異世界人の主人公巡り ~そんなに世界は素晴らしいかい?~
四ノ世界に別れを告げて
「マガリさん、世界を越える前に恵鯉香ちゃんに会いたいのだけれどできるかしら?」
そういうとマガリさんは今朝の白い手鏡を取り出してこう言った。
「そのヒトをツヨくオモいウカべるのサ。Ms.高槻」
マガリさんの言葉通り恵鯉香ちゃんとの思い出を頭に浮かべた。小学校の遊具で遊んだこと、給食の時間アニメとか漫画のことを教えてもらったこと、恵鯉香ちゃんからもらった楽しい思い出を。
手鏡に携帯をいじっている女の子が映る。
その子には恵鯉香ちゃんの面影がどことなく残っていた。
どうやら電車の中で座っているようだ。
小学校卒業から五年以上会っていない旧友を見て目頭が熱くなった。
マガリさんに頼んでこの場面に今すぐ飛ぶことも考えたが、どうせならメルヘンチックに登場したい。
劇的童話的、それ素敵だってわたしのハートが韻踏んでる。
どんな風にしたいのか、わたしのブレインに問いかける。
偶然を装って恵鯉香ちゃんと再会したい。
小学校が同じで家の場所も知っているので先回りして道でばったり会いたい。
フンニューレロレロッパーの境地に達したわたしはいろいろおかしい。
とりあえず他にすることもないので恵鯉香ちゃんをじーっと見つめる。
なにをやっているのかな?携帯の画面は文字がほとんどでゲームではないみたいだ。
使ってみたことがないのでよくわからないがSNSというものだろうか?
あと、この鏡が左右反転しない事に気がついた。
まあ、ハザマの天秤みたいなファンタジーと同様の物だろう。
電車が恵鯉香ちゃんの家の最寄り駅のあじさい町駅に止まった。
わたしは絵里香ちゃんを待ち伏せるのに最適な位置に鏡に映る映像、鏡像でいいのかな?鏡像をマガリさんに連れてって欲しい場所に合わせた。
「マガリさん、ここにわたしを連れてって」
「リョウカイした。Ms.高槻」
何度か目の音もないワープ。
ただ、視界に違和感はないが、一瞬完全に無音になる影響か、ワープの直後軽い耳鳴りがする。
「おーい、恵鯉香ちゃーん」
わたしは手を大きく振りながら声をかける。
「えっと、どちら様ですか?って、もしかして真弓ちゃん!?」
ものすごい驚きぶりだ。それにしても、恵鯉香ちゃん相変わらず表情浴衣……じゃなかった表情豊かだな。
「そうだよ、五年ぶりだね」
わたしはそう言いながら恵鯉香ちゃんに飛びついて抱きしめました。
具体的に表現すると恵鯉香ちゃんに向かって走りながら右足を思いっきり踏み込んで跳びました。そのまま両手を大きく広げて恵鯉香ちゃんに接触します。そして手を恵鯉香ちゃんの背中に回して力の限りぎゅーっとします。
「えー、ちょっと待ってどうしたの。どうしたの。ねえどうしたの。ちょっと、苦しい」
恵鯉香ちゃんがそんなことを言うので少し力を緩めた。
「どういうことなの!?」
そう言いながらわたしの手を恵鯉香ちゃんは振りほどいた。
「えへへへへ」
わたしは満面の笑みで誤魔化そうとした。
「ちょっと、説明して」
恵鯉香ちゃんは右手でわたしの首の後ろの制服の襟を掴みながら強い口調で言いました。
わたしは微笑みをたたえて煙に巻こうとした。
「話したくないのね。分かった真弓。話したくなったらいつでも話して」
本島に恵鯉香ちゃんのこういうところは昔から大好きだ。
だがそれはそれとして胸の内を見透かされたようで少し不機嫌だ。
乙女心はめんどくさいのだ。
というわけでちょっとむくれた顔をしてみる。
具体的に言うと眼を細くしてほっぺたの中で空気膨らませながらキスの口をするのだ。
「じゃあさ、図書館行こうよ」
「ふぇっ」
どうやらこの提案はわたしにとってマガリさんの非日常性よりも想定の埒外にあったようだ。
その事実にわたしの胸はノンストップドキドキ状態だ。
「あじさい中央図書館ね」
そう行って右手を首からわたしの左手に持ち変えてわたしの手をぐいぐいと引っ張った。
この感じ懐かしいな。そう、これが恵鯉香ちゃんの感じだ。
昨晩のマガリさんみたいにわたしに気を使いながらゆっくり進んでくれるのも悪くないがこんなふうにぐいぐいリードしてくれるのも捨てがたい。
そのまま連れられてあじさい中央図書館に向かった。
「なんで図書館なの?」
「ほら、辛い時はいいことだけいいことだけ思い出せって言うでしょ」
「うんっ?」
わたしは首をひねった。そんなことよりJASRA〇大丈夫かな?
一応、歌詞をそのまま載せるのは駄目らしいんだけれど微改変すればセーフだよね。
「そういえば、真弓ちゃん家ってテレビ見れなかったんだっけ」
「あっ、そうだけど」
「説明聞きたい?」
恵鯉香ちゃんはいつもこうだ。わたしが話についていけていないと察するとこんな風に聞いてくる。
そんな恵鯉香ちゃんがわたしは大好きだ。
「説明聞かせて恵鯉香ちゃん」
わたしは少しでも恵鯉香ちゃんと会話したくてそんな事を言った。
「真弓ちゃんが私の前に事情も話さず現れて、あんな子供っぽい真似をするってことは童心に返りたいんでしょ」
「ははは、恵鯉香ちゃんには敵わないな」
わたしは頭を掻きながらそう言った。
「で、真弓ちゃんにとってのいい思い出って私なの?」
「うん、そうだよ」
「なら今日は精いっぱい甘えなさい」
「そうさせてもらう」
そんな会話を続けているうちにあじさい中央図書館に到着した。
そういえば、ハザマの図書館にはどんな本があるのかな?
「ここでなにをするの?」
「いいから、いいから」
そう言って恵鯉香ちゃんは絵本コーナーに直行した。
「絵本読まない?」
「えっ、いいけど」
童心に返るとはこういうことだったのだろう。
絵本や児童書を閉館まで二人で読み漁った。
とても充実して満たされた時間だった。
でも、この世界から離れたいという願望は収まらなかった。
「恵鯉香ちゃん、さようなら。元気でね」
図書館を出るとそう言って走って別れた。
だって、止めようがない涙を恵鯉香ちゃんに見せたくないし、一緒にいるのが耐えられないから。
走った先は見知った我が家だった。
なぜ、わたしはここに来たのだろう。
でも、わたしの心に父への恐怖はなかった。
分かった。私は父と決別するためにここに来たんだ。
扉を開ける。中では父が飲んだくれている。
父はいわゆるエリートだった。
母はそんな父の金目当てで結婚したようだ。
父は私に対して伝えるのが下手だが愛情を持っていないわけではない。
だが母は私に対してひどく無関心でどんな状況でもいないものとして扱っていた。
それに比べれば父からの仕打ちなんて大したものではなかった。
父は二年ほど前は出世街道に乗っていた。
が、酒が入り部下へ暴力を振るったとかで懲戒されたらしい。
それを切っ掛けに母は失踪、行方知れずだ。
父は私に自分の二の徹を踏んでほしくないからいつもあんな教育をしていたのだ。
怒りもある。恨みもある。でも、感謝もしている。父に対する私の入り組んだ感情を伝えるのに言葉というものは不便すぎる。
でも、一つ言えることがある。今朝、学校でフンニューレロレロッパーの境地で叫んだ時、あれは私の思考よりも早く口から言葉が出た。
あんな風に考えるよりも先に言葉を紡いでいこう。
それ以外の言葉はうそになるから。
私は我が家に足を踏み入れた。
それは、これが最後になることだろう。
靴を脱ぎ下駄箱にしまう。
大きな声で「ただいま」とこれまで鬱陶しかった全ての行為が愛おしい。
そして酔いつぶれて眠りこけている父の元に近づいた。
昨晩は答えられなかったが、今父をどうしたいかは今なら答えられる。
まず、毛布をかける。
そしてら父の唇になぜだか無性にキスしたくなった。
した。
そして背中からぎゅーって抱きしめた。
そしたらマガリさんがやって来て「オこさなくていいのか?Ms.高槻」と言ってきたのでお願いすることにした。
どうせだし酔い覚ましもつけて起こしてもらった。
すると、父は「ふっうぇあぁぁ~」と言いながら両手をクロスさせて上に伸ばしました。
「愛してます。これまでありがとう」
「真弓、さっきは叩いて悪かったな」
この父は機嫌のいい時の父だ。
恵鯉香ちゃんと別れていつの間にか止まってた涙腺が再稼働を始めた。
あと、父はどうやら昨晩のことを先刻のことだと勘違いしているようだ。
「ねぇ、父様。いや父さん。これまで育ててくれてありがとうね」
「どうした急に?泣き出して」
「私はね。父さんの言う良い子になれなくてごめんなさい。でもさ、言い訳だけど私だって出来うる限りのことはやったよ、でももう疲れちゃった。だから、これで父さんと私が会うのは最後になる。一日中一人にしてごめんね。そんな夜を続けさせてごめんね。でもさ、これまで私が父さんに求められてきた私像は私には作れないの。たとえばさ、父さんが失脚しなくて父さんの結婚相手がいい人で、そこに生まれた高槻真弓が優秀で、父さんの求める私像を完璧に再現できたとしても、高槻真弓は満たされない。それだけははっきり言えるよ。うん、分かってるよ。過度な期待が父さんの愛情だってことは。ねぇ、でも一つだけ確かなことがあるの。私は今幸せなの。その幸せに父さんはいないの。私は父さんに何も期待してないの」
なんだろう。思いつくまましゃべった。
文としてはむちゃくちゃかもしれない。でも、すっきりした。
父さんは私の表情と言葉から私の思いをくみ取れたかな?
「こっちこそ、こんな、ろくでもない親父でごめんな真弓。父ちゃんはなちょっとしたことでキレるし視野が狭いしすぐ手が出るしで、分かってるんだ。でも、自分じゃ抑えられないんだ。でさ、お前の今の告白、悲しかった。俺自身が不甲斐なさ過ぎて、その不甲斐なさのしわ寄せを浴びせてごめんな真弓。でもさ、今の俺は比較的まともだけどさ。怖いんだ、暴力的な自分が今のことを聞いてたらたぶん殴りかかってた。それが怖いんだ。ごめん、本当にごめん」
親子で体中の水分と喉が許すまで泣きじゃくった。
私は泣きながら父さんの背中をさすった。「大丈夫だよ。大丈夫だよ」って泣きながら私と父さんに言い聞かせた。
二人が落ち着くまでどれくらいの時間が経っただろうか。
窓から刺しこむ月光が強くなった。
何事かと放心状態の父を置いて靴を履いて外に出てみるとバスケットボールぐらいの小さな光球が煌々と存在感を放っていた。
「マガリさん、これは?」
「ベツの世界にイドウするモンサ。Ms.高槻」
そう言ってマガリさんは光球に触れます。
「ヒきカエすならイマしかないぞ。Ms.高槻」
私は迷わず光球に触れて叫んだ。
「さようなら」
私は私の世界に別れを告げた。
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