花に願いを

水乃谷 アゲハ

第29話

視界に広がるのは骨。様々な形をした骨の大群だった。クジラやドラゴンの様に見ればわかるほど大きな骨もあれば、何の骨か分からない小さな小動物の骨までが宙を走り、時には泳ぎ、時には飛んで、水平線の彼方を目指して移動していた。


「お、おいおい……」


辛うじて声を出した竜太郎は、光景の異常さに飲まれてそのまま口を閉じる。


「これは、人蝶なら誰でも出来る。人蝶は、死者の器を表す種族。そのせいで、こうして定期的に溜まっていく死者の器を解放してあげないといけないんだ」


「死者の……器だと?」


「そう。一日に数百万数千万と溜まる器を、魔力を使って定期的に開放しないと暴走しかねないから。ちなみにあの器は、あのまま太陽の方向へ走っていった後、灰になって消えるんだ」


「さらりと悲しい事言うなよ……。ついでになんか見せられるものないのか?」


姿の薄くなっていく死者の器に、同情するような視線を向けながらコロノへと質問すると、コロノはその言葉を待っていたと言わんばかりに頷いてもう一度海へと手を向ける。
コロノの足元にある砂浜が奇妙な螺旋を描いて動くのを見て、やろうとしている技の危険さを理解した竜太郎は数歩後ろへ下がる。


「逃げるんだ?」


「あ?」


コロノは自分の手を下ろし、竜太郎の顔を見て安い挑発をした。


「上等だコロノ。てめぇの技なんざ受け切ってくれるわボケ!」


勿論その易い挑発に乗った竜太郎はコロノの前へと立ち、コロノを指さした。


「てめぇ、俺に喧嘩売ったんだから、手を抜いたら容赦しねぇからな。殺す気で来いや」


大きく言い放つと、コロノの前で腕を組んで立つ。満足そうに頷いたコロノは、竜太郎へと手を向けて詠唱を始めた。


「『真の姿よ、今一度この身に戻れ』」


そんな出だしから始まる詠唱を始めたコロノの下にある螺旋を描いていた砂がさらに回りだし、宙へと舞い上がってコロノの姿を隠す。
内心冷や汗をかく竜太郎は、いつでも技を受け止められるように足に力を入れた。


「竜太郎は、戦闘スタイルに一人で戦う方が得意って書いていたけど、サシの勝負の方が得意?」


舞い上がる砂の中からコロノが竜太郎へと問いかける。竜太郎は構えを崩さず、


「たりめーだ! 男なら黙ってタイマンだろ!」


と吼えた。その質問に何の意味があるのか気になった竜太郎だが、砂の中にいるコロノの、いつも放っている不思議なオーラが膨れ上がったのを感じて更に気を引き締めた。


「分かるよ。それじゃあ今度は容赦なく、二人でしばらく戦ってみよう」


「……」


その言葉で、舞い上がっていた砂が動きを止めて砂浜の上へと落ちた。いつものコートではなく、見慣れない武道着の様な衣服に付着した砂を払うコロノを見て、竜太郎は目を見開いた。
顎の辺りまで伸びていた茶色の髪は腰のあたりまで伸び、一本にまとめられている。当然顔のタトゥーは消えていて、赤い瞳が一層赤く見える。背中から生えた羽も、真っ黒に染まっていた。


「竜太郎。三分。三分間だけ本気で行くよ。もし勝てたら、この姿の事を教えてあげる」


「さっさと来いやぁ!」


姿を見て腰が引けるかと思いきや、竜太郎も思いのほかやる気で、コロノを油断のない構えで睨んでいる。


「その前に、他の人に見られたくないから結界を張らせて。……出来た。広さはかなり広げたから大丈夫。それじゃあ始めよう」


言うが早いか、コロノは竜太郎の目の前から姿を消していた。すぐに反応した竜太郎は、右から伸びるコロノの拳を受け止め、力を殺す為に体ごと右に跳んだ。
コロノはそれを予測していたのか、すぐに竜太郎の背後に回り込み、バランスの崩れた脚を自分の足で救い上げる。


「くっ!」


体制の崩された竜太郎は辛うじて地面に手をつくと、バク転の要領で体制を戻す。そして顔を上げた時には、自分の目の前にコロノの拳が飛んでいた。
頭が叩きつけられ、足が跳ね上がる程の威力がある拳を受けた竜太郎は、腹に溜まった息を全て吐き出し、すぐに横へと逃げた。自分の顔のあった位置にコロノの拳があるのを確認した竜太郎は、コロノの胸倉をつかむ。


「お返しだ」


歯を食いしばり、胸倉を自分に引き寄せると共に自分の頭をコロノの頭へとぶつけ、腹を蹴り上げた。コロノはそのまま数メートル飛ぶと、空中で動きを止めて口元を拭う。
竜太郎も立ち上がりコロノに殴られた所を拭うと、コロノを指さした。


「ギルド前ではよ、あの建物ぶっ壊すかもしれねぇと思って全力は出さなかったんだが、ここなら容赦しねぇぞコロノ!」


「やっぱりあの時、手を抜いていたのか」


ギルド前で竜太郎の拳を受けた時に感じた違和感の正体を確かめたコロノは、地面へ降りると姿勢を低く構えた。竜太郎が構えに入る前に彼の懐へと移動し、足をもう一度払う。
背中から落ちようとしている背中の中心へと足を当てると、竜太郎を蹴り上げる。
打ち上げられた竜太郎は、左から感じたコロノの気配にいち早く気が付きガードを固めるが、その上から容赦なくコロノの連撃が浴びせられて反撃も出来ない。


「なっ!」


連撃の最中、コロノが再度足を持ち上げ、竜太郎の腕を肘ごと蹴り上げると、がら空きになった腹へと蹴りを入れた。
鳩尾に深々と入ったコロノの蹴りだが、竜太郎は歯を食いしばって痛みを堪えると、重力に従い落ちる勢いを利用して、砂浜へと自分の拳を叩きつける。がら空きになっている竜太郎の背中へ追撃しようと構えていたコロノは、巻き上がる砂に構えを解くと距離を置く為にと後ろへ跳んだ。
そんなコロノを体勢を立て直した竜太郎は、風の抵抗により前に出てきてしまった両方の羽に掴みかかる。当然コロノは驚いた顔をして前に腕を移動させてガードの構えに入るが、竜太郎はお構いなしにガードを固めるコロノの腕ごと蹴りつける。
コロノの体勢が崩れた事を確認し、片手だけ羽を離した竜太郎は、その羽を持ったまま右足を軸として回ると、コロノを投げ飛ばした。


「……やるね」


砂浜に手をつき、勢いを殺したコロノは自分の羽を軽く叩いて竜太郎に言った。竜太郎も投げた後の構えを戻し、首元に手を当ててボキボキと鳴らすと、


「コロノもやっぱ強いじゃねぇか」


と言い返す。二人にとって、今の戦闘は準備運動でしかなかったようだ。

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