俺がこの世に生まれた意味
もや
今ならマイヤが言っていたことがはっきりと分かる。
食料なんて準備する必要がなかった。
見渡す限りの植物、木の実やキノコ、空には悪魔ではない普通の鳥類、地上にはウサギやらなんやらまでいる。
川のせせらぎも聞こえ、食料も豊富、景観もなかなかのものだ、一見すれば楽園のようでもある。
でも、やはりここは魔窟、奴等の住みかだ。
ここの生態系の頂点へと君臨し、食物連鎖を崩す存在。
「ガルルルルルルッ!」
生い茂る草を掻き分け、低い唸り声と共に現れたのは灰色の毛を持った狼型の悪魔だ。
姿かたちは普通の狼と何ら変わりはないのだが、明らかに異なる点が二つある。
一つ目は頭部に生えた一本の鋭い角。
白く長いその角はありきたりな金属ならば容易く貫いてしまう貫通力を備え持っている。
二つ目は姿勢だ。
狼は普通四足歩行が基本なのだが、こいつは違う、後ろ足が異常に発達しており、二足歩行になっている。
姿は狼、佇まいは人間。つまり、まとめるとこいつは人狼というだ。
正確には一角ウルフといって、ゴブリン同様低級の悪魔だが、ゴブリンほど弱くはない。
「一角ウルフか、こいつも相当強くなってるんだろうな。」
やはり見た目は地上で遭遇したことがある一角ウルフと何ら変わらない。だが、グランバイトの言っていたことは無視できない。恐らくこいつもあのゴブリンたちのように能力が増しているはずだ。
「ララ、レレ、出来るだけ魔法は押さえておけよ。主にまで温存しておくんだ。」
グランバイトの言っていたことを信じ、ここは魔法を最小限にして戦うことになる。
最後に控えている魔窟の主、そいつを倒すために、今は力を温存しておくべきだ。
ララとレレはアースカティアの言葉に賛同し頷いた。
「それじゃあ、行くか!」
ゴブリンの群れの時のように油断はしないし、魔窟内の悪魔どいつもこいつもが脅威だということは重々わかった。ならばその脅威は素早く処理しなければならない。
三人は一角ウルフが攻めてくる前に、地面を蹴った。
アースカティアは正面から、ララは右から、レレは左から、それぞれの方向へと旋回し、攻撃を仕掛けた。得物を握り締め、確実に息の根を止めるべくそれを振るった。
ララとレレで左右の大腿筋を切り、アースカティアは大剣を斜めに降り下ろす、すると真っ赤な鮮血が飛び散った。
一角ウルフは切られた痛みと吹き出す血の喪失感に絶叫し、悶え苦しんでいる。三人の攻撃は全て命中し、確かな手応えもあった。
以前までならこれで終わったはず、地上の一角ウルフならこの時点で既に霧へと輪廻しているはず。なのだが、
「グルルルルルッ!」
そいつは立っていた。死にもせず、倒れもせず、立っていた。しかも、立っているどころか、三人の攻撃を同時にまともに受けたのに未だに戦意を剥き出しにして威嚇声を向けている。
胸の部分や脚からは未だに痛々しい傷が残っていて、大量の血が溢れだし、もはやその命も風前の灯だと分かる。なのになぜこの悪魔はこんなに冷たい目で殺意をともして睨み付けてくるのだろうか。
アースカティアは背筋を冷たく伝う恐怖を感じた。
「チッ、死に損ないの分際でそんな目で見るんじゃねぇよ。」
一角ウルフの目がアースカティアの碧眼を射抜き、見つめ合う。その目が故郷での腐れ切った野郎共のあの忌々しい目と重なって見える。
ゲラゲラと笑う下卑な声が頭のなかを反芻し、胸の中を掻き乱される。
怒りが込み上げ、殺意が込み上げ、憎悪が込み上げる。感情が膨れ上がる。
ーそんな目で見るんじゃねえ、やめろ、やめろ!
すると、体の周りから謎のうっすらとした黒いもやが浮かび上がってきた。
「う、ああっ、」
その黒いもやに気づいた瞬間、それはアースカティアを飲み込もうと粘着に絡み付き、徐々に徐々に侵食し、少年の思考に影響を及ぼし始めた。
思考を、脳内を、黒い何かに、違う別の意思に犯され、塗り固められていき、痛くはないはずなのに苦痛を感じる。
その苦痛にまだ幼い少年は対抗できず、悪魔以上にもがき苦しんでいる。
黒く染められていく視覚、痛みの無い痛みを感じる触覚、増幅する悪感情に包まれる嗅覚、あるはずのない血の味を感じる味覚、ありとあらゆる感覚が失われていき、もはや自分が何者かも分からないあやふやな境界に立たされる。
飲み込んでくるもやに、薄れ行く意識に、何もかもがどうでもいい、どうなって構わない、俺に関係は、ない。
そんな怠惰に身を委ねようとしたときだった、
「ディ、ディグル?大丈夫?」
声が聞こえた。
遠ざかりつつあった聴覚に一片の光が差し込み、闇を払い、視覚、触覚、嗅覚、味覚と、生きる尊厳を甦らせ、アースカティアの存在を確立させた。
はっと息をのみ、甦った視界には、地面に落ちた角のようなアイテムと、心配そうに顔を覗きこむ双子の姉妹の顔がある。どうやら声の正体は彼女らによるものだったらしい。
でも、それにしてもあれはなんだったんだ。今思い返してみればまるで白昼夢のようですらあった。
あんな体験は初めてだし、自分の持てる知識のなかにも存在しない。
「なんか苦しそうだけど、どこかやられたのかしら。」
やられてなどいない。どこにも攻撃は受けていない。
それよりも、今のララの発言を聞く限り、どうやら彼女たちにはあの黒いもやが見えていなかったようだ。
彼女たちには無駄に心配をかけたくない、さっきのことを話せば、心優しい彼女たちのことだ、絶対に今後の冒険に支障を来す。
それに、あれはどう考えても尋常ではない。アースカティア自身の問題なのだ。
ここは平静を装うことにした。
「何でもないさ、ちょっと血を見たら気分が悪くなっただけ。さあ、先を急ごう。魔窟の主とやらを見つけようぜ!」
「う、うん。分かったかしら。」
こうして、アースカティアは何事もなかったかのように繕い、双子の姉妹は訝しげな表情で、どこにあるかも分からない目的地探しを再開させた。
食料なんて準備する必要がなかった。
見渡す限りの植物、木の実やキノコ、空には悪魔ではない普通の鳥類、地上にはウサギやらなんやらまでいる。
川のせせらぎも聞こえ、食料も豊富、景観もなかなかのものだ、一見すれば楽園のようでもある。
でも、やはりここは魔窟、奴等の住みかだ。
ここの生態系の頂点へと君臨し、食物連鎖を崩す存在。
「ガルルルルルルッ!」
生い茂る草を掻き分け、低い唸り声と共に現れたのは灰色の毛を持った狼型の悪魔だ。
姿かたちは普通の狼と何ら変わりはないのだが、明らかに異なる点が二つある。
一つ目は頭部に生えた一本の鋭い角。
白く長いその角はありきたりな金属ならば容易く貫いてしまう貫通力を備え持っている。
二つ目は姿勢だ。
狼は普通四足歩行が基本なのだが、こいつは違う、後ろ足が異常に発達しており、二足歩行になっている。
姿は狼、佇まいは人間。つまり、まとめるとこいつは人狼というだ。
正確には一角ウルフといって、ゴブリン同様低級の悪魔だが、ゴブリンほど弱くはない。
「一角ウルフか、こいつも相当強くなってるんだろうな。」
やはり見た目は地上で遭遇したことがある一角ウルフと何ら変わらない。だが、グランバイトの言っていたことは無視できない。恐らくこいつもあのゴブリンたちのように能力が増しているはずだ。
「ララ、レレ、出来るだけ魔法は押さえておけよ。主にまで温存しておくんだ。」
グランバイトの言っていたことを信じ、ここは魔法を最小限にして戦うことになる。
最後に控えている魔窟の主、そいつを倒すために、今は力を温存しておくべきだ。
ララとレレはアースカティアの言葉に賛同し頷いた。
「それじゃあ、行くか!」
ゴブリンの群れの時のように油断はしないし、魔窟内の悪魔どいつもこいつもが脅威だということは重々わかった。ならばその脅威は素早く処理しなければならない。
三人は一角ウルフが攻めてくる前に、地面を蹴った。
アースカティアは正面から、ララは右から、レレは左から、それぞれの方向へと旋回し、攻撃を仕掛けた。得物を握り締め、確実に息の根を止めるべくそれを振るった。
ララとレレで左右の大腿筋を切り、アースカティアは大剣を斜めに降り下ろす、すると真っ赤な鮮血が飛び散った。
一角ウルフは切られた痛みと吹き出す血の喪失感に絶叫し、悶え苦しんでいる。三人の攻撃は全て命中し、確かな手応えもあった。
以前までならこれで終わったはず、地上の一角ウルフならこの時点で既に霧へと輪廻しているはず。なのだが、
「グルルルルルッ!」
そいつは立っていた。死にもせず、倒れもせず、立っていた。しかも、立っているどころか、三人の攻撃を同時にまともに受けたのに未だに戦意を剥き出しにして威嚇声を向けている。
胸の部分や脚からは未だに痛々しい傷が残っていて、大量の血が溢れだし、もはやその命も風前の灯だと分かる。なのになぜこの悪魔はこんなに冷たい目で殺意をともして睨み付けてくるのだろうか。
アースカティアは背筋を冷たく伝う恐怖を感じた。
「チッ、死に損ないの分際でそんな目で見るんじゃねぇよ。」
一角ウルフの目がアースカティアの碧眼を射抜き、見つめ合う。その目が故郷での腐れ切った野郎共のあの忌々しい目と重なって見える。
ゲラゲラと笑う下卑な声が頭のなかを反芻し、胸の中を掻き乱される。
怒りが込み上げ、殺意が込み上げ、憎悪が込み上げる。感情が膨れ上がる。
ーそんな目で見るんじゃねえ、やめろ、やめろ!
すると、体の周りから謎のうっすらとした黒いもやが浮かび上がってきた。
「う、ああっ、」
その黒いもやに気づいた瞬間、それはアースカティアを飲み込もうと粘着に絡み付き、徐々に徐々に侵食し、少年の思考に影響を及ぼし始めた。
思考を、脳内を、黒い何かに、違う別の意思に犯され、塗り固められていき、痛くはないはずなのに苦痛を感じる。
その苦痛にまだ幼い少年は対抗できず、悪魔以上にもがき苦しんでいる。
黒く染められていく視覚、痛みの無い痛みを感じる触覚、増幅する悪感情に包まれる嗅覚、あるはずのない血の味を感じる味覚、ありとあらゆる感覚が失われていき、もはや自分が何者かも分からないあやふやな境界に立たされる。
飲み込んでくるもやに、薄れ行く意識に、何もかもがどうでもいい、どうなって構わない、俺に関係は、ない。
そんな怠惰に身を委ねようとしたときだった、
「ディ、ディグル?大丈夫?」
声が聞こえた。
遠ざかりつつあった聴覚に一片の光が差し込み、闇を払い、視覚、触覚、嗅覚、味覚と、生きる尊厳を甦らせ、アースカティアの存在を確立させた。
はっと息をのみ、甦った視界には、地面に落ちた角のようなアイテムと、心配そうに顔を覗きこむ双子の姉妹の顔がある。どうやら声の正体は彼女らによるものだったらしい。
でも、それにしてもあれはなんだったんだ。今思い返してみればまるで白昼夢のようですらあった。
あんな体験は初めてだし、自分の持てる知識のなかにも存在しない。
「なんか苦しそうだけど、どこかやられたのかしら。」
やられてなどいない。どこにも攻撃は受けていない。
それよりも、今のララの発言を聞く限り、どうやら彼女たちにはあの黒いもやが見えていなかったようだ。
彼女たちには無駄に心配をかけたくない、さっきのことを話せば、心優しい彼女たちのことだ、絶対に今後の冒険に支障を来す。
それに、あれはどう考えても尋常ではない。アースカティア自身の問題なのだ。
ここは平静を装うことにした。
「何でもないさ、ちょっと血を見たら気分が悪くなっただけ。さあ、先を急ごう。魔窟の主とやらを見つけようぜ!」
「う、うん。分かったかしら。」
こうして、アースカティアは何事もなかったかのように繕い、双子の姉妹は訝しげな表情で、どこにあるかも分からない目的地探しを再開させた。
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