花に願いを

水乃谷 アゲハ

第44話

「じゃあはーい! 次あたし、あたしが自己紹介する!」


場の空気を変える為かそれとも何も考えずにそう言っているのか分からないが、とにかく軽猫は元気よく手を上げて言った。おかげで周りのおかしな空気が一変する。


「あたしは軽猫。元『虹の光』の団員って言っても分からないか。まぁ昔は五人組で盗賊をやっていたの。それから色々あってこのアルカリアに移動した。アルカリアにした理由は父親がいたから。父親の名前は衣藻」


「軽猫といい衣藻といい、お前ら凄い名前だなおい」


「あ、本名じゃないんだ。私の種族は名前を知られてはいけない種族なの。だから『虹の光』だった頃なんて、戦争といえば相手の名前を捜索する事から始まったかな」


「な、名前を知られるとどうなってしまうんですか?」


「えっと、名前を知られると消えるんだ。こう、水蒸気に反射した映像を叩いた時みたいに細かく赤い水になってパァンって」


「さ、さらりとえぐい事言うなよ」


彼女の言う赤い水が血液の事だと誰もがすぐに理解し、竜太郎が代表で軽猫へ言った。顔がかなり引いているが、軽猫は特に気にした様子もなく頷いた。


「まぁ真実だからね。とはいえ、直接言われないと効果は無いから大丈夫。だからその……名前をこれからも隠してしまう事になるけど許してくれる?」


「大丈夫」


「そんな事で仲間から外すわけがないだろ」


「そうですよ! 軽猫さんは軽猫さんです」


「そ、そっかありがとう。それでえっと話す事は他に……」


少し顔を赤くして視線を地面に向ける軽猫に、コロノと竜太郎は顔を見合わせる。必死にプロフィールをメモしている陽朝が質問するとは思えないと判断した竜太郎が手を上げた。


「年齢とか俺らみたいに言――」


――スパァン!
茶化す様に口を開いた竜太郎の頭を、コロノの平手が良い音を立てながら叩いた。


「女性に年齢の話をするのは良くない。あと、これ以上軽猫の詮索はやめておこう」


「ってぇな! それくらい口で言えばいいだろうが!」


「なら最後は私ですよね。えっと、名前は陽朝と申します」


陽朝が口を開く前に一瞬困った表情になったのを竜太郎は見逃さなかった。しかし敢えて口には出さず、陽朝の様子を観察する。


「陰陽星出身で姉は月宵。能力は"魔人"の"サモナー"にあたります」


「……ふむ」


「竜太郎、何か言いたい事でもあるの?」


「いやぁ、何でもねぇ。俺の勘違いだよ」


竜太郎がそう断るのを見ている陽朝の表情はどこか怯えている様にも見えた。幸いその表情に気が付いているのは彼女の中にいる月宵のみで、陽朝もすぐに表情を戻す事が出来た。


「そういえば、陰陽星って壊れちゃったんだよね? 家族は無事だったの?」


「いいえ、お父さんは既に病で倒れていた身だった為逃げる事は出来ませんでしたし、お母さんは私達を助ける為に命を落としました。無事だったのは姉だけです」


「そ、そっか……その、ごめんね?」


「い、いえ! きっと聞かれるだろうって思っていたので気にしませんよ!」


「……姉妹で一つの体、か」


二人のやり取りを見ていたコロノがふとそんな事を呟く。彼からすると何気ない一言だったのだが、明らかにその台詞で陽朝の表情が真っ青になった。いつも抱えている人形を持つ手が小刻みに震えている。


「おい陽朝! お前すげぇ顔青くなってんぞ!?」


「ひ、陽朝ちゃん大丈夫!?」


「だだ、だい、大じょ――」


更に他二人から心配されている事を意識した陽朝は、深呼吸をしようとして顔を更に青くする。どう見ても呼吸困難を起こしている。


「ね、猫女! 陽朝の背中をゆっくり撫でろ! ゆっくりだぞ!」


「わ、分かった! ひ、陽朝ちゃん落ち着いて! 私みたいに言いたくない事は言わなくていいんだよ!」


「だっ――」


「大丈夫じゃない。変な事言ったなら悪かった」


原因であるコロノも冷や汗をかいて彼女の様子を見つめる。どう見ても異常な過剰反応に三人がかりで陽朝を心配していると、数分後ようやく正常に深呼吸を始めた陽朝が三人へ頭を下げる。


「こ、この度はご迷惑をおかけしました」


「い、いやいや大丈夫だよ。それより、本当に言いたくない事は言わなくていいんだからね?」


「本当にごめん。悪気はなかったんだ」


「い、いえ。ちゃんと言うべきだとは思っていたんです。ただその、私の口からは言いにくいのでお姉ちゃんに任せていいですか? お姉ちゃんも変わってくれると言ってくれているので」


「うん分かった」


コロノの返事にもう一度深呼吸をした陽朝は地面に体を倒した。すぐに体を震わせて上体を起こすと、握った拳をコロノ目掛けて振るった。
コロノにとって簡単に躱せる拳だったが、彼は瞳を閉じるとその拳を甘んじて受け入れた。
拳はコロノの頬に当たる直前で止まり、開かれる。そのままコロノの頭の上に軽く乗せられた。


「馬鹿者が……」


入れ替わった月宵がそう言ってコロノの頭に置いた手を持ち上げると先ほどより少し強く振り下ろした。

「花に願いを」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く