俺の悪役令嬢が世界征服するらしい 番外編

ヤマト00

アイドル黎明録

 アリシアさんによるライブコンサート開催の二日前。
 フローレンス領のとある広場には大勢の人間達が長蛇の列を作っていた。


「はーい、みなさーん。前の人を押さないようにお願いしまーす」


 俺は列をなす老若男女の人間達に注意を促す。
 見渡す限りの人、人、人。平日だというのに皆暇なのだろうか?


「ほら、アリシアさんも準備してください」
「ん? あ~はいはい」


 そんな俺のすぐ横には純白のシーツが敷かれたテーブルに頬杖をつくアリシアさんの姿があった。
 そして彼女の前に赤面した成人男性が現れる。


「あ、あの!! ぼぼぼ、僕ずっと前からアリシア様のだだ大ファンで…… ほんとうに大好きで!! そのえっと…… 次のライブ死ぬほど楽しみにしてます!!」


 男性は今にも倒れそうなくらいに興奮しながらアリシアさんに向かって手を差し出してきた。
 するとアリシアさんは、


「ありがとうキモ豚。ちゃんとお風呂に入ってからきなさいよ、汗臭いと他の豚に迷惑だからね」


 と満面の笑みで彼と握手を交わす(手袋付き)。


「ブ、ブヒィイィイィィ!!!」


 男性は大喜びしながら走り去っていった。
 続いてその後ろから現れたのは痩せ細った眼鏡の男性。


「……あ、あの、い、いつも応援してます…… その……」
「ボソボソ何言ってるのか分かんないわよこの根暗キモ眼鏡。もう少し音量あげなさい、そんなんじゃ私のライブが盛り下がるでしょ」
「ぅうううう。ありがとう…… ございます……」


 眼鏡君は大号泣。今のセリフの中に嬉し泣きするほどの要素があったか?
 しかしどうもこれがアリシアさんの握手会、その日常的な風景なのだそうだ。もうこの異世界はダメかも分からんね。


「あ~ しんどい。残りの全員もう流れ作業のハイタッチでいい?」
「駄目に決まってるでしょ」
「ちッ」


 キャスカさんのメモ通りピッタリ一時間で文句を言い出すアリシアさん。
 しかし舌打ちって…… これでいいのか帝国NO.1アイドルよ。
 ほら、流石のファン達もなんだかざわついてるじゃないか。


「やっべえ!! アリシア様の舌打ちをこんなに近くで聞けちゃったよ!!」
「ああ、今日はついてるぜ。この後は帰って祝杯だな!!」
「ブヒィイイイイイイイイイイ!!!」


 どうやらこれでいいらしい。
 コイツ等は握手会より先に精神病院とかに行った方がいい気がする。





 握手会終了後、スタンフィールド邸の大広間にて。


「あー 疲れた。マネージャー、水」
「はい」


 俺は言われた通りふんぞりかえるアリシアさんにミネラルウォーターを差し出す。


「肩がこっちゃったわ。揉んで」
「はいはい」
「ああそこそこ、効くぅ」
「……」


 親父くさッ!!


「じゃあ次はエリザベートが寝ている隙に顔に落書きしておいて」
「はいはッ――て! それは無理っす!!」
「ちッ 根性無しね」
「いやだってそんな事したら殺されちゃいますよ……」


 ただでさえ寝起きのエリザベートは機嫌が悪い事が多いのに。


「根性な死ね」
「いま文字変換を利用して俺に死ねっていいませんでした?」


 イントネーションがおかしかったぞ。
 ライブを目の前に控えたアリシアさんと俺は毎日襲い掛かる多忙なスケジュールをなんとかこなしていた。
 しかし、そんな日々の中で襲ってきたのはスケジュールだけではなかった。


「それにしても昨日襲ってきた《SKM48》とか言う連中はなんだったのかしらね?」
「ああ、あのいきなり現れて『ライブ会場の使用権を賭けて勝負だ!!』って言ってきた男性アイドルグループですか」


 確かアルライド王子が差し向けた刺客じゃなかったっけ?
 なんかもうよく覚えてないけど。描写もされてないし。


「整形手術のお陰で全員顔は整ってたけどそれ以外は素人同然だったから印象が薄いわ」
「整形手術費を貯めるためにバイトをしまくったせいで歌も踊りも全然練習してこなかったって言ってましたしね」


 因みにSKMは整形男子(SEIKEIMEN)の略称なのだとか。なんで男子だけ英語なんだよ……


「あんな章と章の間で倒されるような雑魚ばっか送ってくるなんて私も随分舐められたものね」
「まあアルライド様って歌とかそういうのまったく興味なさげでしたもんね。どうせ適当に見繕ったんでしょう」


 俺はアリシアさんの肩をモミモミしながら考える。
 如何に烏合の衆だったとはいえ、刺客を送り込んできた以上アルライド王子がライブをぶち壊す気満々なのは明らかだ。
 アリシアさんと観客に危害を加えないと約束したとはいえ、この調子だと本当にその約束を守る気があるのかさえ怪しい。当日はもっと警戒しておく必要があるな。


「ちょっと平民聞いてるの?」
「あ、ごめんなさいちょっと考え事してて……」
「しっかりしてよね。ライブの最終演出打ち合わせって何時からなの?」


 俺は既に暗記してあるスケジュールからアリシアさんに言われた予定時刻を引き出す。


「えっと、十五時からですね。後二時間後です」
「そう。引退発表の時のライトスポットの位置調整とかじっくり決めたいから少し時間を切り上げてくれる?」
「それはいいですけど、本当にライブの最後に発表するんですか?」
「その事についてはもう話あったじゃない、今まで応援してくれた下僕達へ最初に伝える方法はこれしかないの。それがアイドルの義務ってものよ」
「暴動とか起きませんかね?」
「相手が王族ともなれば皆弁えるでしょう、急な話だったから恋愛スキャンダルって訳でもないし」
「まあ、そうですけど……」


 仮にライブが成功したとしても、アリシアさん自身が引退を宣言してしまっては意味が無い。
 残るは後二日、キャスカさんの帰還が全ての鍵だ。


「キャスカの奴、こんな大事な時にいつまで油を売ってるのかしら。最後のライブだっていうのに……」
「……」


 本当はアリシアさんに現在キャスカさんが結婚を破綻させる為にエリザベートを探していると言ってあげたい。
 しかしプライドの高いアリシアさんに、対抗意識を燃やしているエリザベートへ協力を仰いでいるなんて口が裂けても言えない。
 こういう意地っ張りな人間には『助けようか?』ではなく『助けちゃった。テヘペロ』という方がいい。


「そんなに心配しなくても当日までには死んでも戻るって言っていたんでしょ? なら大丈夫ですよ」
「べ、別に心配なんかしてないわよ!!」
「おっと」


 俺は照れ隠しで繰り出されたアリシアさんの拳をなんなくかわす。


「ぐぬぬ、平民の分際で私のパンチをかわすとはいい度胸ね」
「ふッ 毎日あれだけ殴られてれば流石に慣れてきますよ」


 いや、本気で殴りにこられてらたぶん衝撃波的な物で死ぬんだけどね。


「そういえばサクラさん達ってライブには呼んでないんですか?」


 なんか偉く長い間会ってない気がする。


「え、ああ。一応チケットは渡してるけど同人誌の進捗次第なんじゃない?」
「ああ、そういえば今篭ってるんでしたっけ」
「いつもはもう仕上がっていてもいいのに今年は随分と手こずってるみたいね」
「はぁ……」


 なんだろう、今さらりと伏線を張られた気がする。


「最後だからサクラ達にも来て欲しいんだけどね、あの子にはあの子の事情があるから仕方ないわ」
「エリザッ―― お嬢様とは仲が悪いのにサクラさんとはそうでもないんですね」
「あらあら~ いいのよ別に私の前で気を使わなくても、いつもみたいにエリザベ~ト~って名前で呼んじゃってもいいのよ~」
「……」


 今世紀最大のウザイ表情をするアリシアさん、やはりこの人も中々いい性格をしている。


「なんでアリシアさんとエリザベートって仲が悪いんですか?」


 確か俺がこっちに飛ばされてきた時には既に仲が悪かったよな。


「エリザベートに聞けばいいじゃない」
「いや昔聞いたら『忘れた』って一蹴されちゃいまして」


 加えて機嫌も悪くなったのでそれ以降聞かない事にしている。


「ふ~ん、まああの女が話たがらないのも当然ね。だって物凄く下らない事だもの」
「そうなんですか?」
「元々スタンフィールド家とブリュンスタッド家って仲が悪いのよ、大昔は領土を争ってよく対立してたって聞くわ」
「そうだったんですか」


 知らなかった。


「その禍根のせいで私とエリザベートの父親も仲が悪くてね。ある日、私達が五歳になった時の王族主催パーティーで『どちらの娘が優秀か決めようじゃないか』なんて言いだしたのよ」
「確かにそれは下らないですね……」


 あのアルタイル様がねえ、まあかなり親バカだったと記憶しているからそこまで意外ってこともないか。


「勝負って今してるみたいなジャンケンとかですか?」
「まさか。剣の試合だったり、座学だったり、楽器の演奏だったりよ」
「あ、そこは真面なんですね。それで結果は?」
「私の惨敗、それはもうコテンパンに、完膚なきまでに、これでもかっていうくらいにやられたわよ……」
「あらら……」


 エリザベートの完璧超人力を考えれば無理もないが、それ以前にあの女は手加減という概念を知らないからな。


「他の勝負ならともかく、加護を授かっている私に剣で勝ったのよあの女。信じられない、死ねばいいのに死ねばいいのに死ねばいいのに死ねばいいのに死ねばいいのに」
「願望が漏れてます~」


 ミネラルウォーターのペットボトルを握りつぶしながらなんか黒いオーラを放つアリシアさん。
 すげえ怖い。


「そこからは寝ても覚めても習い事の嵐、お父様は口を開けば『そんな事ではブリュンスタッド家の小娘には一生勝てんぞ』ってもう耳にクラーケンができるかと思ったわ」


 アリシアさんは拳を作りながら恨めしそうに語る。
 耳にクラーケンって……


「エリザベートのせいで私の幼少期は滅茶苦茶だったわ。毎日のように枕を濡らしたものよ」
「辛い辛い辛い」


 そんな話を聞かされた俺の方が枕を濡らしそうだ。


「でもそんな時、お母様がよく励ましてくれたの。『アリシア、勝てない種目で戦う必要はないわ。貴方の勝てる勝負を見つけなさい』って」
「勝てる勝負、ですか」
「そう、それが歌だったってわけ」


 アリシアさんは先ほどまで出していた黒いオーラを消すと表情と声のトーンを明るく変えた。


「それから私は他の習い事を全部キャンセルして歌の練習を始めたの、勿論お父様は猛反対してたけどそこはお母様が上手く宥めてくれたわ」
「いいお母様だったんですね」
「ええ。そして惨敗記録が三桁になろうとした王族主催パーティーではじめて私はエリザベートに勝ったのよ!!」
「おお!」
「あの時のエリザベートは傑作だったわね~『妾の方が上手いじゃろ!! この耳の腐った豚共!!』って審査員に飛び掛って大暴れだったんだから」
「安易に想像できますね」


 死人が出なかっただけでもめっけもんだな。
 後アリシアさんエリザベートの物真似が上手すぎる、声帯変化の特技でも持ってるのかってレベルだ。


「それでね私言ってやったのよ『アンタの歌は確かに上手いけど、これっぽっちもハートがこもってないわ』って」


 アリシアさんは笑いながらそう言った。


「そしたらアイツさらに怒り狂って『覚えておくがいい!!』って捨て台詞を吐いて屋敷に帰っちゃったの」
「完全に三下悪党の台詞っすね……」


 なるほどエリザベートが話したくなかったのは自分が負けたことを言いたくなかったからか。


「そんな感じで私とアイツの小競り合いは今も続いてるってわけ。お互いの両親が死んだ後も続けてるんだから私もアイツも大概バカだとは思うけど」


 呆れたように笑うアリシアさんはさらにこう続けた。


「今思うと私ってエリザベートに負けたからアイドルになったのかもしれないわね」


 それを聞いた俺はアリシアさんがなんだかんだとエリザベートに対して律儀に世話を焼く理由が分かった気がした。
 そして改めて決意する。
 この人にもっと歌ってほしいと――


 ライブまで後二日。

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