俺の悪役令嬢が世界征服するらしい 番外編

ヤマト00

アイドル天国

 アリシアさんの楽屋へ急いでいる途中、俺の隣を走るツバキさんは突然こんな事を聞いてきた。


「なあ、ミコトはん。あんた妹おるやろ」
「なんですか藪から棒に」
「ワイ分かるんよ。あ、コイツ妹おるなって」
「なんすかその微妙な能力は……」


 そして何故に妹限定なんだ。
 せめて血縁関係を把握できるくらいにしておけ。


「それでどうなん? おるやろ?」
「……まあ、確かに二つ下に妹が一人いますけど」
「やっぱりなー!! そうやと思ったねん。だって態度がそっ――」
「?」
「なんでもあらへん。今のは忘れてや」


 ツバキさんは急に黙り込んでしまった。
 何かを言いかけたように思えたが気のせいだろうか?


「でも、合点がいったわ。通りでミコトはんはエリザベートはんに限らずアリシアはんの世話も焼こうとする訳やんな」
「いやいや、別にそれとこれとは関係ないですよ。アリシアさんの事だって以前の恩に報いようとしただけですし」


 エリザベートの世話を焼くのはもう俺にとって自然の摂理みたいなものだしな。


「またまた。顔に書いてあるで? 妹にできなかった事を他の子にしてあげたいってな」
「そんな具体的な事は書いてません」


 そして何を知っているんだ貴方は。俺は自分の家庭事情についてこっちの世界の人間に話した事はないぞ。


「でも妹と何かあったんやろ? それは書いてなくても反応で分かるで?」
「……まあ、よくある話ですよ」


 よくある話。そう、よくある話なのだ。
 ある所に勉強も運動も優秀すぎる程優秀な妹とこれといって才能のない凡人の兄がいた。
 妹は兄を慕っていたが、バカな兄はそんな妹に勝手に劣等感を感じて時折袖にしてしまったのだ。
 そしてある日、馬鹿な兄は妹に心にもない事を言ってしまう。
 妹は泣き、兄は家を飛び出した。そしてもう二度と兄が家に帰る事はなかった――チャンチャン。


「こっちの世界に来た異世界人は数いれど。元の世界に戻った奴は一人もおらんもんな~」
「……」


 ツバキさんの言うとおり、異世界人は元居た世界に帰れない。
 これはこの世界の長い歴史が残酷なまでに証明している。
 だからこそ後悔しているのだ。


「別に帰れなくたっていいですよ。俺はこっちの世界で新しい家族を作りますから、エリザベートとサッカーチームを作るのが夢なんで」
「そんな事ワイに言われても反応に困るなぁ……」


 軽口で誤魔化しはしたが妹の事が時たまに気がかりになのは本当の事だった。
 もっと優しくしてあげればよかったし、もっと話してあげればよかった。
 才能がある奴はある奴なりに悩んでいるのだ。それはエリザベートと暮らしていて分かった事の一つである。
 そしてエリザベートは他の女の子に妹の影を重ねる事の無意味さを教えてくれた。
 だって全然違う生き物だもん皆。
 エリザベートは超我が儘だし。アリシアさんは猪突猛進の脳筋だし。サクラさんは腐ってる守銭奴だし。


「妹は妹ですよ。だからエリザベートもアリシアさんもサクラさんだって例え百歳のおばあちゃんでも俺は助けます」
「ふ~ん」
「勿論キャスカさんやツバキさんだって同じです」
「あっそ。なら精々恩返しされるのを楽しみにしときましょ。具体的には二年後くらい」
「何故二年後?」


 二年後に何か起こるのか? 怖いこと言わないでくれよ。


「まあ安心したわ。もしミコトはんが妹に感じてる罪悪感とかで皆にエエ顔しとるんやったら一発ぶん殴ってやろうかと思うとったさかい」
「こわッ!?」


 そんな事されたら俺普通に死んじゃうんじゃないか?


「あーあ。妹の事は最終回まで引っ張るつもりだったのにな~」
「どんだけ話したくないねん。最終回にそんな設定だしても回収できへんやろ」
「いやいや、そこは俺の妹も異世界転生してくるというありきたりな落ちをつけるんですよ」
「アッハッハッハ。そんな都合の良い展開あるわけないやろ」
「ですよね~ あははは」


 予め言っておくが別にこれは振りではない。来なくていいよこんな訳の分からない世界。


「おっと。そろそろお客さんとご対面やで」
「お客?」


 ツバキさんに指差された方向、一本道の通路の先には身長が二m以上はある巨漢の男が立ち塞がっていた。
 中ボスかな?





「随分と早かったな」


 アリシアさんの楽屋に向かう途中、一本道の通路で俺とツバキさんは大柄の男に遭遇した。
 その顔には見覚えがある、サクラさんが描いてくれた四人の刺客の一人だ。
 どうやら待ち伏せされていたらしい。


「悪いな、楽屋にいる二人の邪魔をさせる訳にはいかねえ。しばらくここで大人しくしておいてもらうぜ」


 まるで鎧のように膨張した筋肉、スキンヘッドの強面に体中についた刀傷はその男の威圧感をさらに増長させる。


「おやまあ、まるでワイらが来るのが分かっとった風な物言いやね」


 しかしツバキさんはいつものように飄々とした口調で応対する。


「それが俺の授かってる加護でな。《第六感》と言って普段探知できねえ悪意やら敵意を正確に察知できるんだよ」
「ほ~ん。せやからワイの式神の追跡を躱して待ち伏せできたって訳かいな」
「まあな。でもここまで早く対応されるとは思ってなかったぜ、優秀だなアンタ達。騎士団員、には見えねえが俺達と同じフリーの雇われか?」


 男が俺達に尋ねる。
 ツバキさんは「やってさミコトはん。ここは声高々に名乗ってやろうや」と俺の肩を叩いた。
 ちょっと面白がってるなこの人。 


「……別にどちらでもない。俺達はただの……」


 マネージャーと言いかけたがよくよく考えるとそれは俺だけなのでツバキさんには当てはまらない。
 ならばここはこう名乗っておくべきだろう。


「ドルオタ一号と」
「ドルオタ二号や」
「――そうかい」


 男は両腕に金属製のグローブを装着すると一直線に俺達に突進を仕掛けてきた。
 現在俺達がいる場所は一本道の通路、よって二人で左右に躱せる程のスペースは存在しない。
 相手は鍛え抜かれた騎士達を圧倒する程の強さ、流石にそれを正面から受け止めるのはリスクが高い――


「ミコトはんちょいと我慢してな」
「へ?」


 ツバキさんは懐から一枚のお札を取り出すとソレを俺の額に張り付け(WHY?)俺の胸倉を掴み、


「あーらよっと」


 と背負い投げで男に向かってぶん投げた――それこそさながら大砲のように。


「――ガッ!!?」


 そのあまりにも意外な反撃に男は対処できず、飛来する俺を腹部に迎え入れる形となった。
 頭から男のあばら骨が砕けた感触が伝わってくる。イヤな感触だ。


「いきなりなんて事するんですか……」


 男を下敷きにした状態から起き上がった俺は眉を細めてツバキさんに抗議する。
 なにが悲しくてこんなブ男を押し倒さねばならんのか。


「いやぁ、これが一番早いと思ってな。ごめんごめん、護符でミコトはんの耐久性を底上げしておいたから堪忍しといてや」


 ペラッと俺の額に貼ってあるお札を剝がすツバキさん。
 どうも勝手に身体を強化されていたらしい。
 まったく、とんだキョンシー体験だぜ。


「ほな、先を急ぎましょか」


 これで一人で撃破、残る刺客は三人。





「おいでやす~」


 そんな声と共に楽屋のドアを蹴り破るツバキさん。
 その方言って確か『いらっしゃい』って意味だったような気がするからこの場合は誤用なのでは?


「な、なんだお前ら!?」
「ちッ 見張りは何してやがんだ!!」


 楽屋の内部で声をあげたのは怪しい男二人。彼等の顔も記憶の中にあるサクラさんの人相絵と一致する。


「お前達、アルライド王子に雇われた賞金稼ぎだな」


 俺は一応確認の為に尋ねる。
 それを聞いた男達はニヤリと笑い、


「おっと、バレちまってるんじゃ仕方ねえな。おいやるぞ」
「ああ」


 そう言ってそれぞれ虚空からナイフを取り出した。


「ほ~ん。その収納系の魔法、それにオリハルコン製の装飾ナイフ。あんさんら有名な二人組みの賞金稼ぎクロードとウォルフやな」


 知っているのかツバキさん、恐らくこのエピソード以外で二度と登場する事がないキャラの事を。


「おやまあ俺達も有名になったもんだな。嬉しいねぇ~ なあウォルフ?」
「ああクロード。こりゃあお礼をしなくっちゃな」


 そういうとクロードとウォルフは再び空間を歪めて紫色の小瓶を取り出した。


「これは一滴で大型モンスターすら動けなくする麻痺毒だ」
「本当はスタンフィールドの令嬢に使うつもりだったが仕方ねえ」
「毒、だと……」


 その言葉を聞いて俺は頭に血が上るのを感じた。
 やはりあの豚王子は約束なんて守るつもりがなかったのだ。
 しかも自分が結婚しようとしている相手に平気で毒を盛ろうとするとは……


「落ち着きなやミコトはん。男はクールにしとるもんやで」


 ツバキさんが俺の肩を叩く。
 そのお陰で我に返った俺は再び男達に視線を合わせた。


「……」
「……」


 二人はナイフの刀身に毒を垂らし、ジリジリと間合いを詰めてきていた。


「ツバキさん、俺また砲弾になった方がいいですかね?」
「まあそれもオモロイからええんやけど。どうやらその必要はなさそうやね」
「? それってどういう――」


 俺が言葉の真意を聞こうとした瞬間、から先にやってきた。


「なッ――!? がッ あああ!!?」


 クロードの正面の空間が突如ひび割れ、そこから出現した何者かの左手が彼の首を鷲掴みにしたのだ。


「な、なんだよこりゃあ…… 一体何が起こっていやがる!?」


 虚空から出現した謎の左腕、それに持ち上げられた相棒を見てウォルフは激しく動揺していた。
 だが俺はその腕、というよりはその袖、服に見覚えがあった。
 まるで薔薇を燃やしたかのような真紅の生地――それは俺が毎朝丁寧にアイロンをかけているドレスのものだ。
 そして極めつけはその左手薬指にはめられた指輪である。
 それは現在俺がネックレスにして服の中に隠している物とまったく同一の物だった。


「妾がいない間に随分と愉快な事になっておるではないか」


 そしてどこからともなく聞こえてくるその声はリアルで親の声より聞いた人物の物だ。


「がッ! ああッあぁ……」


 クロードはそのまま謎の左手に首を絞められ気を失ってしまったようだった。
 そして彼の身体は左手から零れ落ち地面へと倒れる。


「くッ この化け物があああああああ!!」


 残されたウォルフは謎の左手に向かってナイフを振りかぶる。
 しかし――


「なッ!?」


 彼の首筋には既に別のナイフが翳され、それにより身動きを封じれていた。


「あまり動かない方がよろしいかと、首とお別れしたいのなら別ですが」


 ウォルフの動きを止めたのは突如彼の背後に現れたアリシアさんの専属メイド、キャスカ・ミレニアさんだった。


 そして空間のひび割れは次第に大きくなっていく――


「やれやれ、もう少し華やかに登場したかったものじゃが致し方ないの」


 まるで硝子のように砕け散った空間から現れたのは一人の少女。


「いつまでもサブヒロインが出ずっぱりでは観客も飽きるというものじゃ、そうじゃろ? ミコトよ」


 現れたのは腰まである黄金の髪と宝石のような蒼い瞳を持つ少女。
 我が主、エリザベート・エレオノール・ブリュンスタッドだった。

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