花に願いを

水乃谷 アゲハ

第19話

フィールドの壁にもたれかかり、片膝をついて座る竜太郎の方向に目をやりながら、フィオーレは竜太郎の願いについてをコロノ達へと話した。


「そ、そんな!?」


「……」


軽猫はかなりショックを受けて竜太郎を振り返り、コロノは目を細めてフィオーレを見つめた。


「病名はヒルイング病と言われる病気や。君達が出会った陽朝ちゃんの出身地、陰陽星から伝染したって言われてる。死なないっていうのは語弊があるんやけどね。正確には超高速自己治癒をする病気や」


「超高速自己治癒?」


聞いたことも無い言葉に、軽猫は試合から目を離してフィオーレを見る。


「そう。老化しても、傷ついても、病気になってもすぐにその駄目になった細胞が死んで新しい物が作られるという病気やね。だから、治癒する為のエネルギーを与えないとか、治癒できないほど細かくするなんかすれば簡単なんやけどな。まぁ、家族にそんな事は出来ないやろ。なぁ?」


フィオーレがそう言ってコロノへと振り返ろうとした時、普段は黒いはずの目を赤くして睨むコロノに胸倉を捕まれて持ち上げられていた。鎖は顔や首筋を通り過ぎてコートの中へと消えている。


「ちょっ、こ、コロノ! 何してるの!?」


咄嗟の出来事に唖然としていた軽猫は、すぐに二人の間へと割って入る。


「……」


コロノはすぐに手を離し、申し訳なさそうに目を伏せる。すると、消えていた鎖がゆっくりと首筋を登り、コロノの左目の下あたりで動きを止めた。これが普段からある鎖の位置だ。


「良かった、君がまだその怒りを持ってくれていて安心したわ。試す様な真似してごめんな?」


「……別に」


少し突き放すような言い方をしたコロノは、人が減り始めたフィールドへと視線を戻す。そして、未だに動かない竜太郎を見つめながら小さく、


「竜太郎は気付いているのか?」


そう呟いた。


「き、気が付いているんじゃないの? でもそんな方法が嫌だからじゃ……」


「コロノ君も聞きたいのはそっち? それとも他の事?」


フィオーレの問いかけに、コロノは竜太郎を見つめながら首を縦に振った。


「そうやな、軽猫ちゃんの言葉は正しい。恐らく竜太郎は気が付いとるで。でも、コロノ君が聞こうとしているには気が付いていないと思う。彼が真実に辿り着くのは最後だと思うで」


「え?」


「やっぱりか……」


話についていけず、悲しそうな顔をして竜太郎を見つめる二人を交互に見つめては竜太郎へと視線を送る。フィールドの砂ぼこりは徐々に消え、軽猫でも竜太郎の姿が目視出来た。


『おっとぉ、ようやくフィールドの姿が確認できる様になりましたが、果たして誰が残っているのでしょうか?』


ナレーターもようやく見えたフィールドの様子が見えて実況を再開する。


『フィールドに残った人は……四名です! 四名がフィールドへ残っています!』


その実況を待っていたかの様に、竜太郎はようやく腰を持ち上げた。そして視界が良いとは言えないフィールドを見回し、敵の姿を確認する。


「ずいぶん慎重な性格をしているんやなぁ竜太郎君」


「その様ですね……。あ、あの人見覚えある」


「シックだね」


軽猫が指さした先には、入団試験で見た忍者装束に身を纏うシックだった。落ち着いた様子で自分の衣服に付着した砂を払っている。


『教育係シック選手は相変わらず強いですね。身に着けた忍び装束にさえ傷はありません。そしてその左! 周りを警戒して見回すのはなんと! 期待の新人竜太郎選手です!』


その実況に、また竜太郎は調子に乗ってガッツポーズをしながら咆哮する。そんな様子に、コロノも軽猫も、フィオーレさえもこめかみを押さえてため息をつく。


『その左には前回のチャンピオン、テン選手です! 女性初めてのチャンピオンにして、天才的な武道の達人ですね。今回も勝ってしまうのかぁ!?』


身長がとても小さく、黒髪をおさげにした子供の姿がフィールドに残っているのを見つけたナレーターは興奮して紹介する。


「彼女はテン・イーシャンちゃんって言うねん。背丈とか小さいやろ? 彼女の種族は成長が人間でいう八歳で止まるんや。だから、見た目通りの年齢だと思っていたら痛い目を見るんや」


「あ、あんな小さい子が……」


「やね。軽猫ちゃんなら、片足だけっていうハンデがあっても勝てないと思うで。なにせ彼女、ギルドにいる女性の中ではトップクラスなんよ」


「は~……」


感心した様に声を出しながら、軽猫はテンの方にあこがれの視線を送る。


『最後は女性に大人気! 金髪王子ことマーク選手です!』


観客席の一部で女性の黄色い声が上がった。驚いて軽猫とコロノがそちらへと視線を送ると、“I love Mark”と書かれたピンクの旗を振り回す女性たちが必死で手を振っていた。


「おうおう、モテるねぇ」


シックは妬む様にマークを見るが、当本人はそんな視線涼しい顔で受け流して竜太郎を見つめている。


「あ? 何見てんだこら。イケメンに見られてときめく趣味は俺にねぇぞ」


竜太郎はその視線を真っ向から受け止めてマークを睨む。


「失礼、気分を悪くしないでくれ。やはり君はすごい奴だと感心していたんだ」


目を閉じて片手をあげるマークを見て、先ほどの女性陣がさらに大きな声でマークの名を叫ぶ。竜太郎もシックも、舌打ちしてつまらなそうにマークからテンの方へと顔を動かした。


「皆このまま動かないわけにもいきませんよね。とはいえ、動きずらいのもまた事実」


テンという女性は紹介通りに独特な構えで三人の顔を交互に見ている。
そうしてお互いがお互いを見つめたまましばらく時間が過ぎた時、マークが不意に剣を掲げた。


「このままでは見ている側もつまらない。トーナメントと行くのはどうかな。会場を二つに分け、一対一の勝負をするのさ」


「タイマンって事か? 俺は別にいいぞ?」


「そうですね、このまま時が過ぎるよりもいい気がします」


「ま、構わねぇか」


マークの提案に、竜太郎は数歩後ろに下がって待っているのを見て、テンもシックも後ろへと数歩下がった。


「よし。細剣レイダーよ。我の問いに答えを示せ」


腰から取り出した細剣を掲げてそう叫ぶと、剣が何か弾ける音を立てて輝きだした。


「おぉ、リアルサンダーソードじゃねぇか」


電気を帯びて光り輝く剣を見て、感心した様に手を叩く竜太郎にマークは微笑みかけると剣を地面へと突き立てた。
拳に帯びた電撃が地面へと流れると、刺さった場所から素早く地面の中を電撃が走る。走った後は焦げ、黒い線になって地面から煙を上げていた。


「……対戦相手は決まったね」


煙を上げる黒い線を見つめて、マークはもう一度微笑んだ。
竜太郎は線が引かれていない方向へと顔を上げると、同じくゆっくりと顔を上げていた少女、テンと目が合った。


「さて、今度こそ実力を見せてもらうで竜太郎」


期待するような笑顔でフィールドを見つめながら呟くフィオーレの言葉を聞きながら、軽猫は心配そうな顔をして竜太郎の勝利を祈っていた。

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