花に願いを

水乃谷 アゲハ

第30話

「ひどいよ月宵ちゃん!」


「はて、何のことか分からんのぉ」


ギルドの玄関で軽猫を待っていた月宵は、下りてきていきなり怒り始める軽猫を涼しい顔であしらうと、つま先で軽く地面を叩くとギルドの外へ顔を向けた。


「それより、行くぞお嬢。出来る限り速度はお嬢に合わせるが、あまり遅いと置いていくから注意するんじゃぞ」


「うぇ!? わ、分かった頑張る!」


「よく言った。ではお嬢ついてくるが良い」


軽猫が自信のない表情で頷いた事を確認した月宵は、少し姿勢を落とすと走り出した。唖然とした表情で月宵を見るガンタタやギルドメンバーの目の前を目にもとまらぬ速さで駆け抜ける。勿論軽猫も真似をして月宵の後を追う。


「い、行ってこい……」


ガンタタは目を丸くしたまま固まっていたが、持っていた箒が床に倒れている音を聞いて正気を取り戻すと小さく呟いた。




「お嬢! お主なかなか早いではないか! これでも妾はかなり速めに走っておるのじゃぞ!」


両手を後ろにしながら駆ける月宵は、楽しそうな顔をして自分の背後を必死で追いかける軽猫に声を掛ける。軽猫は猫の様に地面に手をついて走っている。


「は、速すぎるよ! 追いつくのがやっとだって!」


自分の風を切って走る音にかき消されない様に必死に声を張り上げる軽猫は、自分の見慣れない生物が自分達に不思議そうな顔を向けている風景を見て、視線から逃げる様にスピードを上げた。


「いやお嬢! 人の姿でその走り方をしているのは普通、ここまでの速度は出せぬものじゃ! 心から感心するぞ!」


「ほ、本当……?」


月宵から褒められ、まんざらでもない表情で照れる軽猫は更に速度を上げた。月宵に並ぶ程の速度になると、月宵は更に驚いた顔をして軽猫の速度に合わせる。
平原を数分で抜けた月宵は、森の手前で軽猫と顔を見合わせると跳び上がる。軽猫はそれを見て驚いた顔をするが、つられて跳び上がった。


「ぶっ!」


月宵は楽々と森の上を跳び越えるが、その高さに届かなかった軽猫が木の枝に激突する。辛うじて顔が傷つく事は防いだものの、出ていた速度の事もあり、腕や足に大きな切り傷、擦り傷を残して森の中を転がった。太い幹の木に背中をぶつけてようやく止まる。


「い、痛ったぁ……」


「お嬢、大丈夫かや?」


腕にできた大きな切り傷から出る血を舐めている軽猫の元へ、枝と枝の間を器用に下りてきた月宵がお腹を押さえ、目元を拭いながら近付く。軽猫に手を貸して立ち上がらせると、軽猫の服についた葉っぱを一つずつ丁寧に取ってやる。


「ご、ごめん……」


「いやいやお嬢、わ、笑、笑わせてもらっ……ははは!」


「つ、月宵ちゃん!」


「くははは! いやすまんのぉ。ひ、久しくこんなに笑わせてもらった。面白かったぞ」


「わ、わざとじゃないし!」


全ての葉っぱを取り終えた月宵は、軽猫に背を向ける様にして座ると自分の手のひらを後ろに向けて振り返った。


「まぁ、敏捷性は高いが筋力が無い証拠じゃな。ほれお嬢、妾の背中に乗るが良い。どっちみちその足の怪我でさっさとこの森を抜ける事は不可能だし、先程からこっちに向いている視線の主が攻撃してこないとも限らんしのぉ」


「え、私重いよ?」


「……」


真剣な顔をして言う軽猫の顔を、目を丸くして見ていた月宵は突然弾かれたようにお腹を押さえて笑いだす。それを見て軽猫は顔を真っ赤にして月宵を叩く。ひとしきり笑い、また目元を拭う月宵を見た軽猫は頬を膨らませて拗ねる。


「もう! 笑わないでよ」


「いや、これで笑うなという方が酷じゃろ。背負わせて悪いとかではなく、自分の体重を気にするなんてお嬢は面白すぎるわ」


「も、もう!」


「いやまぁ心配するなお嬢。例えその見た目で百キロを越えていたとしても気にせんわ」


月宵はそう言ってもう一度軽猫の前に背を向けて座ると、軽猫を背負いやすい様に背中に腕を回した。しばらくその背中を眺めていた軽猫は、決心した様に頷くと月宵の背中に自分の全体重を預けた。
背中にかかる重さを感じ、立ち上がった月宵はその重さに目を丸くして背中へ視線を向けた。


「……お嬢。お嬢があと百人来ても妾は持ち運べる自信があるぞ」


「うぇ!? つ、月宵ちゃん力持ちだね……?」


「はっ、褒められていると思えないがのぉ」


体重二十キロ程しかない軽猫が感心した顔で呟くのを見て、鼻で笑った月宵は跳び上がった。枝と枝へと足を乗せて木々の上へと跳び上がった月宵は、コロノのいる海の方を睨むと、足に力を込めた。
木の頂上を跳んで移動し、コロノの魔力が渦巻く海岸の見えるギリギリの位置で足を止める。


「ん、コロノはどこじゃ? あやつの魔力はあの砂浜で止まっておるのじゃが」


木を飛び降り、細心の注意を払って砂浜まで下りた月宵は、ゆっくりと辺りを見回すが、二人の姿は見当たらない。月宵の力を持ってしても、コロノが作り出した結界を見破る事が出来なかった。

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