俺の悪役令嬢が世界征服するらしい 番外編

ヤマト00

ファイナルデッド・アイドル

 雪が降っている――屋内なのに。
 季節的にはまだ見れるはずもない白い宝石がアリシアさんの歌にのって舞い散っている。
 勿論本物じゃない、これはアリシアさんの最後の曲に対する演出だろう。
 犯人は、たぶんエリザベートだ。変な魔法しか使えないと思っていたが案外粋な事もできるらしい。




 エリザベスもサクラさんも完璧な旋律を奏でているし、これは本当に怪我の功名だな。
 そしてやはりアリシアさん、彼女はとても楽しそうな笑顔で歌うのだ。
 この光景だけで今までの努力が報われた気になってくるね。


 曲が終わり、アリシアさんは静かに一礼をする。
 そして大きな拍手喝采。


『アンコール! アンコール! アンコール!』


 例の如く巻き起こるアンコールにアリシアさんは満足げな表情を浮かべる。


「じゃあサービスでラスト一曲いっくわ――」
「――とでも思ったか愚民共」
「え?」


 俺は突如として会場に起こった異変に気付く。
 あれだけ歓声をあげていた観客達の動きが一斉に止まったのだ、まるで時間でも止まったかのように。


「おいクリス、大丈夫か?」


 俺は肩車しているクリスへと声をかける。
 しかしどうした事か反応がない。先程まで俺の頭に大量の涙と涎を垂らしていた癖に随分大人しくなっちゃったなあ!!


「な、なに? どうなってるのこれ!?」


 その異変にステージにいるアリシアさんも気付いた様子だった。
 そしてその左隣にいるエリザベートがゆっくりとステージ中央へと歩み寄る。


「クックック。どうやら実験は上手くいったようじゃな」
「エ、エリザベート…… これはアンタの仕業な訳?」
「まさか、この状況を招いたのはお前の歌じゃよ」
「な、なんですって!?」


 エリザベートはアリシアさんの持つマイクを取り上げる。


「このマイクはフレデリカに特注で作らせた物でな。お前の歌に感動した相手の脳に直接暗示をかける事ができる代物じゃ」
「なッ!?」


 驚愕するアリシアさん、そして俺。
 やはりただのマイクではなかったか!!


「これを転用すれば世界征服が円滑に進むに違いない。あー 妾の天才さが恐ろしい……」


 いつも通りの自分アゲアゲエリザベート。誰かアイツを転ばして欲しい。


「暗示って具体的にどういう風になるのよ・・・・・・」
「実際に試してみればよかろう、そうじゃな何か好きな事を命令でもしてみるがいい」
「え、そんなの急に言われても困るわよ」


 アリシアさんは逆に選択肢が広いだけに困惑しているようだった。


「本当に何でもよいのじゃぞ、たとえばくるぶしを舐めろとか」


 お前はどんだけくるぶしフェチなんだよ。引きづるなそのネタを。


「え、なにそれ気持ち悪い。人類のやる事じゃないわ」


 アリシアさんが本気で引いていた、ごめんね世の中のくるぶし好きの紳士達。


「まあいいわ。じゃあ試しに――」


 スゥッとアリシアさんは大きく息を吸い込むとマイクを介してこう叫んだ。


「全員!! アルライド王子を蛸殴りにしろおおおおおおおおおおおおお!!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』


 それはさながら巨獣の雄叫びが如く猛々しい返事だった。
 男性が、女性が、子供が、老人が、一斉に拳を天に掲げアルライド王子がいるであろう三階席のさらに上にあるVIPルームを睨みつける。
 向こうからは会場全体を見渡せる仕様になっているので王子からすればこの状況は恐怖以外の何物でもないだろう――というか状況を理解していない確率の方が遥かに高いか。


「なーっはっはっは!! よいよい。心躍る光景じゃわ!!」
「う、嘘。半分冗談で言ったのに……」
「アーちゃん、冗談にしてはちょっと気合が入りすぎてたような……」


 俺もそう思ったが頭の上で暴れるクリスを押さえるのでそれどころではない。


「い、今の命令は嘘よ下僕共!! 正気に戻りなさい!!」
『イエスマム!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!』


 観客達はアリシアさんの命令を無視し狂人化が加速していく。


「どうなってんのよエリザベート!! 全然言う事聞かないじゃない!!」
「んん? あ~ たぶん脳内麻薬の過剰分泌で皆ハイになってしまっておるようじゃな。やはり鑑賞力の調整が必要じゃな、うん」


 観客達は全員が目を血走らせ、高速ヘッドバンギングを開始した。
 これ結構マズくないか? 挿絵がなくてよかった。
 こんな光景を見たら一週間くらい夢に出てきそうだ。


「うわあ…… 何か凄い事になってるよ」
「この人数のヘドバンは正直気色悪いのお~」
「わ、私のライブが……」


 会場は既に制御不能状態を通り越して完全なカオス状態へと突入していた。


「ところでエリちゃん。私とかミコトちゃんはどうして狂人化しないの?」
「サクラは昔からアリシアの歌を聞いておるから耐性があるのじゃろう。ミコトは~ えっとその…… 恥ずかしい事言わせるなよ~」
「何故この場面で照れる……」
「どうでもいいから何とかしなさいよおおおおお!!」


 激しく同意である、これ下手したら死人とか出ちゃうんじゃない?
 もうゆるふわギャグコメ路線には戻れないんです?


「仕方ない、アリシア。マイクの下に付いてるボタンを押してみよ」
「え、これ?」


 アリシアさんがボタンを押すとマイクはそのシルエットを煌びやかな直剣へと変形させた。


「な、なにこれ…… ちょっと格好いいわね……」
「アーちゃん、今はそこ気にしないでよくない?」
「お前の加護は物体の形状が剣に近ければ近い程力を増すからな、それドーンッとやっちまうがよい」
「は!? そんな事したらこの会場全体が消し灰よ!?」
「問題ない。その剣から出る名状しがたいご都合主義光線は非殺傷性、当たっても気絶するだけじゃ。それで王子もろともやっちまえー イエーイ!!」


 そうすればこの騒ぎもジ・エンドじゃ!! とサムズアップしてウィンクするエリザベート。
 あのアホ女いつか俺が転ばします。


「でもそれだとどうやって王子に結婚を諦めさせるのよ」
「あ? そんなの後で記憶をちょちょいっと弄れば済む話じゃろ」
「は!? できるの!?」
「誰ができんといったよ」


 言ってない、言ってないけどさあ!!
 それってちょっとずるくない!? あれだけ時間と戦っている風な演出してたのに後だしジャンケンで勝てますよ的な発言やめて!! 皆もそう思うよな!? ん!!!


「ほれほれ、はようせねばこの場にいる一万人が暴れ出してしまうぞ?」
「ぐ、ぐぬぬぬ…… こ、こんちっくしょおおおおおおおおおお!!」


 アリシアさんは聖剣化したマイクを振りかぶり銀色の光を収束させる。
 あれ、これ俗にいう爆発落ちって奴ですか?
 物語の落ちとしては最底辺というかタブーというか一定の許された作品にしか許されない禁じ手ですか?


「安心しなさい下僕共、今日のやり直しはきっちりするから……」


 アリシアさんは若干涙目になりながら震える手で剣を構える。


「おいアリシア。ちょっと力みすぎではないか? このままではステージにいる妾達も巻き添えレベルなんじゃが?」
「ちょっとやばみ? 仕方ない、出でよツバキちゃん!!」
「あいよお嬢」
「帰るよ!!」
「はいな」
「あ、ちょ。サクラ汚いぞ!! くッ!! こうなったら妾も空間転移で――」
「逃がすかああああああああああああ!!」
「あ、ちょま!?」


 アリシアさんはエリザベートが逃げおおせる(俺を置いて)前に剣を逆手に持ち替えてステージに力一杯突き立てた。
 それにより何が起こるかといえば――彼女を中心としたえげつない大爆発である。
 せめて自分もろともって所は責任感の強いアリシアさんらしい。


「はッ! アタシは一体何を!? ら、ライブは!? アリシア様のアンコールはどうなったんだ!?」


 最後の最後でクリスは正気を取り戻したようだった、中々のファン根性である。
 しかし悲しいかな俺も彼女もその後せまる眩い銀光に包まれ意識を失ってしまったのだった。





 ――第一VIPルーム(アルライド王子貸し切り室)


「な、なんだこの状況は!! 一体どうなっている!? 観客達はどうしたと言うのだ! あの光はなんだというのだ!?」


 ワイングラスを片手に狼狽する豚王子を私、キャスカ=ミレニアは天井に張り付いて観察していた。
 なんとも間抜け極まりない。


「王子、すぐに退避を!!」


 傍らに待機している王子の側近が会場からの非難を申請する。


「何故だ、この場で結婚を発表さえすれば全てが上手くいったものを!!」


 おっと、どうやら頃合いのようですね。では――


「ぐあッ!!」


 私は側近の背後に回り込み手刀にて意識を飛ばす。


「!? 貴様ッ! アリシアの専属メイド!?」
「気安くアリシアの名前を呼ぶのをおやめなさい怪我らしい豚」
「なッ!? どうなっている!? 雇った賞金稼ぎを呼び戻して警備させていた筈だぞ!!」
「ああ、その方ならつい先ほど処分しておきましたとも。因みに伴奏者達も既に救出済みですので」
「貴様、何者だ。ただのメイドではないな」
「名乗る程の者ではありませんよ」


 ただの元暗殺者です、と私が付け加えると王子はその場にへたり込んでしまった。


「さてと。どうでしたか、アリシア様の歌は。ご感想をお聞かせ願いましょう」


 ミコトさんが言っていた約束、アリシア様の歌を侮辱した事への謝罪。
 もしここで頭を垂れるのであれば一ミリくらい慈悲を与えてやっても――


「ふんッ!! 生憎まったく聞いておらんかったからな。感想もなにもありはせん!!」
「……」


 ――どうやら一ミクロンたりとも慈悲を与える必要はないようです。
 まあアリシア様の暗示に掛かっていない=歌には感動しなかった。という事なので特に驚きもしません。
 私は内心とても嬉しくなってしまいました。
 だって、このクズをぶっ飛ばす大義名分ができたのですから。


「アリシア様の聖剣がこの会場を吹き飛ばす前に貴方に制裁を加える事ができてよかったです。ミコト様少々人が良すぎますから」
「ミコト…… あの平民執事の差し金か!? おのれ…… 王族に逆らってどうなるか――」
「五月蠅い」


 私は王子の顔に回し蹴りをプレゼントして差し上げました。
 思ったよりいい感じに決まってしまったので殺してしまったかもと思いましたが、どうやら生きているらしいです。


「ふう。後はエリザベート様にお任せするとして……」


 私は王子が座っていた無駄に派手な椅子に腰を下ろす。
 そこからはステージで何やら騒いでいるアリシア様達の姿がよく見えた。


「確かにエリザベート様も変わられましたが、アリシア様。貴方も少しずつ変わっておられますよ」


 私は机に置かれたこれまた無駄に高そうなワインをグラスに注ぐ。


 アリシア様、私にとって最後の暗殺対象だったお方。
 貴方の強さと歌に前例の経緯を表し乾杯を――


「そして掛け替えのない貴方の友人達に感謝を」


 私はアリシア様が聖剣を振うのと同時にワインを口に運んだ。
 ああ!! アリシア様の聖剣ビームを受けれるなんて私、とっても幸せです!!





 ――アリシアさんの爆発落ちライブから一週間後。
 あれからどうなったのかと言えば……


「ばぶ~!!」
「……」
「……」


 因みに今ブリュンスタッド邸の大広間で赤ちゃんみたいな声を上げたのはアルライド王子である。


「あうあうあ~」
「お嬢様、どうするんですかコレ……」




 あの後何故か首の骨が骨折していたアルライド王子を保護(拉致?)した俺とエリザベートはアリシアさんに関する記憶を上手い具合に弄る為に試行錯誤をしていた。
 と言っても作業の方はエリザベートがやっているので俺は横で見ているだけなのだが……


「いやあ~ 記憶の操作って案外難しいんじゃな」
「ばぶうううう!!」
「……」


 どうも記憶を消し過ぎて幼児退行してしまったらしい。
 絵的にキツ過ぎてここも挿絵なくて助かったぜ。


「とりあえずこういう細かい作業はフレデリカに頼むとしよう。彼奴はネチネチした魔法が得意じゃからな」


 エリザベートは王子を転移魔法で屋敷の倉庫にボッシュートして後始末をフレデリカさんに押し付けようとする。


「? そういえばフレデリカさんは今どうしてるんですか?」
「……あ」








 ――ガリア鉱山北部。


「へっくちょん!! うーやはり山は寒いですね。エリザベート様はまだ戻られないのでしょうか?」








「あ~ まあフレデリカは後で何とかするとして。アリシアはどうしておるのじゃ?」
「何だかんだで大変みたいですよ。破壊したホールは丸々買い取ったとか」


 後はチケットの一時払い戻し&ライブのやり直しを計画中。
 普通のスケジュールでも大変だったのに何ともご苦労な事だ。
 因みに気絶させられたアリシアファンは――


A男「いやあ~ アリシア様の聖剣が見れるなんてこの前のライブは最高でしたよ!!」
B女「あのビームのお陰で彼氏ができました!!」
C爺「肩こりがとれたわい……」
クリス「もう最ッ高!! アリシア様の歌もビームも愛してるぜ!!」


 との事らしい。
 正直暗示なんか掛けなくてもアリシアファン達はなんでもいう事を聞くのではないだろうか?


「お嬢様、そういえば俺ってなんでアリシアさんのマイク洗脳を受けなかったんですか?」
「あ~ それはお前が持っている指輪の効果じゃよ」
「指輪? お嬢様が俺にくれた奴ですか?」
「それ以外に何がある。!? まさか他の女にも指輪を!?」
「曲解しないで…… 指輪の効果ってどういう事ですか?」


 俺は現在左指にはめている指輪に目をやる。これはエリザベートと婚約した際に彼女から貰ったものだ。


「その指輪には防御魔法が付与してあってな。お前に降りかかる呪いとか何かよく分からない物を防ぐようになっておる」
「そんなアバウトな……」


 しかしまあそういう事なら納得だ、通りで最近身体の調子が良い訳である。
 後エリザベートが恥ずかしがっていたのも……


「えっと、ありがとうございます……」
「……う、うむ」


 ――少しの沈黙。
 エリザベートは顔を少し下げると、


「名前」
「はい?」
「二人の時は名前!!」
「……あ~ えっと、エリ――」


「たっのもおおおおおおおおおおおおおおお!!!」 


 俺が名前を呼ぼうとしたその時、不意に玄関をぶち破ってアリシアさんが入ってきた。


「ア、アリシアさん!?」
「あら元マネージャー。元気そうね」
「突然お邪魔してごめんなさいミコトさん」
「キャスカさんまで、一体どうしたんですか?」
「アンタにこれを渡しにきたのよ」


 そういうとアリシアさんは俺に一枚のチケットを渡してきた。
 ふと以前の魔力暴走事件の記憶が頭を過る。
 あの時も彼女の手からチケットを貰った。


「これって……」
「次ぎやる私のリベンジライブのチケットよ。特別にただで譲ってあげるわ!!」
「というのは強がりで本当はアリシア様なりのお礼なんです。受け取ってあげて下さい」 
「ちょ!! 変な事いわないでよ!?」
「まあそういう事なら」


 俺はその物騒な名前のライブチケットを受け取る。


「じゃ。私達はこれで」
「え、もう帰るんですか?」
「ええ。後ろにいるこわ~い女の怒りに触れない内にね」
「へ?」


 アリシアさんはニコニコしながら俺の背後を指さす。
 俺は感じた殺気に気付き、恐る恐る振り返った。
 当然そこには鬼のような形相を浮かべているエリザベートちゃんがおりましたとさ。


「こ、こ、こっの浮気者おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 俺は一週間ぶりの爆発落ちの中で何とかライブチケットの死守には成功した。
 今回の俺の教訓、案外マネージャーよりもアイドルのファンの方が大変かも?

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