俺の悪役令嬢が世界征服するらしい 番外編

ヤマト00

アイドルナイト・アンコール

「エリザベートの奴、変わったわね。昔は自分の事しか考えてなかったのに」
「そうですね。きっとミコトさんの影響でしょう」
「……キャスカ」
「? なんですかアリシア様?」
「ありがとう、私の為に色々してくれて」
「……いいんです、これもメイドの務めですから」





「やべえ、なんも見えねぇ……」
「せやから言うたやん、眼を使い過ぎたらアカンよって」
「便利なんだけど過度に使うと視力が落ちちゃうのが難点だよね~ でも大丈夫大丈夫、目は視えなくてもヴァイオリンくらい弾けるから!!」
「そういう問題ちゃいます」
「そんなに怒らないでよツバキちゃん。視力はしばらくしたら戻るんだからさ」
「それでも少しずつ落ちてるやろ。このペースやとメガネの度もそろそろ変えなあかんえ」
「うぅ……」
「ワイが言うのもなんやけど色々と無茶しすぎちゃいます?」
「まあまあ、これも可愛い幼馴染の為。それになんだかんだで王族に一泡吹かせるチャンスじゃない」
「ほんま強欲な人やねぇ」





 アリシアさんの最後の一曲、その伴奏を控えた御三家令嬢達はそれぞれ別々の個室にて準備をする運びとなった。
 アリシアさんは最後の衣装変えを、サクラさんは神眼の使用で消耗した体力の回復に努めている。
 そして俺もエリザベートの身嗜みを整えるべく、彼女の金髪を丁寧にクシ入れしていた。


「それにしてもピアノの弾くなんて珍しいですね」
「? なにがじゃ?」
「いやだって屋敷にあるグラントピアノ、あれ一度も弾いた事ないじゃないですか」


 一応毎日の掃除で埃を被っているとまではいかないが、手入れ等はしていないのでちゃんと音がなるかどうかも怪しいぞ。


「あぁそうか。お前にはまだ話していなかったな」
「?」
「なに。妾とていつまでも過去のトラウマに悩まされてもいられんからな、これから世界征服で忙しくなることじゃし」
「トラウマ?」
「今日のゴタゴタが終わったら話してやる。主にベッドの中でな」
「サラッと如何わしいワードを混ぜないで!!」


 どんなピロートークなのだ。
 だが話の内容は気になるな、俺がこっちへ来る前にエリザベートとピアノの間に何かあったのか?


「あれ、そういえばフレデリカさんはどうしたんですか?」


 俺の記憶が正しければ行動を共にしていた筈だが。


「ああ、彼奴あやつなら作業を押し付けたまま置いてきたわ」
「……」


 ひでえ……
 大丈夫かなあの人、今頃一人で膝を抱えて泣いてたりしないかな。
 いや見た目が幼女(現在は)ってだけでたぶん年齢は俺達よりずっと上なんだろうけれど。


「でも一週間も急にいなくなるなんてビックリするから今後は控えて下さいね」
「お? なんじゃなんじゃ? そんな妾が恋しかったか? 愛い奴め。ほれ、くるぶし辺りを舐めてもよいぞ?」
「いきなり特殊なプレイを要求しないで……」


 俺が普段からそういう事をしていると誤解を招くからやめてくれ。
 後なんだその訳の分からないテンション、素直に気色悪いわ。


「でも本当に三人共ぶっつけ本番で大丈夫なんですか?」
「おうとも、ほら妾達ってなんかこう三つ巴敵な関係じゃろ? いけるいける」
「いやダメでしょ、三つ巴って…… 滅茶苦茶争ってるじゃないですか」
「間違えた、三すくみ的な関係と言いたかったんじゃ」
「どちらにしても争ってるんですが……」


 頼むからステージの上で乱闘騒ぎとかは辞めてくれよ、目も当てられないぞ。


「まあ冗談はさておき、クオリティについては問題ないじゃろう。むしろ元の伴奏者達よりも上手くできる自信しかないわ!!」


 それはそれで現在進行形で気絶してる二人が可哀相な気もするが……
 まあここまで自信満々なら大丈夫か。


「サクラも普段はあんな感じじゃがそれなりの教育は受けてきておるからな、指先も器用じゃし」
「その器用さをどうして抱き枕なんかに使ってしまったのか……」


 趣味に走るのもいいが、もっと凄い事ができるのではないか?
 いや別にいいとは思うけどね。


「できましたよ」


 雑談をしている間に俺はエリザベートのセットを終える。
 エリザベートは「うむ」と鏡を見もせずに立ち上がると、


「さて、サブヒロインエピソードを終わらせにいくとしようか」 





「うひゃー!! アーちゃんカワイイ!!!」


 舞台袖で合流した御三家令嬢達、最初に声を発したのはサクラさんだった。
 どうやらアリシアさん衣装替えしたアリシアさんが大層気に入ったらしい、うひゃーって貴方。
 しかしまあ確かに今のアリシアさんはとても綺麗だ。
 髪の毛はいつものツーサイドアップからシンプルなロングヘアになっており、純白のワンピースは彼女の白い肌と相まってとても清楚に見える。
 料理と同じでシンプルだからこそ素材の良さが際立っている見事なコーディネートだ。


「フン、まあまあじゃな。そんなお前にはこれをくれてやろう」


 そう言うとエリザベートはアリシアさんに一本のマイクを差し出した。


「何よこれ?」
「特注のマイクじゃ、お前にやる」
「エ、エリザベートが私にプレゼント!? ……は!? 読めたわ、さてはアンタ偽者ね!!」
「……」


 エリザベートに対する信用が無さ過ぎる…… 我が主ながら少し不憫だ。
 しかしアリシアさんは受け取ったマイクを少し眺めると、


「まあデザインは悪くないわね。仕方ないから特別に使ってあげるわ!!」


 案外まんざらでもなさそうだった。実は御三家令嬢の中で一番チョロインなのかもしれない。


「ねえねえエリちゃん、本当に豚王子の事はほっといていいの?」


 アリシアさんに抱き着きながらサクラさんがエリザベートに尋ねる。
 確かにそれは俺も気になっていた事だ。
 如何にライブが成功を収めても最大の問題はやはりアリシアさんの結婚問題だからな。
 しかしエリザベートはというとニヤニヤしながら、


「万事問題ない、ライブが終わる頃には向こうもすっかり心変わりしておる事じゃろう」


 と余裕な返しをするだけだった。
 え、それって現状放置って事か?
 あの王子がアリシアさんの歌に心打たれて改心するとは思えないんだがなあ。


「よいか皆の衆、なんでもかんでも力で解決すればよいという物ではない。これから世界を征服していく上でこれは重要な事じゃ。レバーに命じておくがいい」


 なんかもっともらしい事をいうエリザベート、どの口が言うどの口が。
 全員が呆れているとキャスカさんが俺の肩をつつくのが分かった。


「ミコトさん、折角ですから観客席でご覧になっては如何ですか?」
「え、いいですか?」
「勿論、この一週間のお礼というのは変かもしれませんが。丁度侵入者達が居た場所が空いていますので」


 そう言えばそうだったな。


「分かりました、じゃあお言葉に甘えて」


 折角だし皆の晴れ舞台は観客席から見る事にしよう。


「あ~ その事なんじゃがなミコト、妾はあまりオススメせんの」
「? なんでですか?」
「え、あ~。うー、いやまあいいか、たぶん死にはせんじゃろうし」
「いやライブ見るだけで死んだらヤバいでしょ」


 なんだ、ファン達に揉みくちゃされるのを危惧しているのか?
 13章ぶりくらいに再会したからってそんなに心配しなくてもいいのに。


 しかし、この時エリザベートが何を言いたかったのかという事を俺はすぐに知る事になる。





 さて、満を持して観客席に到着した俺である。
 二階や三階席に行ってもよかったのだがやはり近くで見たいという事で一階のアリーナ席を選択した。


「ちょっと兄ちゃん、悪いけどもう少し右によってもらえねえか?」
「あ、すみません」


 どうやら後ろのお客さんの視界を遮ってしまっていたらしい。
 俺の身長はごく平均値な筈なのだが、俺の後方にいる人は余程小柄なのだろうか?


「――ってクリス?」


 俺の丁度真後ろにいた客、それは元奴隷少女であり現在は孤児院経営をしているクリスだった。


「誰かと思ったら執事の兄ちゃんじゃん。おひさー」
「いやおひさーって。どうしてここにいるんだ?」
「そりゃあアリシア様のライブを見に来たに決まってんだろ!!」


 クワッと目を見開いて強く主張するクリス、目が怖い。
 話を聞くとどうもアリシアさんの大ファンらしく、ファンクラブにも入っているらしい。
 額にも『アリシアLOVE』と書かれた鉢巻してるし、Tシャツ物販販売されていた限定ものだ。
 まさに完全装備である。


「それにしてもよくチケットが買えたな、結構高かったろ」


 一般人が購入できないような価格設定ではないが、十歳の子が買うにしてはそれなりの値段だった筈だ。


「ああ、コツコツと貯金して販売日は徹夜したぜ……」
「そ、そりゃあ凄いな……」


 顔に似合わず結構コアな子だ。


「そんな事より執事の兄ちゃんはどうしてここにいるんだ? その席って別のあんちゃんの席だろ?」
「まあ色々あってな、ここの席にいた奴に席を譲って貰ったんだよ」
「へ~ 勿体無い事する奴もいたもんだな」


 因みに会場に潜入していた不審者がどうなったのかと言うと、ツバキさんが気絶させた奴は刑務所に、楽屋で捕らえた二人組はここ一週間の記憶を消して転移魔法でどこか最果ての荒野へ捨てた。
 残る一人は居場所が分からなかったので人相絵を騎士団に提供して指名手配にしておいた。
 まあ彼らも王子に金で雇われた身なのでそこまで責め立てても仕方あるまい。


「それより兄ちゃん、右に寄ってくれんのか、それとも首の骨を右に折ってくれんのかどっちなんだ?」
「選択肢が怖いよ……」


 死んじゃうじゃん。


「でも俺が右に寄ったくらいで見えるものなのか?」


 俺達が現在いるのは一回のアリーナ席であり二階や三階のスタンド席と違って地面が斜角調整されていない。
 つまり正面の人間が自分より大柄だった場合クリスのように小柄な人間はステージが見えにくいというデメリットが発生してしまうのだ。


「うぅ…… 確かにここまでのライブもあんまし見えなかったよ…… 望遠鏡まで貯金が届かなかったのが痛いぜ……」
「ふむふむ、じゃあ第三の選択肢をとろうぜ」
「??」


 俺は首を折る、じゃなかった首を傾げるクリスの両脇に手を回して彼女の小柄な体を持ち上げる。


「わわ、何すんだよ」
「合体!!」


 と馬鹿な事をいいながら俺はクリスを肩車した。


「これで万事解決」
「いやいやこれだと他の客に迷惑だろ」
「大丈夫だよ、ほら周りに結構親子連れがきてるけど皆肩車してるし」
「うぅ…… なんか恥ずかしいな」
「安心しろ縞々パンツなんか見えなかったから」
「ガッツリ見てんじゃねえか!!」


 俺の脳天にクリスの肘鉄が直撃する。アリシアさんよりかは大人なパンツだと付け加えておくべきだったかな。


「お、そろそろ始まるみたいだぞロリコン兄ちゃん」
「不名誉なあだ名は辞めろ、俺にはちゃんと彼女がいるんだ」
「あ? しってんよそんな事。エリザベート様だろ」
「何故知っている……」
「このあいだ変態かめ――じゃなかったセレブ仮面レッドが孤児院にきた時に教えてくれたんだよ」
「まだあの衣装着て遊んでるのか……」


 これは今夜家族会議だな。


「兄ちゃん兄ちゃん、始まるぞ! 始まるぞ!!」
「分かった分かった、だから髪の毛を引っ張らないで」


 はしゃぐクリスに髪の毛をいじられながら俺はステージに目を向ける。


 パッと、一筋の柔らかいスポットがステージの中央を照らす。
 そこに佇むのはマイクを持ち、凛とした表情を浮かべるアリシアさん。
 その左右にはエリザベートとサクラさんがそれぞれピアノとヴァイオリンでスタンバイしている。


「皆、今日は私の為に集まってくれて本当にありがとう。この場を借りてお礼を言わせてもらうわ」


 アリシアさんは深々と頭を下げる。
 観客達が少しだけざわつくと彼女は頭をあげ、


「実は今日、私はアイドルを引退しようと考えていました」


 と言った。


「な、なんだってぇええ!!」
「クリスさん、落ち着いて……」
「アリシア様がアイドル止めたら私はこれから何を生き甲斐にすればいいんだ……」
「どんだけだよ……」


 若くして立派なドルオタ道を歩んでいるクリスちゃん十歳だった。
 少し将来が心配である。


「詳しい理由は言えないけど私がアイドルを辞める事が皆の為になるとそう思っての決断でした。でもそれは結局、戦う事から逃げた私の臆病さだったと今では思います」


 ザワついていた会場はいつしか静寂に包まれ、観客達は全員がアリシアさんの話を傾聴していた。


「たとえ周りの人に迷惑をかける事になっても、たとえ結果が伴わなくても、戦わない事だけはしてはいけない。だって私は騎士であり、愛に生きる者――アイドルなんだから」


 スっと息を吸い込んだアリシアさんは瞳を閉じながら最後の曲名を口にする。


「では聞いて下さい――雪の約束」

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