花に願いを
第21話
「……参ったなぁ」
「あ?」
テンと竜太郎の決着に、構えていた剣を下ろしたマークは頬を掻く。その隙だらけなマークを前に、思わずシックも武器を下ろす。
「僕はあまり彼と戦いたくないんだ。まぁ、今日も十分楽しんだし、今回は僕の負けにしてくれ」
「お、おい!」
マークは、シックが止めるのも聞かずに剣を鞘へしまうと、自分が書いた線を跨いで姿を消した。その場に残った三人は呆然としてマークが消えていった出口を見つめる。
『お、おぉっとこれは予想外! なんとマーク選手、戦う事なく舞台から姿を消しました!』
同じく呆然としていたナレーションは、慌てた様に今の状況を実況する。
「……終わるか?」
二人の結末に不満な顔をしていた竜太郎は、膝を叩いて立ち上がるとそう提案した。残る二人は顔を見合わせると、小さく頷いて自分から出口へと足を進める。
「……失敗したかもなぁ」
三人が静かに退出した舞台を見つめて、フィオーレがそんな事を言った。
目だけでフィオーレを見ていたコロノは、舞台へと視線を戻して最後に舞台から出ていく竜太郎の背中を一目見てから席を立ち上がり、観客席から姿を消した。軽猫も慌てて後を追う。
「……よぉ」
コロノが階段を下りて竜太郎を待っていると、未だに試合結果に不満そうな竜太郎が姿を現して片手を上げた。
「お疲れ様」
「疲れるわけがねぇ……。なんだあの下らない終わり、納得いかねぇ……」
「じゃあ、やる?」
会場を振り返って愚痴をこぼす竜太郎を見て、コロノがその背中に手を置いて会場を指さした。竜太郎は冷や汗をかきながら会場を見つめていたが、壊れた機械の様に振り返ってコロノの顔を見る。
「ウソダロオマエ……」
「嘘だよ」
背中から手を離したコロノは、心なしか嬉しそうな顔をして歩き出した。その背中を見つめて、竜太郎は冷や汗を拭くとやり場のない怒りに震えて地団太を踏んだ。やり取りを見ていた軽猫が慌てて竜太郎をなだめる。
「ま、まぁまぁ、コロノ的には私達にもっと関わろうとしていたんだよ! ゆ、許してあげよう?」
「や、頭では分かってるけどよ……ん?」
「何か聞こえるね」
竜太郎の地団太で聞こえていなかったが、金属同士を叩く音が響き渡り、ガンタタのご飯の時間を告げる声が会場入り口まで届いていた。ご飯の席にコロノの姿は無かった。
「う~……気分わりぃ……」
「飲みすぎだよ……。いくらガンタタさんに負けられないからって、お酒の入った樽を三個も飲む必要は無かったでしょ」
「あの肉だるまはその後五個の樽酒飲んで勝ち誇ってやがった……くそ野郎……」
「それにしても、コロノはどこに行ったんだろう? 食事の時にはいなかったよね?」
「どうせ明日あるって言っていた予定を潰しに行ったんだろ。別におかしな事でもないしな」
不安そうな顔をしている軽猫を一目見て答えた竜太郎は、口を押さえて軽猫の視界から消えていった。
「飲みすぎだよ……」
軽猫はそんな後ろ姿に呆れた顔で呟くと、自分もギルドの探索をする為に入り口へと向かった。
入り口では、あれだけお酒を飲んだにも関わらず、いつもの様に入り口を箒で掃除しているガンタタが立っていた。
そこから会場とは逆方向にずっと続く廊下を歩く。廊下に電気がついていないので目を凝らして進んだ軽猫は、突き当たった廊下で右と左を見る。
「あ、そういえばこれ返さないと……」
どちらへ向かおうかポケットのコインで決めようとし、手に当たったゴツゴツした物を取り出す。遮音石が手に握られていた。
あの時、机の中へ戻そうとした軽猫だが、机の引き出しが開かないので仕方なくポケットへ入れていたのだった。遮音石も遮光石と同様に何かに包まれると効力が無くなる。
そしてフィオーレのいるであろうギルド長室へ向かおうと振り返る途中で、視界の端にそれを捉えた。
「あれ……あのコートってコロノだよね?」
自分にしか聞こえない声で呟いた軽猫は、石をポケットへ入れるのも忘れて一瞬だけ見えたそのコートを追いかける。
「ん? おかしいな」
コートが消えたであろう部屋で足を止めた軽猫が扉の外から中を見るが、それらしい姿は見当たらない。
「気のせいだったのかな……?」
そしてポケットに遮音石をしまった時、耳をつんざくような悲鳴がその場に響き渡る。そしてそれは、自分の目の前にある部屋から聞こえていた。
「え!?」
軽猫はすぐに扉を開けようと試みるが、何かがつっかえているのか、少ししか押す事が出来ない。そうしている間にも、泣きそうな声の悲鳴が響き渡る。
「くっ!」
慌てた軽猫は、中を覗く為に作られた五十センチ×五十センチの小さなガラス窓に体を丸めて体当たりをした。思いのほかガラスは脆く、簡単に割れた。そのまま部屋に転がり込む様にして侵入した軽猫は、自分の入ってきた部屋の扉の方向を見て攻撃態勢を取る。
(暗い……)
部屋を見回して思った事はそれだった。唯一見れるのが扉の外の光だが、それ以外には何も見えない。しかし、扉の方から女の子のすすり泣く声と、扉のガラスを自分の体から払う音は聞こえていた。
「……誰?」
いつ攻撃されても対応出来る様に、軽猫は全神経を視線の先へと向けながら聞いた。
「……」
男か女かも分からないその人物は、こちらの動きを観察しているのか、全く動く気配がない。軽猫にとって、それが一番困る状況だった。
なぜなら、もしも相手が凶器を持っていた場合、音もなくそれを叫び声の主へ振り下ろされたら見えないのでなにも出来ないのだ。
「……とでも思ってる?」
軽猫はそう言って自分の視界の先にいる犯人の顔を見つめた。
軽猫の持つ眼は、暗闇の中でもある程度眼が効く。故に、犯人が片手に持っているナイフと遮光石、それにまたがられている見た事のない女の子が倒れているのが見えていた。
「コロノのコートなんて着ちゃって変な仮面装着しちゃってさ。それでコロノに罪をかぶせようとしたの? でも残念、あたしは分かるよ。だって臭いが違うよ」
動きを止めていたコートに身を包んだ相手は、籠った笑い声を上げると自分の仮面へと手を当てて冷静に言った。
「へぇ、なかなかやるじゃん。でも、この仮面はコロノ君に化ける為じゃなくて、あんたから顔を隠すためだったのよ軽猫」
「あ?」
テンと竜太郎の決着に、構えていた剣を下ろしたマークは頬を掻く。その隙だらけなマークを前に、思わずシックも武器を下ろす。
「僕はあまり彼と戦いたくないんだ。まぁ、今日も十分楽しんだし、今回は僕の負けにしてくれ」
「お、おい!」
マークは、シックが止めるのも聞かずに剣を鞘へしまうと、自分が書いた線を跨いで姿を消した。その場に残った三人は呆然としてマークが消えていった出口を見つめる。
『お、おぉっとこれは予想外! なんとマーク選手、戦う事なく舞台から姿を消しました!』
同じく呆然としていたナレーションは、慌てた様に今の状況を実況する。
「……終わるか?」
二人の結末に不満な顔をしていた竜太郎は、膝を叩いて立ち上がるとそう提案した。残る二人は顔を見合わせると、小さく頷いて自分から出口へと足を進める。
「……失敗したかもなぁ」
三人が静かに退出した舞台を見つめて、フィオーレがそんな事を言った。
目だけでフィオーレを見ていたコロノは、舞台へと視線を戻して最後に舞台から出ていく竜太郎の背中を一目見てから席を立ち上がり、観客席から姿を消した。軽猫も慌てて後を追う。
「……よぉ」
コロノが階段を下りて竜太郎を待っていると、未だに試合結果に不満そうな竜太郎が姿を現して片手を上げた。
「お疲れ様」
「疲れるわけがねぇ……。なんだあの下らない終わり、納得いかねぇ……」
「じゃあ、やる?」
会場を振り返って愚痴をこぼす竜太郎を見て、コロノがその背中に手を置いて会場を指さした。竜太郎は冷や汗をかきながら会場を見つめていたが、壊れた機械の様に振り返ってコロノの顔を見る。
「ウソダロオマエ……」
「嘘だよ」
背中から手を離したコロノは、心なしか嬉しそうな顔をして歩き出した。その背中を見つめて、竜太郎は冷や汗を拭くとやり場のない怒りに震えて地団太を踏んだ。やり取りを見ていた軽猫が慌てて竜太郎をなだめる。
「ま、まぁまぁ、コロノ的には私達にもっと関わろうとしていたんだよ! ゆ、許してあげよう?」
「や、頭では分かってるけどよ……ん?」
「何か聞こえるね」
竜太郎の地団太で聞こえていなかったが、金属同士を叩く音が響き渡り、ガンタタのご飯の時間を告げる声が会場入り口まで届いていた。ご飯の席にコロノの姿は無かった。
「う~……気分わりぃ……」
「飲みすぎだよ……。いくらガンタタさんに負けられないからって、お酒の入った樽を三個も飲む必要は無かったでしょ」
「あの肉だるまはその後五個の樽酒飲んで勝ち誇ってやがった……くそ野郎……」
「それにしても、コロノはどこに行ったんだろう? 食事の時にはいなかったよね?」
「どうせ明日あるって言っていた予定を潰しに行ったんだろ。別におかしな事でもないしな」
不安そうな顔をしている軽猫を一目見て答えた竜太郎は、口を押さえて軽猫の視界から消えていった。
「飲みすぎだよ……」
軽猫はそんな後ろ姿に呆れた顔で呟くと、自分もギルドの探索をする為に入り口へと向かった。
入り口では、あれだけお酒を飲んだにも関わらず、いつもの様に入り口を箒で掃除しているガンタタが立っていた。
そこから会場とは逆方向にずっと続く廊下を歩く。廊下に電気がついていないので目を凝らして進んだ軽猫は、突き当たった廊下で右と左を見る。
「あ、そういえばこれ返さないと……」
どちらへ向かおうかポケットのコインで決めようとし、手に当たったゴツゴツした物を取り出す。遮音石が手に握られていた。
あの時、机の中へ戻そうとした軽猫だが、机の引き出しが開かないので仕方なくポケットへ入れていたのだった。遮音石も遮光石と同様に何かに包まれると効力が無くなる。
そしてフィオーレのいるであろうギルド長室へ向かおうと振り返る途中で、視界の端にそれを捉えた。
「あれ……あのコートってコロノだよね?」
自分にしか聞こえない声で呟いた軽猫は、石をポケットへ入れるのも忘れて一瞬だけ見えたそのコートを追いかける。
「ん? おかしいな」
コートが消えたであろう部屋で足を止めた軽猫が扉の外から中を見るが、それらしい姿は見当たらない。
「気のせいだったのかな……?」
そしてポケットに遮音石をしまった時、耳をつんざくような悲鳴がその場に響き渡る。そしてそれは、自分の目の前にある部屋から聞こえていた。
「え!?」
軽猫はすぐに扉を開けようと試みるが、何かがつっかえているのか、少ししか押す事が出来ない。そうしている間にも、泣きそうな声の悲鳴が響き渡る。
「くっ!」
慌てた軽猫は、中を覗く為に作られた五十センチ×五十センチの小さなガラス窓に体を丸めて体当たりをした。思いのほかガラスは脆く、簡単に割れた。そのまま部屋に転がり込む様にして侵入した軽猫は、自分の入ってきた部屋の扉の方向を見て攻撃態勢を取る。
(暗い……)
部屋を見回して思った事はそれだった。唯一見れるのが扉の外の光だが、それ以外には何も見えない。しかし、扉の方から女の子のすすり泣く声と、扉のガラスを自分の体から払う音は聞こえていた。
「……誰?」
いつ攻撃されても対応出来る様に、軽猫は全神経を視線の先へと向けながら聞いた。
「……」
男か女かも分からないその人物は、こちらの動きを観察しているのか、全く動く気配がない。軽猫にとって、それが一番困る状況だった。
なぜなら、もしも相手が凶器を持っていた場合、音もなくそれを叫び声の主へ振り下ろされたら見えないのでなにも出来ないのだ。
「……とでも思ってる?」
軽猫はそう言って自分の視界の先にいる犯人の顔を見つめた。
軽猫の持つ眼は、暗闇の中でもある程度眼が効く。故に、犯人が片手に持っているナイフと遮光石、それにまたがられている見た事のない女の子が倒れているのが見えていた。
「コロノのコートなんて着ちゃって変な仮面装着しちゃってさ。それでコロノに罪をかぶせようとしたの? でも残念、あたしは分かるよ。だって臭いが違うよ」
動きを止めていたコートに身を包んだ相手は、籠った笑い声を上げると自分の仮面へと手を当てて冷静に言った。
「へぇ、なかなかやるじゃん。でも、この仮面はコロノ君に化ける為じゃなくて、あんたから顔を隠すためだったのよ軽猫」
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