花に願いを

水乃谷 アゲハ

第48話

月宵に指摘された二人はそれぞれ目元を拭う。


「だってだって、二人の過去にそんな事があるなんて思わなかったんだもん……」


「お、俺は泣いてねぇよ。猫女と一緒にするなよな!」


「本来は妹と母親が無事で父親と姉が……」


顎に手を当てるコロノの頭を、月宵と竜太郎が腕を振りかぶって叩いた。乾いた音が辺りに響き渡る。


「痛い……」


「お主が阿呆だからじゃ!」


「お前、それ陽朝の前で言うんじゃねぇぞ。こんな事があったと話したくないって事を察してやれよ」


「ごめん……」


コロノが素直に頭を下げるのを見た月宵と竜太郎は顔を見合わせる。しばらくしてお互いが肩をすくめてコロノの肩をもう一度叩く。今度はまるで慰める様に優しく。



「ま、それだけ周りの事を気にしているという事じゃねぇか」


「そういう事じゃな。さて、いい加減芝生の上に座り込んでいるのも飽きてきた。そろそろ行くぞ」


「うん」


未だに鼻をすする軽猫の頭を撫でたコロノは立ち上がって歩き出した。四人の間に流れる温かい風に、芝生の間から生えている花びらが空に舞い上がる。風はコロノ達の背中を押して抜き去った後、彼らの前にある大きな森の木々を大きく揺らして去っていく。
そんな風を追うべく彼等は森を通り過ぎ、さらに歩を進める。やがて現れたのは大きな一本の川。流れはさほど早くないが、向こう岸へ渡る為の橋が流されたのか一本も見当たらない。


「橋も作らないとは不便な場所だなおい」


「いや、そうじゃないと思うよ。ほら、ここに人工的に埋められた小さな杭があるでしょ? 杭に釘で打たれた縄があるけど、切れてるよ」


「流石は元盗賊猫女」


「何それ嬉しくないんだけど……。それより、この縄の切り方は刃物にしては随分凸凹なんだけど……切ったというよりは引きちぎられたに近い様な……」


「異常気象でもあったんじゃねぇの? 豪雨とか――」


「いや」


竜太郎の言葉をもう片方の縄を見つけるコロノが首を振って否定した。


「そんな話は聞いた事無いし、実際最近降った雨に川が氾濫を起こすほどの雨は無かったよ。それに、もし川の氾濫で千切れたのなら斜めに傷が入るはずだけどこれは真っ直ぐだ」


「んだそりゃ、悪戯ネズミでも縄に噛みついたか? ま、このくらいの川なら普通に中を通ればなんとか通れるだろ」


「ふむ、竜太郎はそれでも良いじゃろうが……この川を見て何も思わんのか?」


「はぁ?」


竜太郎はゆるやかに流れる川にもう一度顔を近付けるが、少し汚れたただの川にしか見えず、不用意に腕を川の中へと入れた。少し冷たい程度の普通の川の中、軽猫は川の中に光る物を見つけて目を細めた。
光を放つ物体はそのまま川の中を流れ、竜太郎の腕の傍を通過する。


「っ!」


その瞬間、竜太郎は驚いて腕を引き上げた。傷は無いが、竜太郎は川と自分の腕を交互に見る。よく目を凝らしてみると、川の中で自分の影が当たっていない部分で不自然に光る何かがある事を理解する。


「ガラス片か?」


「うむ。川上でガラスを捨てている者がおるのじゃな。しかし川に不法投棄するとは……綺麗な自然が台無しじゃ」


「でもなんでわざわざ砕いたガラス片なんだろうね? 普通流すなら瓶で流さない?」


近場に転がっていた枝を川の中に入れてガラスの一枚を拾い出した軽猫は首を傾げる。
ガラスの模様は透明では無く、水の中にインクを投げ込んだときの様な不思議な青い柄を中につけている。そのガラスを見て竜太郎が首を捻る。


「おいそれ、もしかして琉球ガラスじゃねぇの?」


「りゅ、りゅうきゅ……何?」


「琉球ガラスだよ。詳しいつくり方は知らねぇけど、見た目が凄い綺麗だから欲しいってよくせがまれたから覚えてる。その曲がり具合を見るとコップみたいだな」


「割れちゃったから捨てているのかな? 川に捨てないで欲しいよね」


口ではそう言いつつも、軽猫は拾ったガラス片を川の中へと戻した。ガラスは太陽の光を反射して光りながら、川を流れて見えなくなった。
一行は川のふもとから離れると、川の上流を目指して歩き出した。一時間ほど川の流れを見ながら歩いていたコロノは、目を細めて足を止めた。すぐ様子に気が付いた月宵が同じく足を止める。


「どうしたコロノ?」


「このガラスは一体どこから流れているのか気になったんだ。さっき軽猫も言っていたけれど、もしこんな量を流すならわざわざ砕く必要は無いんじゃないのかって」


「ふむ……つまり何か意図があって流している者がいるとでも言いたいのか?」


「多分ね。目測大股十歩程度の川にガラスを流して何をしたいのかは分からないけれど、橋が落とされていた事も含めて考えると、明らかに向こう岸へ人を渡らせない様にしている様に見える」


「空を飛べるお主には簡単に越えられる距離じゃろ。お嬢達の事は妾が見ておくから行ってみるか?」


「いや、分かれるのは得策じゃないと思う。飛ぶなら全員飛ばして向こうに渡ったほうが良い」


「……じゃあ何故妾達はずっと歩いていたのじゃ。まぁ良い。お嬢と竜太郎もようやく気が付いてこっちに来るしそれでいこう」

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