俺の悪役令嬢が世界征服するらしい

ヤマト00

第19話 お嬢様、変身する。

「へ~ 兄ちゃんって異世界人なのか。どおりで他の連中とは雰囲気違うと思った」
「といっても十歳の時にこっちに来てもう十年立ったから半分こっちの住人みたなもんだけどな」


 俺は現在、ブリュンスタッド家の屋敷を離れてクリスが暮らしているという貧民街の孤児院へ向かっていた。
 服装は流石に執事服のままという訳にもいかないので久方ぶりに出した私服に着替えてきた。
 俺はどちらかと言うと地味目のコーデが好きなのでそういう類の服に身を包んでいる。
 まあ貧民街に派手は服なんかで言った日には身包み剝がされて路地裏に捨てられるのがオチだろうからな。
 因みにエリザベートはというと「妾は少し所用がある故、しばしの差配はお前に任せる。精々励むがよかろう」との事だった。
 どうやら日没まで地上げ屋を食い止めるのが今回の俺の役目らしい。
 エリザベートが直接手を出せないという条件を如何にクリアするのか気になる所だが、絶対にロクな事を考えていないのは確かだ。気が重いねぇ……


 途中まで馬で移動した俺とクリスは近隣に馬を括りつけて、貧民街を歩きながら談笑しているのだった。
 年頃のまともな(ここ重要)女子との会話なんて久しぶりなので上手く会話のリードができるか内心不安だったが中々どうしてクリスの方から色々聞いてきてくれるので助かっている。


「なあなあ、そのチキュウってどんな所なんだ?」


 もう丁寧口調を完全にやめたクリスは俺の周りをクルクル回りながら質問してくる。
 どうやら俺の故郷である所の地球にご興味があるようだ。


「そうだな~、俺の住んでた所は日本って小さな島国だったんだけどまず貴族制じゃなかったな」
「マジかよ、平民しかいないのか?」
「まあ貧富の差は多少あったけど国民皆平等ってのを掲げてた気がする」


 実現はできていたかは別だが。


「そっか~ 私もその異世界に生まれてればよかったな~」
「……」


 なんでもクリスは物心ついた時から奴隷だったらしい。
 赤子の時に両親に売られたか捨てられたのだとか……


「なんで貴族制なんてあるんだろうな」


 俺はふとそんな事を口にしていた。


「おいおい、貴族の執事であるアンタがそれ言うと嫌味にしか聞こえないぜ?」
「ああゴメン、別に他意はないんだ。ただそうなったらクリスみたいな子供が少しは減るのかな~って」


 もしこの帝国を統治している王族が方針を変えたり、あるいは――


「もし、エリザベートが世界征服したらそういう事もできたりするのかな」
「いきなりなに物騒な事言ってんだ兄ちゃん……」
「……あはは、なーんて冗談冗談。さ、早く孤児院に向かおう!」
「変な兄ちゃんだな」


 もしエリザベートが世界を征服して、そしてもし貴族制が無くなったら…… 俺はもうエリザベートの執事では無くなるのだろうか。


 そうなったら俺はアイツにとって一体何になるんだ? そんな事が俺の頭をグルグル回っていた。





「えっと、これがクリスの住んでる孤児院か?」


 俺はその孤児院と呼ばれている物を見て啞然としていた。
 なんというか、想像より三倍はボロイ。ていうかただの廃墟じゃないかこれ?


「おう、まあ入ってくれよ。茶ぐらい出すぜ」
「いえいえ、お構いなく」


 そこはどうも潰れた協会を流用した場所らしくザルみたいに穴だらけの壁に、割れた窓、抜けた床とまさにボロさの大盤振る舞いと言った感じだ。
 かなり低めにハードルを設定していたのだが…… 恐るべき貧民街。


「兄ちゃん、折角だから仲間に紹介するぜ」


 クリスは孤児院の内部に向かって「おーい」と声をかける。
 すると、まるで隠れていたかのように部屋中から子供達が湧いて出てきた。
 全員で10人、年齢は見た所皆クリスより下っぽい。
 どうやら大人はいないらしい。


「おかえりクリスお姉ちゃん」


 子供の一人はクリスに抱き着く。
 そしてクリスもそれを「ただいま」と笑顔でそれを受け止めた。


「皆、聞いてくれ。この人が今日私達を助けてくれる周防ミコトさんだ」
「どうも」


 俺はとりあえず無言で会釈する。
 子供達は、俺の身体を舐めるようにじっと見つめる。
 余所者が来た、というような視線だ。


「お兄ちゃん、本当に私達を助けてくれるの?」


 クリスに抱き着いていた子が俺に問う。
 この場合、漫画の主人公とかなら「任せておけ!」的な事を言うのだろうけど生憎俺はただの執事なのでそこまで気を持たせてあげる事ができない。


「やれるだけの事はするよ」


 こんな事しか言えない自分が心底嫌になる。


「クリス姉ちゃん!!」


 その時、入り口の外から一人の少年が血相を変えてやってきた。
 明らかに只事ではない様子だ。


「大変だ! あいつらが、地上げ屋すぐそこまで来てる!!」
「!? 不味い。皆、床下に隠れてろ。後は私と兄ちゃんで何とかすっから」






 まさかの急展開から数分後、柄の悪い男達が5人孤児院にやってきた。
 俺は現在クリスと一緒にその集団と向かい合っている。


「何の用だよ」


 最初に口を開いたのはクリスだった。


「ここは私達の家だ、あんたらには死んでも渡さない」


 なんとも勇ましく敵意の籠った口調でクリスは告げる。
 数ヶ月前に死人のような目をしていた少女とは思えん。


「悪いがそうもいかねえんだよお嬢ちゃん、俺達も仕事だからな」


 男の一人が薄ら笑いを浮かべながら前に出る。
 どうもアイツがリーダーらしい。


「? そこの兄ちゃんは見ない顔だな。何者だ?」
「別に只の平民だよ」
「へ~ じゃあさっさと退いて貰おうか。痛い思いしたくなかったらな」


 男が指を鳴らすと後方に控えていた4人がナイフをチラつかせながら近づいてくる。
 荒事は避けたかったが、仕方ない――


「クリス、少し下がってて」
「兄ちゃん?」


 俺はクリスを後ろに下がらせて男達の前に立ちはだかる。


「どきな小僧」
「悪いけどそれは出来ない」


 一応俺はブリュンスタッド家に雇われてからある程度の護身術を教え込まれてきた。
 それもこれもあの我儘なお嬢様を守る為だ、いやまあもう必要ないんだけどね。
 だって俺よりエリザベートの方が何万倍も強いから。
 なので一応暴漢の一人や二人くらいなら対処が可能である。しかし向こうは4人、しかもナイフ持ち。
 あれ? つい数ヶ月前にも似たような状況ありませんでしたっけ?
 そして俺その時に死にかけたりしませんでしたっけ?


「そうかよ、なら死ね」


 身構える俺に男のナイフが振り下ろされようとした瞬間だった。


「待てい!!」


 その場にいない誰かの声が響き、全員が声のした方向を見る。
 そこには孤児院の屋根の上に悠然と立つ人影があった。


「有象無象の小悪党共、それ以上の狼藉は天が許しても妾が許さん!!」
「!?」


 そんなどこぞのヒーローのような口上で現れたのは真っ赤なハイレグボンテージスーツに舞踏会用の蝶型マスクを付けた金髪女だった。
 すげえ変態だ。何か聞き覚えのある一人称と声だった気もするがきっと他人の空似だろう、いやそうであってくれ頼むから。


「我が名はセレブ仮面レッド。今からお前達全員を地獄に送る者の名前じゃ覚えておけ!!」
「……」


 その場にいた全員が固まる中、俺は必死に彼女の正体について考えていた。
 セレブ仮面レッド、一体何ザベートなんだ……

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