俺の悪役令嬢が世界征服するらしい
第24話 お嬢様、追想する。
詰まらん――恐らくそれが妾の一番最初に覚えた感情だったじゃろう。
帝国三大貴族の一つ名門ブリュンスタッド家の長女として生まれ、習い事をこなすだけの毎日。
死ぬほど詰まらなかったが、死ぬのはもっと詰まらん。故に続けた、だがそれも歳が七つになる頃には既に限界に近かった。
妾はどんな習い事も勉学も、一度見聞きすれば覚えてしまう。
それも完璧以上に完璧に。
努力も無しに事をなし得てしまうのはとても味気なかった。それは研鑽ではなくただの作業じゃ。
まるで無味無臭の料理をひたすら食すような日々、詰まらん。
後に妾の才覚は《万能感覚》という特殊な力が大きく関わっていると聞かされた。
プロセスさえ頭に入っていればどのような事でもこなせるまさに万能の力。
他の御三家の令嬢たちも同じような力を持っておるらしいが、ブリュンスタッド家で力を受け継ぐ物は百年に一人おるかどうからしい。
その事実がさらに妾の退屈さに拍車をかけた。
詰まらん。まっこと詰まらん。なんでもできるという事はなにもする必要がないという事だ。
もし全知全能の神がいるのなら其奴は心底怠惰な奴なのじゃろう。
いっそ全て辞めてしまおうかとも思ったがお父様の期待に答えなくてはならない。
お母様に先立たれた悲しみを紛らわせられるのは妾だけじゃ。
ある日、妾の元に新しいピアノの講師がやってきた。
なんでも帝国で随一、百年に一人の大天才と謳われた人物だったそうじゃ。
まあもう其奴が男だったか女だったかすらうる覚えじゃが、たぶん女だったと思う。
「とりあえず一曲弾いてみせよ、それからお前を講師として認めるか決める」
其奴は妾の要望に応じ、最も得意だという曲を披露した。
あまり期待していなかったが中々どうして腕は確かじゃった。
妾はその時初めて『感動』という物を覚えた。
物事にはまだまだ高みがあるのだと、未知の領域があるのだと、そう思えたからじゃ。
「さあ、エリザベート様。次は貴方の番ですよ」
妾はピアノを弾いた、そして失敗した。
別に弾き間違えた訳ではない。
妾は完璧にピアノを弾いた。其奴が一番得意だった曲を完璧に――其奴よりも上手く引いてしまったのだ。
妾の演奏が終わると、其奴は泣き崩れ、そのまま屋敷を出て行ってしまった。
無理もない、如何に天才といえど所詮は人間。
人生の大半を費やしたであろう膨大な研鑽、唯一無二だと思っていた自らの才能、その全てが年端もいかない子供に一瞬で否定されたのだ。
その心中、さぞ穏やかではなかっただろう。
しばらくしてその者が病気で亡くなったと聞いた。そして妾と会ったあの日から二度とピアノを弾かなかったという事も。
妾は改めて思った。
――この世界は死ぬほど詰まらない。
◇
八歳になった年、敷地内の森で変な物を見つけた。物と言うか者、要は人間じゃ。
其奴はボロ雑巾みたいになって森の中に倒れておった、年は妾とそこまで変わらんようじゃったが変な服装をしておる。
妾はすぐに其奴が異世界人とかいう輩だと気付いた。
異世界人。何年かに一度、極々稀にこちらの世界にやってくる別の世界の住人。
話だけには聞いておったが、よもや本当にいるとは思わなんだ。
だがどうも死にかけているらしい。とりあえず珍しいので眺めておく事にした。
「おい、お前」
どうした事か妾は気が付くとその異世界人に話しかけていた。
「……」
本来ならば妾の問いかけに答えなかった時点で万死に値するのじゃが、不思議と気にならなかった。
妾はさらに話を続ける。
「お前はなんの為に生きておるのじゃ?」
我ながら今にも死にそうな相手にそんな事を聞いてどうするのかとも思ったが聞かずにはいられなかった。
「妾には分からん、こんなに詰まらない事を続けてなんの意味がある。どうせその内好きでもない男の貴族と結婚して跡継ぎを生むだけの存在だというのに…… 聞かせてくれ、お前の世界では人は何の為に生きておるのじゃ?」
「……な…よ」
「?」
何か声を発したように聞こえたので妾は耳を近づける。
「……知らない、よ……そんな事……」
「……フッ あはははははは!!」
妾大爆笑。こんなに笑ったのはアリシアを初めてからかって遊んだ時以来じゃった。
果たして何がそんなに面白かったのか、かなり謎じゃ。
妾はその異世界人を屋敷に持って帰る事にした。
またその内妾を笑わしてくれるかもしれんかったし、なにより妾の遊び場で野垂れ死なれては些か目覚めが悪い。
その後、其奴の名前が周防ミコトという事を知ったのは少し後になってからの事じゃ。
◇
周防ミコトは妾専属の使用人として召し抱えられる事になった。
歳も近く、妾が興味を抱く数少ない人間というのがお父様の琴線に触れたらしい。
ペットにするつもりじゃったがそれも面白いので是とした。
ミコトは別段秀でた才能がある訳ではなかったが、思った通りからかい甲斐のある奴じゃったのでしばらくは無聊を慰める事が出来た。
特に異世界の話は妾の心を少なからずそそる物じゃった。
いつか、行ってみたいと思った。
季節は流れ、妾が丁度十三歳になった年。お父様が病で息を引き取った。
驚きはしなかった、昔から身体が弱く、よく床に伏せっておられたからの。
しかしその日はオギャーと生まれて以来初めて泣いた、それこそ赤子のように。
どうやら妾にも少しは人間らしい感情が残っておったようじゃ。
少しして家督を継承した妾は今まで以上に使用人達へ無理難題を押し付けた。
憂さ晴らし、過度な英才教育の反動、理由は色々あったが、やはりお父様が死んだ事で何をすればいいのか分からなくなっていたのだと思う。
詰まらなさを紛らわせるなら何でもいい、とにかく暇を潰す事に躍起になった。
案の定、使用人達は一ヶ月足らずで屋敷から出て行った。真夜中に大勢が移動すれば流石に気付く、別段引き留めれる気も起きなかった。
そして残ったのは妾と誰もいなくなった屋敷だけ、本当の意味で妾は独りぼっちになった――と思っておった。
だがミコトだけは妾の元に残った。いつものように妾を起こし、茶を入れ、世話をした。
妾はミコトに何故残ったのか聞いた。
するとあやつは、こう言ったのだ。
「だって俺がいなくなったらお嬢様、一人になっちゃうじゃないですか」
そして妾達は二人ぼっちになった。
恐らくミコトに対する自分の気持ちを自覚したのもこの時じゃ。
◇
喧嘩した。ミコトと喧嘩した。
何ヶ月かに一度する大喧嘩、別に珍しくはない。
じゃが、何故か今回ばかりは今までよりずっと腹が立ってしまった。
あの日の事をミコトがよく覚えていないのは分かっておったし、日付なぞ知る由もない事も重々分かっていたのに何故か憤らずにはいられなかった。
ミコトの馬鹿、阿呆、間抜け、おたんこなす、もう知らん、どこへなりと行けばいい!!
そんな事で頭が一杯になった。そのせいなのかどうかは分からんがなんだか今日は体調が悪い。
頭に血が上って、上手く体内の魔力が制御できない。
こんな不調は生まれて初めてじゃ…… 少しマズいな、これは……
妾は朦朧とした意識のままあの場所にいく事にした、どうせ死ぬのならあそこがいい。
ミコトと初めて出会ったあの場所が。
帝国三大貴族の一つ名門ブリュンスタッド家の長女として生まれ、習い事をこなすだけの毎日。
死ぬほど詰まらなかったが、死ぬのはもっと詰まらん。故に続けた、だがそれも歳が七つになる頃には既に限界に近かった。
妾はどんな習い事も勉学も、一度見聞きすれば覚えてしまう。
それも完璧以上に完璧に。
努力も無しに事をなし得てしまうのはとても味気なかった。それは研鑽ではなくただの作業じゃ。
まるで無味無臭の料理をひたすら食すような日々、詰まらん。
後に妾の才覚は《万能感覚》という特殊な力が大きく関わっていると聞かされた。
プロセスさえ頭に入っていればどのような事でもこなせるまさに万能の力。
他の御三家の令嬢たちも同じような力を持っておるらしいが、ブリュンスタッド家で力を受け継ぐ物は百年に一人おるかどうからしい。
その事実がさらに妾の退屈さに拍車をかけた。
詰まらん。まっこと詰まらん。なんでもできるという事はなにもする必要がないという事だ。
もし全知全能の神がいるのなら其奴は心底怠惰な奴なのじゃろう。
いっそ全て辞めてしまおうかとも思ったがお父様の期待に答えなくてはならない。
お母様に先立たれた悲しみを紛らわせられるのは妾だけじゃ。
ある日、妾の元に新しいピアノの講師がやってきた。
なんでも帝国で随一、百年に一人の大天才と謳われた人物だったそうじゃ。
まあもう其奴が男だったか女だったかすらうる覚えじゃが、たぶん女だったと思う。
「とりあえず一曲弾いてみせよ、それからお前を講師として認めるか決める」
其奴は妾の要望に応じ、最も得意だという曲を披露した。
あまり期待していなかったが中々どうして腕は確かじゃった。
妾はその時初めて『感動』という物を覚えた。
物事にはまだまだ高みがあるのだと、未知の領域があるのだと、そう思えたからじゃ。
「さあ、エリザベート様。次は貴方の番ですよ」
妾はピアノを弾いた、そして失敗した。
別に弾き間違えた訳ではない。
妾は完璧にピアノを弾いた。其奴が一番得意だった曲を完璧に――其奴よりも上手く引いてしまったのだ。
妾の演奏が終わると、其奴は泣き崩れ、そのまま屋敷を出て行ってしまった。
無理もない、如何に天才といえど所詮は人間。
人生の大半を費やしたであろう膨大な研鑽、唯一無二だと思っていた自らの才能、その全てが年端もいかない子供に一瞬で否定されたのだ。
その心中、さぞ穏やかではなかっただろう。
しばらくしてその者が病気で亡くなったと聞いた。そして妾と会ったあの日から二度とピアノを弾かなかったという事も。
妾は改めて思った。
――この世界は死ぬほど詰まらない。
◇
八歳になった年、敷地内の森で変な物を見つけた。物と言うか者、要は人間じゃ。
其奴はボロ雑巾みたいになって森の中に倒れておった、年は妾とそこまで変わらんようじゃったが変な服装をしておる。
妾はすぐに其奴が異世界人とかいう輩だと気付いた。
異世界人。何年かに一度、極々稀にこちらの世界にやってくる別の世界の住人。
話だけには聞いておったが、よもや本当にいるとは思わなんだ。
だがどうも死にかけているらしい。とりあえず珍しいので眺めておく事にした。
「おい、お前」
どうした事か妾は気が付くとその異世界人に話しかけていた。
「……」
本来ならば妾の問いかけに答えなかった時点で万死に値するのじゃが、不思議と気にならなかった。
妾はさらに話を続ける。
「お前はなんの為に生きておるのじゃ?」
我ながら今にも死にそうな相手にそんな事を聞いてどうするのかとも思ったが聞かずにはいられなかった。
「妾には分からん、こんなに詰まらない事を続けてなんの意味がある。どうせその内好きでもない男の貴族と結婚して跡継ぎを生むだけの存在だというのに…… 聞かせてくれ、お前の世界では人は何の為に生きておるのじゃ?」
「……な…よ」
「?」
何か声を発したように聞こえたので妾は耳を近づける。
「……知らない、よ……そんな事……」
「……フッ あはははははは!!」
妾大爆笑。こんなに笑ったのはアリシアを初めてからかって遊んだ時以来じゃった。
果たして何がそんなに面白かったのか、かなり謎じゃ。
妾はその異世界人を屋敷に持って帰る事にした。
またその内妾を笑わしてくれるかもしれんかったし、なにより妾の遊び場で野垂れ死なれては些か目覚めが悪い。
その後、其奴の名前が周防ミコトという事を知ったのは少し後になってからの事じゃ。
◇
周防ミコトは妾専属の使用人として召し抱えられる事になった。
歳も近く、妾が興味を抱く数少ない人間というのがお父様の琴線に触れたらしい。
ペットにするつもりじゃったがそれも面白いので是とした。
ミコトは別段秀でた才能がある訳ではなかったが、思った通りからかい甲斐のある奴じゃったのでしばらくは無聊を慰める事が出来た。
特に異世界の話は妾の心を少なからずそそる物じゃった。
いつか、行ってみたいと思った。
季節は流れ、妾が丁度十三歳になった年。お父様が病で息を引き取った。
驚きはしなかった、昔から身体が弱く、よく床に伏せっておられたからの。
しかしその日はオギャーと生まれて以来初めて泣いた、それこそ赤子のように。
どうやら妾にも少しは人間らしい感情が残っておったようじゃ。
少しして家督を継承した妾は今まで以上に使用人達へ無理難題を押し付けた。
憂さ晴らし、過度な英才教育の反動、理由は色々あったが、やはりお父様が死んだ事で何をすればいいのか分からなくなっていたのだと思う。
詰まらなさを紛らわせるなら何でもいい、とにかく暇を潰す事に躍起になった。
案の定、使用人達は一ヶ月足らずで屋敷から出て行った。真夜中に大勢が移動すれば流石に気付く、別段引き留めれる気も起きなかった。
そして残ったのは妾と誰もいなくなった屋敷だけ、本当の意味で妾は独りぼっちになった――と思っておった。
だがミコトだけは妾の元に残った。いつものように妾を起こし、茶を入れ、世話をした。
妾はミコトに何故残ったのか聞いた。
するとあやつは、こう言ったのだ。
「だって俺がいなくなったらお嬢様、一人になっちゃうじゃないですか」
そして妾達は二人ぼっちになった。
恐らくミコトに対する自分の気持ちを自覚したのもこの時じゃ。
◇
喧嘩した。ミコトと喧嘩した。
何ヶ月かに一度する大喧嘩、別に珍しくはない。
じゃが、何故か今回ばかりは今までよりずっと腹が立ってしまった。
あの日の事をミコトがよく覚えていないのは分かっておったし、日付なぞ知る由もない事も重々分かっていたのに何故か憤らずにはいられなかった。
ミコトの馬鹿、阿呆、間抜け、おたんこなす、もう知らん、どこへなりと行けばいい!!
そんな事で頭が一杯になった。そのせいなのかどうかは分からんがなんだか今日は体調が悪い。
頭に血が上って、上手く体内の魔力が制御できない。
こんな不調は生まれて初めてじゃ…… 少しマズいな、これは……
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