花に願いを

水乃谷 アゲハ

第18話



返事をしたまま口を開かないコロノを見て、軽猫は心配そうに声を掛ける。


「ん……願いはある。でも言えない」


「……そっか」


「あぁ、別に無理に聞こうとしている訳じゃねぇからいいよ。俺だって言ってねぇし?」


軽猫も竜太郎も、コロノの回答に満足そうな笑顔を浮かべる。そんな二人を見つめて、初めてコロノは笑みを浮かべた。


「ありがとう。それ以外の事なら教えるから、何でも聞いていいよ」


笑顔と共にそんな言葉をかけられた軽猫と竜太郎はお互いに顔を見合わせた。


「ちょっと安心した。コロノってそんな風に笑うんだね。ずっと笑わないし、なんか私達に距離を置いているから理由があるのかと思っていたんだよね」


「あ……それはただ声が変なのを自覚しているからっていうのと、喋るのが苦手なだけ」


「おいおい、もしかしてお前、そんな強い癖にコミュ障なのか?」


「意外すぎる……」


予想もしなかった理由に、軽猫も竜太郎も拍子抜けた顔をする。しかし、喋った本人であるコロノは顔を赤くして顔を伏せた。


「で、でもでも、コロノの声はそんなに変じゃないと思うよ?」


「あぁ、確かに声は高くて女みてぇだと最初思ったけど、地球のチビどもそんな感じの声してるしな」


「え? コロノって地球の人じゃないの? ずっと地球人かと思っていたんだけど」


「違う。種族は人蝶。アルカリア本来の生き物だよ」


「じ、じんちょうだぁ?」


聞きなれない言葉に竜太郎は首を傾げ、軽猫は説明を求める様にコロノの顔を見つめる。


「人蝶は、魔力を沢山持った人間と思ってくれればいい。今はそれだけでいいよ」


「今は……か。ま、いいや。俺の聞きたい事は終わったぜ? これから関わって知っていけばいい事だしな」


「わ、私ももう終わりでいいや。竜太郎の言う通りこれから分かる事も聞きたい事も増えるだろうしね」


「お、軽猫も無くて質問が終わったならあれやろうぜあれ」


竜太郎は立ち上がって拳を握った。そして二人の眼前へと突き出す。


「仲間の契りだ。これからよろしくお願いしますって意味と、裏切らねぇって意味でな。まぁ、そんな事はねぇと思うけどよ」


「あ、いいねいいね。私もやる!」


「……それ、どうやるの?」


「拳同士をぶつけ合うんだよ。裏切ったらこの拳をくれてやるって意味で」


「おー! なんか本当の仲間って感じでいいね」


「ん……」


竜太郎に習って二人も拳を前に出してぶつけ合った。





「お前等明日はどうするんだ?」


ジュエル洞窟を後にし、ギルドへの帰路で竜太郎が声を掛けた。


「行くところがある。だから明日はちょっといない」


コロノはそう言って「ごめん」と小さくつぶやいた。


「私はやる事ないけど、ギルドの探索しようかなって思ってる。結構広いから迷いそうだし」


「そうか、じゃあ全員バラバラだな。俺はギルドの外に探索に行こうと思っているんだ。じゃあ猫女、明日帰ってきたらギルドの案内よろしくな」


「あぁいいよ……って、ん? ちょっと、今なんて言った!?」


「あ? 猫みたいな女だろ? 猫女」


「ちょー単純! 別に良いんだけど、女性のあだ名を呼ぶときは許可を取ってからの方がいいから気をつけな?」


良いのかと心の中で呟いたコロノは、ギルドの先にギルドの門を通る。既に日は落ちかけていた。


「おぉ、お前達遅かったじゃないか。今から楽しい事があるけど来るか?」


相変わらずギルドの入り口で掃き掃除をしている筋肉質なガンダタは、階段を指さして二ヤリと笑う。


「おう肉だるま。なんだ? 祭りでもやんのか?」


「おう。いや、祭りじゃねぇけどそんな所だ。この時間になると、恒例で一時間だけの喧嘩が始まるんだ。観戦するならあそこの階段上がって突き当りの部屋だ。もし参加するっていうなら下の扉な」


「わ、私はパス……。戦うの苦手だし、見るほうが勉強になりそう。コロノは?」


「パス」


「あ? お前等参加しねぇの? しっかたねぇなぁ。チーム代表として俺が行ってやるよ」


疲れた顔をして首を横に振る仲間たちを見て、竜太郎が胸を張ってコロノの肩を叩く。そして下の部屋へとゆっくり歩いていくのを見て、仲間二人は呆れた様に肩をすくめて観戦席へと移動した。





会場は妙な熱気に包まれていた。ガンタタの様に筋肉質な大男や、使い慣れた様に武器を構える者、不思議な力で宙を浮いて何かの本を広げている者など様々だった。
コロノ達は空いてる席へと適当に座り込んだ。その時、興奮した口調でナレーションの女性の声が会場に響く。


『おぉっとこれは驚いた挑戦者だ! つい先ほどコロノ選手からの猛攻を受けつつも無傷だった夜空竜太郎の参戦だ!』


そんな言葉を聞いて、竜太郎は両手を上に突き出した。


「あ、あはは……の、ノリノリだね……」


「竜太郎の実力が分かるいい機会だ」


竜太郎に呆れた視線を送る軽猫と、興味深そうに見つめるコロノを見つけた竜太郎は、自分の拳を二人へと突きつけた。


『さぁ、もうエントリーする選手の気配は無し。会場は早く始めろと言いたげな熱気を帯びています。お待たせいたしました。ルール無用バトルの開始です、と言いたい所ですが……』


そのナレーションに様々な場所でブーイングが響き渡る。竜太郎さえナレーションに文句を言っている。


『ちょっ、落ち着いてください! 新しい選手がいる為のルール説明です! とは言ってもルールは無いんですが。とりあえず、死んでも死ぬことは無いので、存分にやりすぎちゃってください!』


そんなおかしなナレーションに、会場の男たちは拳を握って雄たけびを上げる。


『それでは始めちゃってください!』


ナレーションと共に、会場は砂煙で覆われ、武器と武器がぶつかる音、何かを殴る鈍い音が響き渡る。


「うわ、これじゃあ全然見えないよ。竜太郎大丈夫かな……?」


「大丈夫。会場の端っこで座っている」


「えぇ……あんなにやる気だったのに……?」


「いや、悪くない作戦だと思うで? こんなに大人数で、しかも自分よりも体の大きな奴等がいっぱいいる中や。暴れるよりも端っこで数が減るのを待つ方が利口や」


「え? あ、フィオーレさん」


「や」


会場を一心に見つめるコロノと軽猫の近くへと歩いてきて、手を挙げて挨拶したのはフィオーレだった。


「丁度いい、彼がいないうちにちょっと二人に大事な話をするわ。彼、夜空竜太郎君についてな」

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