俺の悪役令嬢が世界征服するらしい

ヤマト00

第22話 お嬢様、爆弾になる。

 スタンフィールド家の屋敷を出た俺は人通りの少ない道を特に当てもないまま歩いていた。


『今日はアンタだけじゃなくてきっとエリザベートにとっても特別な日よ』


 アリシアさんのヒントのお陰で今日が一体俺とエリザベートにとってどんな日なのか見当が付いた。
 流石の俺でもあそこまで言われればフィーリングで予想が付くという物だ。
 それにしても――


「俺がこっちに来た日付なんて覚えてねえよ……」


 俺は道端の石ころを蹴り上げる。
 六月六日、それは俺が地球からこっちに転移してきた日――つまりエリザベートと初めて出会った日という事になる。
 言い訳をさせてくれ。
 俺はこっちに来た時は瀕死の状態で意識も朦朧としており、正確に日付を認識できたのは結構後になってからだったのだ。
 こっちの世界は文字とか言語とかが微妙に違うからそれを覚えながらの使用人生活だったし、自分が果たしていつこっちに来たかなんていう事はあまり考える余裕が無かった。


「いやでも別に恋人同士でもないのに、あんなに怒らなくたっていいじゃんか。それに祝うなら別に十年とかじゃなくてもよくね?」


 分かっている、今までそんな機会は無かった。
 なにせエリザベートと打ち解けるのに二年掛ったし、父であるアルタイル様の葬式とかそこから生じた家督の事とかで色々忙しかったからな。


「あ~ やっぱり俺が謝らないといけないよなこれ……」


 エリザベートからしたら天文学的確率の気遣いを使ったに違いない、その一世一代の歩み寄りを無下にされれば不機嫌にもなろうと言うものだ。
 今回ばかりは俺が悪い、うん。
 しかし謝ったくらいで機嫌を直してくれるだろうか、最悪また口論になってしまう事もありえる。
 少し対策を練らなければ……


「何か美味い物でも買って機嫌をとるべきか…… ん~」
「お困りでっか?」
「どわっへッ!?」


 俺が悩んでいると上下逆さまの状態で空中に浮いた怪しい人物が現れた。
 狐のお面を付けた和装の人物、サクラさんの付き人であるツバキさんだ。
 どういうトリックで浮いてるんだ……


「貴方は急に現れないと死ぬ呪いにでもかかってるんですか?」
「偉いすんまへん、急いでたもんでつい」
「急いでる?」


 ツバキさんはそう言うと逆様だった身体を普通の状態に戻して地面へ足を付ける。


「ツバキさんも魔法が使えるんですか?」
「これは魔法やのうて魔術どす。そんな事よりミコトはん、今からイザヨイ家に来てもらってええでっか?」
「え、今からですか。俺ちょっと野暮用があるんですけど……」


 恐らく現在進行形で怒り狂っている悪魔を鎮めるという重大使命がな。


「困りましたな~ 事態は急を要するんやけど。しゃあない――」


 そう言うとツバキさんは裾から小さな鈴を取り出した。


「なんすかそれ?」
「これはイザヨイ家に伝わる家宝の一つでな効果は……まあええか、すぐに分かるさかい」


 そして風流なリンとした音が辺りに響く、一度しか鳴らしていない筈なのにその音はまるで共鳴したように何度も俺の鼓膜を刺激した。


「あれ……なんか、身体、が――」
「おやすみなさいミコトはん、ちゃ~んと運びますんで安心してな」


 ツバキさんのその言葉を最後に俺の意識はそこで途切れる。





「ん…… こ、ここは……」


 気が付くと俺は薄暗い畳の部屋、しかも特大の大広間に倒れていた。この国、いやこの世界で日本風の文化がある場所は限られている。
 この部屋……イザヨイ家か。


「お目覚めでっか?」
「もう驚きませんよ」
「おや残念」


 俺の背後に立っていたツバキさんはそう言うと湯呑に入ったお茶を一杯手渡してきた。


「……毒とかは入ってないですよね」
「酷いわ~ 友達にそんな真似しまへんよ」
「その友達を得体の知れない道具で眠らせて拉致したのは誰ですか?」


 俺は何回場面転換時に気を失えばいいんだ……
 どうせならもっと新しい方法で拉致してくれ。


「それで、なんで俺をイザヨイ家に連れて来たんですか? 俺結構急いでるんですけど」


 というか今何時だ? 気絶していたせいで時間が分からん。
 早い所ブリュンスタッド家の屋敷に戻らなければエリザベートの機嫌がヤバい気がする。


「大丈夫だよ、この《神室しんしつ》の時間の流れは外よりゆっくりだから」


 部屋の最奥から聞き覚えのある声がした。
 俺は目を凝らし、その人物を確認する。


「サクラ、さん?」
「やあミコトちゃん」


 イザヨイ・ヒスイ・サクラノヒメ。
 彼女の普段の格好はメガネに三つ編みの黒い巫女服なのだが、今日の彼女はいつもと少し違っていた。いや、少しどころではない。
 メガネを外し、三つ編みを解いて、服装も純白の白無垢になっている。
 まるで嫁入りする五秒前みたいな格好だ。


「ごめんねこんな格好で、今日は大切な儀式があったから」
「儀式?」
「うん。前に皆でスゴロクやった時に私の眼については話したよね」
「ああ、あの無駄に格好いい設定ですか」
「設定とか言わないで、これでも由緒正しい力なんだから……」


《神眼》それがサクラさんが持つ特殊な眼の名前である。
 確か『見たい物が見える』という能力らしいが、なんとも範囲が広すぎて逆に理解しずらい。
 とにかく透視とか未来視とかそういう事ができる代物だと勝手に認識している。
 普段はメガネを掛ける事で封印しているらしいが今は外している、その儀式とやらと関係があるのだろうか?


「うん、まあそんな感じであってるよ」
「ああ、心も読めるんでしたね」


 迂闊に考え事もできない。


「コホンッ 単刀直入に聞くね。ミコトちゃん、今エリちゃんと喧嘩してるでしょ」
「ギク」
「しかも結構な大喧嘩」
「ギクギク」
「さらに原因はミコトちゃんにある」
「ギクギクギク」


 恐るべし《神眼》、なんでもお見通しらしい。


「さっき言った儀式っていうのはね、帝国に起こる未来を神眼で見る事なの」
「近い未来?」
「他国の侵略を事前に察知したりとか、モンスターの襲来を予期したりとか、天気予報とか。まあ内容はその都度違うんだけどね」
「なんて便利な……」


 思わず素直な感想が口をついてしまった。
 しかし黙っていても見通される訳だし結果は同じだろう。


「それでね、さっき帝国の未来を見ようとしたんだけど
「見えなかった?」
「真っ暗だったの。何もない、ただの暗闇」
「それってつまり――」
「まあ、帝国は近い将来滅ぶって事だね」
「うせやろ……」


 動揺のあまり関西弁になってしまった。
 別にツバキさんのキャラを取ろうとした訳ではない。


「それでもっと直近の、つまり帝国が何が原因で滅ぶのかもう一度見てみたの。そして見つけた」
「……」


 俺は滅びの原因が何なのか、なんとな~く分かった気がした。
 俺をここにつれてきて最初にエリザベートとの喧嘩の話をしたのがいい証拠だろう。


「近い将来、ううん。今日中にエリちゃんの機嫌をなんとかしないと魔力の暴走でこの帝国は滅びる」
「やっぱり……」


 正直話のスケールが大きすぎて着いていけない感があるが、サクラさんが冗談を言っていない事は分かる。
 いつもお茶らけた人なのでそうでない時の雰囲気は分かりやすい。


「魔力の暴走って何なんですか?」
「エリちゃんの魔力量はただでさえ規格外なの、それが今凄まじい速度で上昇している。このままだといつか制御がきかなくなって特大の魔力爆発を引き起こしちゃうの」
「それで帝国が滅ぶと」
「もしかしたらこの星ごとって事もありえるね、今のエリちゃんはそれくらい危険な状態の爆弾なの」


 常に性格が暴走状態なのに魔力まで暴走させるのかあの女は……
 変態仮面の次は爆弾ね、仮装大賞にでも出る気なのか?


「でもそれならやっぱり急いで俺が謝るしかないのでは?」


 サクラさんは首を横に振る。


「普通の謝り方じゃ駄目なの。私の見た限りじゃ一万四千二百通りの謝罪パターンの内、一万四千百九十九通りが失敗してる」
「まず俺の謝罪パターンの多さにビックリですよ」


 俺はそんなに語彙はないぞ。
 ていうか怒りすぎだろ、いや俺が言えた事じゃないんだが……


「あれ、でも一パターンは成功してるんですよね」
「うん、だからそれを伝える為に呼んだの」
「なるほど。で、俺は一体どんなアクロバティックな土下座を披露する事になるんですか?」
「なんで土下座限定なのよ……」


 そうじゃなくて、とサクラさんは俺にたったひとつの冴えたやりかたって奴を伝授してくれた。


「キスしかないわ、ミコトちゃん。君の唇に人類の命運が掛かってる」

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