はぶられ勇者の冒険譚

雪村 和人

外道な道化

「よし。じゃあ出発するか。」

「おぉー!」

 2日後、荷物を整えた2人は村を出て道なりに歩き出した。その間、スキルの熟練度上げや、禁書庫の本を読み進めたりと特に話すこともなく静かに進んでいた。

「なぁ。」

 その沈黙を破ったのは遥だった。

「なに?」

 遥の声に玲奈は本から顔を背ける事なく返事を返す。

「そろそろ役割ロールを決めようと思うんだがどうする?」

「ろーるって?」

 やっと目線を本から外した玲奈はそんなことを聞いてくる。

「え?お前ゲームやったことないのか?」

 遥は心底意外そうに玲奈に向かって質問で返す。

「何よ。悪い?」

 玲奈は少し怒ったように声を低くしながら遥を睨む。

「い、いや。ちょっと意外だと思っただけだ。」

 遥は冷や汗をかきながら役割の説明をし出した。このとき、玲奈の発した威圧感に出来るだけ怒らせるのをやめようと心に堅く誓った遥であった。

「んで、役割ってのは簡単に言うと戦闘における役割分担の事だ。普通は天職に書いてある職業が良いらしい。スキルは天職に合うように振られてるし、天職に合わせるとボーナスがもらえるらしいしな。」

 遥はそこで一度言葉を切り、玲奈がちゃんと付いてこられているか確認する。どうやら”ちゃんと”とは言い難いが理解しているのを確認しその先を続ける。

「でも、俺たちの場合はスキルは恩恵のおかげでどうとでもなるし、ボーナスがなくても俺の恩恵使えば超強化出来る。だから好きなのをやればいいと思うんだが、どうする?それによって博愛で振るステに影響が出るんんだが。」

 言い切ってから遥は玲奈の様子をうかがう。玲奈はパンクしていた。頭から煙が見えそうなほどに。どうやら一度に入ってきた情報を処理仕切れなかった様だ。

「大丈夫か?」

 遥は心配になり声をかける。

「ちょっと待って。今整理する。」

 そう言って玲奈はしばらく考え込む様子を見せた。

「えっと、まずはどんな役割があるのか教えて貰って良いかな?」

 ようやく顔を上げた玲奈はそんな質問をしてきた。遥は玲奈がゲームをしたことがない事を今更ながら思いだし、すぐに説明を始める。

「役割は大きく3つ。前衛、中衛、後衛だ。前衛は近接攻撃主体の職業。中衛は弓職とか魔法職とかの遠距離攻撃主体の職業。後衛はサポートや回復が主体の職業だ。ちなみに俺は前衛、お前は中衛の天職だ。」

 遥の説明を聞いて再び何か考え出す玲奈。その調子で歩くこと5分。玲奈が顔を上げた。

「ねぇ。天職に合わせるとボーナスがもらえるんだよね?なら天職通りでよくない?それに魔法で倒すならまだしも、直接倒すのはちょっと・・・。」

 玲奈は少し申し訳なさそうにさそう言った。

「了解。じゃあ職業に合わせて勝手にステ振っちゃって良いか?」

 玲奈は遥の方を向いたままゆっくりとうなずいた。その反応を確認んすると、早速遥は眼と博愛を使い、ステータスをいじりだした。玲奈はその様子をしばらく見ていたが、ふっと思い出したように禁書庫の本に目を戻した。




 そんな調子でさらに5日たった。そのころには、2人とも話題が無くなっていき最終的には、元の世界の話になっていた。

「でさ、その時由美子がさ・・・」

 野宿の準備が終わり、焚き火の前でそんな話をしていると、

 ガサッ!

 と、草木の揺れる音がした。2人は直ぐに話を止め、武器を構えた。

「ま、待ってくれ!人間だ!武器をしまってくれ!」

 そう言って出てきたのは1人の大柄な男だった。その男の衣服はぼろぼろになっていて、体も傷が目立っていた。

「っ!大丈夫ですか!?」

 その男の様子を見た玲奈が駆け寄ろうとする。だが遥がそれを制した。玲奈がその真意を問おうと口を開こうとするが、それすら遥の言葉に遮られる。

「お前の名前は?身分を証明出来る物は?」

 遥のそんな言葉に玲奈は顔をしかめる。しかし反対に男は笑い声を上げる。

「はっはっはっはっは。いいねぇ。若いの2人だから簡単に騙せると思ったが、案外しっかりしてんじゃねーか。あんちゃん。」

 急に雰囲気が変わった男を見て玲奈は目を見開く。遥は玲奈の様子を確認する事無く男を観察する。

「わりぃなあんちゃん。お前らの持ってる物資とそこの嬢ちゃん貰ってくぜ?」

 心底楽しそうにそんなことを言いだした男に向かって遥は睨みながら声を低くして返す。

「やれるもんならやって見ろ。」

「おぉ怖い怖い。じゃあ行くぜっ!」

 その言葉を合図にしたかのように四方八方から男達が現れる。その数は17。全員が武器を片手に持ち、その顔は酷く残虐な笑みに染まっていた。遥は剣を抜き、腰を低く構える。その額には冷や汗が滲んでいた。

「やれ。」

 最初に現れた男が指示を出すのを合図に男達は遥達へ接近する。それを見た遥は舌打ちをしつつ、玲奈を包囲網の外へ放る。

「え?」

 玲奈の口からそんな声が漏れた。その声が届いたかは分からないが、玲奈のつぶやきが響いた瞬間、遥は動き出した。

「やぁっっ!」

 遥は叫び声とともに斬撃を放つ。放たれた剣は見事に男に命中し、男の二の腕の、筋肉を断った。

「ぐぅぁ!」

 男は痛みに耐えられずにうめき声を上げる。遥は飛び散った血を見て目を見開く。その足取りには先ほどまでの勢いはなく、ふらついていた。その光景を見た男達は喚起に腕を振るわせ、玲奈は必死に彼の名を叫ぶ。

 遥は歯を食いしばり、地面を蹴る。腕を切られた男は既に体制を立て直していた。遥はその男に向かって足を踏み出す。遥に狙われた男は不敵な笑みを浮かべる。遥はそれに気づくことなく速度を上げる。

 あと一歩で男に届くと言うところで遥はわき腹に大きな衝撃を受け、横に吹き飛ばされた。遥が体を起こすと1人の男が足を振り上げたまま止まっていた。

「おいどうした?最初ほど速度出てないぞ?」

 そう笑いながら言った男は遥に向かって走り出す。遥はとっさに剣を取り直し、渾身の力を込めて前へ突き出した。

 ぶしゃぁ

 そんな音とともに男の血が飛び散る。その血を浴びた遥から力が抜け落ち、尻餅を付く。そのまま頭を抱え、叫び出す。

「何だ?赤ん坊見たいに騒ぎ出して。」

 男達は不思議そうに遥に近寄っていく。そして遥の状況を確認するやいなや喚起の声を上げ、武器ではなく、手足を使い遥をいたぶりだした。

「ぎゃはははは。さっきまでの威勢はどうしたんだ?おい。ぎゃははは。」

 遥はされるがままになっていて、いっこうに動こうとしない。玲奈はそんな光景を見てただただ泣いていた。そして遥の名前を叫んでいた。しかし遥が動かないのを見てその声は段々と霞んでいき、ついに息が漏れるだけになっていた。

 遥を散々いたぶって満足したのか男達は遥を森の方へ放り、玲奈の元にやってきた。その目は本能に従って狩りをする獣の様だった。

「おぉ!こりゃ上玉じゃねーか!いいねぇ。先に俺にやらせろよ。」

 そんなことを言いながら玲奈を縄で木に縛りだした。玲奈は必死に抵抗したが、17人もの男達にはそんなもの対して苦にならなかった。男達が玲奈の口に布を入れ、言葉を遮った。その直前、玲奈は遥の名前を叫んだ。玲奈の叫びは森の中へと吸い込まれていき、その残滓を残しながら消えていった。




 遥が目覚めると真っ白い空間に横たわっていた。そこには何もなく、ただ白い床と薄く張った水のみが存在した。

 ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ

 そんな音を立てながら何かが遥に近づいてくる。その何かは遥の頭の前で止まり口を開いた。その声は遥と同じであったが遥よりも低く、全てを塗りつぶしてしまいそうなほど黒い嘲笑を含んでいた。そしてなにより、楽しそうであった。

「なさけねぇな。あんな奴らにやられるなんて。あんな約束しておいて、全く守れてないじゃねぇか。結局そんなもんか。お前の言葉の重みは。」

 その声を聞き、遥は唇を噛んだ。とても悲しそうに、なによりも悔しそうに、そして彼の言葉を噛みしめる様に。

「畜生。俺には、俺には無理だった。あんな約束をして置いて。何もできなかった。あいつを守ることが出来なかった。俺には人は殺せない。」

 遥は彼に届くか届かないか分からないほど小さな声で、今にも消えてしまいそうな掠れた声でそんなことを言った。

「そうだな。お前に人は殺せない。人を傷つけることさえままならない。ならお前はどうする?」

 彼は遥に向かって問う。その問いに遥はか細い声で、しかし強く、真剣に、答えた。

「頼む。あいつを助けるために。約束を果たすために。お前の力を貸してくれ。もうあんな思いをしないために頼む。」

 その答えを聞いた彼は大声を上げて笑った。その声は先ほどの男達とは比べものにならないほどに残虐的だった。

「クク。そうか。そうか。そんなにあいつが大事か。いいねぇ。あの約束、お前の代わりに果たしてやるよ。」

 そう言った何かは遥を追い越し、歩き出す。その顔には半月型の笑みが浮かんでいた。

「そんじゃあ、選手交代だ。」

 その声が響いた瞬間、白一色に染まっていた空間は全てを飲み込むような黒に染まった。




 玲奈は木に縛られていた。口にも布が積められていて誰かに助け求めることも出来ない。男達は遥達の荷物を漁り食料などを集め、火をおこし、騒いでいる。しばらくすると、男達は玲奈の元へやってきた。

「おい嬢ちゃんよぉ。わりぃが俺たちの相手してくれよ。なぁに。いたい思いなんてしないから安心しろ。」

 そう言って男は玲奈の服を剥ぎ出す。玲奈も必死に抵抗するが、縛られてる状態でまともな抵抗が出来る訳もなく、あっけなく服を破かれ、白い肌が露わになる。男達はその姿を見て喚起の声を上げる。

「随分と楽しそうじゃねぇか。俺も混ぜろよ。」

 そんな声が響いた。別段大きくない声は騒がしかった男達を黙らせた。その声は玲奈がずっと待っていた人物のものだった。玲奈は喜びに目を見開き、声のした方向をふり向いた。それにつられるように男達も声の発信源を見る。そこには、1人の男が立っていた。その姿を見た玲奈は先ほどとは違う意味で目を見開く。

 その姿は遥の物だった。ただ、男達につけられていた傷は一切無く、日本人特有の黒髪は雪のように白く染まり、異能の影響により紅くなっていた眼は全てを飲み込むような漆黒に塗りつぶされ、口は三日月のような尖った笑みを浮かべていた。

「何だてめぇ。さっきぼこられたのにまたやんのか?」

 1人の男が雁を飛ばす。それを聞いた遥のような何かは高笑いをしてその男に向きドスのきいた声で楽しそうに返す。

「お?いいねぇ。やってやるよ。あいつは人間を傷つけられねぇが、俺はそう言うの大好きだからさぁ。」

 そう言って何かは軽く拳を構える。それに習ったかのように各々の武器を構える。男達のいらついたような顔を見て心底楽しそうな笑顔を見せた。

「さぁ。お遊びゲームを始めよう。」

 彼の言葉に男達は笑みを浮かべる。

「いいねぇ。遊んでやるよ。」

 その言葉に全員の笑い声が続く。彼はそんな様子を見て口角をさらにつり上げる。玲奈は彼の変わりように驚きその残虐な笑みに戦慄を覚えた。

「おらよっ!」

 そんな声とともに1人の男が大きな斧を振りおろした。その先の光景を想像した玲奈は目を閉じ、顔を逸らした。しかし、玲奈の耳に肉を断つ音が聞こえる事は無かった。かわりに聞こえてきたのはドサッと言う何かが倒れたような音と低めの呻き声だった。

 玲奈が恐る恐る目を開くとそこには無傷の彼と、腹部をおさえ倒れ込む男の姿があった。それを見た男達の顔から笑みは消えていて、驚きの色に染まっていた。

「おいおいどうしたんだ?遊んでくれるんじゃ無かったのか?え?こんなんじゃ準備運動にもなりゃしない。これなら猿とじゃれ合ってた方がよっぽどマシだな。」

 彼の言葉と落胆したような表情に男達は怒りを滲ませ、その瞳に殺意の炎を灯した。

「言ってくれるじゃねぇか。少し格好が変わったぐらいで調子のんじゃねーぞ!おい、お前ら!行くぞ!」

 1人の男の言葉に全員が大きな声で返事をし、一斉に彼に向かって駆け出す。どう見ても絶望的な状況に玲奈は必死に叫ぶ。しかし布に遮られて彼に届くことはない。そんな状況の中、彼の口は三日月型に裂けていた。次の瞬間、彼を中心に男達の足もとに青白い幾何学模様が現れた。そこで彼の口が動き出した。

<魂喰らいし亡者達。今、我が魔力を糧に顕現し、生ける者を冥府へ導く霊となれ。 ー氷の亡者の道案内ー>

 彼の詠唱が終わると、男達の足もとの模様から青白い手が出てきた。その数34。男達はその光景に恐怖し、我先にと逃げ出す。しかし、青白い手が男達の足にまとわりつき妨害する。そして足を支えにして、地面から這いずり出る様に動き出し、その全貌を露わにした。それは青白く、冷気を発する氷で出来た骸骨であった。骸骨達は男1人に2体ずつ群がっていく。

 その姿に男達は腰を抜かし、後ずさる。しかし亡霊達はそれを許すつもりはないらしく、瞬く間に男達に絡みつき、地面に縫いつける。そんな男達の格好に彼は苦しそうに腹を抱え、笑い出す。

「あはははは、ひひひひひ。ひー、ひー。ヤバイ、腹がよじれる。あんなにやる気満々だったのに、今じゃ影も形もないなぁ。殺意と怒りに染まってた顔が絶望に塗りつぶされていく。あぁーほんっと最高だ。これだから止められない!」

 そう言って笑い続ける彼を見た男達は恐怖した。しばらく笑っていた彼は笑いが収まると不気味な微笑みを浮かべ男達を一瞥すると、実に楽しそうに言い放った。

「さぁ。そろそろ終わりにしようか。散々あいつをいたぶってくれた礼だ。最後まで楽しんでくれ。」

 言い終わるのと同時に彼は指を鳴らした。

 パチンッと言う乾いた音が響くと、亡者達が動き出した。亡者達は男達に絡みつき、爪を剥ぎ、目玉を抉り、皮膚を引き裂き、生き血を啜り、肉を喰い千切り、骨を砕いた。ゆっくりと。気を失わない様に。男達も必死に抵抗していたが、次第に力を失っていき、最終的には弱々しく呻くだけの人形と化した。

「何だ。元の世界の奴らの方が良く鳴いたぞ?」

 彼は呆れた顔でそう言い放った。玲奈は戦慄を覚えた。今目の前で起こっている現象に、それを見て笑っている彼に、そして彼の言葉に。

 男達が動かなくなると彼は亡者達に向かって1回手を横に振った。すると亡者達は自身が喰らっている人間の頭と首を掴み、ゆっくりと力を入れ横に引っ張っていった。

 男達は再度大声で呻き、暴れ出す。そんなことは気にも止めずにさらに力を入れて引っ張り出す亡者達。次第に男達の皮膚が裂かれ、血が吹き出す。亡者達は尚も力を込め続けた。結果、男達の頭と体は永遠の別れを告げた。

 男達の首を千切った亡者達は模様とともに砕けて消えていった。玲奈はただ呆然と眺めていた。現実とはかけ離れたその光景は確かな残骸を残し夢ではないと訴えかけてくる。玲奈は顔を青くし異様な吐き気に襲われた。

 そんな玲奈を見つけ、思い出したかのように彼が近づいてくる。玲奈は本能的な恐怖から必死にその場から逃げようとする。しかし木に縛られているせいで動くことが出来無かった。彼の接近に絶望し、目を閉じた。しかし、予想とは反対に、拘束が解かれ、口に積められていた布も外された。玲奈は驚きに目を開き、彼を見る。

「はる・・・か・・・?」

 気づくとそんな声が漏れていた。彼はその問いに細く微笑み、首を横に振った。

「残念ながら俺は遥じゃねぇ。俺の名は吹雪。そうだなぁ。コイツの第2人格とでも思っといてくれ。」

 そう言って残虐的な笑みを浮かべ、自身に親指を向ける吹雪。しかしその強気な態度は続かず、直ぐにふらつき地面に片膝を付いた。

「チッ。ほんっと燃費悪いな。まぁ仕方ねぇか。」

 吹雪はそう呟いて、改めて玲奈を見る。その恐怖に染まった顔を見て彼はため息を付いた。

「安心しろ。おめぇが遥の味方なら俺がおめぇに敵対する事はねぇ。」

 そう言った吹雪は顔の向きを変え森の奥の方を指さす。

「あっちの方にコイツ等が使ってた巣がある。そこなら少しはまともに休めんだろ。ちなみに山賊はコイツ等で全部だ。俺はここで墜ちると思うから、後は頼んだぞ。」

 そう言い残し、吹雪は倒れた。玲奈が恐る恐る近づいてみると髪は黒に戻っており、体には多くの打撲痕や痣などの傷があった。

「これは・・・どう言うこと?」

 玲奈はそう言い少し考え出した。結果、今は先に休もうと言う答えにたどり着いた。そこで遥の脇を抱え、吹雪に言われた方向へと進んでいった。

 しばらく進むと岩壁が見えてきた。その下に大きめの洞窟を見つけた玲奈は遥を茂みに隠し、そっと中の様子を確認した。そして誰もいないのを確認すると、遥を抱え直し洞窟内へと運んだ。洞窟の少し奥の方まで来た玲奈は遥を寝かせてからその隣へ腰を下ろした。

「吹雪・・ね。」

 遥を見つめながらそう呟いた玲奈は何かを考えるように顔をしかめた。しばらくすると事切れたかのように眠りについた。




来月は忙しそうなので更新できるか分かりません!すみません!

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