も三代目チャッキーを襲名していたのだった。
「くるふううう... ...」
手に持っていたミーレを俺の前に置き、獣は猿のように瓦礫を登り、どこかに消えてしまった。
「... ...助かった」
俺は傷付いているミーレよりも先に自身の身の安全にホッとした。
本物の恐怖というのは他人に対する慈愛の心すら覆うのだろう。
「お、おい! ミーレ!」
ミーレの身体に触れると絵の具を潰したようにグニャリとした感触が伝わる。
ヒエラルキーの頂点に立つ魔女と戦闘し、打ち勝った種族が歴史上何人存在したのだろうか?
いや、これは勝ちや負けなどの勝敗などない。
あの獣にとってミーレとの戦闘は戦いではない。
空腹を満たす為の狩りとしか思っていない。
対峙した瞬間からあの獣の立場は狩る側だったのだろう。
「______かっはっ!」
血反吐を吐き、ミーレは虫の羽音のような声で話す。
「... ...花島か?」
「あぁ! 俺だ! 大丈夫... ...。ではないな!」
「... ...聞け。あのゴーレムはもう... ...。ダメだ。完... ...。支配されてる」
意識が朦朧としているのか、ミーレはゴーレム幼女と先程の獣を混合してしまっているようだ。
早く、治療しないと!
「... ...花島? な、何をしてる?」
「シルフを探して治療してもらわないと!」
「ダメ、だ。そんな事よりも早く... ...。この国を離れないと」
ミーレを背負おうとすると彼女は拒否反応を示す。
目を開ける事もままならない奴をこの場に置いていくことなんて出来るはずもないじゃないか!
「ダメだ! 絶対に助ける!」
「いいから!!!」
ミーレは俺の腕を精一杯の力で掴み、声を張り上げ、力んだ為か直後に血反吐を吐く。
「ミーレ!!!」
「はあはあ... ...。あたしら魔女は... ...。長く... ...。生きた... ...」
赤毛の魔法少女は夢を見る人形のように空の一点を見つめたまま、目を合わそうとしない。
「馬鹿野郎! まだ、生きるんだよ! お前は!」
「... ...花島」
弱気になっているミーレを背中に背負い、立ち上がるが、方向感覚を完全に失ってしまってシルフのいるであろう宿の位置が分からない。
周囲の家屋は崩れ、目印になるようなものもなくなってしまった。
「どこに行けばいい?」
『花島!』
「ん? 何か言ったか?」
「... ...」
どこからか俺を呼ぶ声がし、ミーレに話しかけるが気絶してしまったのか返答がない。
『花島! 聞こえる!?』
『シルフ!?』
シルフは俺のテレパシーの能力を利用して話しかけてきた。
どうやら、この能力は電話のように一度、こちらからチャンネルを合わせ、意識を繋げた状態にしておけば向こうからかけ直す事が可能らしい。
先程、シルフにテレパシーで呼びかけた際に使っていたチャンネルをOFFにすることを忘れていた事で僥倖に恵まれたようだ。
『今、どこにいるのよ!?』
『わ、分からん! それよりもシルフは無事か!?』
『何とか! ホワイトと一緒に今、城の足元で瓦礫に挟まれた住民達の救出や治療をしているわ!』
『そうか... ...。無事で良かった。シルフ! ミーレが化物に襲われて重症なんだ! 治療してやってくれ!』
『... ...化物。あんたそれって』
『シルフ!? どうした!?』
突然、シルフへのテレパシーが強制的にOFFになった。
もう一度、連絡を取ろうとシルフに呼びかけるが返答がない。
あの化物に襲われたんじゃ... ...。
「いやいや! 余計な事考えるな!」
ジッとしてたら良からぬ事ばかり考えてしまう。
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