花に願いを
第15話
フィオーレの開戦の合図を聞いてまず攻撃を仕掛けたのは竜太郎だった。隙だらけの特攻に対して、コロノは受け止めず半身で躱す。
「逃げんじゃねぇ!」
空振りをしてはすぐに体勢を立て直して突進と共に拳を突き出す自分の攻撃を、コロノが冷静に躱し続ける事に怒りが溜まった竜太郎はようやく攻撃を止めて怒号を放つ。
「てめぇだって俺を負かさないといけねぇんだろうが。男なら逃げずにかかってこいや」
「……はぁ」
「あ? てめぇ今、ため息ついたか?」
「……別に」
戦う気が失せている事を示すコロノのため息に竜太郎は顔を赤くして、またもコロノへ隙だらけの突進を始める。するとコロノは初めてローブから左手を前に出した。
微かに魔力を帯びるその手のひらに対して何も感じないのか、竜太郎は無防備に向けられているコロノの手へ拳を突き出す。
「掌拳、守の型。後の後『流水』!」
拳が当たる瞬間、ミララにやった時と同様の技により竜太郎の拳を受け流す。丸まった滑る物に拳を当てた時の様に、竜太郎の拳は横へと逸れる。
その拳に引っ張られる様に竜太郎もバランスを崩した。完全無防備な横腹をコロノに晒す形になっている竜太郎は、慌てて体をコロノの方へと向けて体勢を立て直す。
「しまっ……」
その前を向かせる為に作られたわずかな時間が罠だったと気が付いた頃には、無防備かつ力も込められていないその腹へとコロノの拳が突き出されていた。
「握拳三式、正拳突!」
これまたジュエル洞窟で見せたただの中段正拳突きが竜太郎の腹へと繰り出され、フィオーレもガンタタも、騒ぎを聞きつけて集まったギルドのメンバーも皆が決着だと思った。
「いってぇな……」
しかし、竜太郎は殴られた腹を右手で軽く押さえるだけで倒れる気配が全くない。それどころか、すぐに腹から手を放してコロノへ振るう。
ダメージが入った状態での腕の筋力だけで振るわれたパンチだったので、コロノは軽々躱す事が可能だった。しかし、竜太郎の態度に面食らっていたコロノはその拳を左頬に食らう。
「っ!?」
「ようやく当たったか。もっと本気で殴って来いよ。そんなんじゃ道端の石ぶつけられたような感じだった……」
拳を当てた竜太郎は自慢げに喋っていたが、そこで言葉を止めて冷や汗をかきながら数歩後ろに下がった。コロノから発せられる魔力の量が何倍にも膨れ上がったのだ。
肌でビリビリと感じるその魔力の量に、フィオーレもガンタタも思わず構える。
「お、おもしれぇ。すげぇ殺気だが、そうでなきゃ喧嘩の意味はねぇよ。殺すつもりで来いや」
「コロノ君、封印の赤い鎖を外すのは無しや……ってもう遅いな」
「あ? その顔についてる赤い鎖ってタトゥーじゃねぇの?」
呑気にコロノの顔を見て聞く竜太郎は、赤い鎖がゆっくりと首筋に移動していくのを見て首をひねる。
「変なマジックだな……? でも、それやったから何になるってんだ?」
「少しだけ、やる気だす」
「あ?」
小さく言ったその言葉は、竜太郎には届かなかったが、フィオーレの耳にしっかり入っていた。確認を兼ねて呟いた言葉に、フィオーレは目頭を押さえてため息をつくが、
「羽は禁止とする。鎖までやで? あと、殺すのも禁止や」
と、コロノの確認を許可した。
「覚醒したってところか? 面白れぇ」
「そんな構え方じゃすぐ飛ぶよ」
「はぁ?」
「『猛き風よ、不可視の刃となりて吹き荒れろ』」
その場にいるほとんどが理解できない奇妙な言葉だった。まるで呪文のようなその言葉をコロノが唱えると、言葉通り竜太郎の周りを目に見える程密度の高い風が包み込んだ。
コロノの言葉に警戒して重心を低くしていた竜太郎はその風に吹かれて飛ばされる事は回避できた。
「あ? なんだこりゃ」
風にとらわれた竜太郎は、出口を探して風の壁へと手を伸ばす。そしてその指先が風へと触れた瞬間、何かに弾かれるように押し返される。指先を確認するが、とりあえず傷は無いようだ。
「冷てぇ! カマイタチってやつか? こんなもん触れなきゃいいって言いたい所だが、早く出ないとまずいな」
指の傷を気にも留めず、自分を覆っている風を観察して竜太郎は呟いた。上を見上げ、空の見えている穴へ目を向けるが、到底ジャンプで飛びこえられる高さじゃない。
もう一度目の前にある風の壁を注意深く観察する。風に巻き上げられた石と石がぶつかり合う音と、暴風の音、妙に気温が下がる自分の場所に徐々に息苦しくなる状況を見て、傷なしで脱出は不可能だと判断した竜太郎は、自分の描いた円の中心に向かって風の壁へと肩から入っていった。
「あっぶねぇ、あのままいたら酸欠で死ぬところだったぜ」
顔や服に砂汚れを付けながらも、体にはなんのダメージも無く竜太郎は姿を現した。今度は驚くことなくむしろ感心した顔で竜太郎を見るコロノに、竜太郎は自分の左拳をコロノへ向ける。誰が見ても先ほどのコロノの真似だった。
「……何の真似?」
「てめぇの真似だ。だが、お前みたいに受け流す事は出来ねぇから安心しろ。ただ純粋にお前の技を受けてみたくなっただけだ。羽がどーのって話からして、まだお前は全力じゃないんだろ? なら、その今の状態で出せる最大の力で俺に攻撃してみろ」
「魔法を真っ向から受けるって事?」
「あ? さっきのがゲームとかで言う魔法なのか? あんな風でモブ敵って死ぬのかよ」
強がりではなく、純粋な気持ちで言っていると理解したフィオーレは心の中で彼を称賛していた。
コロノの出した魔法は、常人の体では傷だらけになっている魔法なのに無傷である体の頑丈さ、高密度の風によって起きる真空をすぐに予測して暴風から脱出した観察力は、辛口の評価でも十分地球代表に出来ると思ったのだ。
「……分かった。『強堅な金よ、巨大な手となりて押しつぶせ』」
呪文を唱え始めたコロノの頭に、金色に輝く巨大な魔法陣が現れた。唱え終わると、まるで地蔵の手の様な金色の手が、拳を握って勢いよく竜太郎へと襲い掛かる。
「ぐっ!」
宣言通りコロノの拳に真っ向から自分の拳を当てた竜太郎の足は、勢いに押され徐々に地面へと埋まりだした。崩れた足元では力を入れるに入れられない。かと言って足をずらせば、体のバランスが崩れて手に押しつぶされる。
「くそがぁ!」
ほとんど力の入らない状態で右拳も突き出す。なんとか金色の拳の勢いを殺す事に成功したのは、自らが引いた線を越えてからだった。
「逃げんじゃねぇ!」
空振りをしてはすぐに体勢を立て直して突進と共に拳を突き出す自分の攻撃を、コロノが冷静に躱し続ける事に怒りが溜まった竜太郎はようやく攻撃を止めて怒号を放つ。
「てめぇだって俺を負かさないといけねぇんだろうが。男なら逃げずにかかってこいや」
「……はぁ」
「あ? てめぇ今、ため息ついたか?」
「……別に」
戦う気が失せている事を示すコロノのため息に竜太郎は顔を赤くして、またもコロノへ隙だらけの突進を始める。するとコロノは初めてローブから左手を前に出した。
微かに魔力を帯びるその手のひらに対して何も感じないのか、竜太郎は無防備に向けられているコロノの手へ拳を突き出す。
「掌拳、守の型。後の後『流水』!」
拳が当たる瞬間、ミララにやった時と同様の技により竜太郎の拳を受け流す。丸まった滑る物に拳を当てた時の様に、竜太郎の拳は横へと逸れる。
その拳に引っ張られる様に竜太郎もバランスを崩した。完全無防備な横腹をコロノに晒す形になっている竜太郎は、慌てて体をコロノの方へと向けて体勢を立て直す。
「しまっ……」
その前を向かせる為に作られたわずかな時間が罠だったと気が付いた頃には、無防備かつ力も込められていないその腹へとコロノの拳が突き出されていた。
「握拳三式、正拳突!」
これまたジュエル洞窟で見せたただの中段正拳突きが竜太郎の腹へと繰り出され、フィオーレもガンタタも、騒ぎを聞きつけて集まったギルドのメンバーも皆が決着だと思った。
「いってぇな……」
しかし、竜太郎は殴られた腹を右手で軽く押さえるだけで倒れる気配が全くない。それどころか、すぐに腹から手を放してコロノへ振るう。
ダメージが入った状態での腕の筋力だけで振るわれたパンチだったので、コロノは軽々躱す事が可能だった。しかし、竜太郎の態度に面食らっていたコロノはその拳を左頬に食らう。
「っ!?」
「ようやく当たったか。もっと本気で殴って来いよ。そんなんじゃ道端の石ぶつけられたような感じだった……」
拳を当てた竜太郎は自慢げに喋っていたが、そこで言葉を止めて冷や汗をかきながら数歩後ろに下がった。コロノから発せられる魔力の量が何倍にも膨れ上がったのだ。
肌でビリビリと感じるその魔力の量に、フィオーレもガンタタも思わず構える。
「お、おもしれぇ。すげぇ殺気だが、そうでなきゃ喧嘩の意味はねぇよ。殺すつもりで来いや」
「コロノ君、封印の赤い鎖を外すのは無しや……ってもう遅いな」
「あ? その顔についてる赤い鎖ってタトゥーじゃねぇの?」
呑気にコロノの顔を見て聞く竜太郎は、赤い鎖がゆっくりと首筋に移動していくのを見て首をひねる。
「変なマジックだな……? でも、それやったから何になるってんだ?」
「少しだけ、やる気だす」
「あ?」
小さく言ったその言葉は、竜太郎には届かなかったが、フィオーレの耳にしっかり入っていた。確認を兼ねて呟いた言葉に、フィオーレは目頭を押さえてため息をつくが、
「羽は禁止とする。鎖までやで? あと、殺すのも禁止や」
と、コロノの確認を許可した。
「覚醒したってところか? 面白れぇ」
「そんな構え方じゃすぐ飛ぶよ」
「はぁ?」
「『猛き風よ、不可視の刃となりて吹き荒れろ』」
その場にいるほとんどが理解できない奇妙な言葉だった。まるで呪文のようなその言葉をコロノが唱えると、言葉通り竜太郎の周りを目に見える程密度の高い風が包み込んだ。
コロノの言葉に警戒して重心を低くしていた竜太郎はその風に吹かれて飛ばされる事は回避できた。
「あ? なんだこりゃ」
風にとらわれた竜太郎は、出口を探して風の壁へと手を伸ばす。そしてその指先が風へと触れた瞬間、何かに弾かれるように押し返される。指先を確認するが、とりあえず傷は無いようだ。
「冷てぇ! カマイタチってやつか? こんなもん触れなきゃいいって言いたい所だが、早く出ないとまずいな」
指の傷を気にも留めず、自分を覆っている風を観察して竜太郎は呟いた。上を見上げ、空の見えている穴へ目を向けるが、到底ジャンプで飛びこえられる高さじゃない。
もう一度目の前にある風の壁を注意深く観察する。風に巻き上げられた石と石がぶつかり合う音と、暴風の音、妙に気温が下がる自分の場所に徐々に息苦しくなる状況を見て、傷なしで脱出は不可能だと判断した竜太郎は、自分の描いた円の中心に向かって風の壁へと肩から入っていった。
「あっぶねぇ、あのままいたら酸欠で死ぬところだったぜ」
顔や服に砂汚れを付けながらも、体にはなんのダメージも無く竜太郎は姿を現した。今度は驚くことなくむしろ感心した顔で竜太郎を見るコロノに、竜太郎は自分の左拳をコロノへ向ける。誰が見ても先ほどのコロノの真似だった。
「……何の真似?」
「てめぇの真似だ。だが、お前みたいに受け流す事は出来ねぇから安心しろ。ただ純粋にお前の技を受けてみたくなっただけだ。羽がどーのって話からして、まだお前は全力じゃないんだろ? なら、その今の状態で出せる最大の力で俺に攻撃してみろ」
「魔法を真っ向から受けるって事?」
「あ? さっきのがゲームとかで言う魔法なのか? あんな風でモブ敵って死ぬのかよ」
強がりではなく、純粋な気持ちで言っていると理解したフィオーレは心の中で彼を称賛していた。
コロノの出した魔法は、常人の体では傷だらけになっている魔法なのに無傷である体の頑丈さ、高密度の風によって起きる真空をすぐに予測して暴風から脱出した観察力は、辛口の評価でも十分地球代表に出来ると思ったのだ。
「……分かった。『強堅な金よ、巨大な手となりて押しつぶせ』」
呪文を唱え始めたコロノの頭に、金色に輝く巨大な魔法陣が現れた。唱え終わると、まるで地蔵の手の様な金色の手が、拳を握って勢いよく竜太郎へと襲い掛かる。
「ぐっ!」
宣言通りコロノの拳に真っ向から自分の拳を当てた竜太郎の足は、勢いに押され徐々に地面へと埋まりだした。崩れた足元では力を入れるに入れられない。かと言って足をずらせば、体のバランスが崩れて手に押しつぶされる。
「くそがぁ!」
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