俺の悪役令嬢が世界征服するらしい 番外編
剣をマイクに持ち替えて
「あーあーあー」
演習場での決闘から一時間後、俺とアリシアさんはスタンフィールド邸に戻ってきていた。
そして現在アリシアさんは招かれた講師の人とボイストレーニング中である。
しかし屋敷の内部にこんな立派な練習スペースがあるとは、流石アイドル貴族だ。
「あーあーあー エリザベートのアホ、エリザベートのアホ、エリザベートのアホ」
俺は小学校の教室くらいの広さ、その隅に置かれた椅子に座ってアリシアさんのレッスンを観察していた。
今は喉を歌う状態に持っていく為に程よく慣らしているとかなんとか(なんか個人的な呪いの言葉を呟いている気がするが気にしない気にしない)。
「らーらーらー」
それにしても本当に綺麗な声だ。ただ「あー」とか「らー」とか言っているだけなのに聞いていてまったく飽きない。
目覚まし時計にしたらきっと爆売れ必至だろう。
「なによ、人の事をジロジロ見て。気が散るんだけど」
「ああ、ごめんなさい。綺麗な声だったものでつい」
「ッッ!? フ、フンッ! アンタなんかに褒められたって全然嬉しくないわ。むしろ不快よ!!」
「そこまで言わなくても……」
「勘違いしないでよね、アンタの事なんか別に牛乳を温めた時にできる膜くらいにしか思ってないんだから」
「うわ微妙……」
よく分からないツン発言だった。
牛乳の膜って、えっとなんていうんだっけアレ。確かラムスデン現象だったか。
「はいはい、お喋りはそれくらいにして頂戴。ライブはもうすぐそこまで来てるのよ?」
パンパンと手を叩きながら俺とアリシアさんの会話を止めたのはボイスレッスンに招かれた講師。
名前はエネオ・マカオ。年齢は不明。
「ん~ それにしてもミコトちゃんだっけ。貴方本当に可愛いわね、どう今夜、一緒に■■■でも」
「い、いえ遠慮しておきますって今なんて言いましたか!?」
俺の隣に座ってヌルリと肩を回してきたエネオさんは俺の耳元で艶かしく呟いた。
というかサラッと放送禁止ワードを会話に混ぜないで欲しい。
音声さんの手間が増えるじゃないか。
気さくで砕けたいい人ではあるし、アリシアさん曰くキャスカさんの知人で講師としても一流らしいのだが……
「別にいいじゃない、男同士なんだし。でもそういうシャイな所がまたそそるわねぇ」
「男同士だから困っているんですが…… 顔近いです」
俺の顔面に濃いめに塗られた唇を近づけるスキンヘッドの中年男性ことエネオさん。
そう、彼は紛う事なき男性である。しかも先刻の騎士達に負けないくらいかなり屈強な。
「綺麗な黒髪ね、何かお手入れでもしてるのかしら?」
「い、いえ特には……」
アホみたいに高級なシャンプーとかコンディショナーを使えば誰だってそれなりにはなるだろう。
後顔が近い。アリシアさんが若い男に目がないから気をつけなさいと言っていたのは本当だったのか……
「エネオ、それくらいにしておいてあげなさい。そんなのでも一応ちゃ~んとした相手がいるんだから」
「あら、そうなの。私はてっきりアリシアちゃんの彼氏なのかと思ったわ」
「なッ!? 誰がこんな奴――」
「冗談よ冗談。じゃあレッスン再開するわよ~ アリシアちゃんは準備してね~」
アリシアさんの怒りを煙に巻いたエネオさんはそのまま室内にあるグランドピアノに腰かける。
「じゃあ今日は最後の曲からね。当日はヴァイオリン伴奏も入るからそのつもりで。いきなりだけど通しでいける?」
「誰に向かって言ってるのよ」
「結構。じゃあ、いくわよ――」
そしてアリシアさんは歌い始めた。
恥ずかしながら俺は今までアリシアさんの生歌を王族主催パーティーの時くらいにしかまともに聞いた事がない。
いや、それでも他の一般市民達からすれば恨み妬みを向けられるべき幸福なのだろうが……
生憎俺個人があまり音楽等への興味が薄かったという理由の方が大きいだろう。
自分でも学の無い人間だと思うが、今まさに現在進行形でその事を心の底から後悔しているので許してほしい。
やはり上手い。
パーティーの時の賛美歌も見事な物だったが今アリシアさんが歌っている曲はなんとも優しく、いつまでも聞いていられるような安心感に満ちた物だった。
歌詞は一人の少女が感じる切なさや儚さを主題に置いているが、男の俺でもつい目頭が熱くなってしまうような表現ばかりだ。
それになんといっても歌っている時のアリシアさんの表情――まるで歌う事そのものに恋でもしているかのような顔だ。
あんなに自然に笑うんだな。きっと心の底から歌が好きではないとあのような表情はできまい。
きっと彼女のファン達はこの表情に魅せられているのだろう。
アイドルだなんて言うもんだからもっとキャピキャピした電波ソングを奇抜なダンスと共に歌い上げるのかと身構えていた自分を張り倒したいぜ。
これはブリュンスタッド家へシーズン毎に送られてきていたアリシアさんの新曲CD(異世界要素はどこいった)をエリザベートが密かに保管していたのも納得だ。
「――完璧ね」
曲が終わり、エネオさんは満足げな笑みを浮かべる。
「これなら他の曲も一回通して今日はもうお開きにしましょう」
「あら珍しい。いつもはもっとネチネチ言ってくる癖に」
「いいのよ、休息も立派な練習なんだから」
エネオさんの言葉を聞いてアリシアさんは少し俯きスカートの裾を握りしめる。
「……エネオ。実は私次のライブで……」
「王族との婚約の件ならもう知ってるわ、キャスカから聞いてね」
「そう…… ごめんなさい。私、中々言い出せなくて」
「急な話だったみたいだし無理もないわよ。でも本当にいいの?」
「……」
「立場とか責任とか色々あるとは思うけれど、もう一度よく考えてみたら?」
「ありがとう、でもいいの。もう決めた事だから……」
「そう、なら私はもう何も言わないわ。残り少ないレッスン楽しんでいきましょう」
「……ええ、そうね」
そこからアリシアさんは様々なジャンルの歌を披露してくれた。
それはアップテンポなロックチューンだったり、可愛らしいガールズポップだったり、はたまた物静かなフォークソングだったりとかなり広範囲のジャンルをカバーしていて正直驚いてしまった。
こんな貴重な時間を過ごせるのはマネージャーとしての役得といえるだろう。
エリザベートに今度自慢してやろうかな。
しかし、歌い終わった後に時折見せるアリシアさんの寂しげな表情は俺の目に執拗にこびりついた。
演習場での決闘から一時間後、俺とアリシアさんはスタンフィールド邸に戻ってきていた。
そして現在アリシアさんは招かれた講師の人とボイストレーニング中である。
しかし屋敷の内部にこんな立派な練習スペースがあるとは、流石アイドル貴族だ。
「あーあーあー エリザベートのアホ、エリザベートのアホ、エリザベートのアホ」
俺は小学校の教室くらいの広さ、その隅に置かれた椅子に座ってアリシアさんのレッスンを観察していた。
今は喉を歌う状態に持っていく為に程よく慣らしているとかなんとか(なんか個人的な呪いの言葉を呟いている気がするが気にしない気にしない)。
「らーらーらー」
それにしても本当に綺麗な声だ。ただ「あー」とか「らー」とか言っているだけなのに聞いていてまったく飽きない。
目覚まし時計にしたらきっと爆売れ必至だろう。
「なによ、人の事をジロジロ見て。気が散るんだけど」
「ああ、ごめんなさい。綺麗な声だったものでつい」
「ッッ!? フ、フンッ! アンタなんかに褒められたって全然嬉しくないわ。むしろ不快よ!!」
「そこまで言わなくても……」
「勘違いしないでよね、アンタの事なんか別に牛乳を温めた時にできる膜くらいにしか思ってないんだから」
「うわ微妙……」
よく分からないツン発言だった。
牛乳の膜って、えっとなんていうんだっけアレ。確かラムスデン現象だったか。
「はいはい、お喋りはそれくらいにして頂戴。ライブはもうすぐそこまで来てるのよ?」
パンパンと手を叩きながら俺とアリシアさんの会話を止めたのはボイスレッスンに招かれた講師。
名前はエネオ・マカオ。年齢は不明。
「ん~ それにしてもミコトちゃんだっけ。貴方本当に可愛いわね、どう今夜、一緒に■■■でも」
「い、いえ遠慮しておきますって今なんて言いましたか!?」
俺の隣に座ってヌルリと肩を回してきたエネオさんは俺の耳元で艶かしく呟いた。
というかサラッと放送禁止ワードを会話に混ぜないで欲しい。
音声さんの手間が増えるじゃないか。
気さくで砕けたいい人ではあるし、アリシアさん曰くキャスカさんの知人で講師としても一流らしいのだが……
「別にいいじゃない、男同士なんだし。でもそういうシャイな所がまたそそるわねぇ」
「男同士だから困っているんですが…… 顔近いです」
俺の顔面に濃いめに塗られた唇を近づけるスキンヘッドの中年男性ことエネオさん。
そう、彼は紛う事なき男性である。しかも先刻の騎士達に負けないくらいかなり屈強な。
「綺麗な黒髪ね、何かお手入れでもしてるのかしら?」
「い、いえ特には……」
アホみたいに高級なシャンプーとかコンディショナーを使えば誰だってそれなりにはなるだろう。
後顔が近い。アリシアさんが若い男に目がないから気をつけなさいと言っていたのは本当だったのか……
「エネオ、それくらいにしておいてあげなさい。そんなのでも一応ちゃ~んとした相手がいるんだから」
「あら、そうなの。私はてっきりアリシアちゃんの彼氏なのかと思ったわ」
「なッ!? 誰がこんな奴――」
「冗談よ冗談。じゃあレッスン再開するわよ~ アリシアちゃんは準備してね~」
アリシアさんの怒りを煙に巻いたエネオさんはそのまま室内にあるグランドピアノに腰かける。
「じゃあ今日は最後の曲からね。当日はヴァイオリン伴奏も入るからそのつもりで。いきなりだけど通しでいける?」
「誰に向かって言ってるのよ」
「結構。じゃあ、いくわよ――」
そしてアリシアさんは歌い始めた。
恥ずかしながら俺は今までアリシアさんの生歌を王族主催パーティーの時くらいにしかまともに聞いた事がない。
いや、それでも他の一般市民達からすれば恨み妬みを向けられるべき幸福なのだろうが……
生憎俺個人があまり音楽等への興味が薄かったという理由の方が大きいだろう。
自分でも学の無い人間だと思うが、今まさに現在進行形でその事を心の底から後悔しているので許してほしい。
やはり上手い。
パーティーの時の賛美歌も見事な物だったが今アリシアさんが歌っている曲はなんとも優しく、いつまでも聞いていられるような安心感に満ちた物だった。
歌詞は一人の少女が感じる切なさや儚さを主題に置いているが、男の俺でもつい目頭が熱くなってしまうような表現ばかりだ。
それになんといっても歌っている時のアリシアさんの表情――まるで歌う事そのものに恋でもしているかのような顔だ。
あんなに自然に笑うんだな。きっと心の底から歌が好きではないとあのような表情はできまい。
きっと彼女のファン達はこの表情に魅せられているのだろう。
アイドルだなんて言うもんだからもっとキャピキャピした電波ソングを奇抜なダンスと共に歌い上げるのかと身構えていた自分を張り倒したいぜ。
これはブリュンスタッド家へシーズン毎に送られてきていたアリシアさんの新曲CD(異世界要素はどこいった)をエリザベートが密かに保管していたのも納得だ。
「――完璧ね」
曲が終わり、エネオさんは満足げな笑みを浮かべる。
「これなら他の曲も一回通して今日はもうお開きにしましょう」
「あら珍しい。いつもはもっとネチネチ言ってくる癖に」
「いいのよ、休息も立派な練習なんだから」
エネオさんの言葉を聞いてアリシアさんは少し俯きスカートの裾を握りしめる。
「……エネオ。実は私次のライブで……」
「王族との婚約の件ならもう知ってるわ、キャスカから聞いてね」
「そう…… ごめんなさい。私、中々言い出せなくて」
「急な話だったみたいだし無理もないわよ。でも本当にいいの?」
「……」
「立場とか責任とか色々あるとは思うけれど、もう一度よく考えてみたら?」
「ありがとう、でもいいの。もう決めた事だから……」
「そう、なら私はもう何も言わないわ。残り少ないレッスン楽しんでいきましょう」
「……ええ、そうね」
そこからアリシアさんは様々なジャンルの歌を披露してくれた。
それはアップテンポなロックチューンだったり、可愛らしいガールズポップだったり、はたまた物静かなフォークソングだったりとかなり広範囲のジャンルをカバーしていて正直驚いてしまった。
こんな貴重な時間を過ごせるのはマネージャーとしての役得といえるだろう。
エリザベートに今度自慢してやろうかな。
しかし、歌い終わった後に時折見せるアリシアさんの寂しげな表情は俺の目に執拗にこびりついた。
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