異世界人の主人公巡り ~そんなに世界は素晴らしいかい?~

このさく@山賊なろう作家

十三の世界でタライモのスープを

ちょっとしたロスタイムはあったけどこの世界の主人公に接触しようとするわたしたち。


「正直言うとこの世界お花を踏んだりとかで逮捕されてる人ばかりだと思っていたけど意外とたくさんの人がいるのね」
わたしはついつい疑問を口にした。


この世界にいる人はわりと笑顔だった。だからといって悲しんでいる人がいないわけではなかった。まあ、悲しんでいる人のいない世界も不気味だろうな。


ただデバイスがやたら古いのが気になった。


みんなが読んでいるのは新聞などの紙媒体で地面は舗装された土で家も木造とドローンとか大きい機械のクワガタを作れる技術があるとはとても思えなかった。


「技術があそことは雲泥の差だね」


「まあ、一人がもたらした技術が大衆に渡るのには時間がかかるからね」
勇芽ちゃんはこともなげにそんな事を言った。


「まあ、私と真弓はおたずね物になってるみたいだから顔その他を変えるよ」
勇芽ちゃんがそう言いながらニジさんたちが作った装置から札を取り出した。


そして勇芽ちゃんがマガリさんと同じ黒マントを付けた。
わたしにも黒マントが付いた。


肩から前と後ろに黒い布が延びている。腕は問題なく横や前に動かせる。


マガリさんのマントも同じ構造みたいだ。


手をマントの下に入れると暖かくて良いな。


「で、このまま正面から入るよりいつの間にか中にいたって方が神秘感が出る。マガリ」


勇芽ちゃんがそう言うとあの耳鳴りがして辺りが暗くなった。
マガリさんが瞬間移動するときのあの耳鳴りだ。


わたしたちは部屋の中に移動していた。


「ここは?」
わたしは勇芽ちゃんに聞いた。


「ここは主人公の家よ。この世界は民家に鍵をかける習慣がないし寝床以外は土足で大丈夫だから安心して」


勇芽ちゃんの言葉を聞いてもなにに安心して良いか分からない。


「ゼウスによると主人公の名前はセン。歳は五十七で四年前に夫に先立たれた。今は寝床で寝ているらしい」
勇芽ちゃんの情報網怖い。でも、そう言えばマガリさんはわたしに名前を聞いてきたような。


『ゼウス。地球外惑星開拓用人工衛星』
サンキュー、ヘスティアさん。


ゼウスって確か原典では三兄弟で協力して悪い父親を殺してヘスティア助けた雷神だったよね。


雷神の名を持つ人工衛星で地球外惑星開拓用とかもう高スペック極まってるな。


「Mrs.セン。キミはナニかホしいモノがあるかい?」
マガリさんが枕元でセンさんにささやいた。


「おやまあ、どなたかな」
センさんはほほえんだ。


「私は勇芽。彼女は真弓。その白いのはマガリ」
勇芽ちゃんは露骨にマガリの扱いが悪い。でもその扱いの悪さが親しみの裏返しに見えて妬ましい。


「なるほどなあ。勇芽嬢ちゃん、真弓嬢ちゃん、マガリ小盟友シャオパンイウ


えっ、小盟友シャオパンイウ?たしか中国語で坊ちゃんや嬢ちゃんみたいな意味だよね。ああ、マガリさんは無性別でこの世界の坊ちゃんや嬢ちゃんを表す言葉も無性別だからこんな翻訳になったのかな。


『その通りです』
やったぁ、ヘスティアさん。


「私たちはセンさんの願いを叶えにやってきました」
ここで少し勇芽ちゃんやマガリさんの言葉に違和感を感じた。まるで誰かから言葉を借りてるみたいな。


「そうかい、それはご苦労なことで。じゃあ、タライモのスープをもらおうかね。それを朝食にしよう」
センさんの言葉は優しかった。
「承知した。Mrs.マキナ、朝日の元タライモのスープを与えよう」


あっ、そういえばマガリさんが言っていた満月云々ってなんだったの?


『タイミングによって界穴の先の世界が利になるか害になるか変動します。満月の場合、確実に利になる世界に繋がります。ヘスティアの機能を使えば確実に利になる世界に繋げられます』


サンキュー、ヘスティアさん。すごいや、ヘスティアさん。


「スープ……」
そう言いながら勇芽ちゃんはわたしとマガリさんを交互に見ます。


「ボクはムリさ」
マガリさんが勇芽ちゃんに諦めた顔で言いました。


「真弓、料理とか得意?」
勇芽ちゃんが深刻な顔で言いました。


「苦手です」
正直に答えた。


「ならばワガハイにお任せなのだ」
カコちゃんが胸を張って出てきた。


「Ms.カコ。デキるのか?」


「センさん。ワガハイはカコと申しますなのだ。タライモはもしやご主人との思い出の品なのですかなのだ?」
カコちゃんはマガリさんを無視した。


「ええ、タライモのスープは主人の得意料理でね。体が温まるんですよ」


「ずばり主人のお名前を教えてくださいなのだ」


「ああ、ウェダといいますが、それがどうかしましたか?」


カコちゃんとセンさんが二人で話し出した。


「ウェダさん。愛するセンさんのために力を貸してくださいなのだ『真似着猫≪キャッツコピー≫』」


えっ、なになに?
カコちゃんがそう言うと、のっぺらぼうだったカコちゃんに目鼻口耳が生えました。でも、その顔は明らかにおじいちゃんの顔でした。


「ウェダ……」
センさんが感嘆したような声を上げます。


「ああ、今この子の体を借りて少しだけ帰ってきたよ。今からタライモのスープ作るから待ってて」
カコちゃんの口から出た低い声はとても優しい声でした。


「ああ」
センさんが感慨深そうに言いました。


「そうだ、タライモを一つもらって良いですか?こういうのを育てるのが大好きな奴がいるんです」
勇芽ちゃんがそんな事を言った。


「良いですよ」
センさんの声は聞いていて安心する。
勇芽ちゃんはキッチンに向かった。


カコちゃんは手際よく、無言で料理しています。
カコちゃんの動きはまるでこの家のキッチンを知り尽くしているようでした。


なにが起こったの?


『わかりません』
ヘスティアさんでも分からないんだ。


すこしマントが重く感じて立つのに疲れた頃カコちゃんがようやくシチューを器に入れて持ってきた。
器は一つ。わたしたちは串を食べたばかりで満腹なのでセンさんの分だけだ。


「出来たよ。セン」
カコちゃんがなのだも言わず、センさんを呼び捨てにしていることに少し違和感を感じた。


でも、センさんとカコちゃんの二人がいる空間がそれだけで完結していて何かすごかった。


「ベルク様。日々の糧に感謝します」
センさんはそう言ってスープをすすった。


スープを飲むセンさんから目が離せなかった。


満足げな表情でセンさんを見つめるカコちゃんが美しかった。


センさんが飲み終わるまで何分の時が流れたでしょうか。


「ベルク様。日々の糧に感謝します」
センさんはカコちゃんを見てそう言われた。


「なあ、どうだった」
カコちゃんはしみじみと言った様子で言いました。


「あの頃と同じく美味しかったですよ」
センさんがそう微笑んで言われますとセンさんの頭上に丸くて光る物がお出でになりました。


それはわたしがあの晩通った界穴と同じ形をしていました。


勇芽ちゃん、マガリさん、わたしは迷わず界穴に入りました。




「セン、ベルク様の縁でまた会わんことを」
カコちゃんはセンさんにそう言ってから界穴に飛び込みました。


こころなしかセンさんの目がきらめいて見えました。


これでこの世界とはさようならです。

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