花に願いを

水乃谷 アゲハ

第22話

「……やめた。こいつが悲鳴上げたせいで他の奴も来るだろうしね。まぁ、目的の物も手に入った訳だし、ここに長居する必要はないから立ち去らせて貰うわ」


男かも女かも分からないコートの人物は、仮面から手を離してコートを翻すと、部屋の入り口で顔を押さえて転がっている少女を軽猫へと蹴り飛ばした。手に持ったナイフと遮光石をポケットへとしまい、扉へと手を掛けた。


「ちょっ、待て……!」


「残念。あんたみたいな鈍感に私は捕まえられない」


扉のドアノブを回したのを確認した軽猫は、自分の足元へと転がった少女を踏まない様に気を付けながら手を伸ばすが、その手は空を切る。
もうだめかと諦めたその時、扉の外に人影が表れ、声がした。


「あ~くそ、ここまで走ってくるだけでもう吐きそうだ。ここだったよな?」


「竜太郎! 扉の前に敵!」


竜太郎の声だ。すぐにそれを理解した軽猫は、少女の体を抱えながら必死で叫ぶ。コートの人物が危険を察知して一歩引くより先に、竜太郎が動く。


「猫女? まぁいいや。扉ごと抜くから離れとけよ」


技名の稚拙さとは裏腹に、竜太郎の拳は容易に扉をぶち抜いた。コートの人物は、ドアノブに掛けた手ごと体ごと後ろへと飛んだ。軽猫の頭上を越え、部屋の壁にぶつかって扉を上にして倒れる。


「あ、危なかったけど竜太郎ナイス!」


「あ? あ、あぁ……」


軽猫は出口に向かってガッツポーズをする。その一方で、竜太郎は頭を押さえて扉の枠へと手をかけながら膝から崩れ落ちそうなのをなんとか耐えている様に見えた。


「さぁ、観念して。この扉をどかせばまた暗くなるけど、あなたは逃がさないよ」


軽猫は少女の頭を撫でて手を話すと、コートの人物を下敷きにしている扉に手を掛けた。そして両手でその扉を持ち上げて、真っ暗になった部屋の中、一人だけ目を丸くする。


「あ、あれ? 誰もいない……」


扉の下には、先ほどコートの人物が持っていた遮光石だけが落ちており、一番重要な人物の姿は見当たらなかった。とりあえず遮光石を自分の服の下に隠してもう一度部屋を見回すが、明るくなった部屋にも先ほどの人物の姿はない。


「お、おかしいな、確かにさっきはいたのに……」


「か、影の中を自由に移動出来る能力の様です」


「あ、あなた、大丈夫?」


「大丈夫です。危ない所を助けて頂き感謝します。私はテン・メイユと申します」


目元を拭った少女は、立ち上がると自分の服の乱れを直した。そして後ろで体調を悪そうにしている竜太郎へと頭を下げる。


「ありがとうございました。姉の言う通り、とてもお強いのですね。万全な状態じゃなくてもあそこまでの拳を出せるのはお見事です」


「あ、姉だぁ? ……あぁ、そういやあのチビッ子に似ているな」


やり取りを見ていた軽猫も、メイユと名乗った少女の横顔を見てテン・イーシャンの横顔と似ている事に気が付いた。メイユはもう一度二人へ頭を下げると、そそくさと竜太郎の脇を抜けて部屋から出て行った。


「りゅ、竜太郎大丈夫?」


軽猫は、証拠として残されたナイフと遮光石をポケットにしまうと、未だに苦しそうな竜太郎を振り返る。


「大丈夫に見えるんならその目ん玉誰かに替えてもらえ……」


「そんなに悪態つけるなら大丈夫。それより、そんな状態でよくこの部屋にたどり着けたね」


「あ、あぁ。お前の後を追ったんだよ。真っ直ぐ長い廊下の突き当りでキョロキョロしていたら嫌でも目に付くわ」


「あたしを? なんで?」


軽猫は、竜太郎に肩を貸しながら首を傾げる。竜太郎はそれを振り払う気力もないのか、軽猫に体重を預ける様にしてからポケットに入った紙を取り出した。


「こ、コロノからだ。やっぱりもう今から出発したらしいからもういねぇぞって、それだけ言おうと思ってな。飲みすぎてメモを貰ったのも忘れていたぜ」


「あ、そうなの? それなら良かったよ」


と、二人で長い廊下の所まで歩いた時、ガンタタが慌てた素振りで走ってくるのが見えた。その後ろには数人の武装をした人もいる。軽猫達の姿を確認すると、ガンタタが慌てて近寄ってくる。


「さっきの悲鳴、大丈夫だったのか? 一応メイユから話は聞いているが、あいつはあいつでテンパってしまっていてな、いまいち状況が分かっていないんだ」


「あ、大丈夫です。逃がしてはしまいましたが、侵入者は竜太郎が追い払ってくれました」


「そ、そうか。それなら良かった。ところでそいつは敵にやられたわけじゃないよな?」


「あ、あはは……。先ほどの食事の席での行いが祟っただけですよ。竜太郎は一切触れられていません」


ガンタタはそれを聞いて、胸に手を当てて安堵のため息をつく。それを見て、なんだかんだ竜太郎が好きなんだなと思った軽猫はくすりと笑った。
後ろにいた武装した人達は、事件が起きた部屋へと向かって走っていってしまった。


「じゃあそいつを貸してくれや。俺がこいつの部屋まで運んでやるから」


「あ、助かります。正直竜太郎重くて……」


「そうだよなぁ。お嬢さんにさせていい事じゃねぇよなぁ」


「黙れ肉だるま。いいからあんまり揺らさない様にして俺の部屋まで運べ。布団にひっくり返ってりゃ体調も良くならぁ」


「分かったよ飲んだくれ。お前の為に階段で部屋に向かってやるよ」


口では言ったものの、ガンタタは竜太郎を担ぐとエレベーターの前で足を止めた。そしてエレベーターを待ちながら軽猫を振り返る。


「ともかく、今回のお前等の働きはとても助かった。危うくギルドのメンバーを一人失う所だったんだからな。心から感謝するぜ」


そこでエレベーターの扉が開いたので、ガンタタは「じゃあな」と軽猫へ手を振ってからエレベーターへと乗り込んだ。




軽猫は、ギルド内部の地図を見ながら自分の部屋へ辿り着くと、ベッドへ腰を下ろして長い溜息をついた。疲れが溜まっているのを自分でも自覚していた軽猫は、すぐにシャワーを浴びて寝る準備を始め、ベッドに寝っ転がる。


「そういえば……あのコートの人物は誰だったんだろう……?」


ずっと洞窟での生活だった為に、心地よささえ感じる久しぶりのベッドの柔らかさと、今日の疲れによってすぐに眠気に襲われ、自問の回答を導き出す前に眠ってしまった。

「花に願いを」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く