世界を始める戦争か、もしくは最後の聖戦か〜敵国同士の剣姫と暗殺騎士

白季 耀

任務の報告

「レドモンド殿下。今回の敵国シルフィード王国の第3小隊の討伐を完了致し、報告に参りました」

ここはアウストレア王国の王の間。

由緒正しき場所であり、ここに入室出来る者達は国の信頼は勿論の事、多大な功績を挙げた国の武勇達のみである。

無論、王族は問題なく入る事が出来る。

それらの稀代の偉人達のみが許される空間は、ギスギスするイメージを受けるが、実際はアットホームな雰囲気であり、傲慢ながら王城で一番寛げる場所だと思う。

「おお!よくぞやり遂げてくれた!流石は我が国が誇る最強の暗殺者だ!」

レドモンド王は、実年齢46歳の他国の王より比較的若い王様で、堅物でもなく、無垢でもない。

非常に頼れる人物で国民達や腹心からの人望も厚い。
好感の持てる王様だ。

「今回のこの作戦は我が軍の体制を整える為に非常に重要なものだった。プレッシャーは計り知れないものだったろう。それを単独でやってみせたのだ。改めて礼を言おうクロノス。ありがとう」

「国王殿下。頭をお上げください。自分は唯の平民で御座います。国王様とあろうお方が平民に頭を下げるなどと、下手をすれば国民達の反感を買う行為です。不躾ながら軽率な行動は控えて下さい」

レドモンド王は少し目尻を下げ寂しそうな顔をした気がした。

「堅苦しいぞクロノス。私とお前の仲ではないか。頼むからやめてくれ…」

レドモンドが久しく切実に言うので、クロノスはそれに従い、肩の力を抜いた。

「分かったよ。レドモンド。ちなみにタメ口で喋ったからって…処刑したりとかは…」

「そんな事するか!お前は国の…いや…それ以前に私の命の恩人だ。お前にそのような愚行を行う者など、この国には居ない!」

どうやら本当に俺の事を大事にしてくれてるようだ。
嬉しいな。
クロノスは優しく微笑んで「冗談だ」と言う。

「はあ〜。まぁ良い……。それでだクロノス」

「任務、ですね」

レドモンドは驚きの表情をしたが、直ぐに気を取直した。

「やはり…お前には敵わんなクロノス。すまんな。今回の任務は今までで一番危険なものだ。お前が嫌ならこの任務はなしにしたいと思う」

いつも元気溌剌のレドモンドがそこまで言うのか。

一筋縄ではいかないようだ。

「内容を聞いてから吟味しよう。任務の内容を教えてくれ」

レドモンドは両肘を立て手に顎を置き、張り詰めた面持ちで話始めた。

「単刀直入に言おう。クロノス!お前には来週までに敵国であるシルフィード王国へ潜入捜査に赴いて貰いたい」

成る程。レドモンドが深刻そうに話すのも納得だ。

万が一任務に失敗し、敵国に捕まれでもすれば、向こうの求める発言が吐かれるまで拷問され続け、最終的には処刑される。

奴隷という選択肢もない訳ではないが、捕まった時点で俺の素性は明らかになっているだろうから、それを考えれば奴隷という選択肢はなさそうだ。

奴隷になれば、簡単に逃げれるし。

だがそれ以前に、腑に落ちない点があった。

「潜入なのか?暗殺ではなく?」

思いもよらなかった。俺は暗殺者。今まで俺に寄せられる任務は暗殺が殆どだったから、つい問い返してしまった。

「そうだ。潜入だ。正直私は…あの国とは…出来れば争いたくないんだ」

「…っ!」

流石にこの発言には驚きを隠せない。
敵対関係の国のトップが争いたくないなど、甚だ無責任だ。しかし、その事はレドモンド本人が一番良く理解しているだろう。

現在の敵国間との状況は、戦争には依然発展してはいないものの、いつ火種が爆発するか分からない均衡状態だ。

今まで何人の者が犠牲になったか?
クロノスは特に気には止めていないが、だからといって関係ないという訳ではない。犠牲者の中には以前共に戦った戦友もいる。

でも俺は暗殺者だから、一々死に対して怯んでいていい者ではないから、成る可く込み上げる感情を抑えていた。

死に抵抗が出来てしまえば、暗殺なんて出来ないから。

「お前の気持ちも分かる。しかし昔はお互い手を取り合った仲なんだ。あれの国王とは旧友でね。少年時代はよく遊んだ者だ。一国の王が私情など挟むなと言う気持ちはごもっとも。しかしあの国とは分かり合える筈なんだ…。私は…王失格だ。失念したかね…クロノス」

色々と思う事はある。レドモンドが歩こうとする道のりは決して楽なものではない。レドモンドと同じ考えの奴を実はクロノスは知っている。しかし、それは極めて少数で大部分の国民は敵国に良い印象を抱いていない。それでも今、俺がレドモンドに一番言いたい言葉は。

「引き際は冷静に判断してくれよ?頼むから?」

クロノスはめんどくさそうに頭を掻きながら言った。

「クロノス…」

「とにかく任務の内容は理解した。しかし方法はどうする?あの国は他国の物に対して寛容ではない。入国するのも難しいが」

「そっそうだな。それについては考えがある。
実は来月、シルフィード王国では第二王者であるシルヴィス王女の騎士選考大会が行われる。クロノスにはそれに参加して貰い是非とも王女の騎士として潜入して貰いたい」

騎士選考大会。シルフィード王国の王女達には本来10歳を迎えるまでに自分専用の護衛〜騎士を決める風習がある。しかし第二王女であるシルヴィス王女は16歳で有りながら未だに騎士を付けていない。

だがそれは納得もいくことだ。

シルヴィス殿下は【剣姫】と呼ばれ、剣術に関しては特出した才を持っており実力は国一番とも言われ、王女だけあってプライドも人一倍高い。

そんな彼女曰く、「自分より弱い奴に護られるなど心外だ!。どうしても護衛を付けたいなら、私より強い者を呼べ!」。という理由で彼女には騎士が付いていない。

確かにあの剣姫より強い者など極めて少数だろうし、難しい。

騎士選考大会に出る者は、一応は腕に自信があると自負する猛者達な訳で…

「だがレドモンドよ。お前それって…俺が騎士に選ばれる前提ではないか?」

「意地悪な事言うな。お前なら容易く騎士の座を狙える。違うか?それともクロノスには騎士に選ばれる自信がないと?そうゆう事で良いのか?」

こいつ、ハナっからそのつもりで。

全くしてやられた。

そしてこの作戦は上手く行く確率が高い。

騎士選考大会に参加したいと言えば、門番も自己判断で追いやる事は出来ないし、騎士になるとはつまり、ほぼ四六時中王女の側に仕えるという事だ。
政治にも参加しやすくなる。潜入捜査なのだからどうしても国の中枢に立ち入らなければならない。

悪くないな。

「分かった。その任務、俺が受けよう!」

両肘を付いていたレドモンドは嬉々として顔を上げるが、その目には、受けてくれて安堵したという気持ちと、こんな危険な任務を押し付けてしまい申し訳無いという相反する感情が込められていた。

「そうか…ありがとうクロノス。何か任務に必要な物があればなんでも言ってくれ!早急に準備させよう!」

「ああ。ありがとうレドモンド。また何かあったら直接言おう」

レドモンドにそう言った後、クロノスは踵を返して部屋を出ようとする。

「待てクロノス!」

扉を目前にした時にその声がかかり、顔だけ後ろに向ける。

「クロノス…その…なんだ」

レドモンドが口籠る。

何を言いたいかは、生憎人のそう言った感情が欠如している俺には分かりかねるが、レドモンドのその表情に俺は悲しくなった。

「心配するなレドモンド!俺はこの国随一の暗殺者だ。今まで数々の屍を切り抜けてき。そう簡単には死なないさ」

クロノスはレドモンドを安心させるべく、成る可く真意を悟られないよう穏やかに笑い、レドモンドが何か言う前に、王の間を後にした。




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