花に願いを

水乃谷 アゲハ

第20話

「テン・イーシャンと申します。先刻ギルド前で行っていたバトルは拝見させていただきました。とても丈夫なのですね」


「あん? あぁ、生まれつき体は硬てぇんだ。傷なんてすぐに治るしな。ちなみに俺の名前は夜空竜太郎だ」


「相手にとって不足なし。お手合わせお願いいたします!」


「おう。俺からは行かねぇからどこからでもかかってこいや」


そう言って竜太郎は半身に構え、右手でテンを招くような挑発的行動を見せる。恐らく、これが彼の戦闘スタイルなのだろうとコロノは確信した。


「罠の可能性は無さそうですね……行きます!」


注意深く竜太郎を観察していたテンは、言葉通り動く様子が無い竜太郎を見て飛び上がった。そのまま竜太郎へと右足を鋭く突き出す。


「なっ!?」


「あ? これが全力か?」


『な、ななななんと! 竜太郎選手、テン選手の蹴りを片手一本で受けとめたぁ!?』


実況が言う通り、竜太郎はテンの繰り出した蹴りを前に出していた右手で軽々と受け止めた。面食らっていたテンはすぐに我に返り、地面を蹴って後ろに引き下がった。


「な、なんという硬さ……。まるで岩を蹴ったような感覚でした。これがあなたの余裕なのですね……私と同じ武人(ぶじん)ではなく魔人(まじん)でしたか……」


「武人じゃなくて魔人? お前何言ってんだ?」


「え? まさか意識せず魔法を……いえ、そんな訳はないですよね。なんでもありません。武人、魔人については明後日にあなたも知る事になるので安心してください」


「いやまぁ何でもいいんだけどよ」


『おぉっとこれは予想外! テン選手の鋭い蹴りを片手で受け止めた! 流石はコロノさんの魔法を耐える頑丈さの持ち主だ!』


二人のやり取りに興奮した声でナレーターが声を張り上げ、それに合わせて会場も歓声を上げた。竜太郎が有利な雰囲気に負ける事なく、テンは今一度構え直した。


「それではこちらはいかがですか!」


竜太郎から数歩離れた位置で、テンは素早く自分の手の平を突き出した。当然だが、彼女の手は何もない空間で止まる。
拳を突き出すまでの動作が見えなかった竜太郎は、油断なくテンを見つめて、腕を組んで相手の出方を窺っていた。直後、何かが弾ける音と共に後ろへ吹っ飛んだ。勢いよく壁にぶつかって目を白黒させている。


「え、今何したの!?」


観戦席の軽猫が驚いたように椅子から立ち上がりテンを見つめる。速いものを見切る自信があった軽猫でさえ、拳を突き出す構えになるまで動きが見えなかった。


「……空気を飛ばしたんだ」


コロノも驚いた顔をしてテンを見つめ、軽猫の質問にそう答えた。


「空気?」


「そうや。軽猫ちゃんの目でも動きを捕らえる事は出来んかったみたいやね。そりゃそうか、彼女の拳は音速に近いって言われているもんな」


「音速!?」


想像をはるかに超えるスピードだった為、軽猫は驚いた顔のまま言葉を失っている。


「ふふ、音速の拳から生まれる拳圧には、流石の竜太郎も耐えきれなかったみたいやなぁ。さぁ、触れるどころか近づく事も難しいこの拳、竜太郎はどうするんかね?」


軽猫の顔を見て楽しそうに笑ったフィオーレは、表情を変えずにフィールドを見ているコロノへと顔を向ける。


「……何?」


竜太郎を見つめながらコロノはフィオーレに問いかけるが、彼女はコロノの瞳を見て、「いやいや」と短く呟くと竜太郎へと視線を戻した。


『なんとなんと! テン選手、竜太郎選手に何をしたのか!? は、早すぎて何も見えませんでした!』


今までに見た事無かったのか、驚いた口調の実況が観客席に響き渡る。


「この技は掌打空砲と名付けています。自分の前方にある空気を飛ばし、攻撃する技です」


ようやく壁の瓦礫をどかして姿を見せた竜太郎へ解説するテンは、少し辛そうな顔をして突き出した自分の手を見る。


「すげぇなお前。油断していたとは言え、ここまで飛ばされると思わなかったわ。でもな……」


膝に手をつきながら立ち上がった竜太郎は呆れた様に突き終えた構えのまま動かないテンを指さす。


「自分の拳を傷つけてまで打つ技は技とは言わねぇよ」


傷一つない綺麗な拳を見て呆れた様に呟いた竜太郎は、ズボンのポケットへ手を入れて大きなため息をついた。そんな竜太郎を見て、口元に笑みを浮かべたテンは腕を押さえた。


「流石ですね……そんな所もよく見ているとは」


「いや、見ないでも予想出来るだろ。お前みたいな細い腕で何度も出来る技じゃないだろ」


「確かに、五回が限度です……。でも、五回のうちにあなたを倒せればそれで私の勝利です」


構え直したテンに対し、未だポケットに手を入れたまま構えようとしない竜太郎を見て、テンは流石に動きを止めて竜太郎を観察する。
しばらくそうして睨み合っていたが、不意に竜太郎が口を開く。


「二つ目。タネがばれやすい技にしては隙がデカすぎる」


「え……」


「自分が傷つくから、五回使えたとしても、五回目の痛みで隙が必ず出来る事が一つ。次に突きの速さはすごいがまっすぐしか飛ぶことが無い直線技ってのが一つ。最後に、こうして壁を背に立てば全く意味をなさないってのが三つだ。それとお前、人を殴った事ないだろ?」


「なっ……なんでそれを……?」


「まぁ、あんな早い拳で殴ったら食らった奴死ぬ可能性あるもんな。人間とは言わず、色んな物を殴っている奴って、拳ダコってのが出来るんだよ。お前の手にはそれがねぇ」


竜太郎の解説を聞いて、試合を見ていたフィオーレが初めて驚いた顔をした。そんなフィオーレを一目見て、コロノは嬉しそうに竜太郎を見る。


『すごい! 竜太郎選手、技の弱点を一瞬で見破ったあげく相手の事まで分かってしまった』


「……参りました……。そこまで言い当てられてしまっては負けを認めざるを得ません。止めを刺してください……」


実況の言葉を聞いたテンは悔しそうに唇を噛んでその場に正座し、竜太郎へと頭を下げた。しかし、そんな彼女を見つめていた竜太郎は何もしないでその場に座り込み、ずっと自分達の試合を見つめていたシックとマークへ顔を向けた。


「こっちは終わったんだ、いい加減そっちも始めろよ」


自分の膝に腕を乗せ、頬杖をついてそう言った竜太郎の言葉に観客席で歓声が上がった。


『なんと! 竜太郎選手VSテン選手の試合を制したのは期待の新団員竜太郎選手!』


結果を告げる実況を聞き、真剣に見つめていた軽猫はようやく安心したようにため息をついた。

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