花に願いを

水乃谷 アゲハ

第35話

「ふっ……!」


「ちっ! 影刀イチノセとか言ったか? この刀、持ったのは良いけど俺刀なんざ使えねぇわ」


「竜太郎、この武器は確かに影刀イチノセという名前じゃ。しかしな、武器の種類で言えば剣に類する。この武器に峰など無いという事じゃ! 見よう見まねの剣道などやめておいた方がみの為じゃ」


口ではそう答えながらも、月宵は竜太郎の使う剣の太刀筋に感心していた。どれだけ早く振っても、竜太郎はそれを剣で受け止めてすぐに距離を置く。縮地で近づいて攻撃すれば、攻撃の軌道を読んで先に剣を構え、隙があれば自分から剣を振る。
イチノセ本来の自重に竜太郎の腕力が加わり、正面から受け止めれば地面に叩きつけられるかもしれないという予感が頭をよぎり、いなして距離を置く事しか出来ない。
どうするべきか月宵が悩んでいると、何を思ったか竜太郎が剣を月宵の方へと放った。自然と剣の落下地点を予測する為に上を向いた月宵は、狙いに気が付いて視線を下げた。既に月宵の脇腹へと竜太郎の右拳が伸びている。


「くっ……!」


辛うじて左手が間に合い、直接脇腹を殴られる事は無かったものの、威力を殺す事が出来ずに月宵の体は浮いた。微かだが、空を飛べない月宵の行動権を奪うには丁度良い高さに浮きあがるのを見て、竜太郎が月宵の更に後ろを指差す。


「後ろ、気を付けた方が良いぜ? てめぇの刀で自分の体が貫かれない様にな!」


月宵は言葉に従って、落下を始めた自分の影刀イチノセの方向へと顔を向け、空中で体を捻るとすれすれで躱して持ち手をしっかりと握る。竜太郎の追撃に備え、すぐに振り返ってイチノセを構えるが、そこに竜太郎の姿は無かった。


「どこ見てんだよ!」


声につられ、顔を上げようとした後頭部に跳び上がった竜太郎の肘が力いっぱい叩きこまれる。月宵はその勢いに顔面を地面へとぶつけ、反動で持ち上がった足が力なく地面へと置かれる。


「やべ、やりすぎた?」


『おぉぉぉ!? こ、これは! 竜太郎選手まさかの月宵選手を圧倒している! 落下の威力も重なった竜太郎選手の肘鉄、これは流石に月宵選手経つのは厳しいか!?』


「馬鹿を言うな。妾がこの程度の攻撃で倒れるわけ無かろう!」


『な、なんと! 立ち上がりました! ダメージもあまり入っていない様に見えます!』


「おいおいまじかよ……。結構本気で打ったつもりなんだけどな」


「竜太郎、お主はまだ知らん。良いか? 魔人と呼ばれる、魔力を持つ戦士と戦う時は貴様の拳はほぼ無意味になると知れ」


月宵は打たれた辺りに手を当てて首を鳴らすと、イチノセを自分の影の中にしまった。それから拳を握り、片手を自分の体の前に、もう片手を自分の胸の前で構えると半身になった。


「しかしながら、魔力の事をまだよく理解していない貴様に魔力を使う事になるとは思わなかったぞ竜太郎。そして、貴様のその実力に敬意を表してやはり妾も拳で戦おう」


「おいおい、お前自分の武器を手放して良いのか?」


「はんっ! 妾は元々素手を使う事が戦闘スタイルじゃ!」


そう言うと、また竜太郎の前から姿を消した。舞い上がる砂だけがその場に残り、竜太郎はすぐに跳び上がった。それから下を向いて月宵の姿を下がす。


「言葉を返すぞ竜太郎! 貴様どこを見ておる!」


竜太郎の更に上まで跳び上がっていた月宵は、竜太郎の後頭部へとやり返す様に肘を叩きつけた。今度は竜太郎が顔面から地面へと叩きつけられる。一つ違う点を上げれば、威力が桁違いだった。
竜太郎が叩きつけられた所に巨大な凹みができ、砂が観客席まで舞い上がる。


「おいおいどうした? もしややりすぎてしまったかや?」


ピクリとも動かない竜太郎の後頭部に、負けず嫌いの月宵が嫌みたっぷりに笑って言い放つ。


「竜太郎、貴様の弱点は衝撃じゃ。いくら頑丈な体とはいえ、その中にしまわれている柔らかい脳や内臓はそうもいかん。身体全体に伝わる衝撃を受ければただの魔力が無い凡人となる」


『ななな、なんと! 月宵さんの一撃で試合終了! いや、竜太郎さんも強いですが月宵さんの方が一枚上手だったようです!』


動かない竜太郎とそれを心配して背中を叩く月宵への激励の拍手と歓声が会場を包み込み、恥ずかしさを覚えた月宵が竜太郎を背負って会場の外へと出て行った。


***


「お疲れ」


「おぉコロノにお嬢! なんじゃ、見ておったのか?」


月宵が丁度会場へ向かう廊下から階段へ向かう途中、二人を待っていたかの様にコロノと軽猫が手を叩いていた。背負った竜太郎を床へ座らせながら月宵が尋ねると、今度は軽猫が答える。


「そう! なんか嫌な予感がするってコロノに言ってから会場に着いたら、案の定二人がいたからさ」


「どちらも強かったよ」


「いや、こやつがここまでやるとは思っていなかった。珍妙な頭に真っ白の服……見た目というのは怖いものじゃ。無意識のうちにこやつを過小評価していたらしい。あんな狭い会場じゃなければ、イチノセを回転投刃にしてちゃんと相手をしてやりたかったが……まぁ仕方ないわ」


「容赦ない一撃だったね……。こっちにまで衝撃が伝わって来たよ」


竜太郎の前に屈み、リーゼントの先を指で弾いて遊んでいるのを見て、コロノは二人の距離が縮まった事が嬉しくて少し笑った。
それから軽猫と月宵は部屋に戻り、コロノは数分後に目を覚ました竜太郎が負けた悔しさでロビーで暴れ、ガンタタに止められているのを見てため息をついた。

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