天空の妖界

水乃谷 アゲハ

雪女に憑りつかれました

「まぁ、今から女を呼びに行くってのもそれはそれで問題だよな……。いいや、おっさん達は下で待っていてくれないか? 俺の知り合いにいる女でなんとかするから、この場は俺に任せてくれないか?」

「ん……?」

 突然の申し出に、サラリーマンのおっさんを始めとした階段で待機している人達が驚きと微かな怒りの気配を発している。いや、なんで怒られなきゃいけないんだよ。

「彼女のお願いなんだよ。自殺した奴が言うのもおかしいけど、目が覚めた時に皆から心配される為でもそうでなくても、大勢の人に囲まれたくないってさ。ま、それが今回の自殺の理由なんじゃないか?」

「なるほど……。まぁ、君とそこの男性で彼女の自殺を止めたと言うなら、今回は二人の手柄って事にしていいな。仕方ない、我々は帰るとしよう」

 口から出まかせだったが、階段で待機していた人達も納得したように降りていく気配がした。そして最後にサラリーマンのおっさんが、なぜか耳元で頑張れよと言ったのを無視して階段に誰もいない事を確認した。

「コミュニケーションって本当に使えるなぁ」

 思わず先に呟いてしまったが、彼らが俺の口八丁に違和感を覚える事なく従ったのは、紛れもなくこれが俺の能力だ。先ほど言った通り、俺は学校の落ちこぼれであり、戦える能力は一切無い。
 ついでだから説明すると、俺が手に入れた能力は〝コミュニケーション〟という能力と〝変身能力トランス〟という二つの能力。
 コミュニケーションは名前の通り、会話能力の向上だ。取引に強くなれるので、今みたいな状況になれば、魔力耐性のないやつは俺の言葉に絶対従ってくれる。茶目の自殺を止められたのもこの力のおかげだと思う。
 トランスの能力は、動物や怪獣に変身なんて格好いい物ではなく、ただの性転換能力だ。つまり女になる能力。だからと言って自分の体に変な感情を持ったりはしないけどな。

「真さん、ありがとうございました」

「ん?」

 能力の事を考えていると、どこかすっきりとした顔をしている雪撫がこちらに笑顔を向けていた。俺なんか感謝される様な事したか?

「さっきの言葉、とても心に響きました。そうですよね、彼がいない今、自分の頭にいる彼が真実でした。ありがとうございます。このお礼はケラさんという事で」

 そしたらお前、鞄返す条件が無くなるぞとは流石に言えなかった。ケラさんは、汗をかいた顔を必死に振りながら逃げ道を探すが、フェンスの外の氷はまだ残っているので逃げ場は俺の立っている階段への通路しかない。

「くっ……こ、これは次回逃げる時に使おうと思っていた手段だが仕方ねぇ!」

 まだ何か秘策を残しているのか、ケラさんは雪撫へ向かって全力で走る。当然ながら、そのタックルを雪撫は軽々躱して、いつの間にか作り出していた小太刀を逆手に持って、ケラさんのがら空きになった背中めがけて振る。

「……あれ?」

 その小太刀が背中に刺さり、ケラさんは大量の血を出して倒れる! なんて事は無く、雪撫の小太刀どころか雪撫の腕さえもがケラさんの背中を通過していた。ケラさんが止まるころには、すり抜けた小太刀と雪撫の腕だけが驚いたまま固まっていた。

「さ、最後に笑うのは俺なのさ。雪撫、お前はまだ人間に憑りついていない妖体の状態だからな、人間に触れる事は出来ないのさ。こんな人間界に妖怪がうようよしている世の中で、妖怪と人間がぶつかってちゃ歩けないだろ」

「そん……な……」

「残念だったな雪撫。確かに動かない物には俺達妖怪でも触れられる。けどな、命のある者に触れる事は出来ないんだ。妖怪は見られず触られない存在だからな。憑りついていないお前に、俺は倒せない。このまま逃げさせてもらうぞ」

 そう言って俺の方に勝ち誇った笑みを浮かべ、ゆっくりと近づいてきた。汗ばんだ顔と、さっきの人波に流されて崩れた服装や髪型が一層ケラさんを気持ち悪く見せる。まるで怪物だ。

「お前も命が惜しいなら逃げたほうが身のためだぞ? どうせお前みたいな人間が妖怪様に勝てるわけないんだからな!」

「何言ってんだお前。雪撫が俺に憑りつけばいい話じゃねぇのか?」

 俺が当たり前の事を聞くと、ケラさんは唐突に口を押え始めた。そのまま下を向いたのを見て何かと思ったが、肩が小刻みに震えてるのを見て笑っているのだと気が付いた。

「何笑ってんだ? 俺なんか変な事言った?」

「こ、これが笑わずにいられるかって。妖力を持っている癖に、『混気壊妖こんきかいよう』も知らないのかよ。あぁ、お腹いてぇや」

「こんき……何?」

 笑いながらの言葉なのでよく聞き取れなかった俺は、耳に手を当ててもう一度聞きなおす。その行動を見て、とうとうケラさんはお腹を押さえて笑い始めた。

「『混気壊妖』です……。他種族の妖力同士を混ぜると、そのお互いが壊れる事を言うんです。人間でいう血液型の違う血を輸血した時みたいな、そんな感じです」

 少し悲しそうな顔をした雪撫が答えてくれた。なるほど、その例えは分かりやすいな……でも、ん?

「ってちょっと待て。俺が妖力を持っているって? そんなわけがないだろ。俺は人間だぞ」

 今頃になって突っ込んだ。いや、俺は一応人間だぞ……あれ、そうだよな? 一番憎んでいる奴も人間じゃなくて妖怪だし……。あれ、それじゃあ人間である証明にならないじゃねぇか……。

「いえ、人間だけど妖力を持っているのは確かだぜ? 結構上手く隠しているが、時々漏れてるのを見るとかなりの妖力だ」

 俺の不安は、笑い終わったケラさんが払拭してくれた。妖力の事が本当なんだとすれば、俺が人間って事も確かだろう。まぁ、妖力云々は置いておくとして、今の状況をどうするか考えないとやばいよな……。

「ダメ元の提案なんだが……雪撫。こっちの姿には憑りつけないか?」

「え……?」

 何の話か分からないという顔でこちらに視線を向ける雪撫に、俺のもう一つの能力であるトランスを使って女に変身した姿を見せた。
 別に深い考えがあった訳じゃない。もしも生まれつき妖力を持っていたというならこっちの学校で手に入れた姿ならと思ったのだ。
 口を開けて固まっている雪撫の言葉を奪い取って驚きを口に出したのはケラさんだった。

「その能力はなんだ……? 確かにその姿には妖力が全くないが……お前、本当は妖怪か?」

「お前がさっき自分で人間って言っただろうが。俺自身不安になるんだからこれ以上その話題を言うんじゃねぇよ……」

「ま、まずい。に、逃げなければ……」

「もう、遅いよ?」

 あれ? 俺の口が勝手に動き出したぞ? というかなぜか動けないんだけど。

「もう、彼の体……彼女の方がいいかな? 彼女の体に入っちゃったから」

 え、いつの間にか俺の体に雪撫が憑りついたって事か? まぁ、多分そういう事なんだろうな。動けないどころか喋る事も出来ないし。

「私の事はいいけど、私の友達を侮辱した罪。許されない事だよ」

 今までで一番冷たい空気を発しながら、雪撫はケラさんの方へと手を出した。その手が白く光り始める。

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