俺の悪役令嬢が世界征服するらしい 番外編

ヤマト00

アリシアナイトラブル

「アリシアさん朝ですよ、起きてください」


 朝日が微かにカーテンの隙間からこぼれる寝室。
 俺はそこに置かれた無駄に大きなベットで寝息を立てているアリシアさんを起こしていた。
 エリザベートならばここら辺で「まだ眠い、起こせば殺す」とか「キスしてくれなければ起きん」とか両極端なセリフを口にする場面なのだがアリシアさんは、


「んん……。後五等分……」と言いいながらシーツに潜ってしまった。
 一体何を切り分けるつもりなのだろうか。


「駄目です。今日は早朝から騎士団の訓練指導の予定ですので、その後はボイスレッスン、週末のコンサートの打ち合わせが控えています。だから早急に起きてください」


 本当はもっともっと細かい予定のオンパレードなのだがそれは後ほど説明するので今は省く。
 本日のご予定は~ なんて如何にも執事っぽいセリフを言うのはかなり久しぶりだ。
 なにせエリザベートの予定は大体空白だからね!!


「……分かったわよ。起きればいいんでしょ起きれば」


 アリシアさんは少し寝癖の付いた頭をさすりながら起き上がると俺が淹れたミルクティーに一口飲む。


「あら意外、キャスカ程じゃないけど美味いわね」
「ありがとうございます」


 俺だってあの口うるさい金髪女に十年間こき使われてきたからな、使用人としてのスキルには多少自信があるのだよ。


「はい、じゃあお着替えしますから脱がしますよ。バンザーイ」
「何がバンザーイよ、着替えるから外出てなさいよ」


 普通に怒られて叩き出されてしまった。
 どうもまだ完全に心を許してもらえてはいないらしい(たぶんそういう問題ではない)。


「さて」


 俺は寝室の扉を背にしながらキャスカさんから借りているスケジュール帳を取り出し目を通す。
 そこには朝から夜まで分刻みのスケジュールがびっしりと書かれており、注意事項やワンポイントアドバイス等が詳細かつ的確に書かれていた。


「厄介な事引き受けちゃったなぁ……」






 ――時間は少し遡る事十四時間程前。


「執事兼マネージャーって…… キャスカさんそれはどういう――」
「言葉通りの意味です、私がエリザベート様を見つけて戻ってくるまでアリシア様のお世話をお願い致します」


 キャスカさんはニコニコしながらそう言った。


「ちょ、ちょっと待って下さい。そんな急に言われても…… 第一他の使用人に頼めばいいじゃないですか」
「生憎他の使用人達にはアリシア様の結婚式の準備等を含めたそれはもう重大な多く仕事があります、それに御三家の令嬢に直々に仕えるのがどれだけ大変かミコトさんならお分かりでしょう?」
「まあ、それは、そうですけど……」


 確かにあの規格外の三人に付きっ切りというのは並みの精神力や体力では到底なしえない。
 それは俺が一番分かっている。


「私の知る限りミコトさん程優秀で信頼に足る執事はそういる物ではありません、出来る限り急いで戻ってきますのでお願いできませんか?」
「うぅ……」


 褒め殺しからの上目遣い、この人男にお願い事をする時のテクニックを熟知しているな。
 しかし俺はNOと言える日本人、そう簡単には折れんぞ。


「いやいやキャスカさん、それは流石に無理が」
「ぐすんッ このままではアリシア様の貞操はあの醜い豚王子に…… ああ、なんておいたわしや。そんなアリシア様を見るくらいならやはり私が王子の息の根を止めて――」
「お引き受けします」


 即答以外の選択肢が思いつかなかった。NOといえる日本人はどこに行ってしまったのだろう。


「あ、因みにアリシア様に手を出したらエリザベート様にチクリますからね?」
「……本当に信頼してるんですか?」


 回想終わり。


 まあそういう流れで俺はしばらくキャスカさんのヘルプとしてアリシアさんの使用人を任される事になった。
 ブリュンスタッド家の事はそこら辺の人間よりずっと優秀なスカーレッドがいるので問題ないのだが、俺としてはやはり今後の自分の身の方が心配である。


「初日からこのハードスケジュールか……」


 俺はビッシリと埋まっているスケジュール帳の内容を粗方確認してから閉じて懐にしまう。
 すると背後のドアから「終わったわよ」とアリシアさんから声が掛かった。
 扉を開けるとそこにはいつもの白と水色を基調としたデザインのドレスに身を包んだアリシアさんが立っていた。


「凄いですアリシアさん、まさか本当に一人でお着替えできるだなんて……」
「アンタのそれが馬鹿にしてるんじゃなくて、エリザベートが一人で着替えられないっていう意味なのは理解できるから何も突っ込まない事にしてあげるわ」


 俺は察しのいいアリシアさんを大きな化粧台の前に座らせて身嗜みを整える。
 こうして近くで見るとやはり小さくてとても細い。
 俺はその美しい銀髪をくしでとかして、いつものツーサイドアップに纏める。
 えっと、確かメイクは軽めでいいんだよな。
 まあアリシアさん程の素材ならむしろノーメイクで充分すぎるほどなのだが帝国一の売れっ子アイドルともなればそうも言っていられまい。


「まったくキャスカの奴急に暇を取らせろっていうから何事かと思ったら妹の結婚式をぶち壊しに行きたいだなんて、そういう事はもっと早く言ってほしいものだわ。しかもヘルプの使用人にアンタを寄越すだなんて何考えてるんだが……」
「あははははは」


 俺苦笑い。キャスカさん、もう少し他の理由は無かったのだろうか……
 口裏を合わせる俺の身にもなって欲しい。
 なんでもキャスカさん曰く帰りは最低でも四日後、最悪ライブの当日になりそうとの事だ。
 エリザベートの居場所が分かったとはいえ、山から一人の人間を探すのはやはり骨が折れるのだろう。


「終わりましたよ」
「ふ~ん、まあまあね」


 鏡を見たアリシアさんはとりあえず俺に及第点をくれた。


「最初は騎士団の早朝訓練指導だっけ?」
「はい、既に馬車は到着しています。朝食はサンドイッチをご用意したので中で食べて下さい」
「そう、じゃあ早速行きましょうか。新マネージャー」


 こうしてアリシアさんの華麗でそして多忙な一日は幕を開けた。





「ごうらぁ!! この醜い豚共!! そんなへっぴり腰でどうすんのよ!!」
『イエス! マアム!!』


 フローレンス領の一角、そこにある巨大演習場にて騎士団の早朝訓練は行われていた。


「もっと死ぬ気でやりなさい!!」
『イエス! マアム!!』


 アリシアさんの言葉に上半身裸の筋骨隆々な男達が一糸乱れぬ素振りをしながら低い声で答える。
 総勢二〇〇人強の屈強な男達が綺麗に並んで一心不乱に剣を振るう光景はまさに壮観の一言だ。


 騎士団――ミスリム帝国における軍事行動と治安活動を両立して行う武力組織、現在はスタンフィールド家が事実上の実権を握っている。


 そしてその頂点に君臨するアリシアさんはドレス姿のまま高台に上ってひたすら騎士たちに罵声を浴びせていた。
 その内容はというと「もっと腰を入れろ豚野郎」「気合が足りないわよ豚野郎」「なんかもっとバーッといってガーッとすんのよ豚野郎!!」といった感じだ。正直本当にこれで指導になるのか?
 しかし当の騎士達は、


「うひょ~ 今日もアリシア様は美しいぜ~」
「ああ、俺達は幸せ者だ。なにせ帝国一のアイドルに罵声を浴びさせられながら鍛えて貰えるんだからな」
「うゥッ…… 俺、生きててよかった…… よがっだよおお」
「泣くな、その涙は週末のコンサートライブにとっておけ!!」


 そんな会話が所々から聞こえてくる。
 どうやらほとんどがアリシアさんの大ファンらしい。道理でやる気ゲージが振り切れている訳だ。


「でもなんだよ、アリシア様の隣にいるモヤシ野郎は」
「なんでもキャスカさんのヘルプで入った執事らしいぜ」
「ちッ! 気に入らねえ。俺達が一生かかっても手に入らないポジションに涼しい顔で立ちやがって……」


 あれあれ? なんか俺の印象悪くない?
 いや崇拝している存在の隣にどこの馬の骨ともしれない輩が突然居座っているのだから怒りを覚えるのも無理はないとは思うけれど、でも……


「なあ、素振りしてる剣がすっぽ抜けて偶々他の奴に刺さっちまってもそれは事故だよな?」
「ああ事故だ」
「安心しろ、俺が証人になってやる。だからやるなら確実に殺れ」


 なんか事故に見せかけて殺されそうになっている気がする。


「コラァ!! そこの豚野郎共! 私語が多い!! 口を動かす暇があるなら剣を動かしなさい!!」
『イエス! マアム!!』


 図らずもアリシアさんのお陰で危機は去ったようだった。
 騎士達もアリシアさんに怒られて満面の笑みを浮かべている。これはわざとやっているな。


「おい貴様ッ!! いい加減にしろ!!」


 ついに俺に対しての罵声が浴びせられたのかと思ったが、どうやら最後列の部分でなにやらトラブルが発生しているようだった。
 他の騎士たちは皆「またあいつか」「けッ これだから上級貴族出身のお坊ちゃんは……」というような声が聞こえてくる。


「はぁ…… またアダムスが問題起こしてるみたいね」
「どうするんですか?」
「行くしかないでしょ。部下の不祥事を解決するのも上に立つ者の務めよ」
「うお~ 格好ええ。じゃあ頑張って来てください!!」
「なに言ってんの、アンタも来るのよ」
「あ~れ~」


 俺はアリシアさんに引きずられ騎士達が揉めている場所へと連れていかれた。
 するとそこでは茶髪の大男が金髪の美青年の胸倉を掴んでなにやら言い争いをしていた。


「いい加減離してくれないかなカルロス、服にシワが付くじゃないか」
「なんだとアダムス。訓練をサボっていたのは貴様の方ではないか!!」


 内容から察するに美青年が訓練を服も脱がずに(これはたぶん重要ではない)サボっていたのを大男が注意したのが原因のようだ。


「アリシアさんあの二人は?」
「大柄の方はカルロス・イグナイター、それなりに古参の騎士団員ね。胸倉を掴まれている金髪はアダムス・ガルフード、ガルフード伯爵のご子息でつい最近騎士団に入ったばかりの新人よ」


 アリシアさんの説明を踏まえて俺はもう一度二人の会話に耳を傾ける。


「大体訓練なんていうのは才能のないお前達だけしてればいいんだよ。天才の僕には無縁だね」
「なんだと貴様……」


 倍以上の体格差があるカルロスに胸倉を掴まれているのにアダムスはなんとも余裕の表情のまま嫌味ったらしい態度を崩さない。
 カルロスはそんなアダムスの挑発に今にも怒りが爆発しそうな感じだ。
 このままいくと口論だけでは済まないかもしれない雰囲気である。


「あーあ。まったくこれだから平民出身のボンクラは困るんだよねえ、自分の実力も口の利き方も分かってないんだからさあ」
「くッ!! 言わせておけば!!」


 ついに激昂したカルロスはアダムスに対してその大きな拳を振り上げた。
 しかし次の瞬間カルロスの身体は空中を舞い、勢いよく地面へと叩きつけられる。
 必然的にカルロスは「がはッ!?」という声と共に口から赤い液体が数滴噴き出す事になった。
 よくは見えなかったが恐らくアダムスがカルロスの手を片手で捻り上げてそのまま強引に空中へと放り投げたのだろう。
 曖昧な表現になってしまったのはアダムスの動きがあまりにも、本当にあまりにも速かったからだ。
 どうやら横柄な態度をとれるくらいの実力を持っているらしい。


「あれあれ~? どうしたんだいカルロス。そんなに疲れているのなら家に帰ってベッドで寝る事をオススメするよ?」


 アダムスはそう言いながら仰向けに倒れるカルロスに近づき片足で彼の腹部を踏みつける。


「止めなさいアダムス」
「……ちッ」


 アリシアさんの言葉を聞いたアダムスは舌打ちと同時にカルロスから足をどける。


「誰か、カルロスを医務室に運んであげなさい。たぶん褒めが折れてるから慎重にね」
「「はッ」」


 近くにいた騎士二人がカルロスを抱えてその場から離脱すると、アリシアさんはアダムスを睨みつける。


「やりすぎよアダムス。貴方、あのままカルロスの内臓潰すつもりだったでしょ」
「流石団長様だ、バレてましたか。でもお言葉ですが、先に突っかかってきたのは向こうです。貴方も見てたでしょ?」
「それは貴方が訓練をサボったのが原因ではなくて?」
「あんなの凡人のひがみですよ。天才の足を引っ張るだなんて本当に救いようのない奴だ」
「……そう、どうやら貴方には訓練以前に学ばなければならない事があるようね」


 そう言うとアリシアさんは自らの腰に携えている剣の柄に手をかけ、その刀身を引き抜く。
 そしてその切っ先をアダムスへと向け、声高らかにこう宣言した。


「アダムス・ガルフード。貴方に決闘を申し込むわ!!」と――


 その時のアリシアさんの顔を俺はよく知っている。


「悪いわね。私、金髪の天才キャラって死ぬほど嫌いなのよ」


 それはいつもアリシアさんがエリザベートに対抗意識を燃やして勝負を申し込んでいる時とまったく同じ表情だった。

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